第三十九話 激闘は熱を帯びる
仕事が忙しく、少し時間が遅くなりました。
第三十九話
side:リアン
僕たちは一斉に護衛に攻撃を仕掛ける。
クラリスが詠唱を紡ぎ、僕達の身体能力を強化する。レオがそれに合わせて風の魔弾を撃ち込み、アネッサが疾風のように間合いを詰める。アイゼンは槍で突きを放ち、僕は聖剣を構えて切り込んだ。
だが――二人の護衛騎士は微動だにしない。
剣と盾を構えたまま、まるで大河の流れを受け流すかのように、僕たちの連撃を捌き切ってみせた。
「……っ、硬ぇな」アイゼンが低く唸る。
「攻めきれない……」アネッサが舌打ちする。
その通りだ。
護衛たちの反撃は鋭くはない。けれど、隙がない。斬撃も、魔法も、剣撃も――すべてが厚い盾に阻まれ、流されていく。
まるで鋼鉄の壁だ。
僕たちが五人がかりで挑んでも、突破口が見えない。
その奥で――カイリスが腕を組み、余裕の笑みを浮かべて立っている。
「どうした。お前たちの力はその程度か?」
挑発の声が、戦場の喧噪の中でもはっきりと耳に届く。
胸の奥が焦げ付くように熱くなる。
――このままじゃ駄目だ。
僕は剣を握り直しながら、これまでの戦いを思い出していた。
王国騎士団での研鑽。旅に出てからの日々。大なり小なり、たくさんの戦いを経験してきた。その中に――この堅牢な守りを打ち破る、何かの手がかりがあるはずだ。
僕の剣はまた盾に弾かれた。
衝撃が腕に響く。けれど今は焦らない。むしろその重さを確かめるように呼吸を整えた。
――守りが堅い。だが、この感覚……知っている。
脳裏に浮かんだのは、まだ王国騎士団にいた頃。
訓練場で、団長ロムレスが振るう剣を相手に必死で食らいついた日々だ。
「守りに徹する剣は鉄壁だ。だがな、リアン……鉄壁には必ず綻びが生じる。見極めろ」
汗だくで、何度も叩き伏せられながら聞いた言葉。
さらに別の記憶が重なる。
旅の途中、ロザリンドが語った言葉だ。
「護衛剣術というのは、徹底して主を守るための剣。攻める必要なんてないのだ。イザベルはそういう点で誰よりも優れていた」
その声音は、あの時は自慢げに響いた。けれど今、思い返すと――どこか懐かしむようでもあった。
まるで、もうここにはいないイザベルの姿を、心の中で抱きしめるかのように。
「どんな攻撃も、盾で逸らし、剣で受ける。流れるように、迷いなく。……だがな」
ロザリンドは焚き火の揺らめきを見つめ、わずかに表情を緩めた。
「完璧な守りにも穴はある。あの子は常に“主人を守ること”を優先していた。だから――自分を守れば主人にも余波がいくような攻撃のとき、自分の防御は後回しにするんだ」
そう言っていた。
その時は半ば聞き流していた言葉が、今になって鮮やかに蘇る。
――ロムレスも、ロザリンドも、同じことを言っていたんだ。
守りは鉄壁でも、すべてを完璧に防ぐことはできない。守る対象があるからこそ、守るべき位置に比重が偏る。その一瞬が――弱点。
「……そこだ」僕は歯を食いしばり、剣を構え直した。
二人の護衛を突破する唯一の糸口を、ようやく掴んだ気がした。
「みんな、聞いて!」
僕は聖剣を掲げ、仲間たちに声をかけた。
「奴らの守りは完璧だ。でも、全部を守れるわけじゃない。分散させて、守りきれない瞬間を作るんだ!」
クラリスが短く頷き、詠唱を紡ぐ。
「加護の光を……リアン、私が皆を守る!攻撃に専念して!」
