第二十九話 次なる戦いへ
緊張の中の日常っていいですよね。
第二十九話
side:エルドリヒ
再び評議の間に人が集う。
長卓を囲み、余と参謀、そして諸侯たちが顔を揃えていた。
重苦しい空気は、当然だろう。魔導国と王国が本格的に激突したのだ。
「……余も報せを聞いた。あの平野にて、王国と魔導国が衝突。魔導国軍は壊滅的な打撃を受けた。だが、王国の騎士団もまた壊滅したそうだ」
余の言葉に、参謀の一人が頷く。
「はっ。両者、まさに痛み分け。しかし国民の感情は静かではございませぬ。王国と魔導国の戦乱がすぐ隣で起きたのです。怯える者もあれば、今こそ公国が優位に立つべきと声を上げる者もおります」
「民の不安は理解できる」余は顎に手を当てる。「魔導国は確かに痛手を負ったが、七曜魔――といったか、あの力は侮れぬ。一方、王国は大軍を擁しながら、その矛を大きく損じた。つまり、いずれも致命的な傷を負ったと見てよい」
諸侯の一人が苦々しげに言う。
「大公、魔導国は数を減らしましたが、あの恐ろしい破壊を振るう七曜魔がまだ残っております。王国の手札も、あの騎士団だけではありますまい」
別の貴族が机を叩いた。
「このまま両者に挟まれていては公国が持ちませぬ! 大公、いずれかに与するべきではありませんか!」
評議の間がざわめく。
余は静かに手を上げ、その声を収めさせた。
「焦るな。余が軽々に旗幟を鮮明にすれば、いずれかの国を敵に回す。それはすなわち、公国の滅亡に直結する」
言葉を切り、余は視線を巡らす。
「魔導国は数に劣るが、指揮官と個の力において脅威である。王国は兵力で勝るが、その牙は折れた。……この局面、余らが成すべきは静観と備えである」
参謀長が口を開いた。
「はっ。しかし、どちらかが大規模に軍を立て直すなら、いずれ公国も戦火に巻き込まれましょう」
「承知の上だ」余は重く頷いた。
「ゆえにこそ、余らは耳と目を広く張り巡らせる。王国も魔導国も、この平野の衝突で確かに血を流した。その直後の今こそ、真の力関係が露わになる。……この機を逃さず、両国の内情を探れ」
会議は次々と意見が飛び交い、王国に寄る者、魔導国に寄る者、どちらも声を強めてゆく。
余は一つ一つ耳を傾けながら考えていた。
確かに王国は食糧の供給を握っておる。しかし魔導国は新しい時代を作ろうとしておる。どちらに近づくにせよ、国が傾きかねぬ。
「諸侯よ」余は口を開いた。
「余の望みはただ一つ、公国と民を守ることだ。そのためには即断はせぬ。まずは情報を集め、両国の動きを見極める。その間に備えを固める」
そう言って余は命じた。
「一、密偵と商人を使い、両国の情報を集めよ。
二、食糧の備蓄を三か月分、早急に増やせ。
三、山道の見張りを強めよ。ただし兵をむやみに動かすな。
四、民には避難と配給の計画を知らせ、不安を減らせ。
五、城塞の守りを固めるため、常備軍を増やせ」
命を受けた者たちは黙ってうなずいた。賛否はあったが、余の言葉に従わぬ者はいない。
やがて評議は終わり、余は一人で窓の外を見た。遠くに霞む山の向こうには、戦の火が見えぬまま燃えておるだろう。
(余が迷えば国は滅ぶ。だからこそ決めたのだ。今は耐え、備え、そして見極める時だ)
余はそう心に刻み、次なる動きの時を待つことにした。
side:カイリス
夜の王城は、昼間の喧騒から一転して静まり返っていた。だが僕の心は静かではない。報告にあったあの平野の光景が、頭の中で焼き付いて離れないのだ。
呼び出したのは魔法隊の隊長、サレヴァン。彼女は短く会釈して部屋に入ると、こちらをじっと見据えた。彼女は王家のためならなんでもする忠実な部下だ。冷静そうな顔の裏には狂信的と言えるまでの王家への忠誠心が渦巻いている。
「サレヴァン。ここに呼ばれた理由がわかるか?」
僕はすぐに切り出す。声は低く、しかし命令に迷いはない。
「は……次なる作戦の話かと存じます、王子殿下」
彼女の返事はきちんとしている。だが僕はためらわず続けた。
