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第六十七話 黄金の斥候

第六十七話


それから三日後、夜明けの王都広場。まだ陽は昇りきってはおらず、薄靄が石畳を覆っていた。

 広場の中央――空が裂けたように、黒く歪む巨大な亀裂が口を開けている。

 その奥には、全てを飲み込む闇が広がっていた。


 僕たちは裂け目から少し離れた場所で、見送る体勢にあった。

 空気が張り詰めている。

 誰もが息を潜め、ただ一人の背中を見つめていた。


 黄金の鎧に身を包んだ竜人の女性――ゴルド・レグナ。

 彼女の長い尾が鎧の下でゆるやかに揺れ、淡い光を反射する。

 その姿はまるで、黎明に輝く太陽の化身のようだった。


「……この裂け目の向こうが、悪魔族の大陸」

 僕の隣でセラフィリアが小さく呟いた。

「先行して、道を拓く……罠や待ち伏せがあれば、全部彼女が潰す……彼女の強さは見ているけれど、本当に一人で大丈夫なのでしょうか」


 ゴルド・レグナは静かに頷き、周囲に視線を向けた。

 その瞳は琥珀色に光り、ひとりひとりの兵の顔を見渡してから、低く響く声で言う。


「恐れるな。恐怖は敵の糧となる。

 我が名はゴルド・レグナ。黄金竜の誇りをもって、道を切り拓こう」


 黄金の鎧が鳴る。

 背に生えた竜翼を広げ、風を孕む音が響いた。

 やがて彼女は振り返らずに、真っ直ぐ裂け目へと歩み出す。


 裂け目が彼女の姿を飲み込み、そして――彼女の全身が闇に消えた。


 しばし、誰も言葉を発さなかった。

 やがてアネッサが小さく息を吐き、「ゴルド・レグナ様なら……きっと、大丈夫」と呟く。

 僕は拳を握りしめた。

 あの黄金の光が、道を照らしてくれる。


 ゴルド・レグナからの合図が届き次第、僕たちも本隊として裂け目を渡る。

 次に目を開ける時、そこは悪魔族の大陸だ。



 side:ゴルド・レグナ

  門を抜けた瞬間、肌を刺すような冷気が我を包んだ。

 空気は澄み、青く透き通った空と美しい緑の大地が広がっている。

 この大陸も同じ空の下。だが、敵の本拠地だ。それだけで、この美しい光景もどこか暗いものに感じる。


 我は翼を広げ、ゆるりと飛翔した。

 地上に降り立つつもりはない。上空から全てを見渡す。

 眼下には岩山が連なり、薄い霧が漂っていた。

 ……そして、その陰に潜む無数の気配。


「……ふむ。やはり、待ち伏せがいるな」


 視界に映るのは、木々や岩陰に潜む悪魔族の影。

 ざっと見ただけでも数百はいるだろう。我の侵入を察知していたというわけだ。


 我は翼を畳み、急降下する。

 地を蹴るよりも速く、流星のごとく一隊の上空へ――


「まさか、単体かっ!?」「構えろ――」


 叫びが終わるより早く、我の尾が唸った。

 鈍い衝撃音と共に、数体の悪魔がまとめて吹き飛ぶ。

 黒い血が飛び散り、岩壁を赤く染めた。


「……その程度の力で、我を止められると思うな」


 倒れ伏す悪魔たちを見下ろし、我は静かに息を吐いた。

 その息が熱を帯び、地面の草を焦がす。


 次の瞬間、我は再び空へ舞い上がり、次の気配へと向かう。

 翼が空気を裂くたびに雷鳴のような轟音が走り、尾の一閃が影を薙ぐ。

 悲鳴を上げる暇もなく、悪魔たちは吹き飛び、潰れ、沈黙していった。


 やがて地平線の向こうから、さらに増援が押し寄せてくる。

 黒い波のように。数は千を超えているだろう。


「よかろう。退屈せんな」


 我は口角を吊り上げ、牙を覗かせる。

