第十九話 森の獣たちと巨躯の影
妄想を形にする作業って楽しいですよね。
第十九話
道が進むにつれ、草木の色は濃く、そして異様に歪んでいく。樹々の幹には深い爪痕が刻まれ、腐敗した獣の死骸が散見された。空気は湿り気を帯び、どこか鉄の味が混じった匂いが漂っている。
「……ここから先が境目だな」ロザリンドが立ち止まり、低く呟いた。
眼前には鬱蒼とした森が広がっていた。日差しはほとんど届かず、昼なお暗い。風に揺れる枝葉が不気味な音を立て、森の奥からは獣の遠吠えのような響きが漏れ聞こえる。
「……まるで生きている森だな」バルドが鼻を鳴らし、眉をひそめる。
「こりゃ長居すればするほど不利だ。早めに抜けたいところだな」
ノワールは小さな炎を指先に宿し、周囲を照らす。橙の光が仲間たちの顔を照らし、緊張にこわばった表情を浮かび上がらせた。
サリアは赤子を抱くロザリンドに近づき、そっと肩に手を置く。
「……ここから先は、私がこの子を預かる。森を飛び越えて向こうで待ってるから」
「頼む……どうか、無事に」ロザリンドの声は震えていたが、その瞳には確かな決意が宿っていた。
そして、僕達は互いに視線を交わす。誰も口を開かない。だがそれぞれの胸にあるのは同じ――この森を越え、生き延びるというただ一つの意思だ。
最初に足を踏み入れたのはアイゼンだった。彼が一歩、森の土を踏みしめると、しんとした空気が一瞬で張りつめる。森全体が、彼らの侵入を拒むかのように沈黙した。
「行くぞ……ここからは、一歩ごとに命懸けだ」
その声を合図に、僕達は暗く重い森の中へと足を踏み入れた。
森の空気は重く、湿った土と血の匂いがまとわりついて息苦しい。僕たちが進むたび、枯れ枝の折れる音が響き渡り、胸の奥に不穏な緊張が積もっていった。
「……静かすぎる」僕は低くつぶやいた。
アイゼンが油断なく槍を構え、周囲を睨む。
「森で鳥も虫も声を潜めている時は、決まってろくでもない」
その言葉が終わるや否や――茂みが激しく揺れ、黒い影が飛び出した。狼のようだが、頭部は不気味に膨れ、口は耳元まで裂けてギザギザの牙をむき出しにしている。
「来るぞ!」アイゼンの叫びと同時に、怪物の爪が僕に迫る。
咄嗟に剣を振り上げ、火花を散らして受け流した。衝撃が腕に響く。
だが一体ではなかった。
左右の木立、闇の奥――ぞろぞろと、赤い目が浮かび上がる。十か、二十か……。唸り声が重なり合い、地面が震える。
「群れか……厄介ですね」ナーガラが低く唸り、短剣を構える。
ノワールが炎を強め、橙の光が闇を押し返す。その明かりの下、怪物たちが僕らを円形に取り囲んでいるのが露わになった。
背後で小さく息を呑む音。振り返らずとも分かる。ロザリンドだ。彼女は護身用の短剣を抜いているものの、戦いの心得はないはずだ。僕達で守らなければならない。
「……完全に囲まれたな」僕は息を整え、剣を構え直す。
バルドとドルガが前に出て盾のように立ちふさがり、アイゼンが低く構えて円を描くように槍を回す。レオは後方で詠唱に入り、ノワールの炎が不安定に揺れるのを見て、僕の喉がごくりと鳴った。
唸り声が高まる。じりじりと距離を詰める魔物たち。
一歩でも怯めば、一斉に飛びかかってくるだろう。
(……ここで退けば、全員食い殺される!)