「今回の戦で、魔法隊の破壊力は証明された。だが同時に、その脆さも露呈した。ゆえに、僕は魔法隊の使い方を変える」
「新しい活用法、でございますか」
サレヴァンの眉がぴくりと動く。興味と警戒が混じった表情だ。
「そうだ。神創騎士団——我が秘蔵の精鋭に、貴様ら魔法隊を組み込む。後衛に置いて前衛の補助を行う部隊と、攻撃魔法で主砲となる部隊に分けよ。細かい采配は貴様に任せる。近日中に顔合わせの場を設ける。それまでに編成を整えておけ」
「は、かしこまりました」
サレヴァンは一瞬で了解の姿勢を示した。恐らく彼女も、今のままでは魔法隊だけで戦局を左右するのは難しいと感じているのだろう。僕は頷き、彼女を退室させた。
扉が閉まると、僕は椅子に深く腰掛けた。部屋の窓からは、かすかな夜光が差し込み、城壁の影を落としている。
謁見ののち、僕はすぐに部下を使い、戦場の様子を確かめさせた。報告にあった破壊の光景は、言葉だけでは信じがたかった。瓦礫、焼けた馬、そして血の海。そこに息づいていたのは勝利ではなく、ただ荒廃だけだ。そしてルナに改めて戦いのあらましを聞き、顔は青ざめた。この破壊がただの一人によって引き起こされたものだと知ったとき、胸に冷たいものが落ちるのを感じた。
(認めたくはないが、亜人どもの身体能力は確かに並みではない)
だが、すぐに別の感情が口をついて出る。
(しかし、連携が取れていない。戦い方は未熟だ。人数と組織で押し潰せば、それで済む)
頭の中で戦術の方策が組み立てられていく。兵の配置、魔法と槍の協調、歩調を乱さぬための号令。個々の力は強くても、組織された力の前に脆い——それが今回の結論だ。
僕は椅子の肘掛けに指を這わせながら、にやりと口元を歪めて思い返す。あの荒れ果てた大地、屍の山。あれほどの破壊を行える存在相手に勝利すれば、それは歴史に刻まれる栄光となる。
唇に笑みが浮かんだ。
「この戦争に勝てば――」
頭の中にその姿を思い浮かべる。
「……僕を必ず褒めてくださる」
そのためにも、まずは目先の戦いに勝利することだ。その果てに戦争での勝利がある。
僕は夜更けまで方策を思案していた。
翌日の正午。
僕の部屋の扉を開けまず現れたのは白銀の甲冑を纏う男。背には王家より下賜した神剣と聖盾を負い、姿勢は寸分の隙もない。
「神創騎士団団長、ルーク。参上仕りました」
その声音は澄んでおり、剣に宿る光のように迷いがない。王国こそが人類の秩序であり、それに従わぬものは斬り捨てる――その信念が一挙手一投足に宿っていた。
続いて入ってきたのは、深紅の法衣を纏った細身の女だった。白い指先で魔杖を握り、薄く笑みとも無表情ともつかぬ顔を浮かべている。
「魔法隊隊長、サレヴァン。ご下命に従い参上いたしました」
その声は艶やかでありながら、どこか空虚。人も兵も、己の命すらもただの駒。王家に益をもたらすためだけに在る――その狂信が彼女の立ち姿ににじみ出ていた。
二人が並び立つと、部屋の空気は張り詰め、呼吸さえ重くなる。
僕は椅子に深く腰掛けたまま、二人を見据えた。
「よく来てくれた。此度の戦いで、魔法隊の力は十分に示された。だが同時に、脆さも露呈した。ゆえに、僕は新たな布陣を定める」
言葉に、ルークが一歩進み出る。
「仰せのままに。我ら神創騎士団が先陣を切り、異形どもを叩き斬る。その背に魔法の矢が降り注げば、敵は抗えまい。王国の理念を侵すものを許すつもりはありません」
言葉の端々に宿るのは純粋な使命感。彼の目には、亜人も敵国も等しく“異物”としてしか映っていなかった。
一方で、サレヴァンは首をわずかに傾げ、柔らかな声で告げる。
「陛下の威光を広めるためならば、戦い方は問いません。兵は駒に過ぎませんが、駒の数が足りぬなら、私の魔法で幾らでも補いましょう。王家に利するならば、この身もまた惜しむ理由はありません」
その響きは甘美でありながら冷徹。彼女にとって価値を持つのは、ただ王家の利益のみだった。
