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第三十八話 二つの決戦、開始

だんだんアクセスが増えてきて嬉しいです。

第三十八話


side:リアン

  扉がきしむ音とともに、王城の玉座の間がゆっくりと開かれた。

 重く冷たい空気が押し寄せる。そこに座していたのは――あの日、僕たちを処刑台へと追い込んだ男。エステリア神聖王国の王子、カイリス。


 僕は怒りを押し殺し、鋭い声で言い放つ。

「……望みどおり、来てやったぞ」


 玉座に腰掛けたカイリスは、口の端を不敵に吊り上げる。

「そうでなくては困る。罠にかかってくれなければ、仕掛けた甲斐がないからな」


 胸の奥で熱が膨れ上がる。僕は睨みつけながら、一歩前に踏み出した。

「クラリスの両親を人質にするなんて……卑劣な真似をして恥ずかしくないのか!」


 しかし、返ってきたのは冷酷な声だった。

「反逆者を育てたのだ。当然の報いだろう」


 血が沸き立つ。

「ふざけるな……! 仮にもお前はクラリスの許嫁だったはずだ!両親だって知らない仲じゃないだろう!」


「確かによく知ってはいた。だが、そんな感傷で罪人を野放しになどできるものか」

 

 それに、と言葉を一度切ってクラリスを見る。その瞳が、冷たい侮蔑の色で細められる。

「……婚約か。そんなもの、とっくに破棄した。反逆者の娘、しかも――亜人にすら尻尾を振る見境ない淫売など、僕の趣味ではない」


 言葉を失うほどの、あまりにひどい侮辱。

 その瞬間、僕の横でレオの感情が弾けた。

「……お前に、クラリスのなにがわかるんだッ!!」


 普段は控えめで声を荒げることのない彼が、杖を掲げ、魔力をほとばしらせる。


 カイリスの周囲に護衛の騎士たちが即座に立ちふさがった。だがレオは構わず――


「風よ、吹き荒べッ!」


 轟音と共に暴風が玉座の間を蹂躙した。

 視界が白くかすみ、僕たちは腕で顔を覆い、目を閉じる。


 ……荒れ狂う風がやみ、恐る恐る目を開けると――

 そこにいたのは、盾を構える騎士たちの奥で、余裕の笑みを浮かべるカイリスだった。


「……不敬罪だ」


 短く、冷たく吐き捨てるその声。

 刹那、玉座の間の空気は爆ぜるように張り詰めた。


 ――いよいよ、決戦が始まる。



 side:ゴルド・レグナ

  公国軍と合流し、王国領へと進む道を我が率いる。

 野営を二度重ね、いよいよ王国の国境に連なる森の入口へと辿り着いた。ここはかつて我が剣で平定した地。鬱蒼と茂る木々はいまも人を寄せつけぬ威を放ち、異様な気配を纏っている。だが我にとっては恐れるに足らぬ。むしろ懐かしさすら覚えるほどだ。


