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第五十二話 新たな敵、新たな戦い

第五章、開幕です。

第五十二話


第五章 悪魔侵攻編



 side:???

  ――王国が崩れ落ちる音が聞こえたかのようだった。

 王家の断末魔、その象徴のように響いたのは、王族の首が落ちた処刑の鐘だ。


 俺は遠き大陸の玉座に座り、その報せを聞いて口角を吊り上げる。

「やっとか……思ったより手間取ったな」


 王国は戦場で滅んだわけではない。

 戦に敗れたのは事実だが、その敗北を導いたのは剣でも槍でもない。もっと静かで確実な毒――腐敗だ。


 俺たちが仕込んだのは、差別意識と高慢なプライド。

 ほんの少し火をつければ、あとは人間が勝手に自滅していく。

 王族は傲慢に拍車をかけ、周辺国との関係は自らの手で壊した。

 その果てに仕掛けた戦で大敗し、最後の王族が斬首された。

 ――それで王国は終わりだ。


 「俺が剣を振るうまでもなかったな」


 白髪のツインテールを揺らすリザが、すぐ隣でにこりと笑う。

 「ずっと見てたけどさ、人間ってほんと面白いよね。ちょっと転がしてやるだけで、勝手に落ちてくんだから」


 背後に控える参謀ヴェイルが冷ややかに言葉を差し挟む。

 「戯れが過ぎるぞ。……だが、確かにこれで土台は整った。王国が崩れたことで、あの大陸はいま我々の脅威と内政、どちらにも対応せねばならん。侵攻の好機だ」


 俺は喉の奥で笑った。

 これでまた、悪魔族が繁栄する。

 王国はただの足がかりにすぎない。その先にある公国、魔導国――あの肥沃な大陸ごと飲み込んでやる。


 「よし……出陣の準備を進めろ。次は直接だ。蹂躙して征服する」


 暗黒の軍勢が、遠き大陸へと視線を向ける。

 不穏な気配が、世界を覆い始めていた。


 

 side:リアン


 僕たちは先ほどのひび割れの現場から、それほど離れていない場所をくまなく探していた。空間にひび割れがある場所は、人為的に手を入れられている。些細な兆候でも、僕は見逃さないように目を凝らした。


しかし、特に有力な痕跡はなかった。収穫はないまま、日が傾き、辺りは深い影に覆われていく。王都の中心部に戻る頃には、街灯の淡い光が僕たちの影を長く引き伸ばしていた。


広場では、もう点呼が始まっていた。整然と並ぶ兵士はみな公国と魔導国の兵だ。その背中に、もう王国はないんだと改めて実感して、胸がちくりと痛んだ。

 僕たちも全員揃っていることを確認され、その日は解散となる。


「……おかしいな」

ふと、広場の一角からざわめきが立ち上る。暗闇の中、兵たちの視線が一斉に一点に集まる。狼の獣人――捜索を指揮する彼の眉間に深い皺が寄る。

「二部隊……まだ戻ってこない」


夜の冷たい空気に、兵たちの不安が広がる。だが、その場に残るのは指揮官である狼の獣人とその部隊だけ。ほかの兵は明日もあるため、宿に戻るよう命じられ整列を解き始める。


僕も声をかけられた。

「君たちは正規の部隊ではないから指示に従わなくても良いが……今日はもう宿に戻るか?」


 胸の奥がざわつく。単なる遅刻とは思えない。街灯の影に紛れる石畳、遠くで聞こえる微かな物音――何かが確かに動いている気がする。


「僕たちは、ここに残ります」

自然に口をついて出た言葉だった。心配を超えた予感――危険の匂いが、僕の全身を硬直させる。

広場の空気はひんやりと重く、遠くからは戻らぬ部隊の影が、夜の闇に溶けていく。僕は深く息を吸い込み、覚悟を決めた。何があっても、目の前の現実から目を逸らすわけにはいかないのだ。

