第七十二話 戦果のお披露目
第七十二話
side:アビス
玉座の間に、長い影が差した。
俺は頬杖をついたまま、その足音に目を細める。重厚な扉の向こうから漂うのは、瘴気と血の匂い。……リザだな。
「戻ったか、リザ。首尾はどうだった?」
俺が声をかけると、少女は軽やかに笑いながら進み出た。あいかわらずの無邪気な顔で、しかしその目の奥には狂気じみた光が宿っている。
「バッチリだよ、アビス♪」
そう言って、リザは後ろを親指で指した。
「狙い通り、手に入れてきたよ。ほら──」
その言葉とともに、黒金の鎧をまとった女が姿を現した。
その存在感に、空気が一変する。
俺は思わず眉をひそめた。
「……こいつが、例の“竜人”か。リザ、本当にこいつに一万の兵を費やす価値があったのか?」
疑念を込めて言うと、リザは笑みを崩さずに言い返した。
「もちろん! ねぇ、証拠を見せてあげて?」
促され、女は無言のまま一歩前へ。
その瞳が俺を見据えた瞬間、空気が張り詰めた。
玉座の間に圧が走る。
空気が軋み、この俺ですら震えるほどの威圧。
――強い。
思わず喉を鳴らした。俺も戦場で幾千を屠った身だ。それでも、この女と一対一で戦うことを想像すると震えが走る。
ただ立っているだけで、刃を突きつけられたような錯覚に陥る。
額を流れる汗を指先で拭いながら、俺は笑った。
「……ははっ。こいつぁ、たしかに一万の軍勢でも釣りが来そうだな。」
リザは得意げに鼻を鳴らすと、ゴルド・レグナの手を取った。
「ね?言った通りでしょ? さ、ボクのお部屋に案内したげる♡」
そう言って手を引こうとする。
その動きを、冷ややかな声が止めた。
「待て」
声の主はヴェイル。
細身の体を黒衣に包み、金縁の眼鏡を指で押し上げる。
「今後の動きの確認が先だ。遊びは後にしろ」
「つまんないのー、ヴェイルはほんと真面目だねぇ」
リザが頬を膨らませると、その隣で柔らかく笑う女がいた。リザと共に帰還したエリスだ。
「ふふ、リザ、あなたの“お遊び”で今度は誰が壊れるのかしら?」
紅い瞳を細め、エリスが狂気を含んだ笑みを浮かべる。
「次はどんな子羊を“救って”あげるのかしら?」
狂気と愛が入り混じった声だ。俺の軍の連中はみな癖が強い。だが、それがいい。
ヴェイルが書類を広げながら口を開く。
「現在、こちらが主導権を握っている。こちらのほうが遥かに数で勝るうえ、裂界門の先には待ち伏せ、頼みの竜人もこちらのもの。――向こうはもう攻め手がないだろう。……だが、念には念をだ。まずは絶望を刻む。その竜人を利用するとしよう」
「……利用、だと?」
低い声が響く。
ゴルド・レグナがゆっくりと視線をヴェイルへ向けた。
二人の目が合った瞬間、空気が凍りつく。
ヴェイルは喉を鳴らし、生唾を飲み込んだ。
言葉を続けようとしたが、喉が震えて声にならない。
「……貴様如きが、この我を利用すると。そう言ったのか?」
リザが笑いながらゴルド・レグナの腕に手を置く。
「ダメだよ、レーちゃん? ボクの仲間なんだからそんなに脅かしちゃダメ」
途端に圧が消える。
ヴェイルは息を吐き、額の汗を拭った。
「……さっそく遊ばせてもいいの?」
リザが楽しげに尋ねる。
ヴェイルは短く息を吐き、小さく首を横に振った。
「……瘴気を完全に馴染ませてからだ。定着しなければ正気を取り戻す恐れがある。数日は“与え続ける”ように。」
「はいはい、わかってるよーだ」
リザは舌を出して笑い、ゴルド・レグナの手を引いた。
「行こ、レーちゃん。ボクのお部屋、広いんだよ♡」