 森の空気に兵らが一瞬息を詰めるのを背に感じながら、我は先頭に立ち、堂々と足を進める。

 その歩みに迷いはなく、兵もまた我に続く。


 半日も進むことなく、木々の切り開かれた一角に辿り着いた。ここは放棄された領だという。そこには魔導国の先遣隊が築いた拠点がある。


 拠点に入ると、既に待機していた兵らが一礼し、我らを迎える。

 我はすぐさま奥の会議用の部屋へ向かい、そこへ幹部らを招集する。


 グレン、ネレイア。我と同じ七曜魔だ。そしてヴァルディスとカリーナ。こやつらは公国の部隊の指揮官だ。それに先遣隊のリーダーである歩兵隊長を交えて会議を開く。

 我は卓の前に立ち、彼らを見渡して言う。


「さて――これより先の道筋を定める。王国の心臓部に刃を突き立てる、その時が近いぞ」


  卓を囲んだ折、真っ先に口を開いたのはグレンであった。

「……そういや、リアン達の姿が見えねェな。どこ行った?」

 問いを向けられた歩兵隊長は、言いにくそうに口を濁した。


「……クラリス殿の両親が投獄されたとの報が……。恐らくは王国の罠かと存じます。しかし彼らは、それでも助けに向かいました」


 その言葉に、ヴァルディスが眉を顰める。だが、グレンは鼻を鳴らし、豪快に笑った。

「罠とわかっていても……か。ははっ、あいつららしいぜ」

 グレンが笑ったことで、ヴァルディスもリアン達の立ち位置が魔導国の正規兵でないことに気づいたのだろう。それ以上の追及はされなかった。


 話題はすぐに本筋へ移る。

 歩兵隊長が姿勢を正し、低い声で進言する。

「恐らく、我らがこの拠点に潜んでいることは、既に王国に察知されております。ゆえに待ち伏せや罠の可能性は高い。少数での迂回や浸透策は危険かと。むしろ正面から突破する方が得策かもしれませぬ」


