第四十五話 静けさの理由
短め。夜にも投稿します。
第四十五話
リザの気配が完全に消え、廊下には静けさが戻った。
けれどそれは安堵の静けさじゃない。重く、息苦しい沈黙だ。
カイリスはまだ顔色を失ったまま、膝に手をついて荒く息をしていた。
クラリスの両親もまた、互いに言葉を交わせず、ただ戦慄に震えている。クラリスも唇を噛んで青ざめていた。
仲間たちも同じだ。アネッサは拳を握りしめて下を向き、アイゼンは眉間に皺を寄せながらも言葉を探せずにいる。レオは何も言わず、ただ瞳を伏せていた。
僕自身も、胸の奥をつかまれたように苦しい。
「全部、仕組まれていた」――その事実が頭を離れず、呼吸が重い。
誰一人声を出せず、ただ沈黙が広がっていく。
そんな中で、黄金の影がゆっくりと翼を畳んだ。
ゴルド・レグナだ。彼女の眼差しはまだ鋭く、リザが消えた空間を睨み続けていた。
「……何者かは知らんが。やつらの思惑、看過はできん」
低く響く声は、その場を圧するような重みを持っていた。
僕はその声を聞きながら、ようやく剣を下ろす。けれど、胸に残るざわめきは消えない。
リザが残した言葉は、僕達の信じてきた世界そのものを揺るがすものだった。
その余韻は、まだ誰にも拭えなかった。
大きく息を吐き、ゴルド・レグナは大きな翼で羽ばたき、廊下へと降り立った。
その威圧感ににカイリスは思わず足をすくませる。鋭く構えられた黄金の槍の穂先が、彼の喉元へぴたりと止まった。
「……もはやこの城に残っている王族は、お前ただ一人だ。貴様はこの戦の清算をせねばならない」
低く響く声は、宣告に等しかった。
カイリスの顔から血の気が引いていくのがわかる。震える唇で、必死に否定を口にする。
「そ、それはおかしい……! 父上も、母上も……! そうだ、弟や叔父上だって……皆、この城にいるはずだ!」
だがゴルド・レグナの眉が険しく寄る。
「無駄口を叩くな。……もはやこの城に、他の人間の気配はない。我が目と耳がそう告げている」
その断言に、カイリスの動揺はさらに深まった。
「嘘だ……っ! そんなことが――」
遮るように僕は静かに口を開く。
「……本当だ。僕たちも地下牢に向かう途中、あまりに静かすぎるって思ってた」
カイリスは目を見開き、なおも信じきれず首を振る。
「そんなはずが……! そんなこと、あってたまるか!」
重苦しい沈黙が広間を包みかけたとき、控えていた天使の女性が一歩進み出る。
声は硬く、それでいて苦渋をにじませていた。
「……悪魔族の手口です」
その言葉に全員の視線が彼女に集まる。
女性はわずかに目を伏せ、吐き出すように続けた。
「やつらは特殊な方法で繁殖します……人を攫い、自らのオーラ……瘴気を注ぎ込むのです。瘴気に侵された人間は、肉も魂もねじ曲げられ……やがて悪魔と化してしまう」
言葉が途切れ、彼女の肩が小さく震える。
苦い記憶に飲まれるように、声がかすれた。
「私の故郷も……家族も……そうして奪われました」
静寂。誰もが息を呑む。
カイリスは衝撃に打たれたようによろけ、その場にへたり込む。僕達も言葉を失っていた。
ゴルド・レグナの眼光だけが鋭さを増していく。
「……下衆が」
吐き捨てられた声は、冷たく空気を裂いた。
クラリスの両親が小さく息をつき、重い口を開いた。
「牢に囚われていた者たちは……順番に連れ出されていたのだ。そんな目に遭っていたなんて……次は、私たちの番だった」
その言葉に、クラリスは体の奥からゾッと寒気が走った。
「……間一髪、だったのね……」
口に出すのも怖い現実に、彼女の手がぎゅっと震える。
ゴルド・レグナが低く唸るように言った。
「道中、国民や警備兵の姿はあった。おそらく城の中にいた人間だけが連れ去られている」
その言葉に、僕の胸が重く沈む。
勝利してここまで辿り着いたはずなのに――手にしたのは、暗い現実だけだった。
天使の女性がゆっくりと口を開く。肩を落とし、苦々しい表情を浮かべて。
「……恐らく、もう手遅れでしょう。私の両親も……翌日には悪魔に……」
その声に、カイリスは完全に項垂れた。目の前の事実を受け入れられず、震えが止まらない。
「……王国は、もう……終わったのか……」
僕は剣の柄を握りしめながら、仲間たちの顔を見た。
戦争には勝ったはずだ――けれど、勝利の味はなかった。
残っているのは、ただ重く暗い気持ちだけだった。
城の石畳も、沈黙の中で冷たく光を反射している。
胸の奥に、言いようのない虚しさが広がった。
そのとき、僕たちの後ろで足音が聞こえた。
振り返ると、グレン率いる亜人の兵士たちが数人、駆け込んでくる。
「なんだこの状況……、何があった、ゴルド・レグナ?」
グレンの瞳は真剣そのもので、状況を把握できずに焦りの色を滲ませていた。
ゴルド・レグナは短く、端的に状況を伝える。
「戦争の裏で糸を引いていたのは悪魔族とやらだ。そして城内にいた人間はすべて悪魔族に連れ去られた。この場にいるものを除いてな」
そう言ってすぐにゴルド・レグナは兵士たちに視線をやった。
その声に兵士たちは瞬時に理解し、すぐさま動いた。
「王子を捕えろ。ヴァレリアに引き渡せ」
カイリスは抵抗するでもなく、肩を震わせながら捕縛され、連れ去られていく。
連行される間、彼はうわごとのように何かをぶつぶつと呟いていた。
ゴルド・レグナは静かに夜空を見上げる。翼を大きく広げながら、低く呟いた。
「奴らのこと、戦争の真相、すべてヴァレリアに報告せねばなるまい。……我は先に魔導国に戻るぞ」
そのまま彼女は夜の闇に溶けるように飛び去った。
残されたのは、僕たちだけ――静寂と、重い余韻だけだった。
クラリスは小さく息をつき、ふと顔を上げる。
「……とりあえず、私の実家に行きましょう。まずは安全な場所で休まないと」
僕らは頷き、天使の女性も静かに僕たちの後に続く。
冷たい風が城の石畳を撫で、夜の闇が僕たちを包み込む。
足音だけが響く廊下を進みながら、僕は胸の奥のざわめきと、どう向き合えばいいのか思案していた。
読んでくださってありがとうございます。
他の方の投稿作の文字数なんかを見ていると、もう少し短く切ってもいいのかな?と思い悩んでいます。




