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第七十三話 降臨

第七十三話


side:リアン

 あれから二日が経った。

僕たちは交代で警戒を続けていたが、幸い侵攻の兆しはない。

緊張感の中にも、ようやく少しだけ息がつける空気が流れ始めていた。


そんなとき、伝令の兵士が僕達の元へ慌ただしく駆け寄ってくる。

「伝令です! 公国、そして魔導国からの返信が届きました! 至急、作戦室へ!」


僕は仲間たちと顔を見合わせ、小さく頷くと、急ぎ足で作戦室へ向かった。


――扉を開けると、すでにロザリンド、ノワール、老参謀、それにヴァルディスが揃っていた。

ロザリンドが短く言う。

「揃ったな。……始めよう」


促され、ヴァルディスが公国からの返信を読み上げる。



「『この度の奮戦、まことに見事なり。我らはそなたらの勇敢なる姿はに深く敬意を表す。

 敵は強大だが、絶望はまだ遠い。機戦隊を派遣する。彼らは鋼の腕を持ち、数に勝る者どもを容易く退けよう。

 どうか希望を繋ぎ止めよ。我々の魂は共にある』」



朗々と読み上げる声に、場の空気が一気に明るくなる。

ロザリンドが口元を吊り上げた。

「機戦隊、ね……。公国の切り札が動くとは。これは期待できそうだ」


ヴァルディスが頷き、補足する。

「正式名称は《機械戦術隊》。公国が誇る機械技術の粋を集めた実験的部隊だ。

 数は少ないが、殲滅力では公国随一。鉄と雷の軍勢、と公国内では評されている」


「鉄と雷の軍勢か……頼もしいな」

アイゼンが感嘆の声を上げ、僕も少しだけ胸の奥が軽くなった。


次にノワールが封書を手に取ると、再び空気が張り詰める。


「次は、魔導国からの返信です」


ノワールは落ち着いた声で、しかしどこか厳粛に読み上げた。



「『戦は試練。試練は秤。

 汝らがなお立ち、刃を握っていること、それこそが勝利の証左である。

 魔導国は見ている。汝らの奮戦に、そして魂に。

 この混沌の中でなお立ち上がる諸君らに、夜の祝福があらんことを』」



……増援の話は、どこにもなかった。


「な、なんだそれは……」

ロザリンドが青ざめ、思わず机を叩く。

「馬鹿な……! 今の戦力だけで戦えというのか!? そんな無茶な……!」


ヴァルディスも絶句する。

僕たちも言葉を失った。

「嘘だろ……」

レオが小さく呟き、アネッサも拳を握り締める。


そんな中、ノワールだけが沈着なままだった。

「魔王様は聡明なお方です。……何かお考えがあるのでしょう」


その言葉に、ロザリンドは深く息を吐き、わずかに冷静さを取り戻した。

「……そうね。ノワールがそう言うなら、信じるしかない……が……」


さて、と老参謀が資料を開く。

「ならば現有戦力と機戦隊で再編を――」


その時だった。


窓の外から羽ばたきの音。

伝令の鳥人が、息を切らして飛び込んでくる。

「い、今すぐ……! テラスへ……一刻を争います!」


「何事だ?」

誰もが訝しむが、その慌てぶりにただならぬ気配を感じ、全員で外へ飛び出した。


テラスに出る。

――しかし、何もない。


「どういうことだ?」

ロザリンドが眉をひそめた、その時。


「ねぇ、見て……上……」

アネッサの震える声。


彼女の指さす先――空中で、鳥人たちが整列していた。

まるで“道”を開くように、羽ばたきながら左右に並び立っている。


ぞくり、と背筋を冷たいものが走る。


そして――頭上から。


大地の底から響くような、重く、威厳に満ちた声が降ってきた。


「道を開けろ」


その声を聞いた瞬間、全員が本能的に後ずさる。

気づけば、僕もテラスの端まで下がっていた。


次の瞬間――影が差した。


黒いマントを翻し、光を裂くように一人の人物がゆっくりと降り立つ。


白磁の肌、冷たい紅の瞳。

その存在だけで空気が変わる。

誰もが息を呑んだ。



魔導国の王――ヴァレリア。



降り立ったその人は、黒と紅を纏い、ただ立っているだけで空間を支配していた。

紅の瞳が一瞥するだけで、背筋が粟立つ。


……これが、魔導国を支配する“魔王”。


何度見ても、この身に畏怖を刻んでしまう。


誰も声を発せない。

ロザリンドですら言葉を失っていた。


そんな静寂を破ったのは、低く、しかし響き渡る声。


「見事な采配だった、ロザリンドよ。

 見えぬ敵を相手に苦しい戦であったことだろう。まこと労であった」


その言葉に、ロザリンドがはっと顔を上げる。

彼女の瞳が揺れた。誇らしさと、悔しさ。

唇を噛みしめ、言葉を探すようにして――それでも何も言えなかった。


ヴァレリアはそんな彼女を静かに見つめ、

