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第四十六話 悪魔族の目的

本日二度目の投稿。

第四十六話


 クラリスの案内で、ようやく彼女の実家へと辿り着いた。

大きな門が開き、屋敷の灯りが夜闇に暖かく滲む。その光景を見た瞬間、張りつめていた緊張がふっと緩んで、思わず息を吐いた。


出迎えの使用人たちは、僕たちには丁重に頭を下げて迎え入れてくれた。

……けれど、その視線はアネッサと天使の女性を素通りする。亜人であるアネッサに、天使の女性に、何ひとつ言葉をかけようとしなかった。


「――待ちなさい」

厳しい声で遮ったのは、クラリスの父親だった。堂々とした姿で使用人たちに鋭い視線を投げかける。


「亜人だろうと同じように接しなさい。……特に、こちらの獣人の方は、クラリスの大切な友人であり、私たちの恩人だ。我が家は……たった今から亜人差別を禁ずる」


使用人たちは驚いたように顔を見合わせ、戸惑いながらも頷いた。

そしてぎこちなくではあるが、アネッサと天使の女性にも出迎えの言葉をかける。


クラリスの父はそのままアネッサの方へ向き直り、真剣な眼差しで頭を下げた。

「済まない、嫌な思いをさせたね。すぐにすべてを変えることは難しいが……少しずつ改善していくから」


アネッサは目を丸くした。

これまで王国で幾度となく差別を受けてきた彼女にとって、その言葉は信じがたいものだったに違いない。

けれど、やがて口元に柔らかな笑みを浮かべ、素直に答えた。

「……ありがと。そう言ってくれるだけで、嬉しいよ」


その様子を見ていたクラリスも、安堵のようにほっと笑みをこぼす。

彼女の横顔に、僕も自然と胸の奥が温かくなるのを感じた。


――僕たちの体は満身創痍だった。

屋敷に案内され、まずは風呂で汗と血の汚れを落とし、その後は医務室で手当てを受ける。


柔らかな寝具に身を沈めたとき、瞼が一気に重くなった。

そして今夜、僕たちは全員、医務室でそのまま眠りについた。


戦いの余韻と不安を抱えたまま――それでも、ようやく訪れた安らぎに身を委ねながら。


 

 翌朝。目を覚ますと、使用人に呼ばれて僕たちは食堂へと案内された。

長いテーブルの上には豪勢な朝食が並べられている。焼きたてのパン、香り高いスープ、新鮮な果物。

そして、アネッサや天使の女性の分まで、他と変わらずきちんと用意されていた。


アネッサはクラリスと目を合わせて微笑むと、嬉しそうに卓についた。

天使の女性も静かに席につき、やがて僕たちは皆で同じ食卓を囲んだ。

戦いの緊張をほんのひととき忘れ、穏やかな時間が流れていく。


朝食を終えると、クラリスの父が姿を現した。

「このあと、応接室に集まってほしい。……クラリス、案内してあげてくれ」


「はい、父様」

クラリスの声に導かれて、僕たちは応接室へと移動する。


そこでは重苦しい空気の中、今後のことが話し合われた。


父親が深く息を吐き、静かに言葉を紡ぐ。

「……王国の滅亡は、もはや免れぬだろう。王家は滅び、武力も喪った。残ったのは国土と国民のみ。これではもはや国家とは呼べぬ」


クラリスの瞳が揺れる。

「そんな……」

その小さな呟きに、僕も押し黙る。

僕が剣を取り、この戦いに身を投じた理由――王国を正したい、それだけだった。その結果、王国は滅ぶことになってしまった。やりきれない無力感に支配され、何も言うことはできなかった。


沈黙を破ったのはアイゼンだった。

「公国か、魔導国か、はたまた共同か……。どちらが統治するにせよ……国民が悪く扱われることはないだろう。公国も魔導国も、君主は名君といえるからな」


クラリスの父は頷き、まとめるように言った。

「国民は、な……。我々貴族はそうはいかん。君主がいない以上、我々は操られていたとはいえ、暴走する王家を止められなかったとして戦の責任を問われるやもしれん。これからの身の振り方を考えねばならぬな」


