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第三十六話 戦禍は広がる

夜に投稿すると言ったな?

あれは嘘だ。


昨日投稿忘れてたので今日は3回くらい投稿しちゃうか〜!ってなってます。

第三十六話


拠点の門をくぐった瞬間、松明の明かりに照らされた亜人歩兵たちがざわめいた。鎧に身を包んだ兵士たちの間を抜けると、すぐに屈強な獅子獣人の隊長が歩み寄ってくる。


「おい、リアン殿! その有様……いったい何があった!」

低く響く声に、僕は肩で荒い息をしながら答えた。


「……全部話す。少し聞いてくれ」


僕らは休む間もなく、これまでの経緯を語った。

王都に潜入し、偽の情報を流すことには一時的に成功したこと。しかし、正体が露見し捕縛され、処刑台にまで連れて行かれたこと。そこから辛くも脱出し、命からがらここまで逃げてきたことを。


「……正体が知れ渡った以上、王国側は“全てはプロパガンダだった”と民衆に説明するだろう。そうなれば、僕達の任務は……失敗だ」

最後の言葉を吐き出したとき、胸の奥に沈む重苦しさを自覚した。


しばしの沈黙ののち、隊長は太い腕を組み、深く唸った。

「そうか……事情はわかった。まずは魔導国に報告せねばなるまい」


彼はすぐに近くの兵を呼びつけ、短く命を下す。

「伝令! 今の話を余すところなく伝えろ。最速で本国へだ」

「はっ!」

獣耳を持つ兵が走り去り、夜の闇に姿を消す。


それを見届けた隊長は、改めてこちらを振り返った。その眼差しは鋭さを残しながらも、どこか温かさを帯びていた。

「……よくぞ、一人も欠けずに生きて戻った。魔王陛下は兵の一人ですら失うことを嫌われる。まずは休め。戦士の働きに、感謝を」


僕は少し目を伏せ、仲間と視線を交わす。

ようやく、本当に、肩の力を下ろしていいのだと思えた。



side:カイリス

 あの瞬間まで勝っていたのは僕だった。

すべては計算通りに進んでいた。処刑台、群衆の視線、縄の固い感触――あれは誰が見ても終わりの光景だった。


それが、たった一つの“光”で壊れた。

勇者が持つ聖剣が光を放った瞬間、僕の描いた未来が音を立てて崩れた。目の前で進行していた脚本が、文字通り吹き飛んだ。


悔しい。

ただそれだけだ。そこにあるのは純粋な敗北の味だけだ。


胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられる。

血の気が引くような感覚。頭の中で何度も同じ場面が再生される。処刑台。縄。光が差し込んだその一瞬。僕はただ、それを奪われた。


プライドが余計に痛い。

奴らの死は目前だった。しかし、最後の一手で打ち砕かれた。しかも相手は――偶然の力なのか才能なのか。そんな曖昧で片付けられるものに。悔しさは倍増する。


怒りでもある。恥でもある。混ざり合った感情が舌先にざらつく。

思い通りに行かなかったことへの純粋な惨めさ。計算が外れたことへの屈辱。言葉にするのも馬鹿らしいほど単純だが、だからこそ深い。


だが、ただ嘆いているだけでは終わらせない。

次は同じ轍を踏まない。偶然に許す顔はない。覚醒だの奇跡だの、そんな方便で逃がすわけにはいかない。


窓の外の灯りが小さく見える。

あの光を取り戻す、というよりも、あの光に二度と邪魔されないという誓い。プライドがそうさせる。くだらない理由だと自分でも笑えるが、笑ってしまえば悔しさが残るだけだ。


「次こそは――」

短く呟く。声は震えている。だが、その震えは決意に変わりつつある。敗北の痛みが、静かに、しかし確実に、行動へと変わるのを感じた。

 

 僕は煮えたぎる悔しさを抑えつけ、次なる策を練る。

仲間を守ろうとするあいつらの絆。

そこにこそ、最大の弱点がある。

クラリス……そう、あの聖女の実家を狙えばいい。

彼女を人質に取れば、必ずリアン達は釣れる。わざわざこちらの思惑通りに現れるはずだ。


「次こそは……一網打尽だ」

唇の端が歪む。夜の闇に混じって、自分でも知らず嗤っていた


 僕は立ち上がり、指先を軽く机に打ち付けた。

「クラリスの実家を狙え。奴らを釣り出せ」


声は低く、威厳を意識して整える。

大義はある。王子として、王国を守るために必要な命令だ。疑念など微塵もない。


だが、兵士たちの返事が鈍い。声が弱い。返事の数が揃わない。

――なんだ、この士気の低さは。


僕の眉がぴくりと動く。苛立ちが胸の奥から湧き上がる。

「命令だぞ! 聞いているのか!」

短く叱責する。だがそれでも、返事は揃わない。空気は重く、行動も鈍い。


苛立ちは増す。僕は大義のために動いている。王国の誇りのためだ。

なのに、なぜ従わぬのか。理解できない。

僕は正しい。だから、士気の低さは単純に――不満か、恐怖か、愚かさか、どれかのせいだ。間違いない。


机に手をつき、歯を食いしばる。

「なんなんだ……! どうしてこんなに鈍いんだ!」

苛立ちは、悔しさに変わる。負けたわけじゃない。僕が動かした計画がまだ進行中なのに、動きが遅いだけで、腹立たしい。


兵士たちは、僕の目には単なる遅れ者に見える。

王子として正しい行動をしている僕の周りで、足を引っ張る存在にしか思えない。

だが大丈夫だ。僕には策がある。大義がある。結果は、必ずついてくる。


僕は深く息をつき、再び命令を声に乗せる。

「動け、全員! 王国のために、王子の命令を遂行するんだ!」

 