僕は二人の言葉を静かに聞き、やがて頷いた。
「ならば決まりだ。神創騎士団を前衛とし、魔法隊を後衛とする。ルーク、お前は理念に従って敵を斬れ。サレヴァン、お前はその背を支え、時に敵を焼き払え。二つの力を合わせれば、我が軍は盤石となる」
二人は同時に頭を垂れた。
「御意」
「かしこまりました」
その声音は異なる響きを持ちながら、いずれも僕に対する絶対の従属を示していた。
僕は椅子の肘掛けに指を滑らせ、口の端をわずかに吊り上げる。
「……よい。王国の勝利は、この僕の采配のもとにある」
声に出した瞬間、胸の奥にぞくりと甘い予感が広がる。
きっと、この道の先に――僕が求める「称賛」が待っている。
side:リアン
魔王ヴァレリアから召集がかかった。対象は七曜魔、僕たち一行、そしてロザリンド。
本日正午、会議室にて今後の方針を話し合うと告げられていた。
執事ジルバに案内され、僕たちは重厚な扉の前に立つ。押し開けられた扉の先、長い円卓を中心に広がる部屋には既に七曜魔とロザリンドが揃っていた。
グレンの顔は冴えず、どこか落ち着かない。彼女は何度も大きな窓の外に視線を向けていた。ああ……きっと、あの窓からテラリスが会議に参加していたのだろう。胸の奥が少しだけ締め付けられる。
間もなくして、ヴァレリアが入室する。その歩みに合わせ、場の空気が一変した。
「諸君、よく集まってくれた。早速だが本題に入る。まずは戦況の確認だ」
低く、しかしよく通る声。ヴァレリアがノワールへと視線を向ける。
「はい」
ノワールが立ち上がり、静かに報告を始めた。
「まず、こちらの戦力です。歩兵の四割、そして七曜魔の一人を前回の平野戦で失いました。歩兵の主力は獣人であり、鳥人、竜人、魚人、精霊などで構成された特殊部隊は健在です」
そこで一旦言葉を切り、次の話題に移る。
「次に作戦状況ですが……現在、特別な作戦は行なっておりません。『ハヤブサ』の一族を中心に、王国国境付近の警戒を継続中です」
その報告に、ヴァレリアは静かに頷いた。
「戦況はよいとは言えぬ。前回の敗北を鑑み、我らは戦い方を変えるべきと学習した。これからその方策を語る」
そして、円卓を見渡したあと、ヴァレリアはひとりの名を告げた。
「――この者はロザリンド。七曜魔の中には知らぬ者もいよう。元王国の貴族であり、今は余の部下。有識者として呼んだ。ロザリンド、方策を語れ」
部屋の視線が、一斉にロザリンドへと集まった。
ロザリンドはゆっくりと立ち上がり、室内を一瞥した。美しい顔つきに無駄な情がない。彼女の声は冷たく、だが明晰で、聞く者の心に無駄なく届く。
「陛下も申されたとおり、数で劣る我らが正面から決戦を挑むのは愚の骨頂です。最も効果の高い策は、王国の『数』を支える根本――食糧と補給――を断つことにあります」
言葉は平然としているが、その論理は容赦がなかった。僕は思わず息を呑む。
「具体的にはこうします。鳥人及び竜人を主体にした遊撃部隊を編成し、王国領の農地と牧場、穀物倉庫、及び補給路を標的にします。小規模で俊敏な襲撃を継続的に行い、農村の防備が手薄な辺境から順に狙う。家畜を奪い、倉を焼き、搬送する馬車を襲う。これにより、そう遠くないうちに前線の兵士たちに回る糧が枯渇します。兵が食えなければ士気は崩れ、補給を確保するために王国は守備を薄くせざるを得なくなるでしょう」
ロザリンドの視線は冷ややかだった。王国への未練など微塵も感じられない。あるのは合理と効率だけだ。
「同時に、七曜魔と精鋭による『局地の殲滅』を併用します。歩兵主体の列をこちらの兵で誘導し、指揮系統が分断されたところを精鋭で突く。指揮官の討伐が成功すれば、残存兵はまとまらず数の利が消える。これで正面での損耗を避けつつ、敵を内部から崩せます」
ロザリンドは一呼吸置いて、さらに冷静に付け加えた。