僕は剣を握る手に力を込め、正面に睨みを利かせた。
牙を剥いた魔物が一斉に地を蹴った。闇と血の匂いを裂いて、黒い塊がこちらへ殺到する。
その瞬間――風を裂くような音が耳を打った。
「こっちはあたしに任せて!」
アネッサだ。鋭い疾走とともに、彼女は先頭の魔物の懐へ潜り込み、肘打ちを叩き込んだ。骨が砕ける鈍い音。続けざまに蹴りを放ち、二体目を大きく弾き飛ばす。
群れの意識が一瞬、彼女に向かう。獲物を追う獣の本能に引き寄せられたのだ。
「――今よ!身体強化!」
クラリスの澄んだ声が響き、光が弾けるように僕達の身体を駆け抜けた。筋肉が熱を帯び、肺の奥まで澄んだ空気が入り込む。力が増したのがはっきりと分かった。
同時に、レオが呪文を詠唱し終える。突風が渦を巻き、地面の枯れ葉を巻き上げた。宙を舞う葉が視界を覆い、魔物たちの赤い瞳が不規則に揺れる。
ノワールはロザリンドの前に立ち、炎を呼び出した。轟々と燃え立つ火柱が壁を形成し、ロザリンドと彼女自身を守る。闇を裂く炎光に照らされ、魔物たちが怯んで足を止めた。
「行くぞ!」
僕は剣を振りかぶり、正面の魔物を斬り払う。血と熱が弾け飛び、咆哮が耳を裂いた。
アイゼンは槍を舞うように振り回し、しなやかな刃で喉を裂く。
ドルガは巨体を揺さぶりながらその剛腕を振り下ろし、地響きとともに二体を叩き潰した。
バルドは低く跳ねて喉笛へ噛みつき、咬み千切る。
ナーガラは鞭のようにしなる尾で敵を弾き飛ばし、短剣で確実に心臓を貫いた。
視界を覆う落ち葉の渦の中、前衛の刃と拳が次々と火花を散らし、魔物の悲鳴が森に響き渡る。
斬撃の手応えと共に、最後の一体が地に沈んだ。血の匂いと硝煙のような焦げ臭さが混ざり合い、夜気に重たく漂う。
「……終わったか」
アイゼンが槍を下ろし、荒い息をついた。肩口の傷から血が流れていたが、彼は構わず敵を見据えていた。
「まずは進みましょう。これ以上、足を止めれば数が増えるかもしれません」
クラリスが周囲を見渡し、落ち着いた声で促す。彼女の額には汗が滲み、光を放つ指先が小さく震えていた。
レオが風を払うように指を鳴らすと、舞い上がっていた落ち葉が地に落ち、ようやく視界が開けた。焚き火のように燃え続けていた炎の壁も消え、ノワールが肩越しにロザリンドを振り返る。
「お怪我はございませんか」
「ええ……ありがとう」
ロザリンドは短剣を握りしめたまま、固く結んでいた唇をようやく緩めた。
「進もう。今は立ち止まる方が危険だ」
僕は剣を払って鞘に収めると、皆を振り返った。疲労の色は濃いが、誰一人として退く気配はない。
そこからの道程は、暗く深い森の只中だった。木々は夜を閉ざすように枝を絡め、足元は湿った土と落ち葉に覆われている。獣の遠吠えが時折木霊し、背筋を冷たく撫でていった。
「……ずいぶん来たな。出口はまだだが、かなり進んだんじゃねえのか?」
低く言ったのはドルガだ。グルグルと腕を回しながら前を睨んでいる。
「けど、油断はできませんよ。魔物の領分です」
ナーガラの声が重く響く。
森の半ばへ差し掛かる頃には、皆の足取りにも緊張が染み込んでいた。枝葉の間から差す月光はわずかで、進むべき道を見失いそうになる。けれど――僕らは迷わず進む。
しばらく歩き続けたあと、木々の隙間から月明かりが差し込む少し開けた場所を見つけた。湿った土の匂いは強いが、背を預けられる大岩もあり、ここならひと息つけそうだ。
「ここで少し休みましょう」
クラリスが声をかけ、皆も頷いた。
まずは方向を確認することになり、ドルガとナーガラが方角を読み、ロザリンドが地形の記憶と照らし合わせていく。
「……間違ってはいない。このまま北西へ進めば、公国との境に抜けられるはず」