 広場の空気がざわつき続ける。戻らない二部隊の影が、兵たちの心を揺らしていた。僕は「残る」と口にしたあと、仲間たちの視線を感じた。


「リアン……あなたならそう言うと思ったわ」

クラリスは真っ直ぐに僕を見る。

「ここにいたって何かできるとは限らない……でも、このまま何もせず戻るなんてできないわよね」


レオは少し逡巡してから、小さくうなずいた。

「……僕も残ったほうがいいと思う。もし何かあったとき、人手は多いほうがいいし」

彼の声は小さいけれど、その意思は確かだった。


「あたしも残る!」

アネッサは迷うことなく宣言する。黒猫の耳がぴんと立ち、尻尾が落ち着かない様子で揺れていた。

「仲間が帰ってこないのに、寝ろって言われても絶対寝らんないしさ!」


「ふむ……確かに、戻らない部隊があるのは不気味だ」

アイゼンは腕を組み、低く唸る。落ち着いた声音の奥には、戦士らしい警戒心が滲んでいた。

「ここで待つにしろ探しに行くにしろ……何もせずに寝床に戻るのは性に合わんな」


セラフィリアは薄く微笑み、揺れる銀髪を夜風に任せながら言った。

「私もご一緒します。静観するのは簡単ですが……もしかしたら悪魔族に連れ去られた可能性もあります。この異常を見過ごせば、より大きな事態を引き起こしかねません」


それぞれの言葉を聞き、僕は胸の奥が熱くなるのを感じた。仲間たちは誰一人、僕を咎めなかった。むしろ同じように、目の前の異変を放ってはおけないと思っている。


「……ありがとう。みんな」

僕は深く息を吐き出した。


広場の灯火が揺れる。狼の獣人の指揮官がこちらを振り返り、低く問う。

「すまん、頼らせてもらうぞ。……これより、捜索に向かう」


「はい」僕は短く答えた。

その瞬間、夜の王都はより濃い闇に包まれていく。戻らない二部隊の影が、僕たちの胸を押し潰すように重くのしかかってきた。


 

 狼の獣人の指揮官とその部隊に合流し、僕たちは夜の王都を抜け出した。街灯の明かりが遠ざかり、石畳から土の道に変わっていく。空気は次第に湿り気を帯び、耳を澄ませば水音がかすかに聞こえてきた。目的地は――王国の名所でもある大きな湖のほとり。


「この景色……観光で来たかったものだ」

アイゼンが低く呟く。

「月明かりが水面に映える姿は美しいものですが……今は、そういう状況ではありませんね」

セラフィリアが静かに続ける。その声音もどこか張り詰めていて、気楽な会話ではなかった。


湖へ向かう道すがら、僕たちの足がふと止まった。地面に転がるものが月明かりに照らされ、冷たく輝く。


「これ……兵士の槍?」

クラリスが声を落としてつぶやく。確かに折れた槍の柄が無造作に転がっている。すぐそばには、へこんだ胸甲――間違いなく人が身につけていたものだ。


「……やっぱり、ただの迷子じゃなかったね」

アネッサの尻尾が緊張で膨らんでいる。レオも手にした杖をぎゅっと握りしめていた。


狼の獣人は黙り込み、鋭い眼光で周囲を探る。僕も呼吸を浅くしながら辺りに気を配った。月明かりに照らされた湖畔は穏やかに見えるが、その静けさが不気味だった。


やがて、僕たちはそれを見つけた。


「……ひび割れだ」

地面の上、宙に浮かぶように黒い亀裂が走っている。僕たちが昼間に見つけたものよりもはるかに大きく、しかも――つい先ほどまで口を開いていたかのように、空気がまだ揺らめいていた。


「……これ以上は危険だ。……せめて、装備だけでも持ち帰ろう」

狼の獣人が短く断じる。その声には迷いがなかった。


僕たちは深追いを諦め、折れた槍やへこんだ鎧といった痕跡を慎重に集めた。仲間を失った部隊の証――それを無視することなどできなかった。


「すぐに王城へ報告に向かう。君たちも同行してくれ」

狼の獣人の言葉に、僕は無言で頷いた。


湖の静寂の中、風が吹き抜ける。その音は、戻らぬ兵士たちの声なき叫びのように思えてならなかった。僕たちは胸に重苦しい予感を抱えたまま、王城への道を急ぐのだった。


 王城の大扉が重々しく開くと、冷たい空気が肌を撫でた。夜半のせいか、廊下は静まり返っていて、かすかな足音さえもよく響く。僕たちは狼の獣人に導かれ、玉座の間ではなく、その隣に設けられた作戦室へ通された。