柔らかな聖光が僕たちを包み、傷を癒し、身体を軽くする。彼女は攻めには加わらず、全力で後方から支えてくれていた。
「よし……やるぞ!」
レオが両手を広げ、風の奔流を呼び起こす。鋭い突風が護衛騎士たちに吹きつけ、盾を揺らした。
「崩れなくてもいい、注意を散らせれば十分だ!」
その隙を縫い、アネッサが地を蹴る。
「ほらほらっ、こっち見なよ!」
猫のような俊敏さで懐に潜り込み、肘打ちと蹴りを盾に叩き込む。金属の響きが鳴り、護衛の体勢がわずかに傾いた。
正面ではアイゼンが槍を構え直し、渾身の突きを繰り出す。
「退く気はねぇぞ!」
鋭い突きが盾を押し込み、火花が散る。
仲間たちが四方から同時に仕掛ける。
護衛たちの防御は鉄壁のはずだった。だが今――確かに剣の軌道が遅れ、盾の角度が崩れる。
小さな綻びが、大きな隙に変わる。
「――いまだっ!」
仲間たちが一斉に圧を強める。
レオの風刃が横から盾を弾き、アネッサの蹴りがその体勢をさらに崩す。アイゼンの槍が正面から突き込み、護衛の腕を押さえ込んだ。
一瞬、護衛の防御が乱れる。
その瞬間を――僕は見逃さなかった。
聖剣を高く振りかぶり、渾身の力で振り下ろす。
「はぁぁああッ!!」
金属を断つ鋭い音が響き、護衛は盾で受けることができず、僕の剣は護衛の鎧を裂いた。
苦悶の声を上げた騎士は、大きく仰け反る。アイゼンの槍がその隙に深々と突き刺さり、完全に体勢を崩した。
「……終わりだ!」
戦場に、わずかな静寂が生まれる。
僕の聖剣に斬り伏せられた護衛が、崩れ落ちる。
その瞬間、奥で腕を組んでいたカイリスの表情がわずかに揺らいだのが見えた。
「……ほう」
低く吐き出された声。驚きと苛立ちが混じっているようで、それでもすぐに笑みを取り戻す。
「王国の反逆者ごときが、我が護衛を討ち倒すとはな。……実に不愉快だ」
胸の奥がざわつく。
彼にとって護衛はただの駒じゃない。ずっと側に仕えてきたはずだ。それなのに、仲間を失っても平然と笑えるのか。
「……やっぱり、お前は……」
言葉が喉に引っかかる。怒りなのか、嫌悪なのか、自分でもはっきりしない。
カイリスは腕を広げるようにして一歩踏み出した。
「勘違いするなよ、リアン。たとえ一人減ろうとも――僕に触れることなど叶わぬ」
彼の横に残る護衛が進み出る。
仲間を討たれた怒りを隠そうともしない瞳で、僕たちを睨みつけていた。
――まだ終わりじゃない。
むしろ、ここからが本番だ。
残る一人の護衛が、仲間を討たれた瞬間、空気が変わったのがわかった。
それまで堅牢な防御で、僕たちの攻撃を受け流していた彼が――今や目に宿る光は怒りと殺意に満ち、攻撃的な構えを取っている。
(……何だ、この変化は)
剣先が鋭く振るわれ、盾はもはや受け止めるだけではなく、僕らの足元を狙うように突き出される。
これまでの防御主体の戦い方とは違い、一つひとつの動きに殺意が籠っている。攻撃を外すことなく、あらゆる隙を突いてくる。
仲間たちもその変化に一瞬たじろぐ。
クラリスは咄嗟に加護の魔法を強め、僕たちを守ろうとする。
アネッサは目を見開きつつも前に踏み出し、格闘で牽制する。
レオは風の刃を前方に展開し、盾の動きを揺らす。
アイゼンは槍を握り直し、正面からの突きで圧力をかける。
僕も聖剣をしっかり握り直す。
防御だけではもう押し切れない――この護衛を倒すために、僕ら五人で攻撃を分散させ、隙を作らねばならない。
(よし……皆、僕に合わせて!)
