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第八十四話 熾天使

第八十四話


――それから、少しの時間が経った。

太陽は更に高い位置に昇って僕達を照らしている。

冷たい風が吹き抜け、地面に刺していた聖剣の刃が柔らかく光った。

その光に照らされるようにして、セラフィリアが小さく呻き声を上げた。


「……ん、あれ……? ここは……」

瞼がゆっくりと開き、彼女の瞳がこちらを映す。一瞬の違和感を覚えるも、それよりも先に僕は思わず笑っていた。

「よかった……! 気がついたんだな」


「リアン、さん……? みんなは……」

「全員無事だ。瘴気も、全部浄化できたよ」


そう言うと、彼女の瞳に涙が滲む。

「……ありがとう、リアンさん。私……迷惑ばかりで……何度も……」

「迷惑なもんか。僕達は仲間じゃないか。今は、助かったことだけ考えよう」

僕はその手を握り返した。

あたたかくて、確かに生きている。


そのとき、レオが何かに気づいて声を上げた。

「……ちょっと待って。セラフィリア……君の翼、どうなってる?」


「……え?」

彼女が戸惑って自分の背後に手を回す。

そして、驚きの声を漏らした。

「……白い……? そんな……私の翼、え……?」


クラリスが息を呑む。

「まさか……堕天の影響が、完全に消えた……?」


セラフィリアは震える手で、自分の頭上に触れた。

輪っか――以前は割れていたそれが、いまは完全な形で輝いている。

金色の光を宿した、かつての聖なる輪。


 ――その瞬間、僕も先ほどの違和感の正体に気づいた。瞳と髪の色だ。翡翠の瞳は紅蓮に変わり、白銀の髪に一筋垂れていた水色も赤に変わっている。もしかして、彼女の本来の力は――。

彼女はしばらくその感触を確かめるように触れ続け、やがて、涙をこぼしながら微笑んだ。


「……戻ってる……私、戻ってます……! あの、熾天使だった頃の私に……!」

「リアンさん……あなたが、私を……堕天した私を……救ってくれた……! 感謝してもしきれません……!」


僕は首を横に振った。

「救ったなんて大袈裟だよ。僕はただ、夢中だっただけだ。仲間を失いたくない、その気持ちに従っただけだよ」


セラフィリアは静かに目を閉じ、手を胸に当てた。

「……こんな光を感じるのは、いつぶりかしら。

 ありがとう、リアンさん。私のこの力……きっと、役に立てて見せます」


朝の光が、彼女の白い翼を照らす。

羽ばたくたびに、淡い金の粒子が舞い、太陽の光を反射してキラキラと輝く。

それはまるで、絶望の果てに差し込む――ひとすじの希望そのものだった。


 僕達は再び空間の裂け目の前に立った。もはや邪魔する者はいない。この門が王都へ戻る唯一の道だ。躊躇うこともなく、裂け目に入り込む。奥に見える光は凍結のせいでいつもより淡い。だが、僕達を導くには十分だった。


「……着いたな」

見上げるほどに大きな裂け目。その中央を、厚く凍てついた氷が塞いでいた。

この氷をどうにかしないと、僕達は王都に戻ることができない。


僕は深く息を吸い、聖剣を抜いた。

その刃は、まだわずかに光を帯びている。

だけど、その光は先ほどのような眩さはもうない。

体の芯まで冷えているように、魔力が上手く回らなかった。


「……リアン、大丈夫?」

クラリスが心配そうに声をかけてくる。

「うん……ちょっと、疲れただけだ」

笑ってみせるけど、自分でもわかっている。

もう、限界は近い。

それでも、ここで止まるわけにはいかなかった。


僕は剣に炎の魔力を流し込む。

聖剣の刃が赤く輝き、熱が走る。

クラリスが補助魔法を唱え、背中に温かな力が流れた。

「――いくぞッ!」


炎を纏わせた聖剣を、凍結の中心に叩きつける。

轟音が響き、氷が揺らぐ……が、それだけだった。

ひび一つ、入らない。

剣が弾かれ、手から感覚が消える。

膝をついた僕を、仲間たちが慌てて支える。


「……くそっ、もう、力が……!」

唇を噛む。諦めるわけにはいかない。

もう一度立ち上がろうとしたそのとき――


「リアンさん。少し、休んでください」

前に出たのは、セラフィリアだった。

完全に回復した彼女が、静かに僕の肩に手を置く。

白く輝く翼が、柔らかく揺れる。


「氷魔法の弱点は……炎魔法、ですよね?」

その言葉にクラリスが頷く。

「そうだけど……まさか、あなたが?」

「ええ。実は私、炎魔法のほうが得意だったんです」


セラフィリアは微笑んでから、クラリスに向き直る。

「補助魔法をお願いします。少しだけ……あなたの力を、貸してください」

「……ええ。お願い」


クラリスが詠唱を始めると、淡い光がセラフィリアの体を包み込む。

風が巻き起こり、白い髪が舞い上がった。

彼女は両手をまるで弓を引き絞るように構えた。

次の瞬間――構えに合わせるように炎の矢が構築される。


「――皆さん、少し離れてください」

その声に、全員が息を呑む。まるで炎の中にいると錯覚するような、凄まじい魔力をその炎の矢から感じる。彼女の横顔は炎に照らされ、その瞳は真っ直ぐに凍結を見据えていた。

魔力を帯びて輝く白翼と、燃え上がる紅蓮の炎。

二つの光が、彼女の腕の中で一つになる。


「行きます……!」


放たれた瞬間、世界が赤く染まった。

爆音とともに炎の矢が空気を裂き、門の氷に直撃する。

爆発が起こり、凄まじい熱風が僕たちの頬を焼いた。

眩い光が視界を埋め尽くし、思わず目を閉じる。


……そして。


「……成功、したのか……?」

恐る恐る目を開けると、

氷の壁は跡形もなく消え、崩れた破片の隙間から――王都の風が吹き込んできた。


「……やった……」

クラリスが呟き、レオが笑い、アネッサが歓声を上げる。

セラフィリアはふぅ、と息を吐き、静かに構えを解いた。

炎の残滓が風に散り、彼女の頬を赤く照らしていた。


僕はその姿を見ながら、胸の奥で小さく呟いた。

「ありがとう、セラフィリア。……君の光に、助けられたよ」


セラフィリアが慈愛をたたえた天使の微笑みを見せる。

「いえ。今度は、私が――あなたを助ける番です」


王都の光が門を抜け、僕たちを照らした。

凍結は砕け散り、道は再び――王都へと繋がっていた。

読んでくださってありがとうございます。

熾天使の力が戻りました。力を取り戻したセラフィリア。これからの活躍をお楽しみに。

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