 兵士たちは、しぶしぶ動き出した。

目には恐怖や疑念が滲む。だが命令は命令。従うしかない。


僕はその様子に舌打ちした。

「遅い……遅すぎる」

苛立ちは胸の奥でうずく。指先が机の角を押し潰すように握りしめられる。

だが、それでも──作戦が動き始めたことには、とりあえず納得せざるを得なかった。大義のための歯車は、ようやく回り始めたのだ。


「よし……」

小さく呟き、目を細める。苛立ちはまだ消えない。

けれど心の片隅で、計画が進むことに冷たい満足が芽生える。


そして、頭の中で思い描くのは、次の瞬間の光景だ。

リアン達を再び捕えたとき、処刑台など待たずに――その場で自分の手で仕留めてやる。

奴らの勇者面も、仲間への思いも、すべてその瞬間に砕いてやる。


胸の奥の熱が、一瞬で冷たい鋭さに変わる。

怒りも苛立ちも、すべてこの誓いのための燃料だ。

次に会うときには、絶対に逃がさない。

そのためなら、卑怯も計略も、何だって使う。


僕の目に、闇の中の未来がくっきりと浮かんだ。

――次は、必ず。



 side:エルドリヒ

 余は書斎の窓から、広がる公国の街並みを見下ろしていた。

魔導国との同盟が結ばれた今、事態は待ったなしである。王国との関係は、ついに決裂へ向かう。余は心の中で静かに覚悟を決めた。


同盟国となった以上、魔導国への技術提供のみならず、兵や物資の支援も欠かせぬ。場合によっては、共に戦場に立たねばならぬだろう。


「……よし、陸戦軍と機械戦術隊に出撃準備を命ずる」

余はそう告げ、指示書を握り締める。声には余の威厳と冷静さが滲む。命令を下す瞬間の緊張よりも、余はむしろ、これからの戦いに対する責任感と期待のほうが強かった。


陸戦軍の将軍、ヴァルディス。四十代半ばの男で、歴戦の猛者だ。余の言葉に、彼は短く頷いた。陸戦軍は余があれこれ指示せずとも、彼に任せておけば、間違いない。


そして、機械戦術隊、通称機戦隊の隊長、カリーナ。三十代前半で機械技術への情熱に満ちた女。彼女の手にかかれば、公国の誇る兵器群は瞬く間に戦闘態勢に整えられるに違いない。


余は二人の動きを頭の中で思い描きながら、静かに息をつく。

作戦の全貌はまだ、完全には見えておらぬ。だが、準備はすでに始まった。公国の力を示すときは近い。


余の瞳は、遠くの地平線を見据え、決意を映している。

戦いは、もう始まっているのだ。



 side:ヴァルディス

 広間の騎士たちは、鎧を整え、武具を確認している。

鍛造と鍛冶の技術が詰め込まれた鎧は重く、けれど手入れの行き届いた光を放つ。俺は剣を手に取り、ひと振りして感触を確かめる。


「盾隊、隊列の確認だ」

声をかけると、槍を持つ者、馬に跨る者、それぞれが静かに動き、整列する。戦場はまだ先だ。出撃の命も、まだ下っていない。


副官が近づいてきて言う。

「ヴァルディス将軍、馬も武具も準備は整っています」

「よし、頼むぞ。焦るな。戦はいつでもできるが、今はまだ動かん」

俺は笑む。豪胆な笑みだが、心は落ち着いている。戦場を夢見るわけではない。ただ、準備と心構えを済ませておく――それだけだ。


騎士たちも、俺の言葉に頷きながら静かに待機する。士気は高く、しかし無理に盛り上げてはいない。全員が、自分の役割を理解している。

俺は剣の柄を握り、ゆっくりと深呼吸する。今はまだ、出撃しない可能性もある。だが、それで構わない。備えは整ったのだ。


広間に流れるのは、金属の光と馬の吐息、そして静かな覚悟の気配だけ。

俺はそれを眺め、静かに頷いた。

「さて……これでいつでも出られるな。各自、その時に備えて休んでおけ」



 side:カリーナ

 私が率いる機械戦術隊、通称機戦隊は最近できたまだ実験段階ともいえる部隊だ。今回が初の実戦になるかもしれない。人数は少ないものの、それを補って余りある火力がある、そう自負している。

