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勇々戦記 ー勇者リアン、迷いと覚悟の旅路ー  作者: ヨルイチ
第三章 エステリア神聖王国編
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第十七話 最後の誇り

毎日見てくれる方々に感謝を。

第十七話 


ロザリンドはしばらく考え込んでいた。炎の熱さがまだ残る頬が少し赤く、震える拳を膝に押し当てている。

「……明日、処刑が行われる。対象は、我が兵達……!ならば私が行って、救わねばならん……!」


 その声は震え、明らかな焦燥があった。

 次の瞬間、彼女は唇を噛み、俯いた。

 「……だが今の戦力で……イザベルも、この有様で……到底、勝ち目はない……」

 悔しさに肩を震わせるロザリンドを、誰もすぐには慰められなかった。


 その沈黙を破ったのは、ナーガラだった。

「ロザリンドさん」

 静かで、それでいて重い声。

 「気持ちはわかります。ですが、この消耗ではまともに策も立ちません。まずは貧民街まで戻り、休息を取りましょう。冷静に考えるべきです」


 ロザリンドは顔を上げ、強く言い返そうとしたが――言葉が喉で止まった。

 ノワールはまだ息も絶え絶え、イザベルは子供たちの頭を抱いて涙に沈み、クラリスは顔を真っ青にして震えている。

 自分だけの感情で皆を振り回すわけにはいかない。そう気づいたのだろう。


「……そうだな。無茶をして全員倒れたら、何も守れぬ」

 絞り出すような声でそう言ったロザリンドは、握りしめた拳を解いた。


「行きましょう」

 ナーガラの短い合図で、一行は再び歩き出した。


 城を離れ、湿った石の通路を抜け、冷たい夜風が差し込む出口を出たとき、僕はようやく肺の奥に新鮮な空気を吸い込めた。

 それでも足は重い。心の中に残る焦燥が、息苦しさを拭わせてはくれなかった。


 急ぎ足で貧民街へ戻る道中、誰も口を開かなかった。

 ただ、石畳を踏む音と、すすり泣くイザベルの声だけが夜の闇に響いていた。


  夜更けの貧民街は、昼にも増して静まり返っていた。崩れかけの建物の一角、人気のない空き家に僕たちは身を潜める。


 湿った藁の上に腰を下ろした途端、張り詰めていた糸がぷつりと切れたように、皆の顔から戦場の緊張が消えていった。

 ドルガは黙って壁に背を預け、血に濡れた腕の包帯を自分で縛り直している。アイゼンは槍を手元で点検しながらも、その瞳は虚空を見ていて、心ここにあらずだった。


 ノワールは既に落ち着きを取り戻していつもの冷静な姿に戻っていた。だが、その瞳はまだ赤く燃えている。よく見たらまだ汗も引いておらず、精一杯取り繕っているのがわかる。


 クラリスは自分の胸を押さえて不安そうにしている。カイリスにかけられたという禁忌の魔法――敵に自分の命を握られているその不安は、想像を絶するだろう。レオが心配そうに隣に座って肩を抱いている。


 イザベルは――。

 子供たちの首を布で包み、胸に抱きしめたまま、うわごとのように名前を呼び続けていた。

「ラビ……レミ……ごめん、ごめんね……」

 あの冷徹な剣士の面影は消え失せ、ただ一人の母のように泣き崩れている。その肩を誰も軽々しく叩くことはできなかった。


 そしてロザリンド。

 彼女は立ったまま、拳を固く握りしめていた。視線は窓の外、暗い路地の向こうへと向けられている。

「私の兵達も……明日、処刑されるのか……」

 その声は怒りと悲しみの入り混じった低い響きだった。

 「守ると誓ったのに、私は……っ」

 唇を噛み切らんばかりに押し殺す姿は、見ているこちらの胸を締めつける。


 ナーガラがゆっくりと首をもたげ、彼女に声をかける。

 「怒りも悲しみも、今は飲み込んで休みましょう。戦うのは明日でもできます」

 その冷静な響きに、ロザリンドはかろうじて肩を落とした。

 「……わかっている」


 僕はその光景を見て、どう声をかけていいかわからなかった。ただ、ここにいる全員が絶望と怒りの狭間に立たされていることだけは、痛いほど理解できた。


  沈黙を破ったのは、アイゼンだった。

 彼は槍を膝に置き、真っ直ぐにノワールを見つめる。

「……なぁ、ノワール。あの時、どうしてあんな風に躊躇いなく魔法を使えた?俺達はクラリスの命を握られていて動けなかった。だが……もしかしてお前、あの禁忌の魔法について何か知ってるのか?」