戦場の空気が張りつめる。
護衛の攻撃はこれまでよりも速く、重く、狙いすましたものになっていた。
護衛の剣が鋭く襲いかかる。
これまで防御中心だった攻撃は、今や殺意に満ち、僕たち一人ひとりを狙ってくる。けれど、僕ら五人には数の利がある。
「クラリス、攻撃補助を!」
「ええ、リアン!」
柔らかな光が僕たちを包み、筋力が増したように感じる。
アネッサが身を翻し、鋭い蹴りで護衛の体勢を揺らす。
「こっちに意識を向けさせるよ!」
その隙に、レオの風魔法が盾を吹き飛ばす。
「今だよ、アイゼン!」
槍を握り直したアイゼンが正面から突き、護衛を押し返す。
残る僕の聖剣――集中力を極限まで高め、わずかに開いた隙間に狙いを定める。
「――これで終わりだ!」
渾身の一撃を振り下ろすと、護衛は防御を試みるも、もはや五人の連携には抗えなかった。
金属を断つ鋭い音が響き、鎧の間に剣が突き刺さる。
苦悶の声を上げた騎士は仰け反り、最後には地に崩れ落ちた。
五人で繰り出した連携の力が、鉄壁の護衛を打ち破った瞬間だった。
護衛が倒れたことで、戦場に一瞬の静寂が訪れる。
その奥でカイリスは表情を引き締め、僕たちをじっと見つめている。
(……いよいよ、カイリスだ)
僕は気を引き締め、仲間と共に次の戦いに備えた。
僕たちは剣と魔法を構え、カイリスを睨みつけた。
「一人では勝ち目はない。負けを認めて、クラリスの両親を解放しろ!」
僕の声に、クラリスもアネッサも、レオもアイゼンもぎゅっと拳を握る。
だがカイリスは、高らかに笑った。
「負け?解放?……思い上がるなよ。貴様ら程度では、この僕に勝てはしない!」
その瞬間、彼は水晶玉を取り出した。
紫に妖しく光るその玉――ただの道具ではない。空気が歪み、周囲の光まで濁るかのようだ。見つめるだけで、心の奥がざわつく。どこか禍々しく、世界の理を踏み外したような存在感がある。
僕は思わず一歩下がり、剣の構えを固める。
「それ……何なんだ?」
カイリスは不敵に笑うだけで答えない。
「これから死ぬ者に教える必要はない」
彼の手が水晶玉にかざされる。瞬間、紫色の暗いオーラが立ち上り、渦を巻くようにカイリスを覆った。空気がねじれる。地面が微かに震え、僕たちの背筋に冷たい圧が走る。
狂気じみた笑みを浮かべ、カイリスが低く告げる。
「さぁ、処刑の時間だ――!」
その声が、胸の奥まで深く突き刺さる。
ただの戦いではない――何か、常識を逸脱した力が目の前に現れた瞬間だった。
僕は仲間たちの顔を見た。
誰もが手に力を込め、互いの存在を確かめるように目を合わせた。
いよいよ、決戦が始まる――。
side:ゴルド・レグナ
我が槍を振りかぶり、黄金の翼を広げると空気を切る音が耳をつんざいた。
ルークは神剣を構え、聖盾を前に掲げる。光を帯びた盾が眩しく反射し、槍の軌道を迎え撃つ。
「なるほど……」
我は微かに唸る。剣と盾を組み合わせた防御は堅牢だ。しかし、我の槍の重みと竜人の膂力の前には些末なこと。そんなもの、我の前では紙切れに等しい。
槍の一撃を盾で受け流すルーク。しかし我はすぐさま翼を羽ばたかせ、空中から追撃する。尻尾を打ち下ろし、盾の脇を狙う。
「くっ……!」
ルークの声が響く。神聖な力が微かに揺れ、盾が我の尻尾を受け止める。互いの力のぶつかり合いに、戦場の喧騒すらかき消されるようだ。
我は槍を縦に振り、跳躍して爪の一撃を叩き込む。
ルークは一歩後退しつつも、盾で受け止め、反撃の神剣を横に振るう。神剣と槍、聖盾と豪爪――ぶつかり合う金属の衝撃が周囲の大地を震わせる。
思考は冷静、だが身体は力の奔流に任せる。
もはや小手先の鍔迫り合いではなく、力と技術、そして意志のぶつかり合い。
この戦場の中心で、我とルーク――二人の戦いが、真に始まったのだ。
我が槍を振るう。
黄金の刃が光を切り裂き、ルークの盾に衝突する。鋼の響きが耳をつんざく。
盾が微かに軋むのを感じ、我は一瞬の隙を狙う。
「まだまだぁっ!」
ルークの声と同時に、神剣が横に振られる。槍を返してそれを受け止める。槍と剣が激しく打ち合い、火花が散る。
我は一歩後退しながら、翼で空中に跳び、槍を突き出して再度攻撃を仕掛ける。
盾で防がれた瞬間、尻尾を振り、盾の脇を狙う。
その動きに反応して神剣の腹で尾の一撃を止める。寸での差で防がれるも、衝撃に顔を顰めている。
(強い……小さき者にしては良い腕だ)
我は槍を振り下ろしつつ、空中で横たわるように回転。その勢いを利用して尻尾をムチのようにしならせて叩きつける。
ルークは盾を一段高く掲げ、防御の形を維持しつつも、その衝撃を逃しきれずに膝が震えているのが見える。
「なるほど……」我は低く唸る。
相手の防御はなかなかだが、力の流れと動きには必ず隙がある。
(これならどうだ…!)