「副案としては、次の三点を提案します。第一に、主要な街道に罠を設置し、王国の補給線を物理的に制限すること。第二に、捕虜や潜入工作を用いた情報撹乱、王国内部への小規模な扇動工作。第三に、我が国の特殊部隊を用い、王国の主要な兵器――城門に設置された砲や見張り用の櫓、武器を生産する施設などの破壊を図ることです。これらを組み合わせれば、王国の武器である『数』はただの数値に成り下がる」
ノワールが淡々と報告書をめくる音が聞こえ、レアが小さく鼻を鳴らした。グレンは窓の外をまた見やる。僕はロザリンドの言葉のひとつひとつを噛みしめた。どこにも情はない。ただ、勝つための計算だけがある。
ヴァレリアは黙って聞いていたが、やがて一つ頷くと静かに言った。
「諸君、余はこの案を採る。ロザリンド、実行の指揮を取れ。空襲部隊の補強、罠の準備、そして七曜魔の動員計画を本日中に詰めよ。ノワール、細目を詰めて余に報告せよ」
命令は短く確実に下された。ロザリンドは少しの間だけ目を伏せ、そして顔を上げた。まるで帳簿を閉じるような冷たさで頷く。
「承知しました。被害の大きさを考えれば速やかな実行が肝要です。陛下の御意のままに進めます」
その声には忠誠があり、同時に兵の死も、失う村も、あくまで数字の一行として処理されていく印象があった。僕の胸はざわりとした。たしかに、ロザリンドの言うことは理にかなっている。だが理路が通っているからこそ、冷たく恐ろしくもあった。
「他に意見はあるか」ヴァレリアが問うと、レアがすっと手を上げ、落ち着いた声で補足した。
「妾たち七曜魔は局所での殲滅力に優れておる。だが罠の設置や長期的な作戦は妾たちでなくともよい。罠と遊撃は魔導国の得意分野を活かしつつ、妾たちは決定打を与える役割に専念する……というのはどうじゃ?」
アルボレアは静かに首肯し、ネレイアはにやりと笑ったが、その瞳の奥には嗜虐の光が残っていた。ゴルド・レグナは無言で頷き、その胸中の思いは測りきれない。
ヴァレリアは円卓に手をつき、静かに言った。
「よかろう。今から役割を割り振る。被害の回復は時間がかかる。だが、この国を守るためには悠長なことは言っていられない。各自速やかに準備せよ」
会議の空気は即時の行動へと切り替わった。ジルバのような年老いた執事でさえ、目に覚悟の色を宿している。僕は椅子に座ったまま、窓の外に目をやった。あの広い窓の向こう側――テラリスが最後に見たであろうあの空が、今はどこか遠く感じられた。
僕の胸には微かな恐れが残っている。それは、これから始まる「理の戦い」が、どれほど多くの命を数字に還していくのかを知っているからだ。だが同時に、僕の足は自然と前へ向いていた。魔導国の一員として、僕もまた、与えられた役割を果たさねばならないのだ。
ヴァレリアは僕達を見やり、言葉を続ける。
「リアン、そなたらは正門前の警備の任を解く。そして王国内部への潜入、情報撹乱、そして扇動工作を任せる」
僕は思わず息をのむ。王国内部に潜入する――これまでの戦闘とは違い、敵の心を揺さぶる戦いになるのだ。
ヴァレリアは続ける。
「そなたらを直接王国とやり合わせたくはなかったが、状況が許さぬ。……済まぬ」
僕は隣の仲間たちを見た。クラリス、レオ、アネッサ、アイゼン。皆、覚悟の色を浮かべている。小さく頷くしかできなかった。
「明日の同じ時間に再びここに集まれ。七曜魔たちの動き、空襲部隊の増員計画、王国への潜入計画の仔細を伝える」
その言葉で会議は終わり、僕たちは解散を命じられた。
城内の廊下を歩きながら、僕は仲間たちと自然と歩幅を合わせる。静かな廊下に、緊張と期待が混ざった空気が漂う。
魔王城の客室に入ると、クラリスが口を開いた。
「リアン……王国のことを思うと、やっぱり胸がざわつくわ。……これから、どうなるのかしら」
その言葉に、僕はなにも具体的な言葉を返すことができなかった。
「……わからない。でも今は、ここでできることを全力でやるしかない」
レオは控えめに、しかし真剣な声で言う。
「僕も全力を尽くすよ。でも、まずは皆の命が最優先だから」
