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第二十八話 緒戦を終えて

王国騎士団副団長、ルナ。地味にお気に入りのキャラです。

第二十八話


王都に帰還した女騎士――王国騎士団の副団長、ルナは民の視線を受けながら王城に向かっていた。本当はこの門を華々しく迎えられてくぐり、凱旋するはずだった。しかしあんな一撃、予想できるはずもない。更には団長が討ち取られるなど。だが報告はしなければならない。ルナは暗澹たる気持ちで玉座の間の扉を開いた。


 

 side:カイリス

 玉座の間。

白亜の石柱に囲まれた広間は、今日ほど重苦しい空気に包まれたことはないだろう。

膝をつき、血と土に塗れた鎧のまま頭を垂れる女――王国騎士団副団長、ルナ。


僕――王子カイリスは、玉座に座る父王の隣からその報告を聞き取っていた。


「……敵軍の主力である歩兵隊を粉砕し、『七曜魔』を名乗る、おそらく敵の幹部集団と見られる組織のうちの一人、巨人テラリスを討ち取りました。しかし……思わぬ反撃を受け……騎士団は壊滅。団長ロムレス様も、討ち死にされました。そして……もう一人の七曜魔、鬼族のグレンを……取り逃しました」


ルナの声は震えていた。だが、その目には必死の色が残っている。

それを見て、僕は奥歯を噛みしめ、吐き捨てるように言った。


「ふざけるな。敵を粉砕したにも関わらず、こちらも壊滅だと?その矛盾をどう説明する。敵の幹部を一人倒したというならば、何故もう一人を討てなかった!?」


「そ、それは……!」


「言い訳は無用だ!」

僕の声が玉座の間に響き渡る。


父王が低く頷き、俺の言葉を後押しした。

「その通りだ。王国騎士団が無様を晒すとは……。ルナ、恥を知れ」


ギリ、と彼女の唇が噛み締められる音が聞こえた。

悔しさを飲み下し、ルナは深々と頭を下げる。


「はっ……お許しください……」


「もう下がれ」

僕が冷たく言うと、ルナはよろめきながらも立ち上がり、無言のまま退室した。


重たい扉が閉まる。

その音を聞き届けてから、僕は苦々しい吐息を漏らした。


「……亜人ごときに、誇り高き王国騎士団が壊滅状態だと? 馬鹿げている。何の間違いだ」


僕の拳は膝の上で震えていた。

「やはり……『神創騎士団』を出すべきか……」


低く呟いた言葉は、玉座の間の空気を一層冷たくした。


 


 side:ヴァレリア

 羽音が高殿に響き、伝令の鳥人が私の前にひざまずいた。

羽を震わせるその声音は、すでに私に結末を悟らせる。


「ご報告にあがりました、陛下……我が軍は全滅。七曜魔、剛土のテラリス様は戦死。生存は猛火のグレン様のみ。

しかし……テラリス様の最期の一撃により、敵騎士団も甚大な被害を被り、猛火のグレン様により、敵騎士団長は討ち取られました」


……胸騒ぎの正体は、これか……。

私は目を閉じ、胸奥に去来する衝撃を押し殺した。


「……そうか。下がれ」


短く告げると、伝令は深く頭を垂れ、羽音を残して広間から退いた。

静寂が満ちる。私の耳に響くのは、自らの鼓動の音のみ。


隣に控えるノワールが、青ざめた顔で言葉を失っている。

「テラリス様が……」

ノワールが七曜魔に憧れを抱いていることは知っている。七曜魔の一角の喪失は耐え難いことだろう。


反対側に立つレアが、唇を歪める。

「ふん……逸りおって。豪胆なのもほどほどにせいと、日頃から言っておったというに……」

吐き捨てる声の奥に、かすかな悲嘆の色を余は聞き取った。

――お前も、悲しいのだな。だが口にせぬ。私もまた口にせぬ。


テラリスよ……。

私は目を閉じたまま、脳裏に奴の豪快な笑みを思い描く。

あれほどの力を以てしても、王国の騎士団に討たれてしまったか。


「……七曜魔の一角を失い、兵も散った。我ら魔導国にとって、これほどの痛手はない」

低く、広間に響かせる。


だが同時に、胸奥に冷ややかな熱が灯る。

「されど、奴の最後の一撃は確かに敵を削いだ。無駄死にではない。あやつは最後まで、魔導国の武を示して逝った」


私は瞼を開き、王座の前に立つノワールとレアを見据える。

「グレンが戻れば、対策を練る。……余も考えを改める。短期決戦など、甘い考えであった。思っていた以上に、手強い相手よ」


静かに吐き出されたその言葉は、悲嘆よりも未来を見据えた決意に満ちていた。


 

