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勇々戦記 ー勇者リアン、迷いと覚悟の旅路ー  作者: ヨルイチ
第二章 フェルグラッド公国編
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第八話 哀しき機械

公国編もあと少し。

第八話



 燃え盛る建物から黒煙が天へと昇り、公国の街は一瞬にして騒乱に包まれた。避難を叫ぶ声、鐘の音、兵士たちの怒号が響き渡る。だが、その混乱をよそに、ザイラスの狂気はさらに加速していた。


「機人――! 奴らを皆殺しにしろ」」


命じられた機人は苦悶の声を上げるように身を震わせ、赤い光を帯びた瞳から涙がこぼれた。

「……だめ……逃げて……!」

その言葉と同時に、強制命令に抗えず刃を振るい、魔力弾を放ち始める。


「姉さん!」

アイゼンが必死に叫ぶが、その声は届かない。


ザイラスは狂気の笑みを浮かべ、新たな指令を下す。

「さらに力を与えてやろう……!」


アイリスの身体が悲鳴のような金属音を立てて変形する。背部から追加の装甲が展開し、両肩から二本の巨大な機械腕がせり出した。片方には大剣を振るうための関節強化が、もう片方には弩砲のような魔導砲が埋め込まれている。


四本の腕を備えたその姿は、まさに戦場にそびえる「人型要塞」だった。

近距離では二刀流のごとき斬撃を浴びせ、遠距離では無数の光弾を降り注がせる。その圧倒的な力に、僕たちは一瞬で防戦一方に追い込まれる。


「……やめろ、姉さん! その力を使うな!」

アイゼンが必死に呼びかけるも、アイリスは止まらない。


「……もう、やめて……お願い、逃げて……」


涙を流しながら襲いかかる「姉」を前に、僕達はいよいよ命を懸けた決戦へと臨む――。


 

 炎と悲鳴に包まれる街の中央で、圧倒的な「人型要塞」に追い詰められていた。

アイゼンがギルドに展示されていた槍をとって駆け寄ってくる。

「俺はアイゼン! 縁あって助太刀する!」


僕はうなずき、戦場に加わる新たな同志を迎えた。六人の力が束ねられ、必死の連携が始まる。

だが、四本の腕を持つ機人――アイリスは遠近を自在に切り替え、押し寄せる刃と光弾で休む間も与えない。さらに全身に組み込まれた対魔装置が仲間たちの魔法を無力化し、逆に干渉を与えて術式を乱す。


