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第四十七話 公国へ

毎回サブタイトルが思いつきません。

第四十七話


side:カイリス

 足枷の重さを感じながら、兵士に引きずられるように、僕は歩いていた。鎖が擦れる音と、規則正しく響く兵士たちの足音。昼も夜も関係なく進み続けて、もう今どこにいるのかさえ曖昧だ。

 かつて王国の王子と呼ばれ、玉座に座る未来を当然のように信じていた僕が、いまは敗者として連行されている。


 王国は……滅んだ。

 父上も、宰相も、臣下たちも……気配すらなかった。誰一人残ってはいなかった。あの城に生き残っていたのは、僕だけだったのだ。


 認めたくはない。だが、ゴルド・レグナが言った言葉も、リアンたちが証言した静けさも、すべて事実だった。

 ――僕の国は、悪魔に操られていた。

 その事実を突きつけられたとき、胸の奥で何かが粉々に砕け散った。


 歩を進めるたびに、心の底から空虚が広がっていく。かつて「誇り」と呼んでいたものはすべて崩れ去り、いま残っているのは、恥辱と無力感だけだった。


「……王子、歩け」

 兵士の一人に背を小突かれ、よろけながら前に進む。


 空の色が淡く変わり始め、ようやく夜が明けるのだと気づいた。そのとき、遠くに山肌と石造りの城壁が見えた。

 ――公国だ。


 徒歩で魔導国まで連行するのは現実的ではない。中間地点である公国の牢に連行しろ、と、あの忌まわしき竜人の女が兵にそう指示していた。恐らくは既に大公との話もついているのだろう。


 僕は唇を噛んだ。

 かつてなら、公国の姿を見れば「支配してやる」と胸を張っただろう。けれど今は……敗者として、罪人として迎えられる。


 その現実が、何よりも苦しかった。

 

  公国の城門をくぐると、石畳の広場の向こうに威容を誇る城がそびえていた。疲れ切った足を引きずりながらも、兵たちに囲まれた僕は、まっすぐそこへと連れていかれる。


 広間に通されると、玉座に腰掛けた初老の男が視界に入った。重厚な衣をまとい、背筋を伸ばしたその姿は、まさしく支配者の風格を纏っている。

 ――大公、エルドリヒ。公国の頂点に立つ人物。


「王国の王子、カイリスよ」

 静かながらも響く声が広間に落ちた。

「汝は敗れた。王も家臣もおらぬ。残ったのは汝ただ一人……それが現実だ」


 突き刺さる言葉に、僕は視線を落とすことしかできなかった。


「このあとは魔導国の女王が直々に裁きを下すだろう。それまで我が公国の牢に繋がれよ」

 まるで形式を告げるように淡々と告げる声。怒りも嘲笑もない。ただ事実を言い渡す支配者の声だった。


 ――僕は兵士に腕を引かれ、広間を後にした。


 やがて辿り着いたのは、冷たく湿った石の牢。手枷と足枷を繋がれ、背を壁に押し付けるように座らされる。鉄格子が閉ざされ、外の明かりが遠ざかったとき、胸に重苦しいものがのしかかってきた。


