第五十話 カイリスの処遇
いよいよカイリスの処遇が決定します。
第五十話
次なる議題は、王国の戦争責任を問うものだった。最重要参考人として、カイリスがこの場に呼ばれるという。
重苦しい空気が残る評議の間に、鎖の音が近づいてきた。
扉が開かれ、兵に両脇を固められたカイリスが姿を現す。王族の証であった豪奢な衣はなく、粗末な囚人服に身を包んでいる。それでも瞳だけは王家の血を宿すかのように鋭く、誰にも怯まず前を睨み据えていた。
「……王国第一王子、カイリス。王家唯一の生き残りにして、今や王国の象徴そのものだ」
大公エルドリヒの重々しい声が響く。
「余らはここに、王国の戦争責任を問う場を設けた。弁明があるなら申してみよ」
カイリスは口を歪め、声を張った。
「弁明だと? 笑わせるな。確かに宣戦を布告し、異種族を粛清せよと命じたのはこの僕だ。だがそれは、王子として当然の務めだったまでだ!」
場がざわめく。ヴァレリアが椅子に背を預け、鼻で笑った。
「務め、だと? 貴様の務めは民を守り導くことではなかったのか。種族の違いを理由に殺戮を繰り返し、大陸を混乱に陥れた。悪魔族の思惑に踊らされながらな」
「……」カイリスの目が一瞬揺れる。
ロザリンドが冷静に言葉を紡いだ。
「建国からどのくらい経ってからか、定かではありませんが、王国は悪魔族の影響を受け続けていたようです。為政は腐敗し、統治者は操られた。だが、カイリス殿下は、その状況を断ち切るどころか、自らの意思で権力を握り、異種族粛清を強行した。それは紛れもない事実です」
老参謀が杖を鳴らし、低く問う。
「カイリス殿下、王子としての誇りは理解できる。だが問いたい。なぜ、亜人を敵と見なしたのだ?」
カイリスはしばし黙し、やがて吐き捨てるように答えた。
「……女神に造られし純血の人間こそが世界を治めるにふさわしい。獣の要素が入った種族など穢らわしい。間違いなく不安定を招く芽だ。僕はそう教わったし、そう信じていた。そしてそれは、今も変わらん。亜人どもが僕を裁くだと?身の程を知れ」
沈黙。
ヴァルディスが腕を組み、低く唸った。
「……王国の教育にどっぷり浸かってやがるな。こいつは悪魔に踊らされたまま国を傾けたわけか。だが、民や兵から見れば王子の言葉に従っただけ……責を負わせるわけにはいかん。貴族は……言い分を聞く必要があるかもしれんな」
ノワールが静かに補足する。
「ゆえに裁きの象徴として、カイリス殿下の扱いが鍵となるでしょう。殿下を処刑するか、あるいは……」
ヴァレリアが冷静に口を挟む。
「待て。そやつの物言いには思うところもある。が、そんな小物のことなど後でいい。まずは王国の領土と民をどうするか、話し合うべきはそちらだろう」
その言葉に場が引き締まる。確かにカイリス個人の行く末よりも、指導者不在のまま残された多くの民のほうが大事だ。
「確かに、王国の版図をどう扱うか――これは避けては通れぬ」
大公エルドリヒの低く威厳ある声が場を支配する。
老参謀が地図を広げ、王国の領土を示した。
「荒廃した村々、焼かれた畑。王都こそ被害は軽微ですが、治世の空白を長く放置すれば、悪魔の侵攻を助ける事態となるやもしれません。公国と魔導国が共同で管理し、再建を進めるのが現実的かと」
「チッ……」
カイリスは悔しげに舌打ちをする。目の前で自国の未来が淡々と裁定されていくことに、王族として耐え難い屈辱を覚えていた。
だが彼が屈辱に震えても、誰一人として振り返らない。議場の空気は冷たく、鎖の音だけが虚しく響いた。
そのとき、僕は思わず立ち上がっていた。
「待ってください!」
全員の視線が僕に集まる。緊張に喉が乾いたが、言葉を続けた。
「公国へ向かう途中、とある村に寄りました。そこでは、家畜を失い、畑を焼かれた人々が、それでも生きようと必死に瓦礫を片付け、畑を耕し直していました。子供は空腹に泣き、大人は早朝から深夜まで働いて、どうにか生活を立て直そうと必死でした。……民には罪はありません。あの人たちを、どうか助けてあげてほしいんです」
しばしの沈黙――誰も言葉を返せなかった。王達は民のことを想っている。だが実情は知らないのだろう。実際に見てきた僕達の言葉は重く、どれほど生きるに窮しているかを伝えられ、言葉を失ってしまったのだ。
その沈黙破ったのはヴァレリアだった。