ふ、と微かに口元を緩めた。


「そんな顔をするな。指揮の任を解くつもりはない」


その一言で、ロザリンドの肩が小さく震えた。

安堵と、信頼。

ヴァレリアの言葉には、圧倒的な重みがあった。


そして、紅の瞳が僕たち全員をゆっくりと見渡す。

視線が交わるだけで、息が詰まる。


「……楽にせよ」


たったそれだけの言葉だった。

だがその声が響いた瞬間、まるで呪縛が解けたように、誰もが一斉に息を吐いた。


ノワールがすぐに前へ進み、膝をついて深々と頭を下げる。


「ご無沙汰しております、魔王様」


「うむ」


ヴァレリアは軽く頷く。

その目がほんの一瞬だけ、ノワールに向けられた。


――それだけで、ノワールは察したらしい。

静かに立ち上がり、恭しく言う。


「作戦室へご案内いたします」


「うむ」


ヴァレリアのマントがひるがえる。

その背を見送りながら、僕たちも慌ただしく後に続いた。


廊下を歩くたびに、兵たちが一斉に跪き、頭を垂れる。

まるで黒い風が城を通り抜けるようだった。


魔王ヴァレリア――

その存在ひとつで、戦場の空気が変わる。

僕は歩きながら、背中越しにその威光を感じていた。


 作戦室に戻ると、空気が変わっていた。

先ほどまで確かにこの部屋は、緊張と焦燥が支配していたはずだ。

けれど今は違う。

重圧――圧倒的な存在感が、場の全てを黙らせていた。


ロザリンドが一歩前に出て、姿勢を正す。

ヴァレリアは静かに頷き、ただ一言だけ言った。


「まずは、現状を知らねばなるまい。話せ」


その声は低く、しかし抗いようのない命令だった。

ロザリンドは息を整え、報告を始める。


「現在の戦況ですが、敵の数はおよそ我々の三倍以上と推測されます。

 しかも、敵の侵攻は予測がつかず、神出鬼没。

 こちらが把握していない門を使った奇襲の可能性もありうるでしょう」


淡々とした声の裏で、悔しさを押し殺しているのがわかる。

ロザリンドの指先が震えていた。


「反対に、こちらの進軍ルートはすべて敵の使用した門を利用するしかありません。

 進軍ルートは限られ予測されてしまい、敵はそこに罠を張り、待ち構えていました。

 兵の被害はありませんでしたが……ゴルド・レグナが敵の手に堕ちた可能性があります。状況から見て、ほぼ確実に」


その名が出た瞬間、場の空気が一段重くなった。

彼女の喪失は、誰もが心のどこかで受け止めきれていない。


ヴァレリアは一言も挟まず、最後まで聞き終えるとゆっくりと目を閉じた。

しばらくの沈黙ののち――重く、低い声が響く。


「……あの裂け目。お前たちは“門”と呼んでいるのだったな」


全員が頷く。

ヴァレリアは続けた。


「門の解析は、魔導国本国で急ピッチで進めている。

 構造の解析はすでに終わった。

 開閉のメカニズムも解明が進んでおり……もう少しで、こちらの望む場所に門を開くことも可能になるだろう」


――一瞬、息を呑む音が広がった。


こちらから開ける……?

それはつまり、受け身ではなくなるということだ。

一筋の光明が、暗闇に差したようだった。


「まさか……それが本当なら……!」

ロザリンドが思わず声を上げる。

だがヴァレリアは表情を変えず、淡々と続けた。


「現状、兵の損害は軽微。よく耐えている。

 よって――兵の増員は不要と余は判断した」


ざわめきが走る。

ヴァルディスが思わず眉をひそめ、ロザリンドが口を開きかけるが、ヴァレリアの次の言葉がそれを遮った。


「ゴルド・レグナの抜けた穴は、兵を増やして埋められるものではない」


静寂。

その一言には、誰もが逆らえなかった。

確かに、あの力は数では代えられない。


ヴァレリアは椅子から立ち上がり、ゆっくりと視線を上げた。

その紅の瞳が鋭く光り、部屋の温度が下がった気がした。


「――ゴルド・レグナの相手は、余がする」


誰も息をしなかった。

その声には、王の決断の重みがあった。

ノワールでさえ、表情を消していた。


ヴァレリアは静かに言葉を締めくくる。


「余以外で、奴と戦いになる者はいない」


その瞳には、冷徹な決意と――どこか、戦場を待ち望むような光が宿っていた。

まるでこの大地の行く末すら、自らの手で決めようとしているかのように。


僕はその姿を見つめながら、心の奥で思った。

――この人が“魔王”と呼ばれる所以は、力だけではない。

その決断を恐れず、自ら背負う覚悟にあるんだ。

読んでくださってありがとうございます。

文章力がないので手紙の内容には苦戦しました。それっぽさを出せていたでしょうか。

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