第七十八話 再潜入
第七十八話
「……まぁ、こんなとこだろう。各自、顔と名前は一致させておくように」
ロザリンドが言葉を締めくくると、作戦室の空気がふっと緩んだ。
彼女は立ち上がり、参加者たちを見渡す。
「潜入作戦は明朝から開始する。集合場所は王都の正門前――夜明けとともに出発。
各員、必要な準備と休養を忘れるな」
カリーナたち機戦隊の面々が敬礼をし、僕らは頷いた。
それぞれが一礼して退出を始める中、僕たちは軽く会釈を交わし、部屋をあとにした。
夕暮れが迫る王都の一角。
宿舎の部屋に戻った僕たちは、潜入に必要な装備の確認を始めていた。
「簡易水晶灯、三つ。魔力回復薬、七本……結界装置は?」
クラリスが手際よくチェックリストを読み上げ、レオがそれに答える。
「……二つだけだ。あと二つは欲しいね。あとで補充しておくよ」
床の上には、魔導具や薬品、保存食、そして武器の手入れ道具が整然と並べられていた。
淡々とした準備作業の音だけが、部屋の中に響く。
その中で、ひとり――アイゼンが黙り込んでいた。
彼は壁際に腰を下ろし、無骨な手で自分の腕甲を磨きながら、どこか遠くを見つめている。
「……機戦隊、か」
誰に向けるでもなく、ぽつりと呟いた。
その横顔には、いつもの穏やかさとは違う影が落ちていた。
あの機械の腕を持つカリーナ。
そして、彼女の言っていた“ザイラスが遺した技術”――
それは、アイゼンの父親であったザイラスが引き起こした哀しい事件。彼はこの事件で、姉と父を同時に失った。その発端だったともいえる機人技術を流用して作られた部隊――。彼の胸中は言葉では言い表せないくらい複雑だろう。
僕たちは、誰もその沈黙を破れなかった。
気まずさというより、ただ言葉が見つからなかった。
クラリスが視線を落とし、アネッサは落ち着かなそうにソワソワしている。
レオは無言で資料をまとめ、セラフィリアはその事件を知らないが、この空気に流されるように黙って包帯の補充をしていた。
静かな時間が流れる。
やがて、アイゼンがひとつ息を吐き、顔を上げた。
「……悪い。変な空気にして。考えごとしてただけだ」
「そんなこと――」
僕が言いかけた瞬間、アネッサがひょいと立ち上がり、手を振った。
「なにそれ、らしくないじゃん。明日が怖いとか言うのかと思ったよ~?」
「はは、そんなわけあるか」
アイゼンが苦笑し、肩をすくめる。
その笑顔にようやく柔らかさが戻ると、アネッサが満足げにニカっと笑った。
「しっかりしてよ〜? 最年長が落ち着かないと、こっちまで緊張しちゃうんだから!」
その軽口に、クラリスがふっと微笑み、レオが肩をすくめる。
セラフィリアは無言のままだが、その表情にも少しだけ穏やかさが戻っていた。
僕は小さく息を吐いた。
ほんの少し前までの重苦しい空気が、いつもの仲間らしい温度に戻っていく。
――明日、僕たちは再び“門”をくぐる。
その先に待つものが何であれ、この仲間たちとなら、きっと立ち向かえる。
そう思いながら、僕はランタンの灯を少しだけ弱めた。
夜はもうすぐ、深く沈み始めていた。
翌朝。
夜明け前の王都は、息を潜めたように静まり返っていた。
東の空が白み始める頃、正門前には九人の影が並ぶ。
僕たち六人に、公国の機戦隊――カリーナ、ドミニク、ダッチ。
出発前の空気はどこか張りつめていたが、戦場へ向かうというより、長い旅立ちに似ていた。
ロザリンドが前に出て、短く言う。
「作戦は予定どおり開始。武運を祈る」
彼女の言葉に僕らは一礼し、門が開かれる。
朝霧の向こう、街道が薄明かりの中に伸びていた。
「じゃ、行こうか」
僕が言うと、アネッサが元気よく頷き、クラリスが小さく微笑んだ。
金属の軽い音とともに、カリーナの機械の腕が光を反射する。
僕たちは最低限の荷物だけを背負って歩き出した。
武具と補給用の小袋、そして記録用の魔道具。それだけだ。
潜入任務――“帰還できないかもしれない任務”という言葉が、心の片隅で静かに鳴る。
街道を抜ける頃には、太陽がようやく丘の上に顔を出した。
鳥の声が少しだけ聞こえ、風が頬を撫でていく。
その穏やかさとは裏腹に、誰も多くを語らなかった。
王都から数刻歩き、太陽が中天に差し掛かる頃。
視界の先に、かつて戦場となった湖畔が見えてきた。
湖面は静かで、空の色を映している。
だが、その湖の端には、凍りついた亀裂のような“異質なもの”が浮かんでいた。
空間がわずかに歪み、氷の薄膜に覆われた裂け目。
魔法部隊施した凍結処理が今もそこに残っている。
「……これが、門か」
ダッチが息を呑む。彼の声は小さく、緊張がうかがえた。
「凍結処理は魔法部隊が解除してくれる。僕らが通ったあと、魔法部隊と歩兵隊が常駐して万一の対処をするはずだ」
僕は門を見ながら答える。
カリーナが頷き、静かに前へ出る。
「……近くで見ると、禍々しさが増すわね。怯んでいる場合ではないけど」
双子との戦いの跡が、目の前に残っている。
えぐれた大地、切り倒された大木、そして微かに感じる瘴気の名残。
僕は深呼吸して仲間たちを見回した。
「これを潜れば、もう敵地だ。準備はいいな?」
「もちろん」クラリスが短く答える。
アネッサが拳を打ち鳴らし、アイゼンが静かに頷いた。
セラフィリアは強い目で見据え、レオは杖を強く握る。
「……じゃあ、行こう」
僕が合図すると、到着していた魔法部隊が一歩前に出て、封印の氷面に手をかざした。
封印が淡く光り、氷が音もなく砕けていく。
その奥から、あの歪んだ光が再び顔を覗かせた。
凍結処理の向こうに眠っていた“門”が、静かに息を吹き返す。
光が揺らめき、空間が波打つ。冷気とともに、異空間の空気が流れ込んだ。
僕は息を吸い、仲間たちを振り返る。
――もう迷いはない。
「進もう。向こう側へ」
そして、僕らは、再びその“門”の中へと足を踏み入れた。
読んでくださってありがとうございます。
もう年の瀬ですね。
年末年始が忙しくてあまり執筆できていませんが、まだ書き溜めはあるのでしばらくは毎日投稿できそうです。