「……余が田畑や穀倉を焼けと命じた。補給を滞らせ、兵を飢えさせるためにな。あれは確かに戦略だったが、罪なき者を苦しめたことも事実」
彼女は片手を顎に添え、目を伏せる。
「ゆえに、魔導国が食糧支援を行おう。奪ったのは余らだ。返すのも余らの責務であろう」
意外な言葉に空気がわずかに和らぐ。
エルドリヒが頷き、老参謀が地図に印をつけながら言う。
「領土の再編、統治の枠組みも決めねばなりませんな。貴族は解体、兵は労働に振り分け、民は保護する……」
議論が次々に進む中、カイリスは椅子に縛られたまま震えていた。
「……僕の王国を、勝手に……」
悔しさに声を詰まらせ、睨みつけても誰も目を合わせない。
そして、ようやく話題は彼自身の処遇へ移った。
エルドリヒは深く息を吐いて言う。
「民や兵は罪に問えぬ。貴族は……情状酌量の余地がある者もいるかもしれんが、王家を止められなかった責を追及せねばならんな」
ロザリンドが冷静に口を開いた。
「だが、王子カイリス――非人道的な異種族粛清に身勝手な宣戦布告……これらはあなたの意思で行われた。悪魔族の思惑を差し引いても、その罪はあまりに重い」
ヴァルディスが頷き、短く言い切る。
「……討つしかあるまい」
ノワールがヴァレリアをちらりと見、ヴァレリアは頷く。そして抑揚のない声で続けた。
「魔導国側も同じ意見です。カイリス殿下は処刑と致しましょう」
「……処刑……?」
カイリスの顔が青ざめ、血の気が引いていく。震える唇がなお否を叫ぼうとするが、声にならない。
「馬鹿な……僕は……王子だぞ……! 僕を殺せば、王家の血筋は途絶える…! 歴史ある王国の王家の血がだぞ! いいのか!」
だが誰もその叫びに答える者はいなかった。
決定は覆らない。
その現実を突きつけられ、カイリスはついに視線を落とし、深い絶望に呑まれていった。
その決定をもって、今回の会議は幕を閉じた。
重い評議の扉が音を立てて閉まる。
張り詰めていた空気が途端に解けたが、誰もが容易に口を開ける雰囲気ではなかった。
ヴァレリアを筆頭とする魔導国の一団は、将軍ヴァルディスの案内で静かに貴賓室へと去っていく。黒衣の背が遠ざかるたび、その存在感の余韻が廊下に漂うように思えた。
大公エルドリヒも老参謀を伴い、無言のまま私室へと戻っていく。その背中からも、深い思索と重責が滲んでいた。
残された僕たちは兵士に導かれ、客室へと案内された。重い扉が閉まり、ようやく仲間だけの空間になる。
誰よりも先に口を開いたのはアネッサだった。
「……いやぁ~、すっごい緊張したね。背筋ガッチガチだったよ」
冗談めかして言うものの、笑みは引きつっている。
クラリスは椅子に腰を下ろすと、小さく吐息を漏らした。
「……あれほどの重鎮たちに囲まれて話すなんて、思ってもいなかったわ。けれど……王国のこと、民のことを伝えられて、本当に良かった」
アイゼンは腕を組み、難しい顔のまま視線を落とす。
「国民はこれで大丈夫だろう。……しかし、カイリスには容赦なかったな。処刑は、やはり免れなかったか……」
レオが隣で頷く。
「……王族としての誇りがあるんだろうけど、聞いてる間ずっと悔しそうだった。ああやって無視されるのは……きっと、耐え難いんだろうな」
セラフィリアは手を膝の上に重ね、震える指を押さえていた。
「でも……真実を知ってしまった以上、ああするしかないのでしょう。悪魔族に操られていたとはいえ、自らの意思で命じたことは消えません」
言葉の端々に迷いが見えたが、その瞳は真っ直ぐだった。
僕は全員を見回し、静かに口を開く。
「……それでも、僕たちは一歩進んだんだと思う。公国も魔導国も、悪魔族を本気で討つつもりでいる。そのために力を合わせるってことは……大きな意味がある」
アイゼンが苦笑し、低く付け加える。
「道は険しいがな。敵は数も多く、一枚岩で統率も取れている……」
「でも!」アネッサが明るく声を張った。
「私たちだって負けてないよ。あんな悪魔族に、この大陸を渡すもんか!」
彼女の勢いに、部屋の空気が少しだけ和らぐ。
それぞれが重さを抱えながらも、明日への覚悟を新たにした。
side:ヴァレリア
私は、一度はノワールとロザリンドを追い詰めたという王子がどれほどのものか、正直楽しみにしていた。だがその実態は高慢なプライドと見せかけの誇りで飾った、ただの愚かな人間だった。もはや興味もないが、二人が世話になった礼はせねばなるまい。
