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第七十七話 潜入計画

第七十七話


side:リアン

 翌朝。

 まだ陽が昇りきらない薄明の頃、僕たちは警戒任務の準備をしていた。空気は冷たく、昨夜の戦いの余韻がまだ地に残っているようだった。

 ヴァレリアがゴルド・レグナを押し返した——その報せは兵の間に瞬く間に広がり、兵士たちの士気は一気に高まっていた。

 そんな兵達を横目に配置につこうとしたとき、伝令の兵士が僕の元に走ってきた。


「勇者殿、作戦室より召集です」


 伝令の声に僕は頷き、仲間たちと顔を見合わせる。

 クラリスが小さく息を吐き、レオは黙って王城のほうを見た。アネッサは珍しく真面目な顔をして、アイゼンは相変わらず落ち着いている。セラフィリアと目が合い、頷き合って歩き出す。


 作戦室の扉を開けると、いつもの顔ぶれが揃っていた。

 ロザリンド、ノワール、ヴァレリア、ヴァルディス、そして老参謀。

 その視線が一斉にこちらに向く。空気が一瞬で引き締まった。


「来たな。座れ、始めるぞ」

 ロザリンドの落ち着いた声に促され、僕たちは席につく。


「まずは報告からだ」

 ロザリンドが手元の資料をめくり、短く息を整える。

「魔導国本国からの伝令によれば——門の開閉機構の解明に成功したとのことだ」


 その言葉に、室内がざわつく。

 老参謀の目が見開かれ、ヴァルディスの指先がわずかに動いた。

 僕も思わず息をのむ。

 門——あの裂け目の制御。それが、できるようになったというのか。


「綿密な準備を要するが、任意の座標に門を開くことが可能だそうだ。また、今繋げられている門の座標をずらすことも可能になる。これで……攻勢に出られるうえ、奇襲にもある程度対応できるようになるだろう」


 ロザリンドの声音には抑えきれぬ熱があった。

 ノワールが静かに頷き、老参謀が「ついにか」と呟く。

 僕の胸にも、希望が広がった。


「それと、公国からの増援である機戦隊がまもなく到着する」

「機戦隊……公国が誇る、鉄と雷の軍勢……だっけ」


「そうだ」

 ロザリンドは頷き、淡々と続ける。

「この報告を受け、作戦を立てた。リアン、お前たちを中心に、機戦隊の一部と合同で行動してもらう。目的は湖畔の門——そこから潜入し、門を開くための準備を整えることだ。詳細は後日、詰めて伝える」


 僕たちは一斉に頷いた。

 新たな任務——だが、それ以上に胸をざわつかせたのは次の話題だった。


「では次の議題に移る。ゴルド・レグナとの決戦についてだ」


 場の空気が一段と重くなる。

 ノワールの瞳が冷たく光り、ヴァルディスが腕を組んだ。

 ロザリンドは地図を広げ、指先で一点を示す。


「決戦の地は——公国南の砂漠地帯とする」


「砂漠……?」僕は思わず口にした。

「さっき言ってた、座標をずらすことで転移させるのか?」


「その通りだ」ロザリンドが頷く。

「広場の門の座標を変更し、砂漠地帯へ繋げる。そこへゴルド・レグナを誘い込み、決着をつける」


 老参謀が眉をひそめた。

「しかし、それはあまりに危険では? 向こうが増援を連れて来たり、魔王殿に万一のことがあれば、公国も魔導国も……」


 その懸念に対し、ロザリンドは冷静に返答する。

「増援はもちろん考慮している。だが、あまり戦力を割くわけにもいかないというのが実情だ」


 それでも老参謀は渋い顔を崩さなかった。

 そんな中、ヴァレリアが静かに口を開く。


「心配はいらぬ。余があやつを仕留めれば済む話だ」


 その声音は凛として、まるで教会の鐘のようだった。

 誰も反論できない。

 だが、僕の胸の奥に、ほんのわずかに冷たいものが残った。

 ——本当に、大丈夫なのか。

 あのゴルド・レグナですら数の力には敵わなかった。たとえヴァレリアでも、万が一があるかもしれない。……それに、敵をたった一人でも取り逃がせば数を増やしていくかもしれないのだ。