「くっ……防御も攻撃も桁違いだ……!」

僕は剣で光弾を弾き返しながら歯を食いしばる。


形勢は明らかに不利。そこへ街を守る憲兵の小隊が駆けつけた。指揮を執る将軍は歴戦の戦士と一目でわかる猛者。

「市街をこれ以上荒らさせはせん!」


機人の斬撃を紙一重で躱し、将軍は鋭い突きを繰り出す。その槍先が金属の悲鳴を上げ、アイリスの左腕を吹き飛ばした。

「やった……! 隙ができた!」


一瞬弱まった攻撃の波。その刹那を逃さず、アネッサが猛スピードで背後に回る。

「背中、ガラ空きっ!」

高く跳躍し、背面装甲へ渾身の一撃を叩き込んだ。硬い外殻が砕け、内部の魔力回路に亀裂が走る。


「……っ!」

アイリスの体が痙攣し、対魔装置が火花を散らして停止した。魔法防御は大きく低下し、干渉による妨害も弱まる。


僕達の周囲に再び魔力の奔流が蘇り、戦況は大きく揺らぎ始めた――


「……させるかあああ!!」


 冷静さを欠いたザイラスが叫び、遠距離兵器を乱射するが、爆炎と轟音に怯えたのか狙いは定まらない。撃ち込まれる矢も弾も、僕たちには届かず虚しく散っていった。


 その混乱を突いて、僕はアイリスへと肉薄する。剣を強く握り、渾身の一撃を叩き込むと、残っていた右腕が崩れ落ちた。これで遠距離攻撃の手は封じた。


 クラリスの祈りの声が響き、光が仲間を包む。ノワールの身体に魔力が満ちる。そしてレオが風で黒煙を吹き払い、視界が一気に開けた。

 ノワールは瓦礫を浮かせ、それを集めて巨大な石の斧を形作る。その一撃で、アイリスの左腕が次々と砕け、左足までも粉砕される。


 耳を裂くような悲鳴が響き渡り、アイリスの体が崩れ落ちた。

 僕は剣を構えたまま動けなかった。彼女の流した涙が、炎に照らされて煌めいていたからだ。


「……姉さん」


 アイゼンが歩み寄る。その顔は苦悩に歪み、しかし目は逸らさない。槍の穂先を震える腕で構え、横たわる姉を見下ろす。


「……ごめん。俺が、もっと早く……」


 アイリスの声は震えていた。遺していく弟を案じているのか、もう動かない体で精一杯微笑む。


「……ごめんね……つらいこと……させちゃって……もう、終わらせてほしいの……幸せになってね…………愛してるわ、アイゼン……」


 僕は息を呑み、剣を下ろした。もう、僕の役目じゃない。

 アイゼンは目を閉じ、深く息を吐き、躊躇いながらもゆっくひと槍を突き立てた。


 金属が砕ける音と共に、アイリスの動きが完全に止まった。

 彼女の瞳に宿っていた光は消え、ただ静寂だけが残る。


 燃え盛る炎の中で、アイゼンは姉の亡骸に手を伸ばし、掠れた声で名を呼び続けていた。

 僕はその姿から目を逸らせなかった。戦いの勝利よりも、ただ胸に残るのは痛ましい喪失の重さだけだった。


  アイゼンの叫びが、炎と轟音の渦の中で虚しく響き渡っていた。

 その時、不意に空が裂けるような音がして、大粒の雨が降り始めた。

 火の粉を打ち消すように雨が地面を叩き、燃え上がる建物を黒煙と共に鎮めていく。


 雨はまるで、アイゼンの涙を代わりに降らせているかのように思えた。

 彼は姉の亡骸に縋り、嗚咽を漏らし続けていた。声は雨に溶け、誰にも届かない。


「……まだだ……!」


 怒声と共に、ザイラスが立ち上がった。

 髪は乱れ、眼は血走り、口元には泡を吹いている。完全に冷静さを失い、射撃用の兵器に手を伸ばす。

 狙われたのは、姉を討ったアイゼンだった。


 僕は剣を構え直し、駆け出そうとした。だがその前に、憲兵たちが飛び込んだ。

 将軍の鋭い号令が響く。


「取り押さえろ!」


 数人の兵がザイラスを押し倒し、彼は狂ったように叫びながらも地面に組み伏せられた。

「放せ!あれは私の機人だ、私の理想だ!貴様らには分からん!」

 その叫びも、雨と轟音にかき消されていった。


 やがて、将軍が前に進み出た。鎧を濡らしながらも毅然と立ち、僕たちを見渡す。

 街は騒然としていたが、その声ひとつで場が締まるようだった。


「状況は理解した。だが……」

 将軍の眼が僕たちに向けられる。

「この一件、貴様らが深く関わっていることは明らかだ。憲兵詰所まで来てもらう。詳しく事情を聞かせてもらうぞ」


 雨に打たれながら、僕は剣を鞘に収めた。

 勝利の余韻はなく、ただ重苦しい現実だけが僕たちを包んでいた。




  詰所の空気は重苦しかった。

 石造りの壁に囲まれた狭い一室、机を挟んで向かい合うのは憲兵の将軍。鎧の水滴を拭うこともせず、鋭い眼差しで僕たちを射抜いている。背後には副官らしき兵も立ち、筆を走らせていた。


「――では、順を追って説明してもらおうか。君たちはなぜギアフロントの本部にいた?」


 僕は深く息を吐いた。

 言葉を選ばねばならない。だが、何も言わずに黙っていることはできなかった。


「……大公への謁見を終え、帰路についたところでギアフロントの者たちに襲われました。魔法を封じる装置を使われ、抵抗もできずに拘束され……そのまま本部へ連行されたのです」