冷え切った石造りの牢獄は、昼であろうと薄暗さが支配していた。湿った空気が肌を撫でるたび、そこに刻まれてきた無数の呻きや嘆きが、壁に染み付いているように感じられる。
私は鉄格子の前に立ち、背後にノワールとロザリンドを従えた。兵士が声をかけると、牢の内側で鎖に繋がれたカイリスがゆっくりと顔を上げた。頬は痩せ、瞳には不眠の影が滲んでいる。それでも、その口元には王族特有の傲慢な曲線が浮かんでいた。
「……ふん。牢の鉄臭さにも慣れたところだ。まさか魔王自ら慰めに来たわけではあるまいな」
嘲りを含んだその声音に、ノワールが眉を顰め、ロザリンドは無言で睨み据えた。
私は小さく笑みを浮かべ、軽やかに言葉を返す。
「慰め? 愚かなのは行いだけにしておくがいい、王子殿下。我が側近達が貴様に世話になったというのでな。どれほどの傑物か、改めて顔を見に来た」
皮肉を理解したのか、カイリスの眉がぴくりと動いた。
ロザリンドが一歩前に出る。その声音は冷え切っていた。
「……私は、貴様だけは許さん。貴様のおかげで、私の幼馴染であり右腕だったイザベルは命を落とした。イザベルだけではない。私の兵も、領民も……。 そして私自身も祖国を追われ、一度は行き場を失った」
淡々とした口調。けれど指先は微かに震え、爪が掌に食い込んでいるのが見える。
「ふん……貴様が何も守れなかったのは貴様が無能だからだろう」
カイリスは冷笑を浮かべ、あくまで強気を装っている。だが、視線は逸れているのを私は見逃さなかった。
今度はノワールが口を開いた。
「私も礼を言いましょう。殿下のおかげで、私はあんなに感情が昂ることがあると初めて知れました」
黒い燕尾服の裾が牢内の冷風を受けて揺れる。その声は低いが、鋭く響いた。
「ですが、あのとき同時に思ったのです。人間という種が、いかに脆く儚いかと」
カイリスの眼差しに怒りの色が浮かぶ。
「脆く儚いだと、この下郎が……! 僕を侮辱するか!」
私は一歩前に出た。鉄格子の向こうで、カイリスの姿はあまりに小さい。
「侮辱? 勘違いも甚だしい。余がこうして貴様にわざわざ真実を教えてやっているこの優しさが伝わらんとは」
声を低く、だが決して冷たくはしない。威厳と重みを込めて、王族としての自分の力を見せつけるように。
「貴様は王国最後の王族。だが、その血筋はすでに悪魔に汚され、民を苦しめ、己の手で滅びを招いた。その結果、いまや牢の中で縛られているのは誰だ? 王国を統べる誇り高き王族か、ただの囚人か」
カイリスの顔から色が引いていく。だが、必死に強がりを繕う。
「わ、我が王国の民は僕に従う。お前ら亜人の女王など――」
「従う? もはや貴様が民衆に言葉をかける機会などない」
私は鋭く言葉を切り込み、格子に指先を添えた。
「今や王国の運命は、魔導国と公国の手に委ねられている。貴様に残されたものは、空虚なプライドだけだ」
沈黙。牢の奥から水滴の落ちる音がやけに大きく響いた。
カイリスの肩がわずかに震えたのを、私は見逃さなかった。心の奥底では、すでに絶望が牙を立てている。だが彼は、それでも口を開いた。
「……僕は……王子だ。最後まで……王子であるのだ」
かすれた声。力のない目。
私は背を向けた。
「ならば、その誇りごと処刑台に立て。それが貴様に残された唯一の矜持よ」
ノワールとロザリンドも無言で続き、私たちは牢を後にした。
振り返ることはしなかった。だが、背後で誰かが小さく息を詰める音――カイリスのものだろう――だけは、確かに耳に残った。
side:リアン
二日が過ぎた。
その間、僕たちは公国の街で必要なものを買い足したり、兵達の訓練所を借りて鍛錬を重ねたりして過ごしていた。街は戦時の緊張を未だ残しながらも、どこか解放感に包まれていた。けれど僕の胸の奥には、重たい鉛のようなものが沈んでいる。
そんな折、兵士が僕たちのもとへ駆け込んできた。息を整える間もなく、彼は告げた。
「カイリス殿下の処刑、日取りが決まりました。三日後の正午――王国の広場にて執り行われます。殿下はこれより王国へ移送され、民衆の前でその最期を迎えることとなります」
言葉を聞いた瞬間、僕の背筋に冷たいものが走った。
処刑を、広場で? ……まさか、民衆に見せつけるために?
