第四十一話 聖剣の力
大陸戦争編、最終決戦です。
第四十一話
side:ゴルド・レグナ
空中から戦場を見下ろす我の瞳に映るのは、混乱と勝敗の色に染まる大地だ。
我が敵の指揮官を討ち取ったことを受け、兵たちの士気は一気に高まっている。歓声と戦意に満ちた声が戦場に響く。
そして、神創騎士団は真逆の反応だ。
傷つき、混乱した彼らの表情には動揺が広がり、指揮系統は乱れつつある。魔法隊の女隊長が必死に兵を鼓舞するも、その声は神創騎士団には届かない。
彼らは戦意を失い、王国を守ろうとする士気も崩れ、連合軍の押し波に押し潰されていく。
(終わりか……)
低く呟き、我は翼を羽ばたかせて地上へ降り立つ。黄金の槍を握りしめ、残党狩りに身を投じる。
衝突の嵐が再び巻き起こる。光と鋼がぶつかり、血と土が舞う。もはや神創騎士団は死兵と化し、せめて一人でもこちらの人数を減らそうと決死の覚悟で挑みくる。相手が我でなければ、それも通用したろう。
戦いは苛烈を極めた。
多くの兵が倒れ、負傷し、戦力は削がれる。それでも、我と連合軍は一歩も退かず、圧倒的な力で神創騎士団を押し潰す。
地上に轟く衝撃と怒号、魔法と槍の閃光――すべてが、完膚なきまでの勝利を証明していた。
やがて、地面に立つ我の前には、死体で飾られた血みどろの戦場が広がっていた。
息を整え、黄金の槍を肩にかける。勝利の達成感と、戦いの興奮が全身を満たす。
無論、犠牲は少なくない。多くの仲間たちが傷つき、戦場には命の跡が残る。
しかし、この戦いは――我ら連合軍の圧勝で幕を閉じたのだ。
空を仰ぐと、まだ赤く染まる夕焼け。
我は翼を広げ、戦場を見下ろす。勝利の余韻と、全力で戦い抜いた充足感が、胸に深く満ちていた。
戦場の静寂の中、我ら連合軍は小休止を取った。
疲労した兵たちが傷を癒し、倒れた者を起こし、欠けた装備を補充する。魔法部隊は消耗した魔力を回復し、歩兵隊が槍や剣を研ぎ直す。
我も翼の疲労を癒やしつつ、槍の手入れを行う。戦いは終わったが、まだ戦の炎は心にくすぶっている。
周りを見やれば、神創騎士団と魔法隊は完全に殲滅してしまっているようだ。戦場は我らの支配下にある。
しかし、この戦いは目的ではない――手段に過ぎない。
王都への進軍――、その一つの段階に過ぎないのだ。
「各員、休息はここまでだ」
低く、黄金の槍を肩に構えながら我は告げる。
兵たちは疲れを押して立ち上がり、再び隊列を整える。
目指すは王城――我ら連合軍の真の目標が、ついに目前に迫っている。
補給は迅速に行われ、戦力は最低限の回復を果たす。
我も翼を広げ、全身の疲労を感じながらも、戦場で得た興奮と満足感を胸に刻む。
これまでの戦いで示した力と経験が、これからの進軍で活きることを確信していた。
夕焼けは戦いの余韻を優しく照らしている。
だが、我の視線はすでに遠く王都の方向へ向けられていた。
「王城……行くぞ」
低く呟き、我は翼を羽ばたかせ、連合軍と共に再び前進を始める。
戦いという手段は終わった――だが、目的はまだ先にある。
その道を切り拓くため、我は進む。
side:リアン
僕たちは五人で攻撃を仕掛ける。
レオが風を巻き起こし、アネッサが体術で突っ込み、アイゼンが槍を振り、クラリスは補助魔法で支える。
でも、カイリスは一歩も動かず、オーラだけで完璧に防いでいる。
弾かれ、跳ね返され、僕たちだけがどんどん消耗していく。
(く……何だこの魔法は……動かずに攻防を両立させてる……!)
僕は必死に観察する。手のわずかな動き、呼吸のリズム、オーラの揺れ。
突破口を見つけるには、まず敵の癖を読み取るしかない。
今は正面からの攻撃は無駄だ――それを確実に理解する。
「ふん……この程度か、勇者の力は。あまりに貧弱だ」
紫の光が渦を巻き、僕たちの体が押される。動きが鈍り、息も荒くなる。
でも、諦めちゃいけない。
絶対に突破口を見つける――このまま消耗するだけでは終われないんだ。
肩で息を整え、仲間たちの動きも確認する。
五人で連携し、敵のほんのわずかな隙を狙う。
紫のオーラがより禍々しく輝く中、玉座の間は張り詰めた静寂に包まれる。
(くそ……このオーラ、ただの防御じゃない……!)
