第七話 反撃の一手
区切りがよかったので短め。次は早めに投稿したいと思います。
しかし、その瞬間、装置が微かに震え、警告音が鳴り響く。ノワールは何が起こったかわかっていない様子だ。回路が赤く光り、機械の動きが乱れる。ザイラスは慌てて調整を始めるが、まだ完全には機械を安定させられず、ノワールは繋がれたまま九死に一生を得る。
その隙に、女性型の機人が静かにノワールの耳元に近づいた。
「機械に細工をしました。魔人であるあなた相手にはエラーが出続けます。……必ず助けます。あの人にはバレないよう、抵抗するフリをして……」
ノワールは繋がれたまま小さく頷く。機人の指示が、心強い希望の光となった。
次に、機人は僕にも目配せする。
「あなたも……同じく、バレないように抵抗のフリをしてください。協力すれば、必ず彼女を助けられます」
僕はわずかに頷き、心の中で誓う。ノワールを絶対に守る——。
表情は必死に恐怖を装いながら、内心では反撃のタイミングを探る。
ザイラスは調整に集中している。狂気に満ちた声は、装置の異常で一瞬かき消され、僕たちの計画のチャンスを作った。
今、この瞬間、僕たちはまだ絶望の中にいる。しかし、機人の囁きが、暗闇の中に小さな光を灯している——。
あれから、何度かノワールを装置にかけスイッチを押すも、エラーがで続けた。そのたびにザイラスは調整を加える。
ザイラスは何度目かの装置の調整を終え、狂気じみた笑みを浮かべながら操作盤に手をかけた。
「さあ、これで——」
その瞬間、視界の片隅に小さな黒猫が現れた。
ザイラスは一瞬不思議そうに目を細めるが、すぐに「どこかから迷い込んだんだろう」と気にせず、機械を動かそうとした。
だが次の瞬間、黒猫は光を帯び、形を変えていく。浅黒い肌に黒髪、鋭い目を持つ女性の獣人──アネッサだった。
「よくもあたしの仲間を……!」
彼女の声に、怒りと決意が震えている。
アネッサは躊躇なく装置に飛びかかり、拳で機械を殴りつける。獣人特有のその筋力に機械は耐えられるはずもない。火花が散り、金属が軋む音とともに装置は破壊されていく。
ザイラスはあまりのことに呆然と立ち尽くす。高笑いも叫びも、今はどこにもない。
僕はアネッサに目を向け、思わず歓声を上げた。
「アネッサ……来てくれたんだ!」
喜びと安堵で胸がいっぱいになる。
その隙に、女性型の機人は冷静に、しかし的確にノワールを機械から解放する。ノワールはふらりと立ち上がり、まだ震える手で僕に触れる。
「まだ我々は不利です……アネッサ殿はいますが、ここは敵の根城で私達は魔法を封じられている……どうにか脱出しなければ……」
機人は再び静かに僕たちを見つめる。その眼差しには、命令通りの冷静さだけでなく、確かな協力の意志が宿っていた。
アネッサが破壊した装置の破片が床に散らばる中、僕は息を整えながら状況を冷静に見極めた。
魔法は封じられたまま──つまり、戦力として頼れるのはまだ体力と機転だけ。
「……確かにこのままじゃ、まだ危険だ」
僕はノワールを促し、アネッサの後ろをついていく。
アネッサは振り返り、破壊された装置を見て満足げに笑う。
「ふふん、これで少しはスッキリした!」
その笑顔に、一瞬だけ心が軽くなる。
女性型の機人は静かに僕たちを先導し、出口へと急ぐ。重い足取りながらも的確な判断で障害を避ける。
しかしその時──ザイラスの狂気じみた叫び声が、部屋中に轟いた。
「何をしている!奴らを捕まえろ!」
声が機人の脳を貫く。機人の目が一瞬歪み、理性を失ったかのように動きが変わる。抵抗している表情は明らかだが、制御には勝てず、僕たちに向かって攻撃を仕掛けてくる。
「なっ……!」ノワールが叫び、僕も咄嗟に身をひねる。
機人の腕が振り下ろされ、床が震える。破片が散り、火花が散る。
その瞬間、轟音とともに新たな援軍が突入してきた。
レオとクラリスだ。二人はギルドのざわめきを利用して、見学者たちの注意が逸れた隙に侵入してきたのだ。
「させない!」クラリスが防御魔法壁を張り、機人の攻撃を防ぐ。
「急いで!」レオは風魔法で機人の動きを阻む。
僕はその隙にノワールを庇いながら、アネッサと目を合わせる。
「よし……行くぞ!」
仲間と合流した僕たちは、まだ不利な状況ながらも、脱出のために動き始めた。
出口に向かい走る僕たち。機人の金属の体が振るう強力な攻撃と魔法を必死で避けながら、少しずつ前へ進む。