 私は作業台に向かい、右手の機械仕掛けの長剣と左腕の砲部を点検する。

この腕は、かつて公国で大事件を引き起こしたマッドサイエンティスト、ザイラスの技術を応用して自ら改造したものだ。右手の長剣は必要なときに瞬時に展開できる仕組み、左腕の砲は小型ながら強力な鉛弾を発射可能。整備は手を抜けない。命に直結する部分なのだ。


「うん、動作は良好」

小さな機構音を耳にしながら、私は微かに息をつく。兵士たちは各自の武装を整え、武装馬車もチェックが終わる。経験は少ない部隊だが、訓練は十分に積んでいる。彼らとならきっと戦えると、そう信じている。


小型砲の装填、刃物の研ぎ具合、機械仕掛けの馬車の歯車――一つひとつ、確認と微調整を重ねる。

「焦ることはない。出撃はまだ先……でも、いつでも戦える状態に」

声に出して、自分にも言い聞かせる。

静かな広間に、金属の軋む音と小さな動作音だけが響く。出撃の命令はまだ下っていない。もしかすると、このまま戦うことなく終わるかもしれない。


だが、それで構わない。私たちは準備を整え、心構えを済ませた。

そして、この腕――右手の仕込み剣も、左腕の砲も、いつでも使える。

戦う時は必ず、最大の力を発揮してみせる。


深呼吸を一つして、私は再び整備作業に戻った。

小型砲の弾を装填し、馬車の機構を微調整し、機械腕の関節に潤滑油をさす。

戦場はまだ遠い。それでも、準備は完璧だ――そう胸を張れる瞬間が、今の私の喜びだった。





 side:ヴァレリア

「……そうか」

ノワールの報告を受けて、私はただ短く答えた。


リアンたちが王都での情報操作を試み、結果的には失敗に終わったという。捕縛され、処刑直前にまで追い込まれたが、そこから逃れたとのこと。

私の口から洩れた言葉は一つ。

「まぁ、王国もそこまで馬鹿ではないということか」


それ以上は何も言わない。失敗を咎めることも、追及することも不要だった。あの若者たちが生きて帰ってきたという事実だけで十分だ。


「ノワール」

「はっ」

「いよいよ王都に進軍する。歩兵隊に進軍路を共有し、準備を進めよ」

「御意」


命令を下す声は低く、だがよく響く。玉座の間に集まる配下たちが一斉に姿勢を正した。


「七曜魔にも伝えよ」

ノワールが再び頭を垂れるのを見届けて、私は続けた。

「レア、ルミネア、アルボレア――この三名は魔導国とその周辺の防衛、ならびに警備にあたれ」

「グレン、ネレイア、ゴルド・レグナ――この三名は歩兵隊を率い、王都へ進軍せよ」


役割は明確でなければならない。私の命令に一切の迷いはない。


「そしてノワール、公国にも伝えよ」

「はっ」

「余らが進軍することを。そうすれば向こうも、共に行軍せよとの余の意図を理解するであろう」


私の言葉に玉座の間が静まり返る。

この瞬間、魔導国はついに本格的に動き出したのだ。


「……ふん、ようやくだな」

大柄な体を揺らし、グレンが不敵に笑った。戦を前にして昂ぶりを隠そうともしない。テラリスの無念を晴らすため、王国を叩き潰す。その金色の瞳は爛々と輝いている。


「仕方のないことではあるが、防衛に徹するなんてのぅ……つまらん役回りじゃ」

レアは長い爪を撫でながら小さく吐き捨てる。それでも命令には逆らわない。彼女の口ぶりは冷ややかだが、魔王の命令を軽んじているわけではない。


「……魔導国を護ること……大事よ……」

静かに、ルミネアがレアを諭すように言う。神秘的なその声音には揺るぎがない。彼女の存在が、防衛の任務に説得力を与えていた。レアは「言われずともわかっておるわ」とそっぽを向きながら返す。


「フフ……進軍側かぁ。食べ放題……ってことで、いいんだよね?」

ネレイアは笑みを浮かべる。その視線には狂気にも似た好奇心が宿っていた。


「我一人王都で暴れればそれで事足りると言うのに……」

ゴルド・レグナはため息をつきながらも瞳はぎらついている。亜人たちを率いて戦場に立つこと、それは誇りであり責務でもあった。


アルボレアは短く「わかったわぁ」とだけ答えた。気の抜けた返事に聞こえるが、それは彼女の強大な力から来る余裕の表れだった。


そして兵士たち。彼らは畏怖と昂揚の入り混じった眼差しでヴァレリアを見つめていた。

「王都へ進軍……いよいよか」

「我らが魔王の命だ。誇りに思え」

小さなざわめきが起きる。だがそれは不安ではなく、むしろ決意の声だった。


ヴァレリアは彼らの反応を見て、ただ一度だけ静かに目を閉じた。

――魔導国の軍勢は、確かに動き出したのだ。

読んでくださってありがとうございます。

大陸戦争編、佳境に近づいてきました。もうしばらく続きます。楽しんでいただければ幸いです。

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