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第三十四話 絶体絶命

リアンはいいやつなので、リアンパートは書いてて楽しいです。

第三十四話


side:リアン


森を抜けたその先、ロザリンドの元領地に築かれた拠点は、王国の目を逃れるためにあえて高い見張り台などは作らなかった。建物も簡単なつくりで粗末に見えるが、魔導国の技術で補強され、簡単には崩れない堅牢さを秘めている。


僕はその拠点の一角に立ち、静かに息を整えた。

「……ほとんど完成だね」


控えめに言葉を洩らしたのはレオだ。指先に魔力を纏わせながら、残る結界の調整を続けている。


アネッサは木材の上にちょこんと腰を下ろし、尻尾を揺らして笑った。

「ふふん、王国の兵士たちに見つかることもなく終わってよかった!」


「油断するな」

低い声でそう諫めるのはアイゼンだ。彼は槍を膝に立てかけ、周囲を睨むように見渡していた。


そんな中、クラリスは組んだ両手を胸に当て、祈りを捧げている。

「どうか……せめて王国の人々が苦しまぬよう。この戦いが、無駄な血を流さずに終わりますように」

その横顔は凛として、聖女にふさわしい気高さがあった。


やがて、森を抜ける進軍路を駆けてくる影が見えた。

「伝令だ!」


獣人の伝令が息を荒げて現れ、封を施された指令書を差し出してくる。

僕は受け取り、慎重に開封した。そこには、魔王ヴァレリアの署名とともにこう記されていた。


――機は熟した。王国内で王家への不満が高まっている今こそがもっとも情報操作や撹乱、煽動が上手くいくタイミングだ。王都内に侵入し、混乱を起こせ。


読み終えた僕の胸に、熱と緊張が同時に込み上げる。

クラリスが目を伏せ、小さく呟いた。

「……ついに、ね」


「……ねぇ、僕はこう考えてるんだ。確かに王国は僕やクラリスの故郷だ。だけど、王国の間違いは正さなくてはいけない。そうしないと、この先王国に未来はない」

僕は仲間たちを見渡し、言葉を強める。

「僕たちは勇者として、王国の人々を導くために来た。これはその第一歩だ……ってね。王国の勇者として、王国の未来のために。王国に生きる人々のために」


レオが静かに頷き、アネッサは真剣な顔で爪を研ぎ、アイゼンは槍を握り直した。

そしてクラリスは瞳を開き、力強く答える。

「ええ、リアン。私たちの戦いは、人のためにある」


拠点に漂う空気が、一瞬にして変わる。

ついにその時が来た――。

僕が愛したあの秩序と正しさに満ちた王国を守る――たとえ今の王国を倒すことになろうとも。

 僕たちはその一歩目を踏み出そうとしていた。


 

薄明かりが地平を染めはじめる。

僕ら五人は身を寄せ、低い声だけで言葉を交わしていた。


「関所を抜けるために王国の兵士の装備を奪ってカモフラージュしようと思う。でも、ただの兵士の一団じゃ怪しまれる。だからこうしよう」

僕は焚き火の残り火を足で崩しながら、皆の視線を受ける。

「領地の端で魔獣に襲われたことにする。討伐は果たしたが負傷者が出た、搬送のために都へ向かっている――その筋書きだ」


アネッサが尻尾を揺らしつつ、にやりと笑う。

「なるほど、だから護衛もちゃんと付いてるってわけか。筋は通ってるね」


「ええ。私が衛生兵として前に出れば、より自然に見えるんじゃないかしら」

クラリスが控えめに頷く。その声は小さいが、自信を帯びていた。


レオが少しだけ眉を寄せる。

「……僕とアネッサが負傷者役になろうかな。体格的にあまり兵士と接すればバレるかもしれないし」


アイゼンが腕を組み、低く呟く。

「任せろ。俺が先頭を歩こう。見た目だけなら兵士の隊長くらいには見えるはずだ」


僕は皆の表情を一人ずつ確かめ、頷いた。

「よし、決まりだ。静かに、迅速に、そして隠密に。絶対に騒ぎは起こさない」


短い沈黙の後、全員が頷く。


 

 息を潜め、一瞬で動く。

アイゼンの合図で分散、巡回兵に接近する。斬り合いは無用だ。短い突きで意識を折る――致命を避ける位置を狙って。兵士たちは重く崩れる。呼吸はあるが時間はない。躊躇は許されない。