 誇りは砕けた。

 自信も消えた。

 もはや僕に寄り添う味方は一人もいない。


 ただ裁きを待つだけの囚人――。


 この屈辱。この孤独。王子であるはずの自分が、敵国の牢に繋がれ、未来も見えぬまま晒されている。

 頭の奥で、何かが軋むように崩れていく。


 ――僕はどうなるのだ。

 ――僕は……どこで間違えたのだ。


 父の面影が浮かぶ。かつての誇り高い王国の姿が脳裏に蘇る。だがすぐに、それらがすべて悪魔に操られた虚構に過ぎなかったことを思い出してしまう。


 胸の奥が空洞になり、呼吸すら苦しい。

 焦燥、不安、恐怖。すべてが絡み合って僕を締め付ける。


 いっそ、このまま心が壊れてしまえば――そう思うほどに、無力感が深く染み込んでいった。



 side:ヴァレリア

 私室にて山積する書類へ視線を落とし、羽根ペンを走らせていた。公国との外交折衝、王国との戦の収拾、領内での税と治安の管理――この身に背負うものはあまりに多い。

けれど、誇り高き魔導国を治める以上、それらを処すのは私の義務であり栄誉だ。


コン、コン――。

重厚な扉が叩かれた。


「入れ」


低く告げると、扉が静かに開かれた。現れたのは秘書のノワール。彼女はすっと一礼し、落ち着いた声音で報告を述べた。


「魔王様。ゴルド・レグナ様が帰還されました。火急の報告があるとのことです」


「……通せ」


ゴルド・レグナ。魔導国が誇る最強の矛。彼女がここまで慌ただしく動くのは、ただ事ではあるまい。


やがて部屋に入ってきた彼女は、戦場帰りの気配を纏ったまま深く頭を垂れ、報告を始めた。

王国領での決戦、その結末。

操られていた王国の実情、王子カイリスを捕らえ、公国にて収監される予定であること。

そして、すべての背後に潜む“真の敵”の存在――。


私は一言も遮らず、ただ黙然と聞いていた。

静かに、しかし胸奥では波濤が荒れ狂う。

王国を操る黒幕……そんな敵が本当にいるのであれば、これはこの大陸全ての問題となる。


報告を終えたゴルド・レグナに、私はゆっくりと頷いた。


「余のため、そして魔導国のためによくぞ急いでくれた。少し休むが良い」


短い労いの言葉を贈り、視線をノワールへと向ける。


「ノワール、出立の支度をせよ。余自ら公国に赴く。王子の口から直接、この耳で真実を聞かねばならぬ」


「御意」


ノワールはすぐさま身を翻し、『ハヤブサ』の伝令を呼び寄せ、公国へ向けて魔導国の行動を伝える。鋭き翼を持つ伝令は、窓から闇夜へ飛び立っていった。


同時にノワールは次々と指示を出し、出立に随行する護衛及び兵の編成を始める。

静かな私室の空気は、一瞬にして戦の気配へと塗り替えられていった。


私は立ち上がり、窓辺に歩み寄る。夜空を仰ぎ見ながら、口の端にわずかに笑みを浮かべた。


「ふん……事が動くのは早い方がよい。余の手で、全てを正すとしよう」



 side:リアン

 僕たちは話し合いの末、ひとつの結論にたどり着いた。

――公国に向かう。


今回判明した事実は、もはや僕達だけで抱え込むにはあまりに重い。

公国の大公、魔導国の魔王とも真実を共有する必要があるだろう。それにあたってクラリスの父親から、公国と魔導国が同盟を結んだことを聞かされた。そのことには驚いたが、それなら話は早い、とも思った。

「まずは公国の大公に話を通した方が、魔導国との交渉も円滑になる」

皆がそう認め合い、頷いた。


やることを決めてしまえば、行動は早い。

それぞれが自分の役目を意識し、明日からの道程に備えて動き始めた。

レオは消耗品や携行品を買いに出て、必要な荷をクラリスとアネッサがまとめる。セラフィリアは地図を広げて道筋を確認していた。僕はアイゼンと共に各人の武器の手入れを行う。

僕の聖剣も手入れを怠らない。道中、魔獣との戦いになることもあるかもしれない。

もっとも、今夜はそれ以上に体を休めておくべきだ。

ここまで生き延びてきたのも、冷静な判断と備えがあってのことだと分かっているから。


夜の帳が降りると、部屋の中は自然と静けさに包まれていった。

明日から始まる新たな旅路のことを思えば、胸の奥がわずかにざわつく。

けれど、僕は深呼吸し、そのざわめきを押し込めた。


――公国へ。

そこで僕たちは、きっと大きな局面を迎えることになる。


 

