第五十三話 双子の悪魔
休日はなるべく一日二回投稿をしていきたいですね。
第五十三話
――そして夜が明ける。
朝の冷たい空気を吸い込みながら、僕たちは宿を出た。王都の大通りには既に兵の列ができており、狼の獣人が鋭い眼差しで部下に指示を飛ばしていた。
「来たか。……では行こう」
短い一言と共に、僕たちはその部隊に加わり、再び湖のほとりへ向かう。
湖畔は、朝の光に照らされてなお、どこか不気味な静けさを漂わせていた。昨日見落とした戦いの痕跡を探しながら、僕たちは足を進めていた。
「……これを見て」
レオがしゃがみ込み、焦げ跡のついた草を指さした。小さな火球の魔法が着弾した跡のように見える。
「戦闘はもっと広範囲に及んでいたってことか」
アイゼンが低い声で呟き、辺りを見回す。
アネッサは尻尾を揺らしながら首を傾げる。
「でも、おかしいよね。ここまで派手にやり合ってたなら、倒れた兵士とか残ってそうなのに」
「やはり……彼らは連れ去られたと見て間違いなさそうです」
セラフィリアの声音はどこか張り詰めていた。
僕は唇を噛み、昨日見つけた裂け目のある場所へと足を向ける。仲間も黙ってついてきた。
そこで――。
踏みしめた枯れ枝の音に混じって、別の音が響いた。だがそれは軽い枝の折れる音ではなく、まるで大地の奥から呻くような、重苦しい音だった。
「……っ!」
クラリスが思わず隣にいたレオの腕を掴む。
セラフィリアが蒼ざめた顔で一歩前に出た。
「……開きます。空間が」
その言葉に、一行の空気が一変する。緊張と警戒が一気に高まり、誰もが武器や魔法の準備を整えた。
やがて、目の前のひび割れが軋むように広がり、黒い亀裂が空中に走った。そこから滲み出す瘴気が周囲の空気を冷たく染める。
裂け目の中から、影が二つ――。
姿を現したのは、まだ幼い二人の子供のような悪魔だった。
双子のように瓜二つの顔。ひどく整った容貌をしているのに、その笑みは年齢に似つかわしくないほど不敵だった。
「あれ、今日は獲物が多いね」
裂け目から現れた二人は、並んで歩み出る。
白髪と茶褐色の肌、本来なら白いはずの強膜はまるで色素が反転したように黒く染まり、その黄金の瞳が僕達を品定めするように光っている。黒いゴシック調の衣装に身を包んだその姿は、これまで見てきた亜人や魔獣達とは明らかに違っていた。
少女のほうが一歩前に出る。おとなしい表情で、しかし少年の腕に自分の体を寄せるようにして。
「……あたしはミラ。この子はミロ。あたしたち、姉弟なの」
静かな声で名乗り、すぐに少年に寄り添う。
隣の少年――ミロは楽しげに口角を上げ、わざとらしく胸に手を当てて笑った。
「ふふ……歓迎するよ、人間たち。数も多いし、楽しめそうだね」
兵士たちの間にざわめきが走る。
クラリスが低く息をつき、「悪魔族……」と呟く。
アイゼンは剣に手を掛け、視線を逸らさない。
「……二人だけのようだが、気を抜くな」
「わかってるって!」
アネッサが耳を立て、いつでも飛び出せる姿勢を取る。
一方で、ミラは弟の肩に手を回し、顔を寄せたまま視線だけをこちらに向ける。その動き一つで、弟を守る意志がひしひしと伝わってくる。
「ふふ……」
ミロがわざと芝居がかった調子で囁いた。
「姉さん、見てよ。怯えた目をしてる。まるで、これから喰われる羊の群れだ」
ミラは静かに微笑む。その笑みに、兵士たちが一瞬身をすくませた。
「ダメよ、ミロ。食べてしまってはダメ。この人たちもみーんな仲間になるんだから」
「ああ、そうだっけ。でも、こんなにいるんだよ?少しくらい食べちゃダメ?」