ロザリンドは地面に木の枝で簡単な図を描きながら説明する。
その後は見張りを立てながら軽く食事をとった。ロザリンドの領地で見つけた干し肉や乾パンのような保存食だ。硬く味気ないが、空腹には十分だった。口にするたびに、先ほどまでの光景――領民たちの亡骸が頭をよぎり、胸の奥が重たく沈んだ。
「……そろそろ行こう」
僕が促して皆が立ち上がり、荷を背負い直す。気を緩めすぎるわけにはいかない。
森をさらに進むと、空気が変わった。湿気を含んだ夜気に、異様な緊張感が混じる。やがて――目に飛び込んできたのは、巨大な爪痕。地面に深々と刻まれ、木の幹は裂かれ、何本も根元から薙ぎ倒されている。
「……これは」
僕は思わず息を呑んだ。
ロザリンドが青ざめた顔で呟く。
「この森には……ヌシが棲むという言い伝えがある。我々人間よりも遥かに大きなドラゴンが潜んでいると……だが、ドラゴンなどもうとっくに滅んだはずだ」
「眉唾、じゃないかもしれないな……」
アイゼンが低く言い、折れた木々を見やった。
僕は周囲を見回し、皆に小声で告げる。
「真偽はどうあれ、ここにはとんでもない存在がいる。僕たちが確かめる必要はない。……刺激しないよう、静かに、でも足早に抜けよう」
皆の視線が重なり、頷きが返ってくる。僕らは息を潜め、森の奥へと歩を進めた。
森の空気が重たくなっていくのを、肌で感じていた。言葉にできない圧迫感。呼吸をするだけで胸が苦しくなる。
――その時。
森の奥から響いたのは、低く、地を揺らすような雄叫びだった。腹の底まで震わせるその声に、僕らは思わず立ち止まる。誰もが口をつぐみ、互いの顔を見合わせた。
「……今の、まさか」
クラリスが小さく呟く。
ロザリンドは唇を噛み、首を横に振った。
「近くにいる……けれど、止まってはだめだ。進もう。だが見つかってはいけない。絶対に」
僕は黙って手で合図をし、皆を先へと促した。足音を殺し、一歩一歩を慎重に。
しばらく進むと、木々の奥に――暗闇を裂くように、巨大な影が動いた。輪郭すらはっきり見えない。だが、翼のようなものが広がり、木々をなぎ払う音が響く。思わず喉が鳴りそうになったのを、必死で堪えた。
さらに奥へ進むと、今度は異様な臭気が漂ってきた。血と、焼け焦げた肉の臭い。鼻をつくその悪臭の先にあったのは、ありえない光景だった。
人の背丈の倍ほどもある大熊。この森でも恐らく最上位に位置するであろう巨獣が、無惨に食い散らかされていた。毛皮も骨も裂かれ、巨体がただの餌の残骸と化している。
「……冗談じゃないな」
僕は声を潜めた。喉の奥が震え、背中に冷や汗が伝う。
皆の顔も硬直していた。誰も口を開かない。ただ、伝説でしか語られないはずの存在が、確かにこの森で息づいていると、全員が理解してしまったから。
――一歩でも間違えれば、終わる。
そういう確信が、全員の胸に突き刺さっていた。
僕らはただ、祈るように足を進める。気配に呑まれぬよう、姿をさらさぬよう。森の奥へ、奥へ。
木々の間から、かすかな月光が漏れ始めていた。森の出口が近い。
それを感じ取った瞬間、全員の足が自然と速まる。誰も声を出さない。ただ、出口へ――そこだけを目指して駆けていた。
その時。
――咆哮。
すぐ後ろで木々を震わせる轟音が響いた。鼓膜を裂き、心臓を鷲掴みにされるような雄叫び。それと同時に聖剣に違和感。この気配はこれまでも何度か感じたことがある。だが、まだその正体はわからない。
振り返ってはいけない。わかっている。振り返る暇があるなら前へ進め。わかっているのに、背後に迫る気配があまりにも強烈で、思わず首が動きそうになる。僕は必死に歯を食いしばり、前だけを見据えた。