アネッサは柔らかく微笑んでいる。
「そうだね、やっぱり命が大事だよね。私も全力でやる。リアン、頑張ろうよ」
アイゼンは落ち着いた声で付け加える。
「戦いは力だけじゃない。計画を練り、相手の隙を突く。俺達ははそれを忘れずに行動しよう」
僕は皆を順に見渡す。胸の奥で決意が芽生えるのを感じた。
「わかった。じゃあ明日までに計画を整理しよう。僕たちは仲間だ。互いに助け合えば、きっとやり遂げられる」
アネッサが軽く頷き、レオは頷き、クラリスは少しうつむきながらも決意を示す目をしている。アイゼンは静かに微笑む。
外の光が差し込む窓を見上げ、僕はそっと思った。
どんな困難でも、仲間とならやり遂げられる――そう信じられる気がした。
翌日、指定された時間に会議室に向かう。
今回の議題は、前回の戦闘を踏まえた戦略の具体化だ。
僕たちは会議室に入る。すでに七曜魔たちとロザリンドは席についていた。グレンの顔も昨日よりは少しマシになっている。
最後にヴァレリアが入ってきて、卓に着く。
ヴァレリアは静かに口を開く。
「諸君、まずは我らの特殊部隊の動きを伝える」
ロザリンドが立ち上がり、冷静な声で説明を始める。
「夜目に優れた鳥人、『フクロウ』の一族を中心に、王国の主要な街道に夜のうちに罠を仕掛けます。これにより、敵の前線部隊の行動を制限することができます」
次に空襲部隊の話に移る。
「これまでは鳥人の役割は偵察のみでしたが、竜人も加えて空襲に回します。しかし役割分担としては戦闘力に優れる竜人が主な攻撃役になるでしょう。兵糧を断つ作戦を加速させ、王国の補給線を混乱させます」
ロザリンドは続けて歩兵と七曜魔の動きを説明する。
「敵歩兵は公国北の山脈を抜けて進軍してきます。これはネレイア様とアルボレア様、そして歩兵隊で対応します。まずこちらの歩兵を見せ、前方の敵に追わせます。しかしこの歩兵はアルボレア様が木で作った偽物です」
僕は思わず息を飲む。なるほど、フェイントで部隊を分断させる作戦か。
「戦力を分断し、突出した敵歩兵隊をアルボレア様が対処します。そして残りの敵歩兵をこちらの歩兵隊で急襲。そちらに意識を割いた隙にネレイア様が敵の指揮官を始末します。……また同時に、王国国境付近の森を攻略し、新たな進軍路を確保します」
「この作戦を指揮するのはゴルド・レグナ様です。森には多数の魔物、およびヌシと呼ばれる存在もいますが、陛下もその実力を認めておられるゴルド・レグナ様であれば問題はないでしょう」
ロザリンドはあのヌシの恐怖を知っているはず。それでもゴルド・レグナであれば大丈夫だと……その未知数の実力に、僕は畏怖と高揚がないまぜになった感情を覚える。
次に、進軍路の確保後の計画が語られる。
「森を抜けた先には、私の元領地があります。森は獣人ならば半日もかからぬ距離です。恐らく放棄されていますので、そこを拠点とし、領地に巣食う魔物を一掃し陣を敷きます。辺境にあり、関所も存在するため、王国側が簡単に手出しできる場所ではありません」
そして最後に僕たちを見る。
「この状況が整ったら、リアン一行には王都への潜入を命じます。目的は情報の撹乱です。潜入の際には、こちらの兵が付近で騒ぎを起こしますので、その隙を突いて侵入してもらいます」
僕は仲間たちの顔を見る。クラリスは少し緊張した表情、レオは静かに俯き、アネッサは冷静な表情で聞き入り、アイゼンは落ち着いた視線をこちらに向ける。僕は深く息を吸い込み、この任務の重さを胸に刻む。
ヴァレリアは静かに頷く。
「では、この計画を基に準備を進めるように。レグナ、アルボレア、ネレイア、そしてリアン。作戦の発令は明日の朝だ。この作戦に失敗は許されない。各自、時間までに準備を整え、覚悟を決めておけ」
会議はここで終了となり、僕たちは魔王城の客室へ戻る。
その日の夕方、僕たちは話し合って決めた自分の担当を確認しながら準備を進めた。
