第八十五話 王都への帰還
第八十五話
凍結を砕いた門の向こうから、まぶしい光が差し込んでいた。
それは王都の日差し――僕たちが再び帰ってきたことを告げる光だった。
だが、その光を一歩踏み越えた瞬間、空気が変わる。
ぴん、と張りつめた気配。
無数の槍の穂先が、弓矢が、こちらに向いている。
「……やっぱり、そうなるよな」
僕は苦笑して、手を軽く上げた。
門の外側――王都側の広場には、すでに数十人の兵が待ち構えていた。
彼らの表情には驚きと警戒が入り混じっている。
封印していたはずの門が、突然吹き飛んだのだ。
当然、敵襲と判断してもおかしくはない。
「待て! 撃つな!」
僕よりも先にカリーナが前に出た。
彼女は両手を広げて、兵たちに呼びかける。
「落ち着け! あたしたちだ! 潜入に向かっていた勇者リアン一行と機戦隊のカリーナ、ドミニク、ダッチだ!」
ざわめきが広がる。
「リアン……?」「勇者殿か……!」「無事に帰ってきたのか!」
兵たちの視線が一斉に僕に向けられた。
正直、こんなに注目されるのは落ち着かない。
それでも僕は一歩前に出て、静かに頷いた。
「事情があって、この門から出てきた。
……済まないけど、すぐに門を凍結し直してほしい。
それと、湖畔の門も同様に頼む」
僕の言葉に、前列の兵が即座に敬礼する。
「はっ! すぐに伝令を!」
その声を皮切りに、兵たちが慌ただしく動き始めた。
伝令が駆け出し、魔法部隊の詠唱準備が始まる。
なんとか撃たれずに済んだ。
「……ふぅ」
カリーナが息を吐き、僕の隣で小さく笑う。
「生きて帰ってきたんだ。堂々としてりゃいいのよ」
「そう言われてもな……」
まだ全身が重く、頭の奥がじんじんする。
でも、仲間たちは無事だ。
それだけで十分だった。
背後を振り返る。
アネッサも既に回復し、門から広場のクレーターを見下ろしている。
セラフィリアは静かに翼を畳み、白い羽に太陽の光を受けていた。
――あの光景が嘘みたいだ。
本当に、ここまで帰ってこられたんだ。
「さて……まずは報告、だな」
僕の言葉に、仲間たちは頷いた。
「作戦室に戻ろう。全部、伝えないと」
再び歩き出す。
門の封印を再び凍結させる詠唱の声を背に受けながら、
僕たちは王都の中心――王城の作戦室へと向かっていった。
作戦室の扉を押し開けた瞬間、張りつめた空気が肌を刺した。
磨き抜かれた床の中央、長卓の向こうに座る五人の顔――ロザリンド、ノワール、ヴァレリア、老参謀、ヴァルディス。
誰もが一様に険しい表情をしていた。門の封印が吹き飛んだのだ。理由を知らぬ者などいない。
「……戻りました。報告します」
僕――リアンは一歩前に出た。
仲間たちの視線を背に受けながら、息を整えて口を開く。
「湖畔の門の出口は、悪魔族の大陸……その首都、ヴァスヘルに繋げられていました。
転移直後、敵の軍勢に包囲され、潜入どころか生還すら困難な状況に。
どうにか突破し、敵の追撃を振り切って安全な地点の座標を記録しました。
その後、“五芒星”の一員――エリスと交戦。
彼女の瘴気は尋常ではなく、こちらも甚大な被害を受けましたが……聖剣と光魔法で浄化し、仲間を救出。
最後は門の封印を破壊し、帰還しました」
静寂が落ちた。
報告を受け止める五人の視線が、重く、鋭く僕に注がれる。
「……つまり、敵の首都に直結していたというのだな」
最初に口を開いたのはロザリンド。
その声は鋼のように強く、凍りつくほど冷たい。
「こちらが出口を弄れるようになったということは、向こうもできて然るべき、ということか」
彼女は机に両手をつき、僕を真っ直ぐに見据えた。
「……はい」
「厄介ね」
ロザリンドが低く呟いた。視線は鋭いが、怒りよりも憂慮が勝っているようだった。
「ふむ、なるほどのう」
老参謀が顎に手をやり、穏やかに笑う。
その声には年輪を感じさせる深みがあった。
「首都に繋げればわざわざ待ち伏せする必要もない。そして向こうからは補給も容易。考えたものだ。
……いずれにせよ、首都に繋がる以上この門は使えまい。敵が侵入してこないうちに塞がねばならんのう」
「……その状況で、よく誰一人欠けずに帰ってきたな」
ヴァルディスが低く笑い、腕を組んだ。
声は豪快で、部屋の空気を一瞬で変える。
「敵の真っ只中から生きて帰っただけでも大手柄だ。よくやった!」
「任務も達成し、生きて戻った。仔細はどうあれ、成功と言えるだろうな」
ヴァレリアが、椅子の背に体を預けながら冷ややかに言う。
傲岸な笑みを浮かべ、指先で髪を払いのけた。
「座標のほとんどは首都だという話だが……上手く使えば敵の頭を直接叩ける。悪魔族がこちらに攻め込むリスクもあるが、リターンも計り知れない。……更には敵の幹部の能力を暴いたオマケ付き。良い働きだ」
「……それでは、情報を整理しましょうか」
ノワールが静かに言った。
彼女の声は氷のように冷静で、無駄がない。
「エリスという名前だけは以前から出ていました。今回得た情報は、瘴気操作に長けた個体ということ。
その彼女を退けた……となると、リアン殿。あなたの光魔法、そしてその剣――聖剣は、エミリオ殿の読み通り瘴気に対して完全な優位性を持つ可能性があります」
「……エリスの瘴気を浄化したとき、セラフィリアを元の天使に戻すことができた。――この力は、瘴気の影響で変質した肉体を元に戻すことができる。……魂は、わからないけど」
僕の言葉に、ノワールの瞳がわずかに細められる。
「興味深いものです。瘴気に堕ちた存在を“元に戻す”力……女神の加護の顕現、ということかもしれませんね」
老参謀が頷く。
「ならば、いよいよこの光をどう扱うかが鍵じゃな。戦略的価値は計り知れん」
ロザリンドが短く息を吐き、椅子に腰を下ろした。
指先で机を叩きながら、低く言う。
「――門は再封印する。凍結だけでは足りない。明日から魔法部隊を動員して二重結界を張る。
リアン、お前たちはその間、少し休め。任務は成功だ。よくやった」
最後にノワールが呼びかける。
「リアン殿。エミリオ殿にもセラフィリア殿の状態を見せてあげたらいかがでしょう。彼の研究も進んではいますが、まだ完璧とはいきません。助けになるかもしれません」
「……そうだね、そうするよ。その後に休ませてもらおうかな」
僕は仲間と共に医務室の奥にある研究室へと足を運ぶことにした。
読んでくださってありがとうございます。
今日は二話投稿してみました。なんだか久しぶりな気がしますね。