 しかし、彼女はすでに先を見ていた。

「だが備えないのは愚かというもの。万が一に備え、七曜魔のひとり——グレンとその配下の鬼族を待機させておく。余が討ち漏らすことはないが、後顧の憂いは断つべきだ」


 その言葉に、場が静まり返る。

 そして次の瞬間、皆の顔に確かな決意が灯った。


 会議はそのまま、細かな報告と確認で締めくくられた。

 僕たちが退室する頃には、朝の光が窓から差し込み始めていた。


 新しい戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。


 僕達は午後になり、再び作戦室へ呼び出された。曰く、到着する機戦隊との顔合わせと作戦の打ち合わせをしたいとのことだった。

 午後の陽光が、作戦本部の石造りの壁を柔らかく照らしていた。

扉の向こうから響く金属音と規律正しい足音が、来客の到着を告げる。


「――公国軍、機戦隊隊長、カリーナ。入ります!」


澄んだ声とともに入ってきたのは、両腕を機械に換装した女性だった。両腕どころか、体の一部も機械となっている。その姿はかつて戦ったアイリスを思い起こさせた。

黒髪を肩口で切り揃え、、背筋はまっすぐ。視線は鋭く、それでいてどこか爽やかな印象を与える。


ロザリンドが軽く頷いて出迎えると、カリーナはきっちりと敬礼をした。


「このたびは大公閣下の命により、機戦隊を率いて参りました。王都の防衛と、裂け目周辺の警戒任務にあたります」


「よく来てくれた、カリーナ隊長」

ロザリンドの声には、わずかに安堵が混じっていた。


僕――リアンはその隣で様子を見守っていた。

老参謀やノワール、そして僕と仲間達も同席している。

作戦室の空気は、緊張と期待が入り混じっていた。


カリーナは一礼のあと、ふと窓の外に目を向ける。

王都の広場が見える方向――そこには、まだ黒く焦げた大穴が残っている。


「あれが……王都広場のクレーターですね」

彼女の表情に、ほんの一瞬だけ哀惜が浮かぶ。

「聞きました。王都すら生贄に、敵に大打撃を与えたとか……その手腕、敬服いたします」


ロザリンドはわずかに肩をすくめた。

「それでも敵の数からしたらほんの僅かだがな」


「それでも十分です」

カリーナはきっぱりと言い切った。

「私は戦場を知っています。数千もの敵を一網打尽など、並大抵のことではない。……あなた方の戦いに、敬意を」


ロザリンドが少しだけ目を伏せ、静かに頷いた。

その姿に、僕は言葉を挟むことができなかった。

ヴァルディスも何も言わず、ただ腕を組んでいた。


やがて、カリーナが本題に入る。


「今回の任務については、大公閣下より直接の要請がありました。防衛以外に我々の任務はおありでしょうか」


「……そこのリアン達と共に、湖畔の門をくぐって敵の懐に侵入してほしい」


 ロザリンドの言葉にカリーナは真っすぐにこちらを見据えた。


「ある程度は聞き及んでおります。湖畔の門……悪魔族の出入り口ですね。そこを抜ければその先は悪魔族の大陸――

我々と勇者殿達でその門を通って現地の状況を調査せよ、とのことですね?」


作戦室の空気が、わずかに張り詰める。

悪魔族の大陸――その名を口にするだけで、背筋が冷たくなる。


「詳細な作戦内容をお聞かせください。それから適した者を選抜いたします。」

カリーナの声音には、一切の迷いがなかった。

「――勇者殿……我々機戦隊をどうかよろしくお願い致します。」


その言葉を最後に、作戦室の空気が静まり返った。

僕は小さく息を吐いた。

また、新たな戦場へ踏み込む――そんな予感が、胸を締めつけていた。



「では――潜入任務の詳細を。リアン、頼む」

ロザリンドがそう切り出すと、カリーナは僕の方に向き直った。


「目的は単純だ」

僕はカリーナを見ながら説明する。

「こちら側から“門”を開くのに適した場所を探し、その座標をこの魔道具で記録してくる、それだけだ。