 side:リアン

 テラリス戦死、歩兵全滅、しかし敵の騎士団も壊滅――。

その報はすぐに魔導国中に広まり、僕たち正門前で警備していた者たちの耳にも届いた。


「グレン様は!? 大丈夫なの!?」

アネッサが声を裏返し、耳と尻尾を立てて取り乱す。

伝令の兵が「ご安心を、生存されています」と告げると、彼女は胸を撫で下ろし、安堵の涙を浮かべていた。


アイゼンは硬直したまま呟く。

「あの七曜魔ですら及ばないのか……」

重い鎧の下から絞り出す声に、戦場の凄惨さが滲む。


レオは唇を噛みながらも、どこか現実感をつかめていないようだった。

「でも……騎士団も壊滅だって。痛み分け……になるんじゃない?」


その中で、クラリスだけが違った。

僕を見つめ、静かに問いかけてくる。

「リアン……大丈夫?」


――心臓が跳ね上がる。

王国騎士団が、壊滅……?

僕の同期は? あの頃、共に剣を振るった仲間たちは?

副団長のルナは? そして……団長、ロムレスは……?


考えた瞬間、喉の奥が凍りついた。息が詰まる。

……いや、いけない。僕は魔導国につくと決めたんだ。

魔導国も甚大な被害を受けた。でもグレンが生きている――それは喜ぶべきことだ。


「……うん、大丈夫だよ」

笑って答えたつもりだった。けれどクラリスの目には、僕の蒼白な顔と無理に作った笑みが映ってしまったはずだ。


レオたちもすぐに僕の異変に気づいた。

「リアン、どうしたの?」

クラリスが事情を説明すると、彼らの表情が一変する。

「……ご、ごめん……」とレオが頭を下げた。


僕は首を横に振る。

「大丈夫、気にしないでくれ。僕は魔導国につくと決めたんだから、覚悟の上さ」

声は強く言い切ったが、胸の奥ではなお、痛みが残っていた。


そうしているうちに、正門の向こう、遠くに人影が見えた。

荷を背負い、ゆっくりとこちらへ歩みを進めてくる。

――あれは。


 その影が近づき、見覚えのある姿を認めた瞬間、アネッサが弾かれたように駆け出していった。

「グレン様、大丈夫!?」

 彼女の声は今にも泣き出しそうで、僕の胸を締めつける。


 グレンは、傷だらけのまま、それでも大きく口を開いてニカッと笑った。

「よう、アネッサ。見ての通りピンピンしてらァ」

 その笑みに、アネッサは一瞬安堵したように目を潤ませる。けれど次の瞬間、グレンは僕たちに視線を向け、苦笑混じりに肩を落とした。

「悪い。あれだけ啖呵切って出たのに、負けちまった」


 僕たちは誰も言葉を返せなかった。

 敗北という事実が重すぎて、ただ立ち尽くすことしかできない。


 アネッサは何も言わずにグレンに抱きついた。小柄な身体で彼女を支えようとするかのように。

「ありがとな」

 グレンは目を丸くしたが、すぐに優しくアネッサの頭をポンポンと叩いた。


「アタシは魔王様に報告に行く。通してくれるか?」

 そう言われ、僕たちは無言で道を開けるしかなかった。


 ――けれど、どうしても、聞かずにはいられなかった。

「あの……グレン。王国騎士団は……」

 声が震え、胸の奥が痛んだ。


 グレンの目がわずかに細まる。僕の顔を見て、すべてを察したようだった。

「なるほど……古巣ってわけか」


 彼女は無言で荷物を探り、一振りの剣を取り出した。それは、僕がよく知る剣――ロムレス団長が長年握り続けてきた、あの剣だった。


 喉が詰まる。言葉にならない。

 ただ、視界が滲むのを必死に堪えるしかなかった。


「悪ィな……。強かったよ。ロムレスの名前は、生涯忘れねェ」

