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第五十五話 爪痕は大きく

短めです。書き溜めをぶつ切りしてるとこうなりがち。

第五十五話


避難が完了した、その時だ。

「――貴様らも退がれ! 邪魔だ!」

 轟く声とともに、ゴルド・レグナの巨大な翼が広がった。次の瞬間、暴風が広場を薙ぎ払う。


「くっ…!」

 僕は腕で顔を庇いながら、直感した。――これは、森のヌシと対峙したあの時と同じだ。いや、それ以上の気配だ。彼女は今、本気を出す。


「退け! 全員、下がるんだ!」

 叫び、仲間を引き連れて全力で退避する。


 駆け込んだ先で振り返ると、援軍に駆けつけたヴァルディスが広場を見て、目を見開いていた。


 そこにいたのは、ただ一人で数百の悪魔族を圧倒する竜人。

 翼が嵐を呼び、尻尾が地を薙ぎ払い、炎の吐息が一切を焼き尽くす。鋭い爪が敵を裂き、握る槍が集団ごと貫く。


 その姿は――まさしく伝説に謳われる竜そのものだった。


「これほどとはな……」

 ヴァルディスが呆然と呟く。


 やがて最後の悪魔が断末魔を上げて倒れ、広場は静寂に包まれる。屍の山の中央に、ゴルド・レグナは立っていた。


「……ふん、雑兵どもがいくら来ようと、無駄なことだ」

 低く吐き捨てる声が、静まり返った広場に響き渡った。


  広場を覆っていた轟音と炎が収まり、静寂が戻った。焦げた臭いと黒煙が漂うなか、兵士たちは息を呑んでゴルド・レグナを見つめていた。


「な、なんという力だ……」

「一人で……あれだけを……」

 警備兵の声は震えていた。


 僕の隣にいたセラフィリアは、呆然とその光景を見上げていた。

「……あれが……竜……」

 初めて目にするその戦いぶりに、普段は落ち着いている彼女でさえ言葉を失っていた。


その時だった。

 空に穿たれた裂け目の奥から、声が響く。


「……ふぅん。やっぱりすごいなぁ」


 ヴァルディスが即座に声を張り上げる。

「誰だっ!」


 やがて裂け目の闇の中から、二つの影が歩み出てきた。

 入り口に立ち、悠然と広場を見下ろす。


 一人は、あの悪魔の少女――リザだった。

「あれだけいたのに、ほとんど一人でやっちゃった……強すぎない?」

 彼女は心底引いたような顔をしながら、ゴルド・レグナを指差す。


 隣に立つのは、長身でメガネをかけた男の悪魔だった。

「確かに……まさに一騎当千。見事な戦いだった」

 淡々とした声ながら、どこか楽しげに言葉を紡ぐ。


 ゴルド・レグナの瞳が鋭く光り、低く響く声が広場を震わせた。

「……貴様、以前も会ったな。死ぬ覚悟ができたのか?」


 リザは肩をすくめ、ひらひらと手を振る。

「お〜こわ。ボクは君と戦いに来たんじゃないよ。ねぇ、ヴェイル?」


 その名を呼ばれ、眼鏡の男が口を開いた。

「今回はまぁ……偵察のようなものだ。今回の規模の襲撃に対する反応の速さ、殲滅までに要した時間、それぞれの戦い方や優先順位――十分に記憶させてもらったよ」


「そうそう、目的は果たしたから、これで帰るね」

 リザが楽しそうに言い、くるりと背を向けた。


 だが、ゴルド・レグナは容赦しない。

「逃すか!」

 咆哮とともに腕を振り抜き、握っていた槍を投げ放った。


 轟音と共に一直線に飛んだ槍は、裂け目の入り口で透明な壁に阻まれるように突き刺さった。


「ざーんねん。この出入り口はちゃんと防御してあるんだよ?」

 リザが楽しそうに振り返り、舌を出す。


 ヴェイルが壁に突き立つ槍を見上げ、感心したように言った。

「この防御壁にまで突き刺さるとは……大したものだ」


 二人は軽やかに背を向け、そのまま裂け目の奥へと消えていった。

 僕らはただ、その背中を見つめるしかできなかった。


 悪魔族の群れを撃退したあと、ゴルド・レグナは血に濡れた槍を担ぎ、無言のまま王城へと戻っていった。報告のため、そして次なる判断を仰ぐために――ロザリンドのもとへ。


 一方、広場にはヴァルディスが残り、警備兵たちと共に被害状況の確認にあたっていた。

 僕らも肩で息をしながら、避難誘導の遅れた人々の捜索や、負傷者の手当てを手伝った。


 だが、数字が積み上がるたびに胸は重く沈んでいく。

 兵士たちは軽傷で済んでいた。敵が雑兵程度の力しかなかったこともあり、討伐隊に死人は出なかった。連れ去られた兵士もいない。


 だが――一般市民の被害はあまりにも大きかった。

 序盤の混乱の最中、悪魔族に襲われ殺された者。悪魔族に連れ去られた者。その数は少なくなかった。


「どうして守ってくれなかったんだ!」

「兵士のくせに……!」

「ねぇ、息子を返してよ!」


 泣き叫ぶ声、怒りに震える声が、ヴァルディスへと向けられる。兵士たちに詰め寄る市民もいた。


 ヴァルディスはただ、その場で深く頭を垂れた。

「……済まなかった」

 その一言しか、返す言葉がなかった。


 僕は唇を噛みしめる。仲間の誰もが目を伏せ、やりきれない思いに押し潰されそうになっていた。

(もっと……僕たちにできることがあったんじゃないのか)

 胸の奥で自責が止まらない。


 やがてヴァルディスは顔を上げ、僕らへと視線を向けた。

「……ひとまず、作戦室へ行こう」


 その声音には疲労と責務の重さがにじんでいた。

 僕らは何も言えず、ただ頷く。


 そして、ヴァルディスに促されるまま、王城の作戦室へと足を向けた。

読んでくださってありがとうございます。

味方側の強キャラの扱いって難しいですね。

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