二人が退室すると、玉座の間には静寂が戻る。
ヴェイルは深いため息をついた。
「まったく……あれに付き合うと骨が折れる。それに、一万の兵を失った以上、また再編が必要だ。俺は仕事に戻る」
ヴェイルも退室していった。
エリスは玉座の前に進み出て、静かに膝をついた。
「我らが王よ……どうか、我々をお導きください」
祈るように頭を垂れ、しばらく沈黙した後、ゆっくりと立ち上がる。
「光に縛られた哀れな者たちに、真の闇の救済を……」
そう呟いて一礼し、彼女も去っていった。
やがて、玉座に残るのは俺ひとり。
しんとした空気の中、俺は口の端を吊り上げた。
「──面白ぇ。あの竜人がいれば、あの大陸は落ちたも同然だな。」
指先で玉座の肘掛けを叩き、思案に耽る。
「次は……どこの大陸を喰らうか、だ。」
そして、重く低い笑い声が王宮に響き渡った。
「ハッハッハッハ……!」
side:リザ
扉を閉める音が、静かに部屋に響いた。
ボクはその音を背に、彼女の手を引いたまま振り返る。
「ここがボクのお部屋。落ち着くでしょ?」
ゴルド・レグナは返事もせず、ただ頷く。
その仕草ひとつにも、まだ“誇り”の名残が見え隠れしていた。
……これからそれを削いでいく。ゆっくり、丁寧にね。
ボクは机の上に腰を上げ、ゴルド・レグナをすぐ側の床に座らせる。脚を組んで見下ろすように言った。
「さっきのは、ダメだよ。あんなふうに威圧しちゃ。ヴェイルはボクたちの仲間なんだから」
彼女は少し間を置いてから、苦々しく呟く。
「……ごめんなさい」
その言葉を聞いて、ボクは笑顔を見せた。
「謝れるのはいい子。でも、罰は受けてもらうよ? “躾”も飼い主の責任だから」
そう言って、彼女の髪を指先で梳く。金の髪が滑らかに流れ、指先に冷たい感触を残す。
ボクはそのまま額に手を当て、低く囁いた。
「……これは“罰”だよ。もう、逃げられないからね」
瘴気が静かに溢れる。額に当てた手を通じて、彼女の脳髄に瘴気を送り込み、脳を支配する。
空気が歪み、床の影が伸びる。
彼女の瞳が見開かれ、悲鳴を上げる。
「がッ……!ぎゃあああああああああッッ!!」
のたうち回って苦しむその様子を見ながら、ボクは微笑んだ。
恐怖と混乱と痛みが入り混じった表情――それを見ていると、胸の奥が満たされていく。
「大丈夫、大丈夫……。苦しいのは最初だけ。すぐに馴染むよ。そうなったらもう、ボクの声しか聞こえなくなるからね」
彼女はのたうち回ってボクに許しを請う。
ボクは彼女の手を引いて床に座らせ、その頬に触れて耳元で囁いた。
「怖がらなくていい。ボクは君を“壊す”ために触れてるんじゃないよ。
“ボクの形にしてあげる”だけ。ね?」
その瞬間、彼女の身体から力が抜けた。
ボクはその体を抱き留め、背を撫でる。
「いい子。……もう少しで終わりだからね」
瘴気の流れが穏やかになり、光を失った紅の瞳がこちらを見上げた。その瞳には支配される喜びが満ちている。
ボクは笑いながら、その頭を撫で続ける。
「よく頑張ったね。これからは、ボクの言うこと、ちゃんと聞ける?皆とも仲良くできる?」
小さく頷くその姿に、ボクは満足げに目を細めた。
「えらいね」
髪を撫でる指先が止まらない。彼女は僕の手つきに気持ちよさそうに目を細めている。
その瞬間、ボクの中で確信が生まれる。
――この子は、もうボクのものだ。
読んでくださってありがとうございます。
こういう、敵だけしか出てこない悪だくみ回?みたいなの好きです。