なるべく危険のない範囲で、できるだけ首都ヴァスヘルに近い場所がいいと思う」


悪魔族の首都――ヴァスヘル。

前回の潜入では、危険すぎるということで近づかなかった。だから、実際にそこへ近づくことになるとは思っていなかった。


「なるほど……潜入だからこその少数部隊というわけか」

カリーナが言葉を続ける。

「私、そして近接と遠距離の両隊員……妥当だろうな」



彼女の言葉に、僕は立ち上がって軽く頭を下げた。

「改めて、よろしく。僕はリアン。王国の勇者で……この大陸を守るために戦っている」


カリーナも立ち上がり、笑みを浮かべて右手を差し出した。

「こちらこそ。共に無事に帰れるよう努めよう」


僕も手を差し出した――瞬間、金属の感触が指先を包み、思わず息をのむ。

その腕は冷たく、精巧な機械で出来ていた。


カリーナは僕の驚きを察したように、微笑を浮かべた。

「気にしないで。君たちもよく知るザイラスが遺した技術だ。我々機戦隊は、望んでこの身体になった。後悔はないよ」


「……そう、なんだ」

僕はうなずきながらも、胸の奥がざわつくのを抑えきれなかった。

彼女の微笑みは確かに人間的なのに、その奥にある覚悟が重く響いた。


カリーナは仲間を手で示した。

「紹介しよう。近接戦闘員のドミニク。機戦槍と電磁盾の使い手だ」


「よろしく頼む。足を引っ張らないよう、微力を尽くすよ」

ドミニクは短く言って、顎を引いた。

褐色の肌に鋭い眼光、全身に機構化された外装が施されている。


「もう一人、遠距離戦闘支援のダッチ。狙撃担当だ」


「どーも。生きて帰る気あるなら、俺の射線上には立たないでくれよ」

ダッチは軽口を叩きながらも、その背に背負った巨大な銃砲からは冗談の欠片も感じられなかった。


「――こちらは、僕の仲間たち」

僕は一歩前に出て、皆を順に紹介した。

「クラリス、レオ、セラフィリア。三人共魔法使いで、補助魔法による身体強化や回復、攻撃魔法での遠距離支援をしてくれる。アネッサは格闘家でアイゼンは槍を使う戦士だ」


それぞれが一言ずつ自己紹介を交わす。

緊張はしているが、誰も目を逸らさない。

今回の任務が、単なる“調査”ではないことを、全員が理解していた。


ひと通りの顔合わせが終わり、ロザリンドが「説明を」と目で促した。

僕は頷いて、机上の地図に手を置いた。


「――じゃあ、流れを説明するよ。

まず、湖畔に開いた門を通過したら、奥に見える光を目指してまっすぐ進んでくれ。

そこを抜ければ悪魔族の大陸に出る。中は暗闇で光以外は何も見えないけど、足元の感触はしっかりしているから安心してほしい」


皆が真剣な表情で聞き入る中、僕は続けた。


「今回は進軍路の確保ではなく、あくまで“潜入”だ。

だからまずは自分たちが隠れられる場所――小規模な拠点を作ろうと思う。

できれば水場が近くて、目立たない場所が理想かな。待ち伏せや罠にも警戒すること」


カリーナが頷く。彼女が動くたびに金属が擦れる音がする。

僕は最後にこう締めくくった。


「首都ヴァスヘルは城壁で囲まれている。それを目印にすれば、だいたいの位置関係は掴めるはずだ。

今回使う門は、双子の悪魔――幹部クラスが使っていた門だから、出られる場所も首都からそう遠くはないんじゃないかと思う」

 

静寂の中、カリーナが静かに言葉を継ぐ。


「――つまり、成功すれば我々は奴らに奇襲を仕掛けるための戦線を作ることができる、というわけね」


「そう、そのための第一歩だ」


僕が答えると、作戦室の灯火がゆらめいた。

まるで、その炎がこれから踏み込む闇を暗示しているかのように。

読んでくださってありがとうございます。

いよいよ二度目の潜入。次の目標は首都です。リアン達の戦いはどう展開していくのか、お楽しみに。

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