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第九十話 浄化魔法、完成

第九十話


 エミリオの研究室に呼ばれたのは、翌日の朝のことだった。

昨日の湖畔の余韻がまだ体の奥に残っていて、久しぶりに心が軽かった。

だが、研究棟の扉を開けた瞬間――その光景に、僕たちは思わず息を呑んだ。


「エミリオ……?」

最初に声を上げたのはセラフィリアだった。


そこに立っていたエミリオは、以前とはまるで違っていた。

黒く染まっていた強膜は白に戻り、肌も薄い肌色になっている。

あの禍々しい瘴気の気配も、もう微塵もない。

その身から放たれるのは、まるで聖堂の空気のような清浄さだった。


エミリオは少し得意げに微笑み、両手を広げて見せた。

「どうです? とうとう――浄化魔法が、完成しました」


「……ほんとうに?」

セラフィリアの声が震えていた。彼女の目は、うるんでいるようにも見える。


「ええ、間違いなく。ボクは――天使に戻れたんです」

エミリオはゆっくりと頷いた。その表情には、どこか達成感と安堵が混ざっている。


アネッサが感嘆の声を上げ、アイゼンが腕を組んで「やったな」と短く言う。

クラリスは小さく拍手し、レオも祝うように口角を上げた。

その場にいた全員が、心からの笑みを浮かべていた。


「……すごいわね。本当に完成させるなんて」

セラフィリアが言うと、エミリオは少し照れたように笑って頭をかいた。


「あなたがたの助けがあってこそですよ。特に――リアンさん、あなたです」


「僕?」

思わず聞き返すと、エミリオは真っすぐこちらを見つめた。


「あなたが最後のピースでした」


「最後の……ピース?」


エミリオは手元のノートを開き、いくつかの複雑な魔法陣の図を示しながら説明を始めた。

その顔は、いつもの冷静な研究者のものではなく、まるで少年のように生き生きとしていた。


「今までボクは、瘴気に侵された肉体の部分を“上書き”する形で修復しようとしていたんです。

 つまり、汚染された組織を消し去って、新しい組織を作る――無から有を生み出すような発想でした。

 ですが、それには莫大な魔力が必要でしたし、触媒も耐えられずに砕けてしまう。

 つまり、理論上は正しくても、実用には到底至らなかったんです」


エミリオは一息ついて、柔らかく微笑む。

「ところが、セラフィリアさんが浄化された時の“瘴気の鎖がほどけていった”という発言で、ボクは気づいた。

 ――“瘴気に侵され変質している”という考えが間違いだったのではないか。“瘴気に絡みつかれて、元の姿が見えなくなっている”だけではないか、と。ならば、ほどいていけば元の姿が見えてくるのではないかと仮説を立てました」


セラフィリアが驚いたように目を瞬かせる。

「……ほどく?」


「はい。瘴気は侵蝕ではなく、絡まりだとすれば、結び目を探して一つ一つほどいていけるのではないかと考えたんです。


なるほど――と思った。

聖剣の光は、確かに瘴気を“消す”という攻撃的なものよりも、“戻す”ような優しい光だった。


「その発想の転換が、ボクの研究を完成へと導きました」

エミリオは胸に手を当て、静かに言った。

「あなたたちがいなければ、僕はこの魔法を完成させることはできなかったでしょう」


僕は少し照れくさくて、後頭部をかいた。

「……そう言われても、僕は何もしてないような気がするけどな」


「いいえ」

エミリオは首を横に振る。

「あなたが彼女を浄化しないと、彼女がその感覚を言葉にできなかった。あの言葉がなければ、この理論は生まれなかったんです」


セラフィリアが横で、ふっと柔らかく笑った。

「……リアンさん、私だけでなく、彼まで救っていた……ということですね。


「い、いや……それは言い過ぎだよ」

「いいえ、事実ですよ」


そのやりとりに、アネッサがくすっと笑い、アイゼンが「照れてら」と言って笑った。

クラリスも微笑んで「誇っていいと思うわ」と静かに続ける。

レオは黙ってうなずいていた。


エミリオはその空気を見て、さらに少し嬉しそうに笑った。

「……皆さん、本当にありがとうございます。これで、ようやく“浄化”という概念が確立できた。

 ですが、まだ魔力消費は大きいです。ボクの魔力量では一人浄化すれば三日は休まないといけません。それに、まだ扱いが難しい。けれど――もっと改良を重ねれば、誰でも扱えるようになるはずです。

 瘴気による犠牲を、なくせる日が来るかもしれない」


その瞳には、疲れよりも強い希望が宿っていた。

純粋な学問の情熱。それが誰かを救う力に変わっている。


セラフィリアはそんなエミリオを見つめ、優しく言った。

「……あなたの努力が、多くの人を救うわ。これからも、頑張って」


「もちろんです!」

エミリオはまるで子どものように嬉しそうに笑い、胸を張った。


僕達はその姿に笑いながら、研究室をあとにした。

廊下に出ると、窓から朝の光が差し込んでいた。

その光は、昨日の湖面の輝きと同じように――温かく、優しかった。


 午後の陽光が傾きはじめた頃、僕らは王城の作戦室へと呼び出された。

 重厚な扉をくぐると、そこにはすでにロザリンド、ノワール、老参謀、ヴァルディス、カリーナが並んでおり――さらに援軍として到着した七曜魔のうちの三人の姿があった。



 ロザリンドが場を仕切るように前へ出る。

「知っている者も多いだろうが、顔合わせの意味を込めて紹介する。今回の作戦に際して魔導国から増援に来ていただいた、七曜魔の三名――烈火のグレン殿、妖水のネレイア殿、悠木のアルボレア殿だ」