森全体が震える。枝葉が揺れ、地面が揺れる。確かにそこにいる。真後ろに――。
レオが最後尾で必死に走っているのが視界の端に映る。その背に、熱い吐息がかかった。
「っ……!」
ローブが揺れ、巨躯の影が噛みつこうと迫る。もう間に合わない――そう思った刹那。
視界が開けた。
森の外だ。
僕らは転がり出るように木々の影を抜けた。追いすがる気配が、境界でぴたりと止まる。
恐る恐る振り返れば、森の入口に巨影が立っていた。輪郭すら曖昧なほど遠く、それでも異様な大きさだけはわかる。赤い双眸がこちらを睨みつけ、牙を鳴らす音が風に乗って届いた。
だが、それ以上は追ってこない。縄張りを越えるつもりはないのだろう。やがて巨影は森の闇に溶けるように消えていった。
――その瞬間。
全員の体から一気に力が抜けた。膝が笑い、呼吸が乱れ、冷や汗が滴る。誰もが言葉を失い、ただ生き延びた事実だけを噛みしめていた。
そこへ、頭上から翼音が降りてくる。
サリアだ。赤子をしっかりと抱き、無事に舞い降りてくる。その姿を見た瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張がほどけて、僕は深く息を吐き出した。
――生きて、抜けた。
地面にへたり込んだ瞬間、全身の力が抜けた。心臓の鼓動が耳の奥で反響している。冷たい風が頬を撫でても、まだ背中に残る強烈なプレッシャーの感覚が消えない。
「はぁっ……はぁっ……死ぬかと思った……」
アネッサが草の上に仰向けに倒れ込み、腕で顔を覆った。
レオは木にもたれて座り込み、肩で息をしている。あの必死な走りの前から、僕らの足音を隠す魔法を維持していたんだ。消耗が尋常じゃないのも無理はない。
「……ごめん、ちょっと……しばらく、立てそうにない」
そう言う声は掠れていて、今にも途切れそうだった。
ノワールも同じだ。顔色を悪くし、膝に片手をついて荒い息を吐いている。ロザリンドを護衛しながら炎で牽制を続けていた彼女の魔力も、限界近くまで削られていたのだろう。
「二人とも、大丈夫?」
クラリスが回復の光を差し向ける。ほんのわずかでも息が整ったのか、二人は小さく頷いた。
僕も大きく息を吐き出してから、仲間を見渡す。皆、無事だ。それだけで奇跡みたいなものだ。
「……なぁ、今のが……あの森のヌシってやつか?」
アイゼンが低い声でつぶやくと、空気が一気に重くなる。
ロザリンドは唇を噛みしめ、視線を森に戻した。
「……私も幼い頃におとぎ話で聞いた程度だ。領地北の森に棲むという伝説のドラゴン……けれど、そんなものは昔に滅びたはずだと……」
「いやぁ、滅んでないだろあれは」
バルドが苦々しげに吐き捨てた。大きな体でさえ小さく見えるほどの威圧感を思い出し、僕も言葉を失う。
ドルガが腕を組み、険しい目で森の奥を睨んだ。
「少なくとも、人間や普通の魔物が太刀打ちできる存在じゃねえ。気配だけで殺されるかと思ったぜ」
「……あぁ」僕は息を整えながら同意した。「あれは絶対に敵に回しちゃいけない。だからこそ……無事に抜けられたこと自体、奇跡なんだ」
しばし沈黙が落ちた。誰もが先ほどの恐怖を思い出しながら、ただ生きている事実を噛みしめていた。
しばらくの休憩で呼吸が整い、皆の顔にも少しずつ血の気が戻ってきたころだった。
サリアがゆっくりと僕たちの輪へ歩み寄り、小さな布に包まれた赤子をロザリンドへ差し出した。
「ロザリンド様……赤子を。今はもう大丈夫でしょう?」
ロザリンドは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、それから静かに頷いた。両手を差し伸べ、サリアから赤子を受け取る。その瞬間、彼女の厳しい表情がやわらぎ、そっと赤子を胸に抱き寄せた。