クラリスは王都の構造や警備のルートを改めて頭に叩き込み、地図を前に細かく計画を立てる。手元の資料を指で追いながら、時折口元を噛み締めて考え込む姿が印象的だ。王国出身だからこそ、王都の内部事情を熟知している。だが、表情には少しの迷いも滲む。
レオは控えめながらも慎重に武器や道具を整える。魔導国製の小型隠し道具をいくつか手に取り、慎重に手入れを行う。静かだが、目の奥には緊張と覚悟が宿っている。
アネッサは僕たちを励ますように声をかけながら、自分の身支度を整える。軽やかな笑みを浮かべるけれど、目は真剣で、王都での潜入任務の重みを理解していることがわかる。
アイゼンは落ち着いた態度で全体を見渡し、僕たちの動きや準備が漏れなく進んでいるかを確認する。細かい指示を出すでもなく、必要なときだけ助言を与え、僕たちの士気を保つ役割を担っている。
僕は自分たちの役割を再確認する。情報撹乱と扇動工作。単純に王都に潜入するだけではない、敵の目を欺き、混乱を広げることも求められている。胸が高鳴ると同時に、慎重に動かなければならない責任の重さも感じる。
「みんな……準備は大丈夫?」
僕が声をかけると、それぞれ短く頷く。クラリスは小さく息を整え、レオは黙って拳を握り、アネッサは笑みを浮かべつつも力強く頷き、アイゼンは静かに僕を見る。
僕は深呼吸をひとつして、自分たちの決意を胸に刻む。
「よし……明日は、ゴルド・レグナが率いる部隊に同行する。王国までは長い道のりになる。慎重に、でも確実に、やり遂げよう」
その言葉に、仲間たちの目に力が宿る。
僕たちは静かに、それぞれの準備を終え、潜入任務に向けて心を固めた。
客室の準備を終え、僕たちが少し肩の力を抜いたそのとき、扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
僕が返事をすると、扉の向こうにはノワールが立っていた。
「いよいよ明日は出立ですね。皆様の無事を祈り、ささやかですが、食事をご用意しました。どうぞ食堂へ」
その言葉に僕たちは自然と頷き、ノワールの後に続いて食堂へ向かう。扉を開けると、暖かい灯りの中、色とりどりの料理が並び、ほのかに香ばしい香りが漂っていた。
アネッサは目を輝かせ、思わず手を叩く。「わぁ…おいしそー!」
レオも目を丸くして料理を見つめ、アイゼンですらその光景に釘付けになっていた。
そのとき、食堂の奥から野太い声が響く。
「おいおい、俺たちもいるのに、料理に夢中か?」
声の方を見ると、ドルガがにこやかに座っている。その後ろにはバルド、サリア、ナーガラ、そして眠るリュミアを抱いたロザリンドが並んでいた。かつて共に旅をした仲間たちが、無事に揃っている光景に、僕の胸は温かくなる。
「みんな…!」
思わず声に笑みが混ざる。クラリスの表情にも、自然と柔らかい笑顔が浮かんでいた。
バルドは穏やかに「よう、久しぶりだな」と声をかける。
ナーガラは優しい目で僕たちを見つめ、「また会えて嬉しいわ」と微笑む。
サリアは楽しそうに飲み物を手渡しながら、「最近はずっと緊張続きだもの、今日くらいは羽目を外しましょう?」と声を弾ませる。
ロザリンドはそっとリュミアを見せ、柔らかく笑う。「リュミアも少し大きくなったのだ、見てみよ」
ノワールも微笑みを浮かべ、「陛下の計らいです。今日だけは私も、魔王の秘書ではなく、仲間の一員として皆さんと過ごさせていただきます」と穏やかに言った。
僕はふと、肩の力を抜いて深呼吸する。
この瞬間、緊張も不安も少しだけ遠くに感じられ、仲間たちと共にいるという温かさが胸に広がった。
アネッサはにこやかに笑い、手を伸ばして料理を取る。レオは控えめに、でも楽しそうに皿を並べ、アイゼンは少し照れくさそうにしながらも食卓の輪に溶け込む。
料理を前に、僕たちは自然と笑顔を交わしながら席についた。
アネッサは好奇心旺盛に皿を見回し、「ねぇ、これって何の料理? 食べてみていい?」と目を輝かせる。
