第九十一話 電のように
昨晩、投稿画面で寝落ちしていたので今日は二話投稿です。
第九十一話
――そして、二日後。
ついに攻撃の日がやってきた。
王城の中庭に設けられた転移陣の前には、各国の精鋭が整列していた。
空気は張りつめ、誰一人として無駄口を叩かない。
それでも、戦場へ向かう面々の表情はまるで対照的だった。
ヴァルディスはいつものように豪快な笑みを浮かべ、陸戦軍の先頭に立っている。
隣のグレンは金棒を肩に担ぎ、まるで遠足前の子どものように上機嫌だ。
「やっとだな! 待ちわびたぜ!」
赤い瞳がぎらりと輝く。戦いを前に、鬼族は完全に血が沸き立っていた。
一方で、ネレイアは唇の端を吊り上げ、指先に水の雫を弄んでいた。
「ふふっ……楽しみだなぁ……、何人でも食べていいなんて……♡」
その声に、近くの兵士が思わず一歩退く。彼女は相変わらず、人懐っこい笑顔の裏に狂気を隠している。
対してアルボレアは、静かに目を閉じて祈るように呟いた。
「どうか……誰も傷つきませんよう」
その穏やかな声が、不思議と胸のざわつきを鎮めてくれる。
カリーナが装備を確認しながら話しかけてきた。
「リアン、緊張してる?」
「……まあ、少しだけ」
「“少し”って顔じゃないけどね」
軽口を返されて、思わず息が漏れる。緊張を隠せてないのは自覚している。
僕の隣ではセラフィリアが無言で頷き、拳をギュッと握りしめていた。
その瞳は静かで、けれど強い光を宿している。
(……この戦いが、終わりへの第一歩になる。そう信じたい)
やがて、号令が響いた。
「――魔法部隊、詠唱開始!」
数十人の魔導師たちが一斉に詠唱を始める。
空気が震え、魔力が渦を巻くように集まり、空間が軋んだ。
光が滲み、そして――“ヒビ”が走る。
バキィィィィンッ、と空間が裂けた。
次の瞬間、暗く黒い空間が大きく口を開ける。
「開門完了! 全隊、突入開始!」
その声が響くや否や、真っ先に飛び込んだのはやはりグレンとその配下だった。
金棒を担いだまま、豪快な笑い声を残して裂け目へと突っ込む。
「うっしゃァ!いくぞ野郎どもォ!」
鬼族の軍勢がそれに続く。赤い肌、灰色の巨躯、怒号。
地を蹴るたびに大地が震える。
カリーナ率いる機戦隊がその背後を追い、
僕たちとネレイア、そして魔法部隊や支援部隊も次々と裂け目へ飛び込んだ。
――眩しい光を抜けた先。
黒い街並み。湿った石畳。
そこは、予定どおり“裏路地”だった。
「位置、誤差なし!」
カリーナの声が響く。
グレンがすでに金棒を構え、前方を見据えていた。
「よし、広場まで一直線だ! ぶっ壊せェッ!」
轟音とともに鬼族たちが路地を突き抜ける。
その勢いは壁すら紙のように砕くほどだ。
突如として現れた侵入者に、悪魔族の警備兵が叫び声を上げる。
「な、なに者だ――」
「答える暇なんざねぇッ!!」
金棒が振り抜かれ、衝撃で地面が裂けた。
悪魔の一体が吹き飛び、石壁ごと粉砕される。
広場に飛び出す頃には、すでに鬼族たちは散開し、次々と敵を蹴散らしていた。
僕らも続き、鬼族の背後から機戦隊が援護射撃を行う。ネレイアが滑るように地面を覆う。
「ねぇねぇ、足元気をつけて? 溶けちゃうかもよ~?」
彼女の笑い声とともに、敵兵がぬるりと地面に飲み込まれていく。
(強い……これが、七曜魔の戦い方か)
けれど敵もただではやられない。
警備塔から次々と悪魔兵が現れ、黒い弾丸のような魔弾が飛び交う。
僕は光魔法を剣に纏わせ、セラフィリアが炎の檻に敵を閉じ込める。
クラリスの補助魔法を受け、レオが風の刃で敵を切り裂く、アネッサとアイゼンも奇襲の勢いのままに次々と敵を倒している。
グレンが敵の包囲に突っ込み、金棒を地面に叩きつけた。
