第七十四話 今後の動き
第七十四話
ヴァレリアが椅子に腰を下ろすと、場の空気が再び張り詰めた。
その瞳は深い紅。まるで全てを見透かすかのように、静かに皆を見渡している。
「さて……次は、今後の展開についてだ」
低く響く声に、誰も息を飲んだ。
ヴァレリアは手を組み、ゆっくりと語り始める。
「当面は防衛を重視する。門の開閉メカニズムを解明できるまでだ。だが、門の警備は最小限でよい。
ゴルド・レグナがやってくるようなことがあれば、いたずらに被害を増やすだけだからな」
誰も言葉を発せなかった。
その声音は、淡々としていながら、どこか“絶対的な確信”に満ちていた。
「仮に敵が多数で大規模に侵攻してきたとしても――」
ヴァレリアの唇がわずかに吊り上がる。
「そのときは、余がすべて闇の彼方に消し去ってくれよう」
静まり返る作戦室に、その笑みだけが鋭く光った。
ロザリンドも、ノワールも、ヴァルディスでさえ息を呑んでいた。
不可能を感じさせない――そう思えるほどに、彼女の言葉には重みがあった。
ヴァレリアは視線を動かし、話題を変える。
「次に、魔導国で拘束している“双子の悪魔”の件だ。
これ以上、目新しい情報は得られそうにない。とはいえ、やつらは所詮斥候。交渉の材料として使えるかは微妙なところだ。なにか案はあるか?」
しばしの沈黙が流れる。
誰も即答できず、室内の空気が重く沈む中、ノワールが口を開いた。
「……一つ、提案がございます。
現在この王城では、“瘴気を浄化する魔法”の研究が進められております。
その臨床試験に、双子を――実験対象として利用するのは、いかがでしょうか」
「ほう……?」
ヴァレリアの瞳がゆっくりと細くなる。
「瘴気を浄化、だと? そんなことが……可能なのか?」
その視線に耐えられる者は少ない。
場の誰もが言葉を探している中、セラフィリアが小さく手を上げ、震える声で答えた。
「……け、研究している彼――エミリオは、自身の体で実験を重ね……
軽度の浄化に成功しています。理論も確かで……成功の可能性は、あります」
その言葉にヴァレリアは短く息をつき、目を細める。
「面白い。ならば、その双子の悪魔をこの王都に連行させる。実験台として使うがいい」
一瞬、場がざわめいた。
だが、誰も異を唱えることはできない。
それが彼女の“決定”だった。
ヴァレリアはロザリンドの方を見やる。
そして、ゆっくりと微笑した。
「……済まないな。口を出しすぎた。
本来、作戦の指揮官はお前だ。これ以降の采配は任せる」
ロザリンドは驚いたように目を見開き、それから息を整えて姿勢を正す。
ヴァレリアはさらに続けた。
「――期待しているぞ」
その言葉は、まるで炎を灯すようだった。
ロザリンドの瞳に、再び力が宿る。
胸に拳を当て、深く頭を下げる。
「……お任せください」
短い言葉だったが、その声音には熱があった。
悔しさも、期待も、すべてを燃料に変えたような強さが宿っていた。
ヴァレリアは満足げに頷く。
その姿を見ながら、僕は心の奥で静かに息をついた。
――これが、“王”という存在なのか。
ただの強者ではない。
言葉一つで、場の全員を導く。
その力を、まざまざと見せつけられた気がした。
ヴァレリアが促すと、ロザリンドは会議の終了を告げた。
「――今回は、以上だ。各員、持ち場に戻れ」
静寂を破るその声に、場の空気が一気にほどけていく。
重い椅子の軋み、鎧の擦れる音、誰かが小さく息を吐く音――それらが一斉に戻ってきた。
ロザリンドは最後までヴァレリアの背を見送っていた。
扉を出る直前、ヴァレリアが一瞬だけ振り返り、ロザリンドに視線を送る。その刹那、何も言葉は交わされなかったのに、確かに何かが伝わった気がした。
――あの人にとって、ロザリンドは本当に信頼できる参謀なんだ。
僕たちも立ち上がる。
「僕達も警戒に戻ろう。敵はいつ侵攻してくるかわからないから」
持ち場に戻ろうとする僕達をロザリンドが呼び止めた。
「待てリアン。……話は聞いた。兵達がお前を信頼しているようだ。――世話をかけた」
ロザリンドの言葉に僕は照れくさくなりながら笑って返す。
「僕がやりたくてやったことだ。礼を言われるようなことじゃないよ」
「それでもだ。……さぁ、持ち場に戻れ」
ロザリンドの声はいつも通り冷静で、それがかえって頼もしかった。
でもその目には、燃えるような光が宿っていた。覚悟と、決意の光。
僕たちは作戦室を出た。
廊下に出た途端、ようやく空気が柔らかくなる。あの部屋の重圧が、ようやく背中から離れていった気がした。
「……相変わらず、すごい方だな」レオがぽつりと呟く。
「本当にね。公国の大公さんと違って、激しさのほうが強いって感じだよね」アネッサが苦笑交じりに言う。
セラフィリアは胸の前で手を組み、「あの方が、魔王ヴァレリア様……。本物を前にすると、息が詰まりそうでした」と小さく漏らした。
僕は無言で頷く。
あの存在感。あれはただの強者のそれじゃない。世界の理そのものが形を取って立っているような――そんな錯覚を覚えるほどだった。
でも同時に、不思議と勇気も湧いた。あの人が前線に立つと言った。なら、僕らはその背中を支えるだけだ。
王城の廊下を歩く僕らの足音が、静かに反響する。
外はもう、夕暮れの色が石窓を染め始めていた。
これからの戦いは、きっと今まで以上に厳しい。
けれど――不思議と、心のどこかで光が差した気がした。
“この戦いに、希望はある。”
そんな確信が、胸の奥に芽生えていた。
読んでくださってありがとうございます。
最強キャラっていうのは扱いに悩むところですよね。
持て余すことのないよう、頑張ります。