 その言葉は、刃よりも鋭く胸に突き刺さった。


 僕は何も言えなかった。ただ歯を食いしばり、俯くことしかできない。


 グレンはそれ以上何も言わず、背を向けて正門を通り抜け、魔王城へと歩き去っていった。


 その背中が見えなくなった後、僕は震える唇を噛みしめながら、気丈に仲間へ振り返った。

「……警備を続けよう」


 仲間たちは僕を案じるように目を向けたが、誰一人声をかけることはできなかった。ただ黙って頷き、持ち場へ戻っていく。

 僕もまた、胸の奥で涙を押し殺しながら、前を向くしかなかった。


 

 side:ヴァレリア

  グレンが帰国した――その報せを受け、私は七曜魔とノワールを召集し、謁見の間にて待機した。


 しばらくして、大扉が叩かれる。

「入れ」

 促すと、重厚な扉が軋む音とともに開き、そこに現れたのは――かつての豪胆さを失い、弱々しい姿のグレンであった。


「……猛火のグレン。帰国しました」

 声もまた、掠れていた。敗北を背負っているのだ、無理もない。


「よく戻った。あらましは既に知っているが……改めて、そなたの口から余に聞かせよ」

 私は静かに告げた。


 グレンはその場に跪く。私と七曜魔の視線が一斉に彼女へ注がれ、場の空気がさらに重くなる。

 彼女は深く息を吐き、報告を始めた。


「負けたのは……すべてアタシのせいです。アタシが突出したから兵達を守れなかった。アタシが敵の魔法隊をすぐに潰せていれば、テラリスが死ぬこともなかった。すべてはアタシが弱かったから起こったことです」


 その言葉に、隣に立つレアが口を開いた。

「グレン。妾達はお主の反省が聞きたいのではない。なぜ負けたのか、敵はどういった動きでお主らを無力化し、テラリスを撃破せしめたのか、その詳しい内容が聞きたいのじゃ。反省会は一人でやるがよい」


 厳しい言葉に、アルボレアが小さく声を上げた。

「レアちゃん、そんな言い方しなくても……」


 だが、私は手でそれを制した。

「よい。レアの言うとおりだ、グレン。責められて楽になろうとするな。反省はあとでよい。まずは敵の動き、戦術、それを共有せよ。そこから対策を練るのだ」


 グレンは押し黙り、拳を握りしめた。やがて、低い声で語り出す。

「まず、敵騎士団は数が桁違いでした。兵力差……わかっていたことですが、これはかなりの不利になります。そして指揮官も優秀でした。巧みにアタシを誘い込み、孤立させられました。アタシが孤立した隙に、テラリスは魔法隊による遠隔攻撃でその場に縫い止められ、的にされて、そのまま……」


 そこまで聞いたところで、ゴルド・レグナが凛とした声を響かせる。

「あとは伝令の通りだろう。敵はそれぞれの役目を決め、連携して戦う……たしかに個人では我らのほうが強いだろうが、戦術は向こうのほうが上だということか」


 グレンは苦々しげに目を伏せる。

「ああ、数で劣るアタシ達が、個人技に頼ってちゃ勝てねェ。指揮官との一騎討ちは問題なかったが……それもテラリスの最後の一撃があってだ。個の力ってのは、弱いんだな……」


 その言葉とともに、謁見の間には重苦しい沈黙が流れた。

 ――私もまた、心の中で思わず唇を噛みしめていた。


  沈黙が支配する謁見の間。

 私は……威厳を保ちつつ玉座から動かずにいたが、内心では心が揺れていた。


(……王国の強さを見誤っていた)


 七曜魔の一角であるテラリスを失い、多くの兵を喪った。確かに敵も壊滅的な損害を受けたとはいえ、数で勝る王国がその程度で折れるはずもない。むしろ奴らはこの痛みを糧に、さらなる力を蓄えてくるだろう。