 最初に口を開いたのは、全身を覆う紅の装甲に金棒を担いだ長身の女性。

 燃えるような赤い肌に映える白髪と鋭い牙、額には二本のツノが生え、そして何より、黄金の瞳がギラギラと輝いている。


「アタシがグレンだ。鬼族も連れてきている。喧嘩なら任しとけ!」

 豪快に笑い、拳で胸を叩く。その勢いに、思わず僕も背筋を伸ばした。


 続いて、半透明な体を持つ青髪の女性が手を挙げてにこっと笑う。

「はーい、わたしネレイア。グランドスライム。よろしくね、みんな」

 人懐っこい笑みだが、僕はレオを嗜虐的に見つめていたこの視線を忘れていない。


 そして最後に、一際落ち着いた雰囲気をまとった女性が口を開く。

 緑の肌に金色の髪、慈愛をたたえた笑みを崩さずに自己紹介をする。

「アルボレアと申します。精一杯、頑張らせていただきますね」

 その母のような微笑みは、不思議と緊張を和らげてくれる。


 ロザリンドが一歩前に出て言う。

「以上の三名と鬼の一族が魔導国からの援軍だ。それから公国の陸戦軍も追加で派兵していただいた。――では、本題に入ろう」


 彼女は机に広げた地図へと指を置いた。

「二日後、我々は“門”を開いて悪魔領へ奇襲を仕掛ける。開門座標は三番目の記録地点。首都の裏路地――敵の中枢に最も近い地点」


 その言葉に、室内の空気が一段と引き締まる。


「目標は二つ。第一に、敵戦力の殲滅。第二に、可能であれば“五芒星”の一角を撃破すること」

 ロザリンドの声は静かだが、確固たる意志がこもっていた。


 ヴァルディスがニヤリと笑う。

「いよいよってわけだな。あの連中を叩き潰すチャンスが来たか」


 老参謀が低く言葉を挟む。

「ただし油断は禁物じゃ。敵幹部の戦闘力は高いと聞く。奇襲が決まれば勝機、長引けば地獄よ」


 ロザリンドがうなずき、説明を続ける。

「第一波はグレン殿率いる鬼族の突撃部隊と、公国の機戦隊。正面突破を担う。勇者一行とネレイア殿もここに混ざってもらう。

 第二波は魔導国の歩兵隊と公国の陸戦軍で側面を制圧。

 第三波はアルボレア殿の指揮の元、魔導国の魔法部隊。後衛支援と撤退路の確保を担ってもらう」


「了解。速攻・殲滅・撤収、だな」

 グレンの声はどこか楽しげで、だが獣のような鋭さを帯びていた。


 ロザリンドが補足する。

「門は魔法部隊が開閉の操作を行う。何があっても魔法部隊は守り抜け。それができなければ全滅だ」


 アイゼンが手を挙げる。

「補給は? 敵の激しい抵抗が予想できる。補給や支援は盤石にしておくべきだろう」


 アルボレアが微笑みながら答えた。

「補給、支援は私に任せてちょうだい。必ず私が守ってみせるわ」

 柔らかな口調に反して、その瞳には強い芯があった。


 ネレイアが指をくるくる回しながら言う。

「ふふっ……、敵地のど真ん中って……食べ放題ってことだよね? 楽しみだなぁ……」


 ロザリンドが答える。

「楽しむのはけっこうですが、本来の役目もお忘れなく」


 そんなことを考えている間にも、作戦の骨子が固まっていく。

 短期決戦、電撃突撃と迅速な撤退。無駄な持久はなし。

 やるなら一気に叩く、それが全員の共通認識だった。


 ロザリンドが最後に言葉を締めた。

「作戦実行は二日後。今日・明日で装備と魔力の補給を完璧に整えておくこと。――失敗は許されない」


 沈黙のあと、グレンが金棒を肩に乗せて笑う。

「いいねェ! 久々に血が騒ぐ戦になる! 悪魔ども、覚悟しておけよ!」


 ネレイアがにこにこと笑いながら。

「あたしも楽しみ……悪魔って、どんな味かなぁ?」


 アルボレアはそんな二人を見て、穏やかに笑った。

「まったく……元気ねぇ、あなたたちは。――でも、頼もしいわ」


 僕はそんな光景を見ながら、胸の奥が少し熱くなっていた。

 二日後、決戦が始まる。

 ヴァレリアがゴルド・レグナを降したおかげで格段に動きやすくなった。今度は僕たちの番だ。


 絶対に、負けられない。

読んでくださってありがとうございます。

少しずつ追い風が吹いてきました。リアン達のこれからの戦いはどうなるか、今後をお楽しみに。

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