 将軍の目がわずかに細められる。

 僕は続けた。


「そこで、ザイラスという男から……目的を知らされました。彼は、人を素材にして『機人』と呼ばれる兵を造り出そうとしていた。証拠として、僕たちの目の前で旅人が犠牲にされ……」


 言葉が途切れる。胸の奥から怒りと吐き気が蘇り、拳が震えた。

 机の下でクラリスが小さく手を添えてくれ、僕はなんとか息を整える。


「……その後、ザイラスの娘――アイリスが現れました。彼女は既に機人にされていたはずでしたが……理性を失っていませんでした。なぜなのかは分かりません。ただ、彼女は僕たちを逃がそうとし、時間を稼いでくれたのです」


 将軍は眉をひそめる。

 僕はその視線を正面から受け止め、さらに言葉を重ねた。


「しかし、ザイラスは彼女に命令を下し……強制的に僕たちを襲わせました。戦闘の最中、アイゼンが現れ、共に戦ってくれました。そして……皆の力を合わせて、アイリスを止めるしかなかった。あの結末に至ったのです」


 机の上で雨の滴る音がやけに響く。

 僕は歯を食いしばり、唇を噛んだ。


「――これが、僕たちが見てきた一部始終です」

 

  将軍は長い沈黙の後、机に置いた拳を小さく叩いた。

「……信じ難い話だが、状況は確かにそれを裏付けている。現場からは機械の残骸が見つかっているし、兵士たちも証言を一致させている」

 低い声が詰所の空気を一層重たくした。


 将軍の視線が横に座るアイゼンへと向けられる。

「――アイゼン。君は、ザイラスの動機に心当たりはあるか?つらいだろうが、よかったら聞かせてくれ。ザイラスの息子として、そしてあの哀れな機人――アイリスと血を分けた弟として」


 アイゼンは深く息を吐き、静かに口を開いた。

「……俺がまだ五歳のころの話です」


 その声音は淡々としていた。だが、どこか感情を押し殺したような硬さがあった。


「父は――ザイラスは、かつてはよき父親でした。俺たたが生まれても一番愛しているのは妻だと言い切るほどの愛妻家で……けれど、俺たちへの愛情も惜しまない。理想的な父だった」


 一瞬、アイゼンは言葉を切り、天井を見上げる。

 まるで、その時の父の笑顔を思い浮かべているようだった。


「それが崩れたのは、ある日の食事の最中でした。公国内のレストランで、家族四人で食事をしていた時……隣接するギルドの工房で爆発事故が起きたんです。俺と姉と父は軽傷で済みましたが……母は運悪くトイレに行っていて、工房に最も近い場所で爆発を受けてしまった」


 将軍も副官も表情を動かさない。ただ静かに耳を傾けている。

 アイゼンは拳を握りしめ、淡々と続けた。


「すぐに医療施設に運ばれ、当時最先端の治療を受けました……けれど、助からなかった。母はそのまま亡くなりました」


 その瞬間、彼の声にかすかな震えが混じった。


「――あの日を境に、父は変わりました。公国の技術に絶望し、今以上の技術を生み出さねばならないと狂ったように研究を始めたのです。当時運営していたギルドも、次第に怪しい実験場と化していきました」


 アイゼンは唇を噛み、目を伏せた。


「姉が……なぜ実験台となったのか、俺には分かりません。父が何を思って……どういう経緯で……彼女をあの機械に組み込んだのか……それだけは、最後まで知ることはできませんでした」


