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第四十四話 悪魔の実験

本日二度目の投稿。明日もできたらいいなぁ。

第四十四話


「このままでは……この大陸が滅びてしまいます!」


その言葉に僕たちは思わずざわつく。

 大陸が滅びる?まさか、そんなこと……そう思ったけれど、あまりに真剣なその剣幕に僕はそう言えなかった。

クラリスがすっと前に出て、鋭い視線で問いかける。

「あなたは……何者?なぜ拘束されているの?」


女性は苦しそうに息をつき、悔しげな表情で答えた。

「……私は天使族です。この王国は、既に悪魔族に乗っ取られています。

私は……悪魔族との戦いに敗れ、ここに投獄されました」


天使族?悪魔族?聞いたことのない種族だ。この大陸にはいない種族の亜人なのだろうか。

だが、大事なのはそこではない。


――王国が、乗っ取られている。


まさかそんなはず、と軽々しく否定できなかった。

王国による数々の暴挙、急な開戦、カイリスが持っていた謎の水晶。この状況でこの女性が嘘をつく意味もない。

いっそ、そこにはなにか別の黒幕がいると言われたほうが筋が通るような気さえした。


クラリスは言葉を失い、一瞬眉をひそめる。

「乗っ取られている……? そんなこと、信じられないわ……でも、嘘を言っているようには見えない……」

その判断に僕も頷く。そして仲間達もそう思ったようだ。彼女の瞳には真剣さと切実さだけが見える。その真っ直ぐな瞳を見て嘘だと断じることはできなかった。


アイゼンはゆっくりと牢の鍵を取り出し、僕もともに施錠を解除する。

鉄格子が開き、女性を拘束から解く。息を整え、感謝の言葉を口にする。

「……ありがとうございます……!」


しかし、女性が一歩前に出て走ろうとするのを、僕は手を差し伸べて止めた。

「待って。ひとりで行っても、また捕まってしまうかもしれない。

一緒に行こう。僕たちとなら、道は切り開ける」


その言葉に女性は少しだけ微笑み、柔らかく頭を下げる。

「……そうさせて頂けると、助かります」

そして、僕たちと共に歩みを進める決意を固めたようだった。


 僕達は全力で城の廊下を駆け抜け、玉座の間の前に差し掛かった。だが、そこで立ち止まるしかなかった。血にまみれ、ふらつきながらも何とか立っているカイリスが、こちらを睨みつけていたからだ。顔は青白く、あの狂気はすでに消えている。けれど瞳には、なおも怒りと執念が宿っている。


「貴様らは……どこまで僕の邪魔をする!」

カイリスの声が、僕の鼓膜を震わせた。


僕たちは思わず後ずさる。何のことか、意味がわからなかった。だが、同行している天使の女性が、指をカイリスに向けて声を張り上げた。


「あ……あいつ……! あいつが悪魔の手先です!」


その瞬間、カイリスの目が狂気じみて燃え上がる。

「くそ……! まだだ……! まだ、負けてたまるか!」


天使の女性に掴みかかろうとするカイリスを、僕は彼女を守るように受け止め、拳を彼の胸に叩き込んで勢いよく押し飛ばす。

 カイリスはそれでも諦めようとしない。

「まだだ! まだ終わらん!」


 なんだこの執念は……?彼女が言っていることとなにか関係があるのか……?僕がそう考えたそのとき、異変が起こった。


 僕達の目の前で、城の屋根が文字通りねじれ、空間ごと歪んで消えた。


 あとには空間が裂けたような切れ目が夜空に残っている。

「な……なんだ、これは……!」

 僕達はその光景に息を呑んで立ち尽くす。魔法?いや、こんなのありえない。物体を、それどころか空間すらも――文字通り、捻じ切る魔法なんて。


カイリスは恐怖に顔を歪め、足がすくむ。天使の女性は唇を固く結び、虚空を睨みつけたまま動かない。


その時、どこからともなく声が響く。

「あーあ、負けちゃったね」


空間の裂け目が口を開き、その中から姿を現したのは――白い髪、真っ黒な肌、毒々しい翼。本来白いはずの強膜は、まるで色素が反転したかのように黒く染まっている。禍々しい雰囲気を纏った少女だった。