我は全力で槍を突き出し、ルークも神剣で迎え撃つ。衝撃が全身を揺らし、砂塵が舞う。
互いの力の奔流がぶつかり合う中、盾も剣も防御に使わせたことを確認する。
(……ここだ!)
我は鋭い爪をガラ空きの胴体に叩き込む。
しかし聖鎧は思いの外硬く、火花を散らして防がれてしまう。
「……硬いな。小手先の攻めでは貫けんか」
我は態勢を戻して槍を構え直す。
黄金の翼を広げ、威圧するように強大さを見せつける。角が光を反射し、尻尾で体のバランスをとる。
ルークは神剣を構え、盾で防御の構えを取りつつ光を帯びた鎧が戦場を照らす。互いの攻防は一瞬も気を抜けない速度で交錯し、火花と衝撃が戦場を切り裂く。
我の槍が連続で襲いかかる。
ルークは盾で受け流し、微かな隙を生じさせず応戦する。
(……こやつの装備、ただの高級品ではない……)
我の攻撃を完全に受け止めるその力。防御だけではない、何かが加わっている。
その瞬間、ルークの聖鎧と聖盾が一層強く輝き出す。
黄金と銀の光が渦を巻き、神聖な加護が彼を包み込む。
まるで女神自らがその身に力を与えているかのようだ。
光の中でルークは微かに微笑み、神聖なオーラが戦場を支配する。
「……女神の加護……か」
我は唸り声を漏らす。単なる人の力ではない――守護される者の意志と女神の意志が融合した力だ。
黄金の竜と聖なる騎士――我とルーク、二人の戦いは今、真に最高潮を迎える。
我は黄金の槍を振るい、翼を羽ばたかせて空へ舞い上がる。
「来い、ルーク……! その鎧ならば来られるはずだ!」
我の求めに応えるかのように、神聖な光が鎧を覆い、女神の翼を生やしたルークが空中に現れた。
彼の翼は白銀に輝き、光の奔流を伴って自在に舞う。
槍を突き出し、我は旋回しながら空中から攻撃を仕掛ける。
ルークは神剣と聖盾を操り、女神の翼で身を翻すように応戦する。
互いの力の奔流がぶつかり、空気が裂けるような轟音が響く。
地上では、連合軍と神創騎士団が激しい一進一退の攻防を繰り広げている。
剣と魔法、槍と盾、魔力の奔流が混ざり合い、戦場はまるで嵐の中心のようだ。
だが、我は地上を一瞥する。グレンが指揮をとる前線の兵士たちの動きは連合軍が優勢のようで、このままいけば勝てるだろう。
(ならば、我はこの力で――決着をつけるまでだ)
我は槍を振りかざし、空中から全力で突進する。
ルークも女神の加護を纏い、光の翼で対抗する。
黄金と聖光――竜と聖騎士、二つの力が空中でぶつかり、戦場の緊張は頂点に達する。
我が真紅の瞳はルークを捉え、勝利のために研ぎ澄まされていく。
読んでくださってありがとうございます。
大陸戦争編も佳境ですね。もう少しだけお付き合いくだかい。




