第四十三話 再会、そして新たな出会い
短めです。夜にも投稿します。
第四十三話
玉座の間から出て、城内の廊下を進む。
戦いの跡は生々しいが、誰もいない――警備の兵も、使用人も、誰一人見当たらない。
「……なんか、静かすぎない……?」レオが低く呟く。
「戦っていたはずなのに、誰もいないなんて……」アネッサも首をかしげる。
クラリスは目を鋭く光らせ、足を止めて壁を見回す。
「……地下牢はこの先にあるはず。行きましょう」
彼女の声には迷いはない。杖を握り直し、僕たちの前を歩く。
僕も聖剣の柄を握り、背後の仲間たちの様子を確認する。
傷だらけで疲れているはずなのに、皆の眼差しには目的を果たす覚悟がある。
荒れ果てた廊下を進むたび、不気味な静寂が僕たちを包む。
だが、恐怖よりも仲間の家族を守る意志が、僕たちの歩みを止めさせはしない。
そして、階段を下り、石造りの暗い地下牢へ。
階段を下った先の扉の前に立ったクラリスが小さく息をつき、看守室から鍵を取り出してくる。
「この先に……いるはずよ」
僕たちは互いに頷き合い、無言のまま扉を開く――希望と不安が交錯するその瞬間を胸に、次の行動に移った。
冷たい石壁に囲まれた地下牢を、僕たちは慎重に進む。
長い廊下の両側には鉄格子の牢が並ぶが、どこも無人で静まり返っている。
静寂の中、足音だけが響き、まるで時間さえ止まっているかのようだ。
クラリスは一歩ずつ進みながら、顔を引き締める。
「……ここに、きっと……」
杖を握る手に力がこもり、僕たちも自然と警戒を強める。
ひとつ、またひとつと牢を確認していく。
どこも空っぽのまま。緊張と不安が募る中、廊下の奥でひとつだけ、ずっしりとした鉄格子の牢を見つける。
クラリスが小さく息をつき、鉄格子の前に立つ。
「父様、母様……!」声を震わせながら呼びかける。
鉄格子の向こう側で、二人の姿がゆっくりと振り向く。
父と母の目に僅かな光が戻り、互いに声を出す。
「クラリス……? 本当に、クラリスなの……?」母親がかすれた声で尋ねる。
「助けに来てくれたのか……クラリス……!」父親も微かに微笑む。
アイゼンが静かに扉に近づき、冷静に鍵を探す。
「任せてください」
手際よく錠を開けると、鉄格子がゆっくりと開き、クラリスは駆け寄る。
生きて再会できた親子の姿に、僕たちも胸の奥が熱くなる。
「よかった……本当に、無事で……」クラリスが涙をこらえながら呟く。
父と母も肩を落とし、長い間の閉じ込められた苦しみから解放されたように深呼吸をする。
クラリスは堪えきれずに両親に抱きついて喜びを表す。
涙で濡れた頬を押し付け、言葉はなくとも安堵と喜びが伝わるその姿に、僕たちは思わず目を細めた。
「……本当にありがとう」母親が声を震わせ、父親も深く頭を下げる。
「私たちの命を救ってくれて……」
その言葉が僕たちに向けられ、僕は軽く頷く。
しかし、父親の視線がふとアネッサに向けられる。
「……しかし、亜人と通じた反逆者だなんて、殿下も大袈裟だな。クラリスは奴隷を従えているだけじゃないか。
多少マシな服装をしているが、汚い奴隷を連れて歩くのは嫌だものな」
その無神経な言葉に、場の空気は凍りついた。
アネッサの顔が引き攣り、胸の奥が締め付けられる。
だが、クラリスは瞬時に父親の頬を平手で打った。
怒りと涙で震える声で叫ぶ。
「私の大切な友人を侮辱しないで!」
そしてクラリスはアネッサに向き直り、涙目で小さく謝る。
「ごめんなさい、アネッサ……あなたも命懸けで戦ってくれたのに……!」
アネッサは戸惑いながらも、クラリスの肩に手を置き、苦笑交じりに答えた。
「いいよ、王国の貴族サマならそう言うだろうっていうのはわかってたからさ」
しかしそう答えるアネッサはとても弱々しかった。
その一連のやり取りを、両親は信じられないものを見たかのように目を丸くして見つめていた。
クラリスがアネッサに謝った後、母親が小さな声で尋ねた。
「本当に……命を賭けて戦ってくれたの?」
クラリスは涙目で頷く。
「ええ、本当に。みんなが、父様と母様を助けるために」
母親は短く息を吐き、「そう……」とだけ答える。その瞳にはわずかな戸惑いが浮かんでいるようだった。
父親は少し間を置き、慎重に口を開く。
「それで……その、あ、亜人が……大切な友人っていうのは、本当なのか?」
クラリスは力強く頷いた。
「もちろん。本当に大事な、私の友人です」
父親は唇をかみしめ、ゆっくりと息をつく。
「そうか……」
そして父親はアネッサに向き直り、深く頭を下げる。
「我々は王国での暮らしが長くてな……王国の価値観しか知らない。それでも君が奴隷などではないこと、私たちのために命を賭けて戦ってくれたことには感謝しなければならない。……どうか、無礼を許してほしい」
アネッサは少し戸惑い、肩をすくめて笑う。
「……ううん、気にしないで。別に怒ってないし」
その表情は相変わらず少し寂しげだが、嫌悪感はなさそうだった。
僕はその様子を見て、胸の奥で小さく安堵する。
完全な和解というわけではないけれど……それでも、少しだけでも理解してくれたんだ、と。
ここから脱出しようという話になったとき、父親がそう言えば、と言って話し始めた。
「最奥にも、誰か捕えられているみたいだった。
殿下が何度かそちらに行って、何か話しかけているのを見たことがある」
その言葉を聞いた瞬間、僕たちは無言で顔を見合わせる。
あの……正気とは言えなかったカイリスを思い出す。
まさか他にも、理不尽な罪で捕らえられている者がいるのではないか――そう直感する。
「行きましょう」クラリスが震える声で呟き、僕たちは父母の案内で最奥へと進む。
冷たい石壁の廊下を抜け、やがて最奥の牢にたどり着く。
鉄格子越しに中を覗き込むと、そこには言葉を失う光景があった。
牢の中には、初めて見る種族の亜人の女性が拘束されていた。黒く艶やかな鳥人のような翼が背に広がり、しかし頭には見たことがない割れた輪っかが乗っている。魔導国で見たどんな亜人にもない特徴だった。
美しい顔立ちの女性は、両手を頭の上で拘束され、完全に意識を失っていた。
その姿は、不気味で、どこか哀しくもあり、僕たちは思わず息をのむ。
クラリスも目を見開き、言葉が出ない。
「……一体、誰だ……?」僕は小さく呟いた。
しかし答えはない。ただ、牢の中で静かに座らされているその女性の存在感だけが、暗い空間に重く漂っていた。
僕たちが最奥の牢の前に立ち尽くしていると、女性は僕たちの話し声に反応するようにゆっくりとまぶたを開いた。
目の奥には疲労と恐怖が残るが、僕たちに気づき、すぐに声を張る。
「……! こ、ここから出してください!私にはやらなければいけないことがあるんです!
このままでは……この大陸が滅びてしまいます!」
読んでくださってありがとうございます。
戦いの決着はつきましたが、戦争はまだ終わっていません。大陸戦争編、あと少しだけお付き合いください。