僕の身体は思わず後ずさる。目の前に現れたその存在は、美しくも異形、ただならぬ力を宿しているのが感じられた。


天使の女性が唇を引き結びながら苦々しい表情で「悪魔族……!」と呟く。


目の前の禍々しい空気を纏った少女こそが悪魔族なのだと、そのとき理解した。


「ま、まさか……!」

血まみれのカイリスが、涙を滲ませた目でその少女を見上げた。

「僕を……助けに来てくださったのですね!」

その声は歓喜に震え、まるで救いが訪れたかのように響く。


だが少女は、柔らかな笑みを崩さずに告げた。

「違うよ。助けなんて来ないよ。ボクはこの国が滅びるのを見に来ただけ」


――空気が凍った。


「……え?」

カイリスは瞬きを繰り返し、口をぱくぱくと開閉する。

「……な、何を……仰って……? 滅びる……? 僕を助けに来たんじゃ……?」

必死に問いかけながら、彼の声はかすれて震え、意味を結ばなくなっていく。


目の前の現実を理解できず、信じていたものが音を立てて崩れていく。

「そ、そんな……そんなはずは……!」

血の気の失せた顔で、彼は崩れ落ちそうになりながらも否定の言葉を繰り返していた。


少女はそんな姿を、笑みを絶やさぬまま楽しむかのように見下ろしている。

その横で、天使の女性は奥歯を噛み締め、ただ鋭い眼差しを少女に向けていた。

 悪魔の少女は、まるでこの状況を遊戯のように楽しげに眺めている。


「ボクの名前はリザ。よろしくね」

中性的な声音が、軽やかに響く。


「……リザ様……!」

カイリスが震える唇でその名を繰り返す。縋りつくように見上げる目には、まだ希望を託しているようだった。


だがリザはにこやかに続ける。

「ボクたち悪魔族は、この国が建国してすぐくらいの頃から関わってたんだ。人間の国ってさ、ちょっと弄るだけでも面白いんだよ。統治者を愚かにしたら、果たして何代持つのか――そんな実験をしてたの」


僕は息を呑んだ。

実験? この国が……?


「でね、結果はもう出た。この国は五代目でとうとう滅びる。それがわかったから、君たちはもう用済みなんだ」


「……う、嘘だ……」

カイリスの顔が蒼白になり、首を振り続ける。

「この国が……滅びる? そんなはずはない……まだ……神創騎士団が……!」


その必死の叫びに、リザは肩をすくめて笑った。

「神創騎士団ならね、とっくに全滅してるよ。まぁこれはボク達のせいじゃなくて、普通に負けたんだけど」


「な……なにを……! そんな……!」

カイリスのが目を見開く。信じられないと叫び続けるその姿は、憐れにも見えた。


僕は、息をするのも忘れそうになる。

王国が滅びる……? 実験台……? 本当に……そんなことが……?


頭の中で否定の言葉が渦巻く。

信じられない――そう思わずにはいられなかった。


 リザが僕らのほうを見やり、呆れたような顔を向けて話しかけてくる。

「君達もおかしいと思わなかったの? 明らかに優れた種族を排斥していたり、国益よりプライドを優先したり。まぁ、そうなるよう育てたのはボクらなんだけど」


リザはふわふわと宙に漂いながらにこにこと笑って言った。

その笑みは無邪気そのものなのに、口から出てくる言葉は氷のように冷たい。


胸がざわついた。僕が、クラリスが、王国の民全てが長年疑いもせず暮らしてきた王国のあり方――それが全部、彼女たちが“仕組んだ”ものだとでもいうのか。


リザは肩をすくめ、さらに楽しげに続ける。


「だけどさぁ、苦労もしたんだよ! 思ったより初期の王国が強くてさ、周辺の小国を飲み込んで想像以上の大国になったときなんて……もうめんどくさいから実験やめて滅ぼしちゃおうかと思ったし!」


ケラケラと笑う声が夜空に響く。

そのあまりの軽さに、かえって背筋が凍った。――まるで人の歴史も、命さえも、彼女にとってはただの遊び道具でしかないみたいに。


僕は思わず剣の柄を握りしめていた。

リザの言葉を聞いていたカイリスはすでに顔面蒼白で、放心している。

普段あれほど自信に満ちていた男が、今は膝を折って打ちのめされている。彼の絶望は、この場の空気そのものを重くした。


その様子を見た仲間たち――クラリス、レオ、アネッサ、アイゼン……誰もが声を失っていた。クラリスの両親は貴族だから尚のことだろう。ただリザの言葉に呑まれ呆然としている。