僕は必死に目を凝らす。
紫のオーラの揺れ方、カイリスの呼吸、手の微かな動き――全部、攻撃のタイミングに関連しているはずだ。
カイリスの猛攻を凌ぎながら、しばらく観察を続ける。
すると、ほんの時々だけどオーラが揺らぐ瞬間があることに気づいた。
「もしかして……」
小さく呟き、仲間たちに視線を送る。
クラリスは頷き、補助魔法で僕たちの動きを支え、レオは風の魔法でオーラの圧力を揺らす。
アネッサは間合いを詰めつつ、アイゼンは槍の構えを変えて攻撃のタイミングを合わせる。
僕は踏み込む。
カイリスのオーラの動きには微かな“呼吸の隙”がある――ほんの一瞬だけ、オーラが薄れる瞬間が。
その瞬間を見逃さず、仲間たちと一斉に攻撃を仕掛ける。
「いくぞ、皆!」
声を合わせ、五人の攻撃が同時に襲いかかる。
アネッサの体術、アイゼンの槍、レオの風魔法、そして僕の剣――クラリスの補助魔法が光と力を増幅させる。
紫のオーラが揺れ、カイリスが一瞬だけ表情を変えた。
その瞬間――突破口が生まれたのだ。
(よし、これで……!)
僕の胸に、初めての希望が灯る。
突破口はわずかでも、仲間たちと力を合わせれば、この圧倒的な防御も崩せる――そう確信した。
玉座の間に響く五人の戦気。
カイリスはまだ笑っているが、その目にわずかに動揺が見える。
僕たちの連携攻撃は、カイリスのオーラの隙を正確に突いた。
紫の光が一瞬揺れ、彼の防御が完全には間に合わない。
「今だ!」
僕の声と同時に、アネッサが体術で側面から飛び込み、アイゼンが槍を真っ直ぐに突き、レオの風魔法が光の衝撃を加える。
クラリスの補助魔法が全ての攻撃力を増幅させ、僕の剣が正面から切り込む。
カイリスの目がほんの一瞬、大きく見開かれた。
そして――「ぐっ!」
紫のオーラをまとった体に、確かな衝撃が走る。
一撃一撃が重なり、カイリスのオーラの防御の膜が一部裂けた。
衝撃が響き、カイリスは後ろに一歩、体勢を崩す。
(やった……ついに……!)
胸の奥で熱い感覚が込み上げる。
五人の攻撃が、初めてカイリスに実際の痛みを与えた――防御が間に合わず、彼の体が反応を見せたのだ。
紫のオーラはまだ輝いている。
だが、その力が完璧ではないことが、僕たちに希望を与える。
僕は息を整え、仲間たちの動きを見ながら、次の攻撃のタイミングを探す。
今度こそ、この隙を逃さず――カイリスを倒すための一撃を重ねるのだ。
玉座の間の緊張はさらに高まり、決戦の熱気は最高潮に達していく。
「……貴様らッ!」
カイリスの声が玉座の間に響き渡る。
その顔に浮かんでいるのは余裕ではなく、初めて見せた怒りの表情だった。
水晶玉がさらに強く光を放ち、紫のオーラが荒れ狂う。
次の瞬間、無数の闇色の刃が空間に生まれ、僕たちに襲いかかってきた。
「くっ……!」
僕は身をひねり、間一髪で刃を回避する。
背後で石床が抉られ、砕け散った。
レオの風魔法がいくつかの刃を弾き、アネッサは素早く床を蹴って身をかわし、クラリスの光の結界が直撃を防ぐ。
アイゼンは槍を振るい、迫る闇を強引に薙ぎ払った。
(攻撃の殺意が……さっきまでとは比べものにならない……! でも……!)