そこには、既に一人の女性が待っていた。


「……報告を」

ロザリンド――僕達もよく知る女性。その姿を見た瞬間、空気が張り詰める。赤い衣服に身を包み、金色の髪をまとめ上げた彼女の瞳は鋭く、それでいて理知の光を宿していた。王国との戦争での功績を買われ、以来、魔導国の参謀として活躍している。


狼の獣人が、折れた槍と歪んだ鎧を机に並べた。

「……行方不明となった部隊の痕跡です。加えて、湖畔にて空間のひび割れを発見しました。すでに閉じていましたが……規模は昼間のものより大きいです」


作戦室の明かりが、無惨に変形した鉄の表面を照らし出す。ロザリンドは指先で軽くそれに触れ、感情を表に出さぬまま目を細めた。


「……先手を打たれたな。敵が神出鬼没な以上、どうしても後手に回ってしまう」

彼女の低い声に、部屋の空気がさらに重くなる。


クラリスが思わず口を開いた。

「やっぱり……空間のひび割れから連れ去られたの?」


ロザリンドは視線を向けず、淡々と答える。

「可能性は高い。だが推測で動くわけにはいかん」


「でも、あのひび割れは……」

アネッサが言いかけたとき、レオが控えめに首を振って制止する。


ロザリンドは一度瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。

「……報告ご苦労。お前たちが探しに行かなければ、痕跡すら失われていたかもしれない。――感謝する」


一瞬、その声音に柔らかさが混じった気がした。けれどもすぐに、参謀としての冷徹な色を取り戻す。


「ただし、この件は慎重に扱う。これ以上いたずらに兵を失うわけにはいかん」


彼女は机に指を滑らせ、地図を示した。

「明朝、再び湖畔周辺を調査しろ。討伐隊も同行させる。異変があったらすぐに信号弾をあげろ」


 公国特製の信号弾を渡される。あらかじめ煙の色に対する意味を決めておくことで、一瞬で遠く離れた場所にも伝達が可能な優れものだ。

同時にそんなものが渡されたことに対して、僕の胸は不安と決意の入り混じった重さを抱いた。湖の静けさに潜む闇は、僕たちが思うよりもずっと近いのかもしれない。


 作戦室を出た僕たちは、無言のまま石造りの廊下を歩いた。夜気を孕んだ城の中は冷え込み、足音だけが響いていた。


王城をあとにし、宿へ戻る道も同じように静かだった。けれども部屋に入った途端、アネッサが大きく息を吐いた。

「はぁー……空気が重すぎて、窒息しそうだったよ」

彼女の猫耳がぺたんと寝て、尻尾がゆらゆらと落ち着きなく揺れている。


「重くなるのも無理はありません。事実、兵士は戻らなかったのです」

セラフィリアが静かに言葉を添える。その声音は優雅で落ち着いていたが、目元には憂いが浮かんでいた。


「兵の痕跡があそこまで残っていたのは、やっぱり……戦闘があったってことだよね」

レオが俯きながら小さく呟く。その指は杖を握りしめたまま震えていた。


「……そうね」

クラリスがその隣に腰を下ろし、柔らかく言葉をかける。

「でも、今は休むべきだわ。明日はまた湖へ行くんでしょう? 力を蓄えておかないと」


「ああ。クラリスの言う通りだ。……戦闘になる可能性があるなら、尚更な」

アイゼンが短くうなずき、窓を閉める。外の夜風が止み、部屋の中はようやく落ち着きを取り戻す。


僕は仲間たちの顔を一人ひとり見回した。みんな不安を隠せてはいないけれど、それでも誰も逃げようとはしていなかった。

「……明日は、大変なことになるかもしれない。けど、僕たちなら……大丈夫だ」

自分に言い聞かせるように口にしたその言葉に、皆が小さくうなずいてくれた。

読んでくださってありがとうございます。

第五章はこれまでの章よりも長く、そしてダークな話になります。

お楽しみいただければ幸いです。

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