僕もまた例外ではなかった。喉が焼けついたみたいに乾いて、声が出ない。

――こんな真実を、どう受け止めろというんだ。


その沈黙を破ったのは、捕まっていた天使の女性だった。その清らかな目には怒りの炎を宿している。


「貴方達は……命を何だと思ってるんですか! そこに生きる人々を、歴史を、営みを! あなた達に踏み躙る権利などない!」


彼女の声は鋭く、空気を震わせるほどの熱を帯びていた。

けれど、リザはまるで耳を貸す気もない。冷ややかに口角を上げ、呆れたように言い放った。


「あれ、まだ生きてたの? とっくに堕ちたか死んだかだと思ってた」


 天使の女性が絶句する。彼女の言葉をかき消すように、リザはまた愉快そうに語り始めた。


「あと、排斥した亜人達が想像以上に強くて困ったんだよね。ボク達のことが明るみになったら面倒だから秘密裏に動かないといけなかったんだけど、それも大変だったなぁ」


リザは遠い目をして、まるで懐かしい思い出を語るみたいに続ける。

僕らは誰一人、言葉を返せなかった。重苦しい空気の中、ただ黙ってその“暴露”を聞かされていた。


「特に最近だとアイツ! あれ、名前なんだっけ? アイツちょっと強すぎるよね! ボク達でも戦いたくないもん! あの、金ピカの――」


その瞬間、重く低い羽ばたきの音が聞こえた。

黄金の影が天から降り、煌めく槍を構えてリザに突撃してくる。


「ッ!」

思わず息を呑む。


ゴルド・レグナ――!

異変を察した彼女が、空から襲撃をかける。


鋭い一撃。しかしリザはひらりと舞うように躱し、不敵な笑みを浮かべる。


「……そうそう、こいつ――確か……ゴルド・レグナ、だっけ」


黄金の竜人は、リザを睨み据えていた。

その視線は、怒りと威厳の塊そのものだった。


「ニヤニヤと癪に触るやつだ……余裕のつもりか?」


低く唸るような声が広場を震わせた。黄金の竜人――ゴルド・レグナの怒気は、ただそこに立っているだけで大気を押し潰すほどの圧を生んでいた。


リザはしかし、涼しい顔で首をかしげる。

「んー? やだなぁ。ボクと戦うつもりなの?」


その挑発的な笑みに、ゴルド・レグナの瞳が細く鋭くなる。

「戦うだと? 貴様と我で勝負になると思っているのか? 我を恐れて距離をとった分際で。口先だけは一丁前の小さき者よ」


僕はごくりと唾を飲み込んだ。目の前で交わされる言葉のひとつひとつが、剣戟より重く響く。

リザの笑い声はあまりにも軽やかで、だからこそ異様だった。


「ふふっ……やっぱり誇り高いんだね。そういうの、壊すのが一番楽しいんだよ」


リザの瞳が妖しく光る。対してゴルド・レグナの翼が大きく広がり、空気が震える。黄金の威圧感に、思わず息を呑んだ。

リザは――そんな圧力を浴びてもなお、まるで気にする素振りもなく、口元に笑みを浮かべている。


「ふふ、怖い怖い。でもね、今日はまだ戦うべきときじゃないんだよ。もう用事は済んだから、ボクは帰るね」


そう言った瞬間、彼女の背後の空間にひび割れが走った。黒い裂け目がじわりと広がり、底の見えない闇が口を開ける。


僕は剣を握り直し、一歩踏み出しかけた――が、足が止まった。

満身創痍で、守るべき者も抱えた今の僕らは戦うべきではない。


「逃げるか、小娘」

ゴルド・レグナが低く唸る。しかし追う気配は見せず、ただ鋭い眼差しでその姿を見据えていた。


リザは片手をひらひらと振り、楽しげに言い残す。

「また会おうね。次はもっと面白いことになってるといいなぁ」


その身体が闇に溶け、ひび割れごと空間から消えていく。

彼女が消えた空には空間の裂け目が傷跡のように残っていた。


残されたのは、静寂。

リザの気配が完全に途絶えたとき、初めて僕は大きく息を吐いた。胸の奥が、ひどく冷たく重い。


ゴルド・レグナはなおも空のひび割れを睨みつけたまま、低く呟いた。

「……次は、逃さん」


その声は味方であるはずの僕達すら震えるほどの重みを持っていた。

読んでくださってありがとうございます。

真の黒幕が明らかになりました。

悪魔族のリザは、わりと性癖を詰め込んだ子です。乞うご期待。

まだ戦争にケリがついていないので、大陸戦争編はもう少し続きます。

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