 夜更け。

喉の渇きに目を覚ました僕は、静かな廊下を歩いていた。クラリスの実家の屋敷は広く、夜になるとまるで迷路のようだ。

ランプの明かりも消え、ただ窓からの月光が大理石の床を青白く照らしている。


ふと、廊下の先に影が立っていた。


「……リアンさん?」


振り返ったのはセラフィリアだった。肩に薄布を羽織り、長い銀の髪が月光に淡く輝いている。その表情は、眠れぬ人のものだった。


「セラフィリア……こんな時間に?」

「……少し、胸がざわついてしまいまして。眠れなかったのです」


彼女は視線を窓の外に向ける。屋敷の庭園が、月の光に静かに沈んでいた。


「僕も似たようなものさ。水でも飲んだら少しスッキリするかもと思ってね」

「……ふふ。奇遇でございますね」


わずかに微笑むも、その瞳の奥はまだ沈んでいた。


僕は言葉を選びながら尋ねた。

「セラフィリア……やっぱり、悪魔族のことを考えてる?」


彼女は小さく息をついた。

「……ええ。あの者たちに、故郷を。家族を。すべてを奪われました。捕らえられ、瘴気を注がれ……堕とされて。抗おうとすればするほど、羽は黒く染まり、力は削がれていきました」


その声音には、凛とした強さの奥に、深い痛みが滲んでいた。

僕はしばし黙り、彼女の言葉を受け止める。


「それでも君は……生き延びた。僕たちとこうして歩んでいる」

「……生き延びた、というより。生かされていただけです。あの牢で、終わりを待つばかりでした。……リアンさんに救われなければ、今頃は」


そこまで言うと、セラフィリアは小さく首を振った。

「……私を救ったことを、後悔しておられませんか?私がいることで、悪魔族により激しく狙われるかもしれません」


その問いに、僕は即座に答えた。

「後悔なんてするわけない。君がいなければあんなに詳しい話は聞けなかった。それに……もう君は一人じゃない。悪魔族にだって皆で立ち向かえばいい」


セラフィリアは驚いたように瞬きをした。

「……どうして、そこまで……?」

「……君はこれまで一人で苦しんで、それでも必死に抗ってきた……僕はね、そんな人を放っておけないんだ。ただのお節介、それだけさ」


廊下に静寂が落ちる。

やがて彼女の頬がほんのわずかに緩み、かすかな微笑みが浮かんだ。


「……不思議なお方ですね、リアンさん。けれど……ありがとうございます。少し、心が軽くなりました」

「ならよかった。僕も、少し眠れそうだよ」


彼女は深く頭を下げると、静かに自室へと戻っていった。

残された廊下には、まだ月光が淡く降り注いでいる。

その光の中で、僕は一つ決めた。


――彼女の助けになる、と。



 朝日が差し込むころ、僕たちは屋敷の玄関に集まっていた。

旅装を整えた僕たち六人――クラリス、レオ、アネッサ、アイゼン、セラフィリア、そして僕。


クラリスの父が、正面に立っていた。

「……王国のこれからにも関わってくる、大事な話し合いになるだろう。クラリス、お前も皆と共にしっかりと務めを果たしなさい。そして――リアン殿、皆様。どうかよろしく頼んだ」


その声音には、貴族としての威厳よりも、父としての不安と期待が滲んでいた。

クラリスは姿勢を正し、深く一礼する。

「父様……承知しました。必ずや役目を果たして参ります」


僕も軽く頭を下げると、父親は満足げに頷いた。

使用人たちが整列して見送り、扉が開く。涼やかな朝の風が、屋敷の中へ流れ込んだ。


――こうして、僕たちは再び旅路に出た。

読んでくださってありがとうございます。

群像劇にしたかったこの第四章、無理やり収束させようとしてますね。

思った通りにいかず中々難しいものです。

今後の執筆でリベンジしたいですね。

実際のところ、戦犯とはいえ要人を隣国まで2日かけて歩かせるなんてことあるんですかね?ないでしょうね。

でもいいんです、エアプなので。ふわっとした雰囲気で執筆を楽しむのがモットーです。あまり追及しない方向でお願いします。

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