「よっしゃあああ!! 派手に行くぜェ!!」
爆風。轟音。
悪魔たちの叫びが、熱気と煙に飲まれて消えた。
突入作戦――開始間もなく。
戦場は、すでに地獄と化していた。
グレン率いる鬼族たちは、怒涛の勢いで悪魔族を蹂躙していた。
金棒が振り抜かれるたびに、建物が崩れ、悪魔が吹き飛び、地面が割れる。
その一撃の余波だけで、数体の悪魔がまとめて砕け散る。
「ハッハァ! お前ら、柔らけェなッ! もっと歯ごたえある奴ァいねェのか!?」
グレンの笑い声が響くたび、敵の悲鳴が重なる。
彼女の後ろで戦う鬼族たちも同じだった。まるで暴風のように押し寄せ、蹴散らし、粉砕していく。
だが、それに劣らず恐ろしかったのは――カリーナ率いる機戦隊だった。
装甲がうなりを上げて変形し、豪砲が敵に弾幕を浴びせる。
銃口から放たれる砲弾が、まるで雨のように悪魔兵を貫いていく。
「撃ち漏らしはいないな!? 機戦隊、第二陣展開!」
カリーナの声が響くと同時に、装甲兵たちが整然と並び、地面を揺らしながら進軍した。
彼女たちの前に立ちはだかる敵は、もはや壁の役すら果たせない。
それでも、鬼族と機戦隊の間にはどうしても生じる“隙”があった。
そこをカバーしていたのが、ヴァルディス率いる陸戦軍だ。
「油断するなよ! 一体たりとも抜かせるな!」
ヴァルディスが叫び、兵たちが一糸乱れぬ動きで防壁を築く。
抜けてきた悪魔兵を確実に仕留め、前線を支え続けるその姿は、堅牢な鋼の壁のようだった。
そして後方――魔法部隊の防衛線。
その周囲では、アルボレアが静かに微笑んでいた。
「芽吹きなさい、生命の鎖よ――」
彼女の声とともに、大地が脈打つ。
地面の下から無数の根や蔓が伸び上がり、悪魔たちの脚を絡め取った。
悲鳴を上げる暇もなく、彼らは締め上げられ、地中へと引きずり込まれていく。
まるで大地そのものが敵を喰らっているかのようだった。
「森の恐ろしさ……教えてあげる」
柔らかく微笑むその表情が、どこか恐ろしい。
前線の中央では、ネレイアが液状の身体を膨張させていた。
「ふふ、そんなに近づいてきて……かわいい子たち♡」
次の瞬間、どろりと膨れた彼女の身体が爆発するように広がる。
周囲にいた悪魔兵が何人も、彼女の体内へと呑み込まれた。
「や、やめ――」
「ん~、もう遅いよ♪」
にこりと微笑むネレイア。その笑顔の裏で、ぼこりと泡が弾け、呻き声が掻き消える。
……その光景を見た敵の士気は、目に見えて下がった。
指揮官らしき悪魔が震えながら後退し、号令すら出せなくなっている。
だが――敵の数は、やはり膨大だった。
次から次へと湧いてくる。倒しても倒しても、終わりが見えない。
「はあっ……! 次っ!」
僕は剣を振り抜き、炎の刃で三体まとめて斬り払う。
レオがその背後を守り、風魔法で敵を弾き飛ばした。
「こっちは片づいた、次!」
「了解!」
アイゼンは前衛で槍を構え、アネッサが敵を撹乱する。
クラリスは後方で魔法障壁を展開し、セラフィリアが隣で治癒の詠唱を続ける。
仲間たちの息が合い、確実に敵を削っていく――が、終わりは見えない。
やがて、空気がふっと変わった。
重く、鈍く、どこか甘い響き。
空を這うような声が、戦場全体に響き渡る。
「――お仲間を増やして来てくれるなんて……」
その声に、背筋が凍った。
聞き覚えがある。忘れようにも、忘れられない声。
「やっぱり、導かれたいのですね?」
振り向いた先、崩れた尖塔の上に立つシルエット――。
修道服のような黒衣、血のように赤い瞳。
悪魔族の“シスター”、エリスが、微笑んでいた。
その微笑みは、かつて見たどんな敵よりも、冷たく、美しく、そして――禍々しかった。
読んでくださってありがとうございます。