そうして一度話は締められるが、重苦しい空気はまだ部屋に残っていた。


その中で、レオがそっと口を開いた。

「……あの悪魔族って、いったい何なんだろう」


彼は視線を天使の女性に向け、続ける。

「それに……あなたのことも、教えてもらえませんか?」


応接室に新たな緊張が走る。

僕は思わず彼女の横顔を見つめた。

どんな答えが返ってくるのか――息を呑んで。


 外では太陽が少しずつ高くなってきている。窓から射す日光に、天使の女性の輪郭が淡く照らされていた。彼女はゆっくりと口を開く。


「……私の名前はセラフィリアと言います。種族は〈天使族〉。もっとも、この大陸には存在しない種族ですので、ご存じないでしょうね」


僕は目を瞬かせる。

「天使族……? 初めて聞いた。竜人や獣人とは違うのか?」


 セラフィリアは首を振って答える。

「いいえ、私たちもあくまで亜人。アネッサさんやあの竜人の方と同じです」


 アイゼンが頷きながら言う。

「なるほど、この大陸にはいない種の亜人ってわけか。……それで、その天使族は悪魔族と関係があるのか?」


 セラフィリアが目を閉じて息を吐き、答える。

「はい。私たちの大陸は、かつて天使族が支配していました。しかし……その中から禁忌を犯す者が現れました。禁忌を犯した結果、魂が歪み……やがて自らを『悪魔』と名乗るようになったのです」


クラリスが息を呑む。

「……ということは、彼らも元は天使族、ということですか」


セラフィリアは静かに頷く。

「ええ。そして彼らには特有の性質があります。自らの力でもある紫色のオーラ……瘴気を流し込むことで、他者を同族――つまり悪魔族へと変質させるのです」


アネッサが耳を伏せ、不快そうに呟いた。

「なにそれ……そんな風に仲間を“増やす”なんて、どんな生物でもできないよ……」


「瞬く間に悪魔族は増え、その数は天使を上回りました。やがて大陸の覇権は逆転し……天使族は支配を失いました」

セラフィリアの声は淡々としているが、その奥に深い痛みが潜んでいる。


僕は少し考え込んでから口を開いた。

「じゃあ……今の君は、天使族の生き残り……ってことか?」


セラフィリアは苦々しく笑った。

「生き残り……と言えるのでしょうか。瘴気を受けながらも、私は完全に悪魔にはなりませんでした。……しかし天使の力は失われ、堕天使と呼ばれる存在になったのです」


そう言って彼女は翼を広げる。ほとんど真っ黒な羽根に、ところどころ白い翼だった名残が残っている。頭に浮かんでいる割れた輪っかも、元は綺麗な弧を描いていたのだろうか。


レオが小さく呟いた。

「……堕天使……堕ちた天使、か。でも……あなたの目はまだ、僕たちと同じ、人だよ。あの悪魔の目とは全然違う」


「……そう願いたいものですね」

セラフィリアは伏し目がちにそう言った。


「私は、瘴気をいくら注がれても完全には変わらず……やがて悪魔族は、誰が私を悪魔に変えられるか、楽しむようになってきました。そして、この大陸に運び込まれ、王国の地下牢に閉じ込められ……延々と瘴気を与えられ続けたのです」


