第六十話 突入
二話投稿したかったのですが、休日出勤となり昼間に投稿できませんでした。
第六十話
作戦室の空気は重く、けれど迷いはなかった。
僕らはすでに決めている。危険の中へ踏み込むことを。
広げられた地図に大きく描かれた王都と、その上に重ねられた裂け目の図。黒い線が不気味に走っているのを見つめるたび、胸がざわめいた。
「偵察の経路は裂け目からおそらく直通になるだろう。つまり、裂け目をくぐればすぐに敵地だ」
低い声でそう言ったのはヴァルディスだ。表情は変わらないが、言葉の裏に張りつめた緊張がある。
ロザリンドが続ける。
「支援は惜しまない。物資、魔導具、退路の手配もだ。ただし人数は増やせない。大勢では目立つし、動きが鈍る。君たち六人――それが最適だ」
僕は周囲を見渡す。
クラリスは真っすぐ前を見据えていて、微動だにしない。
レオは不安を押し殺したように唇を結んでいる。
アネッサは逆に尻尾を揺らしながら、今にも飛び出したそうな顔をしていた。
アイゼンは腕を組んだまま頷き、セラフィリアは静かに祈るように目を閉じている。
――みんな覚悟はできている。僕もだ。
「探って頂きたいのは向こう側の地形、敵の布陣、そして、この裂け目――便宜上、“門”と呼びましょうか。門から出た先に拠点を設営できるかどうか。この門の先が安全ではないのであれば、ここは我々の進軍路にはなりえません」
ノワールが口を開いた。声は穏やかだが、その瞳は鋭い。
「帰還の際は合図を送れ。可能な限り迎えを出す」
老参謀が小さく咳払いしながら言葉を添える。
「君たちの生還が、この戦の命運を握っているのだ」
ゴルド・レグナは黙して腕を組み、ただこちらを睨むように見ている。何も言わずとも――“失敗は許されぬ”という重みが伝わってきた。
僕は深く息を吸い込み、言った。
「……任務、承知しました。僕たち六人で必ず掴んできます」
作戦室の空気がわずかに動く。
その瞬間から、偵察任務は僕らに託されたのだ。
偵察の出発は二日後――そう決まると、作戦室を出た僕らは慌ただしく準備に取りかかった。
王都の倉庫からは保存食と水が運ばれ、ロザリンドの手配で高位の魔導具や結界装置まで貸与された。緊急用の医療キットに魔力回復用のポーション。触れるたび、これだけのものを託された重みが心にのしかかる。
「ねえねぇ、これ全部ただで借りていいの?」
アネッサが荷を漁りながら無邪気に笑う。
「返すときは壊れてても怒られないんだよね?」
「……できるなら無事に返したいところだね」
レオが真面目に返すと、クラリスが苦笑いを浮かべていた。
アイゼンは鍛冶場にこもり、自分の槍の刃と僕の聖剣を研ぎ直している。金床に響く音が夜更けまで続いた。
セラフィリアは準備を終えると瞑想をし、静かに心を整えていた。
僕も荷を確かめながら、自分に言い聞かせる。
二日後、裂け目の向こうに踏み込む。戻ってこられる保証はない。
それでも、行くと決めたんだ。
――そして二日後。
広場の上空には相変わらず亀裂が走り、黒い闇が口を開けている。
門の入り口までは魔法部隊が地属性の魔法で階段を作ってくれていた。
兵たちが周囲を固め、儀式のように厳重な警戒が敷かれていた。
「準備はいいな」
ロザリンドの声に、僕ら六人は頷く。
「無事を祈っております。……かつての仲間として」
ノワールの言葉は冷静で、それでいて温かさを含んでいた。
ゴルド・レグナはただ腕を組み、無言で見送る。ヴァルディスも、老参謀も同じだった。
僕らは互いに目を合わせ、最後に頷きあう。
門の前に立ち、足を踏み出すその瞬間――
「行こう」
僕の声とともに、視界が闇に呑まれていった。
side:???
俺の玉座の間に、バタバタと駆け込んでくる足音が響いた。
リザだ。頬を膨らませ、歯ぎしりしながら地面を蹴飛ばすように進んでくる。
「ちくしょうっ! なんなんだアイツら……!」
戻るなり、いきなり悪態だ。
「どうした、リザ」
俺は玉座から身を乗り出し、声をかける。
「……やつら、街一つを犠牲にして罠を張ってたんだ…… 頭おかしいよね!? で、送り込んだ部隊が全滅だよ。五千を超える悪魔族が……全部、帰ってこなかった」
リザの拳が震えている。
「お気に入りの人形も捕まっちゃったし、入口を閉じることもできなかった……ごめん、王様。ボク、負けちゃった」
「ハハハハハ!」
俺は思わず豪快に笑った。
「雑兵が五千? そんなもの、大したことはない!」
リザが悔しそうに顔を歪めるその横で、涼しい声が割り込む。
「……少なくない犠牲だが、リザを失うよりは遥かにマシだろうな」
ヴェイルだ。長身の体を直立させ、眼鏡の奥から冷静な眼差しを向けてくる。
「なるほどな」
俺は顎を撫でながら、奴に問いかけた。
「で、ヴェイル。これからどうなると思う?」
「恐らくは……こちらの移動手段を利用して攻めてくる。俺が敵の立場なら、そう動くだろうからな」
「ならばこちらも罠を張って待ち構えるか!」
思わず拳を握り、楽しげに言うと――
「いや、それは愚策だな」
ヴェイルは即座に首を振った。
「最初に送り込まれるのは恐らく偵察か斥候。ここで潰すのは容易だが、それでは敵に警戒される。むしろ泳がせて油断させ、本隊を送り込んできた時に叩く。このほうがよりたくさんの材料が手に入る」
「ククク……なるほどな」
俺はニヤリと口角を吊り上げた。
「やはりお前に任せたほうが面白くなりそうだ」
玉座の間に俺の笑い声が響き渡り、リザはまだ悔しそうに唇を噛み、ヴェイルは静かに眼鏡を押し上げるのだった。
呼んでくださってありがとうございます。
いよいよ突入です。なにがリアン達を待つのか、お楽しみに。