 グレンが頷きながら口角を上げた。

「単純明快でわかりやすくていいじゃねェか」

 その意見にネレイアも静かに同意する。

「そうだねぇ……人数分けて待ち伏せなんてされてたらひとたまりもないよね」


 だが、ヴァルディスは険しい表情を崩さず、冷ややかに言い放った。

「正面突破では先頭の兵に過大な負担がかかる。犠牲も少なくは済むまい」


 我は一歩前に出て、彼を真っ直ぐに見据える。

「心配には及ばん。我が先頭に立つ。他の兵に無用の負担を強いることはない」


 その言葉に、ヴァルディスはなおも口を開きかけたが、我が瞳を見て沈黙した。自信と威圧――その両方を湛えた眼差しに、余計な反論を挟む余地はないと悟ったのだろう。


 場を和ませるように、カリーナが軽やかに口を添える。

「正面突破の方針はいいとして……戦闘時の陣形や戦術は、今のうちにすり合わせておいた方が良いわね」


 議題は自然と、具体的な戦術の確認へと移っていった。


 我は拠点の中央に広げられた地図を指先でなぞり、皆を見渡した。

「――先頭は我が務める。道を切り開くのは我だ」


最初に反応したのはグレンだ。腕を組み、にやりと笑う。

「それならアンタの後ろの近接部隊はアタシが率いる。アタシらが前にいれば、敵は粉々だぜ」


ネレイアは冷静に視線を走らせ、地図の一角を軽く指で叩いた。

「私の部隊は中距離支援。魔法と弓で突破口に火力を集中させるね」


ヴァルディスは真っ直ぐな声で言う。

「公国の陸戦軍は盾隊を組み、前列の援護に回ろう。敵の突撃を受け止め、足を止める」


カリーナは手元の機械仕掛けの模型を軽く持ち上げながら口を開いた。

「機戦隊は砲撃と側面突破に専念するわ。機動力はあるから、敵の横を崩すのも得意よ」


我は頷き、全員の視線を受け止めてから宣言した。

「陣形はこうだ。

第一列――我とグレンの近接部隊。突破口を叩き割る。

第二列――ヴァルディスの盾隊。敵の反撃を受け止める。

第三列――ネレイアの魔法隊とカリーナの機戦隊。火力と支援で全体を押し切る。

後方は予備隊と補給。状況に応じて動く」


短く、はっきりと区切る。


ネレイアは静かに頷いた。

「退路の確保は任せて。魔法障壁で一時的な遮断もできるよ」


ヴァルディスは覚悟を決めた眼差しで力強く言う。

「……ならば、我らは先頭部隊の盾となろう。先頭の背は決して孤立させぬ」


グレンは豪快に笑う。

「へっ、わかりやすくていいな!正面から叩き潰すってのはアタシ好みだ」


カリーナは冷静に告げる。

「砲撃は魔法よりも息切れしにくいわ。側面突破のタイミングは必ず合わせる」


我は最後に声を張った。

「合図は三つ。号砲一発で進撃、二発で撤退、三発で総攻撃。必ず守れ。連携が乱れれば命が散る」


全員の返答は短く力強い。


我は地図を畳み、腰に佩いた剣へと手をやった。

「よし――行くぞ。我らが踏み出す一歩が、王国を揺るがす」


仲間たちはそれぞれの部隊へ戻っていく。

我はその背を見送りながら、胸の奥に熱が灯るのを感じていた。



 side:ルーク

 私が率いる神創騎士団は、王都を出て街道をしばらく進んだ平地に陣を敷いた。

遮蔽物が少なく、死角もない。奇襲に対して最も備えやすい地形だ。ここでなら、どこから敵が来ようと迎え撃てる。


カイリス殿下からの布陣命令は明確だった。

「――絶対に勝て」


その言葉が今も胸の奥に響いている。


私の隣には魔法隊長サレヴァンが並ぶ。彼女の率いる魔法隊は後衛に展開し、神創騎士団の剣と盾の壁を背後から支える。支援魔法で兵の力を底上げし、遠距離から魔法で敵を削る。その連携は既に合同訓練で何度も試されている。


王国騎士団に比べれば数は劣る。だが、我ら神創騎士団は一人ひとりが選び抜かれた精鋭だ。

王国最高の鍛冶師が鍛え上げた甲冑と剣槍をまとい、魔法隊の加護を受ける。

質においても力においても、凡百の兵と比べることは愚かしい。


私は胸中で確信していた。

――この壮健にして頑強なる騎士団ならば、いかなる敵も踏み砕ける。


だが、慢心はしない。殿下の言葉を忘れてはならぬ。

王国のためならば、私とて命を投げ打つ覚悟がある。

ゆえに勝つ。必ず勝つ。


そう誓いながら、私は遠くに続く街道を睨み据えた。

やがてこの地に、敵が現れるだろう。

そのとき――我ら神創騎士団が、王国の威を示すのだ。


 風が強さを増し、草をなびかせていた。

前方の街道の奥、地平線のかすみに――揺れる黒い列が見えた。


「……来たか」


私の背後で、槍を構える神創騎士団の騎士たちが一斉に息を呑む。

やがて土煙の中から、整然と並ぶ影が現れた。規律正しく歩調を揃える兵たち――魔導国と公国の連合軍である。


その数、決して少なくはない。

だが恐れる必要はない。数で押されようと、我らが壁を破れるものか。


そう、言い聞かせる――だが。


「……」


 私の目は、彼らの最前に立つ一つの影をとらえていた。

 黄金。そう形容するしかない。


 その竜人は少女とも言える背格好でしかない。だが、全身を覆う黄金の鎧、陽光を浴びてきらめく髪、額から伸びる角、背に広がる翼、尾の先まで――すべてが黄金に染まっていた。手に握る長槍に至るまで黄金に溶け込んでおり、動くだけで周囲の兵を圧倒する輝きを放っている。


 ただし、その瞳だけは違った。血を思わせる深紅。

 無機質な黄金の中で、そこだけが鮮烈に浮かび上がり、こちらを射抜いてくる。


 その威圧感は、ただの亜人では到底ありえぬものだった。神話に語られる存在が、目の前に立っているかのようにすら思えた。

 