 黄金の鎧が輝き、翼が空を裂いた。


 その後の光景は、まさしく災厄だった。

 尾が地を砕き、翼が大気を震わせ、吐息が炎の奔流と化す。

 地上を覆っていた悪魔の軍勢は、一人、また一人と灰となり、

 やがて――静寂が訪れた。


 焦げた地の上に立ち、我はゆっくりと息を吐く。

 残骸も屍も、すべて炎で焼き払う。

 この地を穢れごと清めるために。


 炎が消えたあと、残ったのは黒い灰だけ。

 我はその灰を見下ろし、鼻で笑った。


「この程度か」


 風が吹き抜け、燃え尽きた灰を運んでいく。我は再び翼を広げ、上空へと舞い上がった。

 本隊が来る前に――まだ、やるべきことがある。


  灰はまだ熱を帯びている。墓標のように散らばった残骸を踏みしめながら、我は冷静に次の段取りを組み立てる。

 雑兵どもは片付いた。だが仕事はこれで終わりではない。真の仕事は、味方が安心して渡って来られる「道」を残すことだ。


 まずは罠の有無を確かめる。視線で見る、嗅覚で嗅ぐ、尾先で地面を叩いて微振動を確かめる。岩陰、洞窟の入り口、低木の蔭──怪しい場所は一つずつ潰す。罠の類は糸一本、仕掛けの蓋、あるいは飛び道具を発射する小道具だったりする。見つけ次第、尾先で叩き壊し、吐息で焼き払う。


 次に結界装置の設置だ。これは東西南北に杭を打ち、中央に設置した装置に魔力を流し込むことで起動する。設置できる広さの中で最大の範囲を選び、杭を打ち込んで装置に魔力を流し込む。装置は唸るようにして稼働を始め、周囲に薄い光の膜を張る。これで後続が安心して裂け目を通れるだろう。


 すべてを整えたのち、我は裂け目の縁へと舞い戻る。

指先で小さな鉄製の筒を弾き出す――信号弾。火薬が炸裂し、色のついた煙となって裂け目を抜ける。これが向こう側で味方に「道は確保された」と告げる信号となる。

 あとは待つだけ──本隊が来るのを、我はこの空の下で静かに待つ。



 side:リアン

 門の向こうから、青白い煙が走った。

 信号弾――突入可能の合図だ。


 それを見届けた瞬間、各隊の指揮官が一斉に声を上げる。獣人の歩兵隊、公国の陸戦軍、魔導国の魔法部隊、そして医療・補給の支援班。

 すでに整えられていた隊列が、まるで巨大な生き物のように動き出す。


 門の前で待機していた僕たちも、胸の奥が高鳴るのを感じた。

「いよいよね」とクラリスが呟き、アネッサが尻尾を揺らす。

 レオは静かに深呼吸し、セラフィリアとアイゼンは表情を引き締めた。


 僕たち六人は、次の波として突入する。

 門の中は、相変わらず真っ暗な闇だった。奥に見える光以外に何もない、不安になる空間。だが、抜けた先に広がる光景は――見覚えのある平原だった。


 緑が風に揺れ、そばには街の残骸。中央には、古びた遺跡の塔がそびえ立っている。

 「……戻ってきた、な」

 思わず呟く。だが、以前よりも荒れていた。焦げ跡、崩れた岩、黒く染まった草木。おそらく予想通り、罠や待ち伏せがあったのだろう。

 そのすべてを――ゴルド・レグナが叩き潰したのだ。


 彼女が設営した結界の中に入ると、空気が穏やかに澄んでいた。まるで荒野の中の聖域のようだ。

 僕たちは他の兵と協力して拠点を設営し、日が落ちる頃には、ようやく野営の準備を終えた。

 夜の空気は冷たく、遠くで風が低く鳴る。見張りを交代で立てながら、短い眠りについた。

読んでくださってありがとうございます。

明日は休日ですので、二話くらい投稿できたらいいなぁ。

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