鎧を剥ぎ取る。金属の冷たさが手に伝わる間もなく、僕らは仮装を整える。アネッサが甲冑の締め金を留め、クラリスが手早く傷布を巻いて看護役を装う。


アイゼンが先頭に立ち、落ち着いた足取りで関所へ向かう。彼の背中が道を作る。僕らは無言で隊列を整え、レオとアネッサに肩を貸すようにして進む。二人は表情でバレないよう、意識をなくしているフリをしてもらう。

 関所に到着。クラリスは静かに前に出て、控えめに負傷者の看護を申し出る。番所の目は動かない。疑いを抱かせないだけの説得力がある。


負傷者の救護であると伝えると、拍子抜けするほどあっさりと通れと言われた。僕らは静かに、しかし確実に門をくぐった。


門の向こうで初めて、僕は大きく息を吐く暇ができた。だが安堵は短い。鎧はまだ肌に冷たく、五人の顔は仮面のまま。アイゼンが前を向き、小さく合図を送ると、僕らは無言で王都の闇へ溶け込んだ。静かに、迅速に、隠密に——これが僕たちの進路だ。


 王都に潜り込んだ僕達はまず、貧民街を目指した。あそこなら警備の目が緩い。身を隠すにはうってつけだ。怪しまれないよう堂々と、しかし監視には見つからないタイミングを狙って貧民街へと潜り込む。

 貧民街の薄暗い路地に身を潜めながら、僕は仲間たちを見渡した。

「作戦を確認しよう。僕達がやるのは――情報操作だ。直接戦うんじゃない。噂を広めて、人々の心に揺さぶりをかける」


僕の言葉に、全員が静かにうなずく。


役割分担は決まっている。

――暗躍するのはアネッサ、レオ、クラリス。

――撹乱を担当するのは僕とアイゼン。


アネッサはフード付きのローブを深く被り、猫耳も尻尾もきっちり隠す。獣人だと気づかれれば彼女の命はない。普段は元気いっぱいの彼女も、今は息を潜めて街の影に溶けていた。

クラリスは市場や教会に足を運び、さりげなく人々の声を拾う役目だ。聖女らしい柔らかな物腰で、「王家は本当に民のためを思っているのだろうか」という疑念を、小さな会話の端々に紛れ込ませていく。

レオは風の魔法を使ってビラを舞わせる。ひらりと舞う紙が人の目を引くのに十分だった。その紙には、王国がとった政策を簡潔に書きつけてある。――事実だけを、鋭く。


一方の僕とアイゼンは、人の流れを操作する。屋台の荷車をそっと傾け、わざと小さな混雑をつくり出す。その隙に、仲間たちが情報を滑り込ませる。誰も怪我をしないよう気を配りつつも、動きは迅速。アイゼンは淡々と、僕は必要に応じて合図を送りながら、流れを整えていった。


しばらくすると、市場や路地のあちこちで小さな波紋が広がる。

紙を拾った子供たちが目を丸くして囁き合い、老婆たちが顔を寄せて「本当だろうか」と声を落とす。露店の親父が客に愚痴をこぼすのを耳にして、僕は胸の奥で小さく息を吐いた。


――よし、動き出した。


大きな騒ぎにはならない。だが、静かな不満は確実に芽吹き始めている。これこそが僕らの狙いだ。


その後、僕らはすぐに動いた。鎧を脱ぎ捨て、庶民の服に着替え、それぞれ別の路地へと散開する。次に集まるのは日暮れ。波紋がどこまで広がっているか、そこで確かめるつもりだ。