 言葉を終えると、詰所に重苦しい沈黙が広がった。

 雨音が窓を打つ音だけが響き、誰もすぐには口を開かなかった。


  長い沈黙のあと、将軍は重たげに椅子の背もたれに体を預けた。

「……ザイラスの件は、もはや明白だな。罪状は余りにも重い。多数の誘拐と殺人、倫理にもとる非道の研究。どれも大罪だ。極刑は免れないだろう」


 淡々と告げられた言葉に、アイゼンはわずかに目を伏せる。父であった男の末路を聞いても、涙を流すことはなかった。


 将軍は次に机上の報告書へと視線を落とし、ゆっくりと続けた。

「――問題は、アイリスだ」

 リアンは息を呑んだ。アイゼンも険しい表情でうつむく。


「彼女の存在は記録に残さざるを得ない。生きた人間を機械に組み込む技術、前例などあるはずもない。記録は記録として……公式には“ギルドによる被害者のひとり”と報告されることになるだろう。これ以上、彼女の名誉を穢す必要はない」


 その声には軍人としての冷徹さと、人としての哀悼が同居していた。


 そして、将軍の鋭い眼差しがこちらに向けられる。

「勇者よ。君たちについては……大公への謁見を終えた帰路に襲撃され、対魔装置で拘束され、あの地獄に巻き込まれた。状況は理解している。諸君を罪に問うことはない」


 クラリスは静かに胸に手を当て、短く「ありがとうございます」と礼を述べる。


 だが将軍はすぐに言葉を切り替えた。

「だが、この件における諸君らは“当事者”だ。ゆえに公国としては、一定期間ここに留まってもらうことになる。聴取と報告がすべて終わるまでは自由行動は制限させてもらう」


 僕は静かにうなずいた。逃げるつもりも、隠れるつもりもなかった。あの地獄を見た以上、僕たちが証言しなければならない。


 最後に、将軍の視線はアイゼンへと注がれた。

「――アイゼン。お前は……父ザイラスを止めた。その勇気と行動は評価されるだろう。だが同時に、ギルドの一員であり、そして――ザイラスの共犯者でもある。望む望まざるに関わらずな。違うか?」


 アイゼンはまっすぐ将軍を見返し、静かに頷いた。

「仰るとおりです。俺は……父ザイラスの凶行を黙って見ているどころか、誘拐に関与したこともあります。処罰は覚悟の上です」


 将軍は短く息を吐き、頷いた。

「よかろう。では……この件はここで一旦区切りとする。各人、今日は休め。詳細な聴取は明日以降に行う」


 雨音が途切れぬまま、詰所の空気はまだ重く、誰一人として安堵の表情は浮かべていなかった。


  詰め所の一室。

 窓には雨粒が叩きつけられ、照明がついているのに部屋はなんだか薄暗く感じる。僕たち六人は簡素な机を囲み、それぞれの疲れを隠しきれないでいた。


「……どうして、あんなことに」

 クラリスがぽつりと呟く。両手を組んで額に当て、深い溜息をついた。


 ノワールは目を閉じたまま、険しい表情で黙っている。炎を放ったときの激情の残り香が、まだその身体に纏わりついているように見えた。

 レオはそんな彼女に声を掛ける勇気を持てず、ただ手の甲をぎゅっと握り込んでいる。


「……少なくとも、姉さんは最後に人として終わることができた」

 アイゼンの声は低いが、どこか自分に言い聞かせるようだった。


 アネッサは床に座って壁にもたれたまま、嫌悪感丸出しで言う。

「人を材料にするような狂った真似……あたしには到底理解できないね」


 それぞれが言葉を交わし、やがて会話も途切れた。

 静寂の中、雨音と憲兵たちの足音だけが遠くから響いていた。


 そのとき――扉が開き、一人の憲兵が入ってくる。

「アイゼン殿。……ザイラスが面会を望んでいる」


 一瞬、空気が張り詰めた。

 アイゼンは目を伏せ、短く息を吐く。そして、僕を見た。


「リアン。……一緒に来てほしい」

 その声には、迷いと恐怖、そして決意が混ざっていた。


 僕は迷わず頷いた。

「わかった。行こう」


 憲兵二人に前後を固められ、僕とアイゼンは詰め所を後にする。

 雨に濡れた石畳を進む足音が、やけに重く響いた。

 これから待つ対面が、最後の決着になる予感がして――胸の鼓動が早まるのを、僕は抑えられなかった。


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