「……これで、戦争の終結を印象づけるつもりか」
僕の隣でアイゼンが低く唸った。クラリスは唇を噛み、視線を伏せる。アネッサは珍しく軽口を叩かず、ただ耳を垂らしていた。
残酷な決断だ。けれど、王国の王子としての責任――その重みを思えば、避けられぬ道なのかもしれない。
それでも、胸の中にはざらついた違和感が残った。
「僕達も行こう」
気づけば、そう口にしていた。
「カイリスの最期と……王国がこれからどうなるのか、この目で見届けるべきだ」
仲間たちも頷いた。
その日の夕刻、大公の計らいで僕たちのための馬車が用意された。これなら王国までは一日で着けるという。僕たちは宿を後にし、公国の正門へ向かった。
正門前には二台の馬車が停まっていた。一台は普通の馬車だ。あれがおそらく僕達が乗る馬車だろう。
では隣は? ――黒を基調とした色に金色の装飾がついた、とても豪華な印象の馬車だ。恐らくは貴族や高貴な身分の者が乗るための馬車だろう。
僕達は馬車に近づき、そこで目にしたものに、思わず息を呑んだ。
そこには、黒々とした鎧を纏った騎士が立っていた――いや、正確には、騎士の首がなかった。さらにその隣に並ぶ漆黒の馬もまた、首を持たず、それでも蹄を地に打ちつけ、息づいている。
「なっ……!」
アネッサが声を上げ、クラリスも蒼白な顔で口を手で覆う。
すると、その騎士が小脇に抱えた兜付きの頭から、くぐもった声が響いた。
「やや、驚かせてしまったな。私は魔導国より遣わされた騎士だ。種族は首無族。デュラハンとも呼ばれるな。個体数の少ない亜人だから知らぬのも無理はない。……おっと、そなたらが乗る馬車は隣の馬車だぞ」
目が合ったような錯覚に、僕は背筋を凍らせた。
だが同時に、妙に腑に落ちることもあった。
「……だからヴァレリアは、あんなに早く公国に着けたのか」
僕の呟きに、デュラハンは小さく首を縦に振った。
「この馬車は魔王陛下専用のもの。どれほどの悪路も苦とせず駆け抜ける」
なるほど――魔導国の威光と、常識を超えた力を、僕たちは改めて思い知らされる。
その隣で、僕たちが乗る馬車を操る御者が恭しく頭を下げた。
「準備が整いました。どうぞご乗車を」
僕たちは視線を交わし合い、それぞれ無言のまま馬車へと乗り込んだ。
やがて重厚な扉が閉じられ、車輪が静かに軋む。
公国を後にし、王国へ――そして、カイリスの最期へ。
胸の奥のざらつきは、消えるどころかいっそう鋭くなっていった。
馬車の中は、ひどく静かだった。
重厚な車輪の音だけが、規則的に響いている。大公が用意してくれた馬車というだけあって揺れは少ないが、それでも心のざわめきまでは抑えてくれなかった。
「……処刑、か」
アイゼンが低い声で呟いた。その顔は険しく、瞳の奥に揺れるものがある。
「王族の首が落ちるなど、そうそう見られるものではないな」
「それで……本当に終わるの?」
アネッサは窓に肘をかけ、頬杖をつきながら呟いた。
「民衆は戦争が終わって助かるかもだけど……貴族達は責任をとらされるかもって話だし。責任押し付けあって、内戦みたいなことにならないよね?」
「……させないわ。……それに、そのための見せしめでもあるんでしょうし
クラリスが小さく言った。けれどその声は震えていて、指先はぎゅっと膝の上で握られていた。
「……王家が責任を取る。それでしか、幕を引けないのだから」
レオはずっと黙っていたが、やがて顔を上げた。
「でも……国が無くなるわけじゃない。残された人々は、生きていかなきゃならないんだ。僕達が願うべきは、せめてそれが守られることだと思う」
セラフィリアはずっと俯いていたが、そっと口を開いた。
「……私も、そう願います。悪魔族に蹂躙された故郷のように、全てが失われるのは……もう嫌ですから」
言葉は重く、沈んだまま馬車は進んでいった。
僕は胸の奥の重みを押し殺すように、小さく息を吐いた。
夜、道の傍らの林で馬車を止め、野営をした。
焚き火を囲んでいても、誰も冗談を言わない。ただ炎の揺らめきと、時折木がはぜる音だけが夜を彩った。
セラフィリアは祈るように両手を組み、クラリスは視線を火に落としたまま動かない。アネッサでさえ静かにしっぽを抱き寄せていた。
読んでくださってありがとうございます。
あとがきに書くことがだんだんなくなってきました。
大陸戦争編は次のお話で終わりです。