「仕方のない子……二人までよ。それ以上はダメ。――特に強そうなあの濃紺の髪の剣士は生かして悪魔にしたいわね」
僕を指差しながら言う。僕を悪魔にするつもりが。
剣を握り直しながら仲間に声をかける。
「油断するな……来るぞ」
その瞬間、二人の悪魔の黄金の瞳が同時に細められ、獰猛な光を帯びた。
湖畔の空気が一瞬にして張りつめた。
ミラが小さく呟くと、彼女の指先から淡い光が溢れ出し、隣のミロの両腕に絡みつく。
「……っ!」
次の瞬間、ミロは一気に踏み込んできた。
拳が振り下ろされる。地面に叩きつけられた瞬間、地面が抉れ、土煙が舞い上がる。
「なんて威力だ……っ!」アイゼンが低く唸り、かろうじて躱す。そのまま槍を突き出すも、淡く光る腕は槍の一撃を軽々と弾く。
「はははっ!いいね、もっと見せてよ!」
ミロは楽しそうに笑いながら、両腕を交差させる。僕の剣を弾き返し、堅牢な盾のように立ちはだかった。
続けざまに繰り出される手刀は、金属を断ち割るかのような鋭さ。懐に潜り込んだはずのアネッサが横へ飛び退き、毛先が切り裂かれて宙を舞った。
「ひゃっ……!あっぶなー!」
ミラは黙って弟の背に寄り添い、淡々と魔力を送り続ける。その一挙一動が弟を支えることだけに注がれているのがわかった。
僕は息を整え、隙を見計らって腰の信号弾を掴む。
「……っ、今だ!」
赤い光が空を走る。
緊急事態を知らせる色――。
それを見たミラの口元にふっと笑みが浮かんだ。
「ミロ、獲物が増えるよ」
「ほんと?」
弟は無垢な子供のように目を輝かせ、こちらを見据える。
「たくさん連れて帰ったら、王様喜ぶかな?」
その視線は、獲物を品定めする捕食者のものだった。
ぞくりと背筋が冷える。
「来るぞ!」
僕は叫び、仲間と陣形を組む。僕とアイゼンが前に出て武器を構え、アネッサが素早く横へ回り込む。レオはその後ろで冷静に杖を構えている。セラフィリアとクラリスは後方に立ち、魔法詠唱の構えをとった。
狼の獣人が牙を剥き、部隊の兵たちを率いて突撃する。
「行くぞ、怯むな!」
しかし、ミロはひらりと舞うように動き、兵士たちの剣も槍もするりとかわしていく。
「おっと……危ない危ない!」
演技がかった調子で笑いながら、ひとつひとつの攻撃を紙一重で回避する。
そしてミラに迫ろうとした兵の剣を、その手刀で弾き、腕を交差させて守る。
「次の、ちょうだい!」
ミロが嬉しそうに笑う。ミラが詠唱し、彼の両腕に先ほどよりも強い光がまとわりつく。
「行くよ――!」
次の瞬間、拳骨が盾を叩きつけ、兵士が地面を滑るように押し込まれる。
「ぐっ……!」
僕が横から飛び込んで斬りかかる。しかしミロは軽々と手刀で受け止め、火花を散らす。
まるで真剣同士の斬り合いのような鋭さだった。
「くそっ、速い……!」剣を構え直し、少し距離を取る。
ミロの拳、手刀、交差させた腕の防御。小柄な体格からは信じられないほど苛烈で重い一撃が次々と襲いかかる。
なんとか耐える僕たちの後ろで、レオがじっと戦況を見据えていた。
その表情は怯えではなく、冷静に戦場を測るものだった。
読んでくださってありがとうございます。
いよいよ悪魔族との本格的に戦いが始まります。
なるべくバリエーション豊かな敵を出したいですね。
一点補足。王国はその名を“エステリア”と改めましたが、作中での呼称は“王国”、“王都”のままでいきます。わかりやすさのためです。
現実でもありますよね?名前が変わってもわかりやすさ、呼びやすさ、親しみなどの理由で古い名前のまま呼ぶみたいなことが。そんな感じです。
長い章になりますが、お付き合いいただければ幸いです。