僕は拳を握り締める。

「……そして、あのとき僕達に助けられたんだな」


セラフィリアは頷く。

「ええ。……本当に、助かりました。ありがとうございます」


 応接室の空気は重苦しいままだ。

僕は昨日、セラフィリアを助けた時のことを思い出していた。彼女は確かに言っていた。

「この大陸は滅ぶ」と。


僕はセラフィリアに問いかけた。

「ねぇ、セラフィリア……もしかして君は、悪魔族が何をしようとしているのか、心当たりがあるんじゃないか?」


彼女はしばし沈黙し、やがて静かに答えた。

「……恐らくは、この大陸への侵攻。そして統一です」


クラリスが息を呑む。

「侵攻、統一……? まさか、王国だけじゃなく、大陸全てを……」


セラフィリアは小さく頷いた。

「はい。悪魔族の王は“種族の繁栄”を掲げ、領土を広げ続けてきました。私のいた大陸も……すべて悪魔族の支配下に置かれたのです」


アイゼンが腕を組み、険しい顔をする。

「……まるで、お伽話の征服王だな。……それで? 大陸を支配してそれで満足、次の大陸へ……というわけか?」


「いえ、違うのです」

セラフィリアの声は低く沈む。

「悪魔族は……いわゆる繁殖ができません。先ほども言った方法で、異なる種族を悪魔に変質させることでしか個体数を増やせないのです」


その場にいた全員が一瞬言葉を失った。

最初に声をあげたのはアネッサだった。

「……じゃあ……この大陸の人間も、亜人も……全部、奴らの“材料”ってこと……?」


セラフィリアは静かに目を閉じ、頷く。

「はい。だからこそ、多種多様な種が生きるこの大陸に狙いを定めたのでしょう。悪魔に変質する際、元の種族の特徴は色濃く残ります。そうして、種の多様性を確保したいのだと思います。彼らに取り込まれれば、数百年の歴史も、築き上げてきた文化も……すべて悪魔族という種に塗り潰されてしまう。それは、滅亡と変わりません」


レオが顔を曇らせる。

「……そんな……まるでこの大陸に生きるみんなの存在そのものが、消されてしまうみたいだ……」


クラリスが胸の前で両手を組み、震え声でつぶやいた。

「そんなこと……絶対に、許せません……!」


僕は思わず拳を握り締めた。

頭の奥に熱がこみ上げてくる。

(王国が滅ぶだけじゃない……この大陸全部が、奴らに飲み込まれる……!)


セラフィリアは僕達全員の顔を見て続ける。

「……だからこそ、私はあなた方に伝えねばならないのです。大陸全土が標的になっていることを」


 セラフィリアの言葉を受けて、しばし応接室は重い沈黙に包まれた。

悪魔族の目的が大陸の統一――いや、すべての種族を“材料”にして繁殖……否、増殖することだと知って、誰も軽々しく言葉を出せなかったのだ。


沈黙を破ったのは、クラリスの父だった。

「……つまり、王国の滅亡など序章にすぎぬ、ということか」


クラリスが小さく頷く。

「ええ。放っておけば、公国も魔導国もいずれ……。大陸のすべてが呑み込まれるでしょう」


レオが机に身を乗り出し、眉をひそめた。

「だ、だとしたら、今までの戦争とか、差別とか……そういう問題とはスケールが違いすぎるよ……」


「そうだ……これは、この大陸に生きるすべての種族の誇りを賭けた問題になる」

僕は口を開いた。自分でも驚くほど、声が震えていた。

「……このままだと、人間も亜人も……全部、悪魔に飲み込まれて消える。この大陸に生きた歴史そのものがなくなるんだ」


クラリスが僕を見つめ、かすかに唇を噛んだ。

「……リアンの言う通りよ。私たちだけでどうにかできる問題ではないわね」


アイゼンが深く息を吐き、椅子に背を預ける。

「そうだな……公国も、魔導国も……大陸に生きるすべての者が関わる問題だ」


セラフィリアも同意するように目を閉じた。

「ええ。だからこそ、共に立たなければなりません。ひとつの国だけで抗うのは不可能です」


クラリスの父が重々しく頷き、結論を口にした。

「――我らだけの問題ではない。公国の大公、魔導国の魔王も交え、大陸の未来を決める話し合いをせねばなるまい」


その言葉に、全員が静かにうなずいた。

次に進むべき道が見えた瞬間だった。

読んでくださってありがとうございます。

やっぱりゲスな企みを書いている時は筆が乗りますね。

書き溜めですが、このときはノリノリで書いていたのを覚えています。

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