「……初手は上手くいったな」

アイゼンの低い声に、僕は小さくうなずいた。胸にこみ上げる安堵を押し殺しながらも、心の奥には確かな手応えがある。


だが、本当の勝負はこれからだ。

静かに、そして確実に。

僕らは王都の心を揺るがしてみせる。



 貧民街に腰を据えてから数日――僕達がばらまいた情報は、じわじわと街の空気を変えていった。

最初はただの噂だった。だが日を追うごとに人々の口から同じ話が出るようになり、やがてそれが事実のように扱われ始める。


「魔導国の攻撃は思ってる以上に苛烈で、王国軍は必死に防ぐために民の生活を切り捨ててるらしい」

「兵を守るために俺たちの暮らしを犠牲にしてるんだとさ」


そんな声が、酒場でも市場でも聞こえるようになった。

実際、食料の供給が滞っているのは誰の目にも明らかだ。値段も以前より高くなっている。人々は不満を募らせ、その矛先を王家に向け始める。


「結局、守られるのは貴族どもと兵士だけかよ」

「俺たちの暮らしなんてどうでもいいんだろうな」


苛立ちと諦めが混ざった声が広がっていく。

そして、不安が新たな疑念を呼んだ。


「なぁ、そういえば少し前に、民兵を募集してなかったか…?」

「ってことは……王国軍だけじゃ戦いきれないってことか?」

「まさか、この戦争……王国が負けるんじゃないか?」


その一言に、場の空気が凍りつく。

笑い飛ばす者はいなかった。むしろ皆がその可能性を頭の片隅で考えていたのだろう。


僕はフードの奥から人々の反応を見つめながら、胸の奥に小さな手応えを感じていた。

狙いどおり、不信と恐れの種は根を張り始めている。



 side:カイリス

 民衆のざわめきが、日に日に大きくなっているのを感じていた。

兵からの報告だけではない。王宮の窓越しに届く民の声、酒場から漏れる怒号、市場に漂う重苦しい空気……すべてが僕に現実を突きつけてくる。


「魔導国の攻撃は苛烈だ」

「王国は民の生活を切り捨てている」

「民兵を募っているのは、つまり……戦況が劣勢だからだ」


それらの言葉は、ただの噂にしては整いすぎていた。

誰かが意図的に流している。そう直感した。


胸の奥が苛立ちで熱くなる。

「愚かな民衆め……。兵を守らなければ国そのものが滅ぶのだ。それを理解できないのか」


だが、理解させる術を僕たちは持ち合わせていない。いや、持っていたはずの王権の威光は、いまや揺らいでいる。

重臣たちは「一時の動揺だ」と言って取り合おうとしない。

けれど僕にはわかる。この火種は、やがて大きな炎となって王都を呑み込むだろう。


拳を握りしめながら、僕は窓の外を見下ろした。

人々の顔には恐怖と不信が刻まれている。

このままでは王国は、魔導国と戦う前に内部から崩れてしまう。


「誰が……誰がこのような扇動をしている」

吐き出した声は、誰に届くこともなく石壁に吸い込まれていった。


だが心の中では、決して消えない疑念が渦を巻いていた。

――これは偶然ではない。必ず裏で糸を引く者がいる。

その存在を突き止め、必ず討たねばならない。


 

 あれから僕はこの扇動の首謀者を探し出すため、部下達を使って情報を集めさせていた。部下たちが一人、また一人と部屋へ戻ってきては報告を繰り返す。

民から聞き出せるのは、決まって同じ答えだ。

「誰かから聞いた」

「酒場で耳にした」

「市場で噂になっていた」


まるで本体を隠すために用意された煙幕のようだった。

だが、僕は諦めない。情報というのは根気よく集めれば必ず糸口が見つかる。


やがて報告は少しずつ輪郭を持ち始めた。

――共通しているのはフードを被った人物。声は男性の場合もあれば女性の場合もある。

夜陰に紛れ、人々に囁くように言葉を残していたという。


そこまではまだ曖昧だった。

けれど、ついに決定的な情報が入る。


「聖女を名乗るシスターが……王家は民衆のことを考えていないと広めているのを耳にしました」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。


――クラリス。


間違いない。勇者一行だ。

すべてが線となって結びついていく。


思い出すのは、あの後に送った書状だ。

公国、魔導国、両方に身柄の引き渡しを求めた。

だが、公国には入国記録すらなく、首都を通った痕跡もなかった。

一方で、魔導国は引き渡しを拒否した。


――答えは一つだ。奴らは魔導国に身を寄せた。

それがわかった瞬間、王国と魔導国の対立は決定的なものとなった。

そして、今こうして王都の中で民衆を扇動している。


勇者と聖女を内部に送り込み、不満を煽り、国を内側から揺さぶる――。

この狡猾な策は恐らくロザリンドの発案だろう。いや、これだけではない。王国の補給や兵糧を狙った攻撃、まるでそこを通ると知っていたかのような主要な街道への罠……。どれも王国の弱点を知らなければ出来ない。

王国の仕組みに精通した彼女ならではの一手。

 