僕たちはもう、オーラの“揺らぎ”を知っている。
激化した攻撃の中にも、ほんの一瞬だけ生じる隙を。
「今だ、右側が薄い!」
僕の声に反応し、アネッサが素早く滑り込み、拳を叩き込む。
同時にレオの風がその動きを加速させ、アイゼンが横合いから槍を突き出す。
クラリスが放つ補助魔法が仲間たちの力をさらに底上げする。
「ぐっ……!」
カイリスが苛立ちを隠せず、後退する。
その表情に刻まれる焦りが、確かな手応えとなって僕たちの胸を熱くした。
「お前の力は……もう通じない!」
自分に言い聞かせるように、剣を構える。
息は荒い、体も限界に近い。
でも――互いの動きを信じ合えば、まだ戦える。
紫のオーラと僕たちの戦気が玉座の間でぶつかり合う。
一進一退の攻防の中で、天秤はほんの少し――僕たちに傾いていた。
「……これ以上、貴様らに好き勝手はさせん!」
カイリスの手が、水晶玉を強く握りしめた。瞬間、玉座の間が紫に染まる。肌を刺すような圧力とオーラが押し寄せ、思わず息を詰める。
「ぐっ……!」
空気そのものが毒に変わったかのようだ。肺が焼けるように痛い。隣のクラリスも、杖を握りしめながら苦悶の声を漏らしている。
カイリスの周囲に、紫色の結界が幾重にも展開される。その中で彼は一歩も動かず、ただ禍々しい力を操るだけ。
床から伸びる無数の槍のような魔力の刃、天井まで満ちるオーラ、視界を覆う闇の奔流。
「ッ……今までの比じゃない……!」
防ぐだけで必死だ。だが――僕らはもう動きの癖も、術の発動のタイミングも、少しずつ読めてきている。それは攻撃の密度が増しても変わらなかった。
「リアン、右ッ!」
クラリスの声に合わせて飛び退く。直後、地面が穿たれ、紫の炎が噴き上がった。
攻撃を避けつつ、僕は剣を振るい、隙を突いて一閃を放つ。
「チッ……!」
カイリスは苛立ちをあらわにしている。額に汗が浮かび、その余裕の笑みが歪む。
――少しずつ、押し返している。
たとえ彼の力が増しても、僕らの目はもう誤魔化されない。
その時だった。
カイリスは更なる力を求めて水晶玉に手をかざす。
「まだ……足りない!奴らを殺すための力を!」
水晶玉は応え、更にオーラが増す。カイリスの攻撃は更に苛烈さを増し、先程まであった隙をつくこともむずかしくなる。
「――はははっ、どうした? さっきの勢いはどこへ行った!」
カイリスの笑い声が玉座の間に響く。紫のオーラがさらに濃くなり、視界が歪むほどの圧迫感が襲ってきた。
四方八方から紫色の槍が襲い掛かる。防御魔法を展開するクラリスの腕が痺れ、アネッサの肩口に紫電がかすめて血が散った。
「くっ……! これじゃ……!」
歯を食いしばる。さっきまで確かに掴みかけていた“勝ち筋”が、今は霧散してしまったかのようだ。攻撃に隙がなく、ただ防ぐだけで精一杯――このままじゃ仲間が倒れてしまう。
僕は聖剣を強く握りしめた。手のひらが汗で滑る。
(頼む……! 僕に力を……!)
胸の奥から、必死の声がこぼれる。
――仲間を守るための力を。失うわけにはいかない。
その瞬間、剣が淡い光を放った。
眩しさに目を細めると、刃の縁から静かな輝きが漏れ、温もりのようなものが腕を伝って体中に広がっていく。
「ありがとう、女神様……!」
心臓の鼓動と剣の輝きが重なったように感じた。
仲間たちの呻き声、血の匂い、迫りくる絶望――すべてを押し返すような力が、確かにそこにあった。
聖剣の光は、ただ輝くだけじゃなかった。
刃先からあふれる淡い光が、空気に溶け込むように広がり――やがてカイリスを包む紫のオーラに触れる。
「なっ……!」
カイリスの顔が強張った。余裕を塗り固めたようなあの笑みが、ほんの一瞬だけ揺らぐ。
紫のオーラは猛るように渦巻いていたが、光に触れた部分から、煙のように掻き消えていく。
――まるで腐敗を清められるように。
禍々しさが剥がれ落ち、空気が澄んでいくのを僕は確かに感じた。
「馬鹿な……! 僕の力が……このオーラが……!」
カイリスが叫ぶ。怒りと焦りが入り混じった声だった。
それと同時に、体を満たしていた光が僕の筋肉に、血に、心臓に流れ込み、全身の力が跳ね上がる。
剣を振るうたび、まるで世界そのものが応えてくれるように空気が震える。
「はあああっ!」
振り抜いた聖剣の光刃が、迫り来る紫の槍を一瞬で両断した。
そのまま地面に亀裂が走り、砕けた破片が宙を舞う。
――行ける。
今なら、あの壁を越えられる。
「まだ……終わらんッ!」
カイリスの声が玉座の間に反響する。
彼の手にある水晶玉が再び禍々しい輝きを放ち、紫のオーラが荒れ狂うように噴き出した。
先ほどまであった精密さや余裕は、そこにはもうない。
放たれる魔力の奔流は乱暴で、無秩序で――だが、その分だけ凄まじい威力を持っていた。
「砕けろ! 消え失せろォッ!」
カイリスの叫びはもはや高貴な王族の声ではなく、暴君の咆哮だった。
床を叩き割るほどの衝撃波が飛び散り、壁の装飾は粉々に砕け散る。
彼の目は赤く血走り、僕たちを見下すのではなく、ただ破壊の対象として見据えていた。
「……まずいな」
思わず口から漏れる。
カイリスの動きには隙が減り、理性の縛りが外れた分、攻撃は苛烈さを増している。
仲間たちも必死に回避しているが、その動きは限界に近い。
僕自身も光をまとっていなければ、一瞬で焼き尽くされていただろう。
――けど、焦っているのはカイリスのほうだ。
この乱暴さは、僕たちを確実に追い詰められない苛立ちからくるものだ。
「……もう一押しだ」
僕は聖剣を握り直す。光はまだ燃えている。
今なら、この狂気に呑まれたカイリスを――打ち破れる。
読んでくださってありがとうございます。
リアンが聖剣を使いこなし始めているようで私も嬉しいです。