「……ふふ、幸せそうに寝ているな。呑気なものだ……」
赤子はすやすやと小さな寝息を立てている。ロザリンドはその顔を覗き込み、指先でそっと頬をなぞった。その目元に、自然と微笑みが浮かぶ。
「眠れ良い子よ……お前は私が必ず守る……安心して眠るんだ……」
その声は、震えながらも揺るぎなかった。領地を失い、仲間を喪い、絶望の底にいた彼女がなお、前を向こうとしている。その姿に僕の胸も熱くなる。
仲間たちも言葉を挟まず、ただその決意を受け止めていた。
休憩を終えて少し落ち着いたものの、気を張り続けて夜通し歩いた疲労は、誰の目にも隠せないほどに濃く滲んでいた。
「……休憩したくらいじゃダメだね。このまま進むのは無謀だ。睡眠を取らないと、いずれ足が止まる」
僕がそう言うと、誰も異論を唱えなかった。
交代で見張りを立て、最初に眠るのはレオとノワール、そして非戦闘員のロザリンド。さらに後の交代を考え、ドルガとナーガラも横になることになった。
地面に簡易の敷布を広げ、五人は焚き火を囲むようにして身体を横たえる。赤子の世話はサリアが受け持ち、僕とクラリスで火と荷物の番、アネッサ、アイゼン、バルドで周囲の警戒にあたることになった。
燃える木々のはぜる音と、遠くの森から響く不気味な鳴き声だけが耳に残る。
やがて規則正しい寝息が重なり始める。しばしの間、穏やかな時間が流れる。
数時間後、交代の時刻となる。僕たちが眠りに就き、今度は目を覚ました者たちが見張りにつく。疲労は深く、眠りは短いながらも濃い。
東の空がかすかに白みはじめた頃、全員が揃って起き出した。
「……行こう。夜明け前に動き出す」
まだ重い体を無理やり引きずり起こしながらも、僕らは再び足を前へと進めた。
夜明けとともに歩き出した僕らは、ひたすらに前を目指した。森を無理に踏破した分だけ、距離は大きく縮まっている。公国までは、あと一日ほど。だが、油断はできない。
周囲を警戒しながら足を進める道中、幸いにも魔物や追っ手に遭遇することはなかった。張り詰めた心が次第に弛んでいくのを、僕は自分でも感じていた。
やがて昼を過ぎた頃、石造りの関所が見えてきた。
ここは公国の領域を守る要衝。通過できるかどうかが、この先を左右する。自然と一行の歩みは重くなる。
だがロザリンドは堂々と胸を張り、身分を示した。
「王国で伯爵の地位を賜っているロザリンドだ。勲章はここに。入国を願いたい」
兵士たちは慎重に確認し、短く頷く。
その間、彼女の言葉が脳裏に蘇った。
――王家はプライドが高い。犯罪者を自領から放逐したなどとは、すぐには外に漏らさぬだろう。秘密裏に探し回り、それでも見つからない場合だけようやく公国へ協力を要請する。だから公国に伝わってはいないはずだ。
その読みは正しかった。
関所は無事に通過でき、一行は公国領内へと足を踏み入れた。安堵の吐息がもれる。
とはいえ、まだ終わりではない。公国の正門まではもう少し距離がある。夕刻にかけて歩を進め、やがて壮麗な城壁と、堅牢な鉄門が視界に現れた。
夕日を浴びて輝く正門で、僕らは最後の入国審査を受ける。兵士たちの視線は厳しかったが、手続きは滞りなく進み――そして。
「……入国を許可する」
その一言に、全員が一気に力を抜いた。
誰からともなく笑みがこぼれる。
「……やっと、着いたんだな」
それは森を抜けた時よりも、はるかに深い安堵だった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
圧倒的な存在の影に怯えながら間一髪で逃げ切るシチュが好きなんですけど、名前ついてないんですかね?