レオは控えめに小さな声で、「こ、このスープ……絶品だよ……!」と感動して、それから少し照れくさそうに笑った。
アネッサが僕に向かって笑いながら言う。「リアン、こっちのお肉、美味しそうだよ!」
僕が「うん、そうだね」と返すと、アネッサは嬉しそうに頷き、一口食べて満足そうに笑った。その笑顔を見て、思わず僕も微笑む。
ドルガが肉ばっかり食べながら豪快に「こりゃうめぇ!おいバルド、食ってみろよ!」と笑い、バルドが「まったく、相変わらずうるさいやつだな」と苦笑する。
ナーガラは静かに食事を取りながらも、ふと目を細め、こちらを見てにっこりと笑う。サリアはドルガを見て少しいたずらっぽく、「あんた、そんなに肉ばっかり取ってどうするの?」と冗談を飛ばす。
ロザリンドはリュミアを抱きながら、「リュミアも今日は特別だ。少しだけ味見させてやろう」と小さな一口を差し出す。その優しい仕草に、食卓の空気はさらに柔らかくなる。
ノワールもいつもの真面目な表情を崩さずに微笑み、「皆様の笑顔が見られるのは、私も嬉しい」と言う。
僕はその言葉に、心の底から安心感を覚えた。
アネッサは料理を食べながら、「ねぇ、明日も一緒に頑張ろうね!」と元気に声を出す。
レオは小さく頷き、「もちろん、無事に戻ろう」と言う。
アイゼンも少し照れくさそうに、「俺も、皆と一緒なら心強い」と口を開いた。
僕はその声を聞きながら、深く息を吸う。
外では緊張と不安が渦巻いているけれど、この食卓に集う仲間たちの笑顔と温もりが、僕の心をそっと支えてくれる。
「…きっと、みんなで無事に戻ろう」
心の中で、静かに誓う。
そして、笑い声と会話が交わされる食卓の中で、僕たちはほんのひととき、戦いの重圧から解き放たれた。
皿を置き、食事がひと段落すると、食卓には少し落ち着いた空気が流れた。
アネッサは手を拭きながら、「ねぇ、みんな……明日、ちょっと怖くない?」と小声で訊く。
その声に、少しずつ皆の表情が緊張感を帯びる。
レオは控えめに、でも真剣な眼差しで「正直、怖いよ。でも、怖いからこそ準備は怠れない」と言った。
アイゼンは少し間を置き、落ち着いた声で、「怖さは当然だ。だが、恐れて立ち止まるより、進むほうが強くなれる」と付け加える。
その言葉に、アネッサは小さく頷き、「うん、みんなが一緒にいるから、私も頑張れる」と笑った。
クラリスはじっと僕の目を見て、「リアン……無理をしないでね」と静かに言う。
僕は「大丈夫だよ、クラリス。僕たちはみんなで力を合わせるんだ」と微笑み、頷いた。
アネッサがぽつりと、「ねぇ、全部終わって、帰ってきたらさ……またこうしてみんなでご飯食べようね」と言うと、
ドルガが豪快に笑い、「もちろんだ、今日みたいに腹いっぱい食ってやるぞ」と肩を叩く。
バルドやナーガラも笑顔で賛同し、サリアは「じゃあ、今日の分も力を蓄えておきましょう」と明るく笑う。ロザリンドが優しくリュミアを抱きながら「私は前線には出ない。だが、できる限りのサポートをする。無理はするなよ」と言う。ノワールが「皆様の無事を祈っております。……また、会いましょう」と言って締める。
僕はその輪の中で、仲間たちの顔を順に見渡す。
それぞれが抱える不安や緊張はあるけれど、同じ目標に向かう仲間としての覚悟が、確かにここにある。
「……明日、必ず無事に戻ろう」
僕は小さく、でも強く心に誓った。
その言葉に、仲間たちも小さく頷き、食卓に静かな決意が満ちた。
外では風が吹き、魔王城の影が長く伸びる。
けれど、今ここには、笑いと絆があった。
僕たちは、その力を胸に、翌日の戦いへと備えるのだった。
読んでくださってありがとうございます。
一点補足。ヴァレリアはセリフでの一人称は“余”ですが、地の文や思考の中では“私”となっています。作中では出てきませんがこれには理由があって、ヴァレリアは年若いまま王となったので威厳を見せつけるために人前での一人称は“余”にしてるんですね。
本来は自分のことは“私”と呼びます。かわいいですね。