「なんだ、あれは……」


騎士たちのざわめきが後方から届く。

だが私にはわかる。あれはただの兵ではない。

視線を交わすことすら、心臓を握られるような圧を覚える。


あれが――この軍の象徴か。


私は思わず剣の柄に手を置いた。

神創騎士団を率いてきた私ですら、理屈なく背筋に冷気が走る。

だが、退くことは許されぬ。


「全軍、構えを崩すな!」


号令を放ち、己の胸を叩く。

あの異質なる気配を正面から受け止め、王国の力を示すのが私の務めだ。


「……あれは、私が相手をする」


 仲間にそう告げると同時に、私は前へと進み出る。

 鍛え抜いた肉体に、研ぎ澄ませた剣技。王家より賜った神剣と聖盾、そして聖鎧が私を包む。

 人の身にありながら、この力は神に選ばれし証。どのような怪物が現れようとも、決して怯む理由にはならない。


 敵の軍勢が迫る中、私は最前に立ち、ただひとり黄金の竜人を待ち構える。


 やがて、紅の瞳がこちらを見据え、距離を詰めてくる。

 その瞬間、私は神剣を掲げ、堂々と声を張り上げた。


「我が名はルーク! 神創騎士団を率いる者にして、王家の剣と盾だ! 黄金の竜人よ――その命、ここで私が貰い受ける!」



 side:ゴルド・レグナ

  黄金の竜鎧を纏う我が身に向かって、ただ一人で歩み出てきた人間の男。

 その神剣と聖盾を掲げる姿を見て、我は思わず鼻で笑った。


「……一人で出てきおって。阿呆なのか?」


 自らが、この我と渡り合えると思っているのか。

 愚かにも程がある。いや――そう思い込んでいるのだろうな。

 滑稽だ。


 口角を吊り上げ、歯を覗かせて笑う。

「思い上がりも甚だしい……だが、その自信を叩き折るのも、また一興か」


 だが次の瞬間、我は眉を寄せた。

 ――おかしい。


 この大軍勢を前に、ただ一人で立ちふさがるなど、常識的にあり得ぬ行動。

 ならば、その背後にあるものは何だ?


 紅の瞳を細め、さらに視線を奥へと向ける。

 ……見えた。魔法隊が一斉に詠唱を始めている。


「なるほど……時間稼ぎか」


 我は黄金の槍を軽く振り、左手を掲げて合図する。

 その瞬間、後方で控えていた機戦隊のカリーナが仲間と目を合わせた。

 そして、狙いを定める――標的は魔法隊。


 轟音とともに大地が揺れる。

機戦隊の砲撃が放たれ、炎と衝撃が敵陣を薙ぎ払った瞬間――それが開戦の合図となった。

その合図に合わせ、神創騎士団どもが鬨の声を上げ突撃してくる。


正面を受け止めるのはグレンの近接部隊。血に飢えた獣のように暴れ回り、敵を粉砕してゆく。ヴァルディスは巨大な盾を並べ、押し寄せる騎士を食い止める壁となっておる。背後からはカリーナの機戦隊が再度の砲撃を浴びせ、ネレイアの遠距離部隊が矢と魔弾を絶え間なく降らせておる。


だが敵もまた、侮れない。

神創騎士団――名ばかりではない。奴らの突撃は淀みなく、魔法隊が的確に援護を飛ばす。混乱に陥ることなく、統率を保ったまま押し寄せてくる様は、まるで一つの巨大な生物のようだ。


 我はその戦場の混乱の中、ただ一人を睨みつけていた。

 ――神創騎士団団長、ルークとか言ったか。


(意外にも狡猾な動きをするではないか。されど、戦場とは本来そういうもの。混沌に潜む理を掴んだ者こそが勝つ。嫌いではない。)


奴もまた、我から目を離さない。まるで我と戦うのは自分の役目だと言わんばかりだ。奴と目が合った瞬間、戦場の喧騒が遠ざかった気がした。

炎も、悲鳴も、血飛沫すらも、意味を失う。


残るはただ、我と奴。

黄金竜の末裔たる我と、神に創られたと騙る騎士の長。


 ――いいだろう、この我が直々に相手をしてやる。

読んでくださってありがとうございます。

一点補足。リアンが持っているのが“聖剣”で、ルークが持っているのは“神剣”、“聖鎧”、“聖盾”です。

本来聖剣、聖鎧、聖盾の3つはセットなのですが、王はリアンが勇者として成長したら聖鎧と聖盾も贈ろうと考えていました。しかしそうはならず、判断を誤ったとカイリスは父親を糾弾し、残っていた聖鎧と聖盾をカイリスの裁量でルークに与えました。神剣は神が鍛造した、というわけでなく、王国一の鍛治士が鍛え、女神に奉納した剣なので“神剣”と名付けられています。本来は実戦向きではなく儀礼用の剣なのですが、一流の鍛治が作ったものなので実戦にも耐えうる作られ方はしています。

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