しかし、廊下の先で新たな脅威が立ちはだかった。ギルドの別のメンバーたちが、怪しげな対魔装置を作動させ、クラリスとレオの動きを封じる。光の束が二人を包み込み、魔法の力を奪い、身動きが取れなくなった。
「くっ……!」クラリスが苦しげに呻いてその場に倒れる。レオは顔をしかめ、何度か魔法を発動しようとするも上手くいかずに膝をついてしまう。
その瞬間、アネッサが素早く反応した。
「そう何度も同じ手を!」
跳躍して装置を操作していたギルドメンバーのうちの一人の背後に回り込み、一撃で気絶させる。金属の床に倒れる人物の姿が、ほんの一瞬だけ僕たちに希望をもたらす。
だが、その隙を狙ったのは機人だった。
苦しんでいる表情で抵抗の意思は見えるが、命令の力に抗えない。僕たちの目前で、その金属の腕が振り下ろされ、アネッサを制圧する。
「アネッサっ……!」クラリスが叫ぶ。僕も思わず駆け寄ろうとするが、機人の圧倒的な力の前に手が届かない。
硬い金属の体に押さえつけられたアネッサの表情は悔しさと怒りに歪む。
アネッサのおかげで装置の影響を逃れたレオが、微かな希望を作り出そうと動く。
「……これで……!」
小さな風魔法を使い、床の埃や装置の残骸を巻き上げ、視界を遮って目眩しを試みる。金属の反射や光が乱れ、一瞬の隙が生まれたように思えた。
だが、ギルドの他のメンバーがすぐさま反応する。対魔装置の光がレオを捕らえ、魔力を封じて彼の体を強制的に動かなくする。
「レオ……!」ノワールが叫ぶが、間に合わない。控えめな性格の彼は、その小さな抵抗も虚しく倒れ込む。
僕、ノワール、アネッサ、レオ、そしてクラリス──5人は、完全に制圧された状態で鎖と魔法の拘束に縛られ、力なくザイラスの前に連れて行かれる。
ザイラスは目を見開き、怒りが頂点に達している。狂気に満ちた声で震えるように命令を下す。
「おい……あの装置を壊した張本人──あの獣人を……殺せ!」
アネッサは金属の腕に押さえつけられ、怒りに目を見開く。
僕たちは心の中で絶望と恐怖を抱えながらも、目の前の狂気に対抗する方法を必死に模索するしかなかった。
ザイラスの怒号が響く中、僕たちは完全に拘束され、逃げ場のない絶望の中にいた。
アネッサは金属の腕に押さえつけられ、ノワールも、クラリスも、レオも、そして僕も――全員が制圧されている。なぜか僕の腰の聖剣から妙な気配がする。前にも一度感じたことがある。あれは――レアに拘束された時。しかしその気配も一瞬で、すぐに収まった。
そのとき、重厚な扉が勢いよく開き、鋭い足音が廊下に響いた。
現れたのは、長身で赤い髪の凛々しい青年。その目はザイラスの狂気とは違い、真っ直ぐに正義を宿している。
「アイリス姉さん……もうやめよう。もう、終わりにするんだ」
その声は、機人の耳に届く。僕たちは驚き、息を呑む。
女性型の機人の金属の目が一瞬揺れる。理性の欠片が、青年の言葉で呼び覚まされたのだ。
「アイ……ゼン……?」機人は低く呻き、体が震える。苦痛と混乱の中で、徐々に動きが鈍くなり、やがて完全に機能を停止した。
「な、なん……だと……?!」
狂気と驚愕が入り混じった声が、実験室の壁に反響する。
彼の目の前に立つのは、正義感に満ちた青年。
「父さん……もうこんなことはやめるんだ……!」
ザイラスは一歩後ずさると、痙攣するように怒鳴る。
「お前……お前……!アイゼン…お前が裏切るとは……許さん……許さんぞ――!」
ザイラスは怒りと混乱のあまり全身が震えている。狂気に支配された目には、アイゼンと呼ばれた青年への信頼が粉々になった衝撃と、制御できない激しい怒りが同時に燃え上がっていた。
青年はザイラスに構わず隠し持っていた鍵を取り出すと、ノワールと僕の首にある対魔装置のロックを次々と解除した。
「……よし、これでいい。済まない、不自由にさせて」
ノワールは魔力を取り戻すと、怒りに燃える瞳でザイラスを見つめる。
「……よくもこんな屈辱を……!我が怒り、思い知れ――!」
そして、掌から巨大な炎の魔法が迸る。壁も床も天井も、建物全体が炎に包まれ、ギルドの実験室は一気に焼け落ちていく。
僕はノワールの怒りを思い知りながらもその怒りの炎がザイラスの狂気を焼き尽くすように感じ、胸が熱くなる。
アネッサも自由になり、僕たちは燃え盛る建物の外へと駆け出す。
――ついに、絶望の淵から、一筋の希望が生まれた瞬間だった。