 私は薄く目を伏せ、グレンを見据える。

「……なるほど。そなたの言は、余にとっても耳の痛いものよ。余は王国を侮っておったらしい」


 玉座の左右で控えていたノワールとロザリンドが、息を呑むのが分かった。

 余が「侮った」と口にしたのは、臣下たちにとっても大きな衝撃だったのだろう。


「だが、学びは得た。王国は確かに強い。数に勝るだけでなく、連携を重んじる組織の力を有しておる。……ならば我らは、我らでそれに対抗する術を見出すまで」


 そう口にすると、七曜魔たちの間に微かな熱が走った。

 失ったものは大きい。しかし、この絶望を糧にして立ち上がるのが魔導国だ。


 私は決意を固めるように胸の内で呟く。

(二度と同じ過ちは犯さぬ。王国が組織の力で来るのなら、我らは魔導の叡智と、七曜魔の矜持で迎え撃つのみだ)


 沈黙を破り、私は声を張った。

「よい、皆の者。今日の報告を胸に刻め。余は王国を甘く見ぬ。……次は必ず、勝つ」


 重苦しい空気が、次第に鋭い緊張と闘志へと変わっていく。

 敗北の余波は確かに痛烈だ。だが、これを乗り越えた先にこそ、魔導国の真の強さが示される。


 私の言葉に、七曜魔たちの視線が交錯する。

 まず口を開いたのはルミネアだった。凛とした声音が、謁見の間に澄み渡る。


「陛下の……言うとおり……王国は……侮れぬ強敵……。個の力を…過信してはだめ……。学びは、あった……。次は……勝てる……」


 その言葉に、場の空気が少し引き締まる。

 対して、アルボレアは心配げに眉を寄せ、グレンを見やった。


「でも……次はどうするの? テラリスも欠けてしまったし……グレン、あなたも無理をしてはいけないわ」


 優しさと不安が混じった声音。その言葉に、グレンは拳を握り締めて立ち上がる。


「……大丈夫だ。アタシはまだ立ってる。今度こそ、必ず役に立つ」


 その瞳に浮かんでいたのは、悔恨と決意。弱さを自覚したからこそ生まれた覚悟だった。


 私は玉座からその様子を見つめ、ゆっくりと頷く。

「よい心意気だ、グレン。次は余のもとに勝利を携えて戻れ」


 ノワールが口を挟む。

「しかし陛下……今後の策をどう立てるかが肝要にございます。このまま正面からぶつかれば、また同じ轍を踏みかねません」


 私は彼女を見やり、わずかに目を細めた。

(そうだ。今はただ力を振るうだけでは勝てぬ。王国を侮らぬというのなら、知略を巡らさねば)


「案ずるな。余に考えがある。……だが、まずはグレンを休ませる。この場は解散とし、明日の朝再び集まれ。この敗北を、次なる勝利への礎とするのだ」


 そう宣言すると、謁見の間には再び沈黙が広がった。だが、その沈黙は絶望のものではなく、次なる戦いを前にした緊張のものだった。


 

  謁見を終え、私は一人、玉座の間の奥へと足を運んだ。

 厚き扉が閉ざされると同時に、先ほどまでの緊張感が静かに薄れていく。

 誰もいない空間。静寂の中で、私――魔王ヴァレリアは深く息を吐いた。


(……一人、失ってしまったか)


 テラリス。豪放磊落で、気持ちのいいやつだった。

 その命は散った。だが最期に放った一撃は、敵の戦力を根こそぎ削ぎ落とした。

 彼女は、確かに魔導国のために命を燃やしたのだ。


(……しかし、代償はあまりに大きい。兵は失われ、切り札である七曜魔にも欠けが出た。グレンは生きて戻ったが、あの顔……今後、無茶をしなければいいが)


 私の胸中に、わずかな痛みが走る。

 魔王として、この痛手を無駄にはできない。

 だが同時に、一人の仲間を失った悲しみは確かに存在している。


(王国……思っていた以上に手強い。私の読みは甘かったのかもしれない。いや、敵もまた生き残るために牙を研いできたということだ)


 私は窓の外へ目をやった。遠くに広がる闇夜。

 その先にいるのは、公国、そして王国。

 世界は確かに動き出している。


(……次は負けられぬ。七曜魔の力も、魔導国の叡智も、すべてを結集して挑まねば)


 胸中で、亡きテラリスに誓う。

 必ずや、勝利をその墓に捧げると。

読んでくださってありがとうございます。

書き溜めがどんどん減っていってますが、投稿して読んでもらうのが楽しいので仕方ないですね。

引き続きマイペースに書いていきたいと思います。

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