「……なるほど。そうだったのか」


気づけば僕は笑っていた。

不思議なことに、怒りよりもむしろ澄んだ確信が胸に広がっていた。

敵の姿を見失うことほど恐ろしいものはない。

だが、いまやはっきりと見える。勇者一行、そして魔導国。


「そうとわかれば話は早い」


机の上に両手を置き、身を乗り出す。

対抗策を打ち出す時が来たのだ。


「勇者一行――そしてロザリンド……いや、魔導国。お前たちが黒幕だ」


僕はそう呟き、深く椅子に背を預けた。

もう疑いの余地はない。魔導国と繋がり、王国を内側から崩そうとしている。


ならば、もはや手段は一つだ。


「よいか」

集まった近衛たちを見回し、僕は声を強めた。


「勇者リアン、聖女クラリス、元辺境伯のロザリンド――。この者たちを反逆者として指名手配せよ」


場に緊張が走る。

勇者と聖女。二人が旅立ったことは王国中に知れ渡っている。王国内での知名度はかなりのものだ。

その者たちを反逆者と呼ぶのは、王家にとっても大きな決断だった。


「今この時より、この三名を重罪人として扱う。城下だけではない。王国内すべてに触れを回せ。見つけ次第捕らえよ――抵抗すれば斬り捨てても構わぬ」


沈黙が重く落ちた。

だが僕は構わず続ける。


「民衆は今、王国の在り方に疑念を抱き始めている。だが、それを煽ったのは外道どもだ。奴らを反逆者として公に断じ、すべての疑念を外へと向けさせる。それが我らの勝利への道だ」


ペンを握る手に力がこもる。

僕の胸の奥にも熱が燃え上がっていた。


「王国を乱す者はすべて討つ。勇者であろうと聖女であろうと関係ない」


その言葉とともに、決意は固まった。

これで王都の空気は変わる。民衆は混乱の原因を「勇者一行」として認識し、王家のもとに再びまとまるはずだ。



 side:リアン

  僕たちは薄暗い部屋に身を寄せ合い、回ってきた噂を確かめていた。

 指名手配──その言葉を耳にした瞬間、空気が一気に張りつめる。


「リアン、クラリス、ロザリンド……三人の名前が、王都中に貼り出されているって」

 アネッサが小声で告げた。


 胸の奥がざわついた。僕の名とクラリスの名は、まだ理解できる。けれどロザリンドまで……。

 まさか、ロザリンドの発案だということまで見破ったというのか。


「これ以上は動けないな」

 アイゼンが低く言い、唇をかむ。

 その言葉に、全員が無言でうなずく。


 王都を出る──それは当然の選択肢だった。けれど、指名手配の触れが回った以上、王都の関所での検問は一層厳しくなる。僕たちが通れるはずがない。

 だから僕らは決めた。この貧民街からしばらくは出ない、と。


 けれど、その矢先だった。


 「……来る」

 ぴんと立った耳を揺らしながら、アネッサが囁いた。


 「足音……かなりの人数だよ。こっちに近づいてる」


 僕は思わず息をのむ。窓からわずかに覗く路地の先、砂を踏みしめる規則正しい音がじわじわと迫ってくる。


 王国の兵隊。

 なぜここに? いや、答えは簡単だ。


 (カイリス……!)


 王子はこう考えたに違いない。王都の中で僕らが身を潜められる場所は限られている、と。

 そして、その答えが──この貧民街だった。


 兵たちの影が、路地の入口に現れる。

 剣と槍の鈍い光が、月明かりにちらついた。

 そして、兵たちの動きは驚くほど速かった。

 路地に散開したかと思えば、二手三手に分かれて家々の扉を次々に開け放ち、ゴミ箱や樽の中にまで手を突っ込んでいく。隠れられる場所を片っ端から潰していくその様子に、僕は背筋が冷たくなるのを感じた。


「まずい……」

 誰かが息をのんだ瞬間、錆びついた扉が軋む音を立てて開いた。


 「ここだ!」


 次の瞬間には、鎧の擦れる音と共に兵士たちが雪崩れ込んでくる。

 僕たちは立ち上がる間もなく、腕をねじ上げられ、縄を掛けられた。


 「くっ……!」

 必死に振り払おうとしても、数で押されればどうにもならない。アネッサもアイゼンも抵抗しようとしたが、あっという間に取り押さえられた。


 僕たちは列を組まされ、そのまま王城へと連行された。

 見慣れた街並みも、今はまるで牢獄への道のりのように思えた。


 ――そして、牢。

 重々しい鉄格子が目の前で閉ざされ、冷たい石の床に僕らは放り込まれる。


「……カイリス……こんなにも動きが早いなんて」

 誰にともなく吐き捨てる。けれど返ってくるのは、仲間たちの沈黙だけだった。


 その時。

 牢の奥から足音が近づいてきた。甲冑の硬質な響きに混じる、革靴の落ち着いた音。


 やがて鉄格子の向こうに姿を現したのは──王子カイリスだった。


 「……やはり貴様だったか、勇者リアン」


 月明かりに照らされた彼の横顔は、冷ややかで、それでいてどこか勝ち誇ったように見えた。


  「ちっ……ロザリンドは潜入していなかったか」

 やはりカイリスはロザリンドがこの計画を立てたことまで見抜いている。

 カイリスの声は冷たく、僕たちの存在を虫けらでも見るような視線が背中を突き刺す。


 次に視線はクラリスに移った。


「お前、前にも亜人どもと行動して聖女の名を汚したことがあったな。だが今回は……明確に、王家を貶めるつもりで動いていたのだろう? 王国の聖女が、国と民を裏切るとは。何も守れず、何も考えず、ただその時の気まぐれで……愚かで、軽蔑すべき存在だ」


 その言葉は冷酷で、鋭く、まるでクラリスの誇りを切り裂くかのようだった。許嫁に向けるものとは思えないほどの侮蔑が込められている。


 クラリスは口を開こうとするが、声は震え、言葉が詰まる。僕も横で歯を噛む。


 その瞬間、レオが耐えきれず声を荒げた。


「そんなこと……! クラリスは……そんな人じゃない! クラリスがここまで来るのにどれだけ悩んだか!どれだけ考えたか!何も知らないくせに!」


 控えめな彼がここまで剣幕を強めるのは、僕も初めて見た。怒りと悔しさ、そして仲間を守りたいという信念が渦巻く声は、牢の中で響き渡る。


 僕はレオの背中に視線を送る。彼の怒りが示すのは、ただの反抗心ではない。クラリスを、仲間を守るために燃え上がる揺るぎない意思だ。


 だがカイリスは微動だにせず、冷たい笑みを浮かべて声を響かせる。

 「ふん、くだらん。どのように考えたら栄えある王国の聖女が王国を貶めようとするのだ。貴様らの罪は大きい。裁きを受けてもらう」


 僕たちは互いに目を合わせ、覚悟を決めるしかなかった。

「貴様らはまとめて処刑だ。明日の正午――貴様らの命は、そこまでだ」


 カイリスは「存分に仲間と語らっておけ、もう話すことはできなくなるんだからな」と言い残して去って行った。

  僕らに告げられた処刑の時刻――次の日の正午。言葉を聞いた瞬間、胸の奥に凍りつくような重みがのしかかる。


「明日だ……もう、猶予はほとんどない」

 僕は小さく呟く。時計の針のように刻々と迫る死の時刻。残された時間の短さに、言葉を失うほどの絶望感が胸を締め付ける。


 クラリスは膝を抱え、肩を震わせていた。涙を必死にこらえる顔に、普段の聖女としての落ち着きは影もない。

「……でも、私たちにはまだ、できることがあるはず……」


 レオは静かに拳を握りしめ、目を燃やす。普段は控えめな彼も、今は怒りと焦燥が混じった剣幕で、僕を見上げていた。

 「絶対、諦めない……!」


 アネッサは少し動揺しながらも、鋭い目で周囲を見渡す。獣人の本能が、危険を察知しているのだろう。

 「こんな状況……私達、まだ何かできるの……?」


 アイゼンは落ち着いた表情で、ただ黙って僕らを見守る。言葉少なだが、その眼差しは、仲間に冷静さを失わせまいとする強い意志に満ちていた。


 次の日の正午までの時間――その短さが、僕らを絶望させる。しかし同時に、その時間のすべてを使って準備するしかない。


 僕は仲間たちの顔を見回し、心の中で決める。

「僕らは……まだ終わらない。どんなに絶望的でも、この時間で何かを変える」


 牢の壁の向こうでは、王都の喧騒が遠くに聞こえる。だが、僕らの世界は今、この狭い空間に閉じ込められたままだ。

 正午まで、あと一日――時間の短さが、逆に僕らの決意を鋭くする。

読んでくださってありがとうございます。

大陸戦争編はまだまだ続きます。けっこうな長編で、頑張って書きました。お付き合いいただけると嬉しいです。

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