 問い詰めるような声音に、空気が張り詰める。

 ノワールはゆっくりと瞳を閉じ、ひとつ深く息を吐いた。


「……確証はなく、ただの推測に過ぎませんが」

 低く、それでもはっきりとした声音だった。

 「魔導国でさえ、一度かけただけで遠く離れた相手の命を好きにできるような都合のいい魔法は存在しません。あれはおそらく――ハッタリです」


 皆が小さく息を呑む。ノワールは続けた。

 「けれど、確証がない以上、無闇に動くことはできませんでした。……それでも、あの子らの亡骸を見た瞬間、心が炎に支配され、気づいたら……」

 燃え尽きた炎の残り香のように、その声音には悔恨が混じっていた。

「軽率な行動をして……すみません」


 その言葉を聞いた瞬間、クラリスの肩から力が抜けた。

 「……ハッタリ……だったの……?」


 目に涙を浮かべながら呟くと、その体は小さく震え、今まで張り詰めていた糸が切れたように崩れ落ちる。

 レオがすぐに寄り添い、その肩を抱きしめる。

 「大丈夫だよ、クラリス。僕らが一緒だよ」


 アイゼンはそんな二人を見てから、ノワールに向き直った。

 「……問い詰めるみたいなこと言って、悪かった」

 ノワールは小さく首を振る。

 「謝るのは私の方です」


 重苦しい空気の中、それでもほんの少しだけ安堵の色が差した。

 だが、問題は何一つ解決していない。

 ロザリンドが深く息を吸い込み、皆を見回した。

「……さて。ここからどう動くか、だな」


  焚き火も灯せぬ薄暗い空き家の中。疲労と絶望に押し潰されそうな空気の中で、ロザリンドは立ち上がった。

「明日の処刑……必ず阻止せねばならん。領地に残った私の民、そして捕らえられた亜人たちを見殺しにはできない」


 その声音には焦燥と決意が入り混じっている。けれど、その場の誰もが簡単に頷けなかった。


 ナーガラが尾を静かに巻き直し、冷静に口を開く。

 「正面から挑むのはただの無謀です。兵力差は歴然。疲弊した私達では、広場を囲む兵に押し潰されるのが落ちよ」


 重い沈黙が落ちる。

 僕は喉が渇くのを感じながら、ロザリンドの顔を盗み見た。彼女の瞳はまだ怒りに燃えていて、けれど同時に現実の壁を前に揺れていた。


 その時、アイゼンが口を開いた。

 「正面からでは勝ち目はない……だが、混乱を作ることはできる」

 低い声に皆の視線が集まる。

「あの大規模なノワールの魔法はもう期待できん。だが、レオの風、サリアの矢、アネッサやドルガの突破力……。うまく組み合わせれば、処刑の場そのものを乱すことはできるはずだ」


 「混乱を起こして、その間に人々を逃がす……か」僕が口に出すと、ロザリンドは苦悩の表情のまま、ゆっくりと頷いた。

「勝ち目のない戦いでも、せめて一人でも救える可能性があるなら……やる価値はある」


 けれどサリアが眉を寄せて言う。

 「でも、それじゃあ結局ほとんどは救えない。全員を助けるのは無理……それでもやるの?」


 ロザリンドは俯き、しばし沈黙した。やがて、握った拳を膝に落とし、苦しげに呟く。

 「……それでも、見て見ぬふりはできない」


 皆の視線を受けて、僕は息を吸い込んだ。

「……やろう。処刑は止める。救える命があるなら、どんな危険を冒してでも救うべきだ」


 その言葉にロザリンドが顔を上げ、目に宿った炎が一層強くなる。

 「……リアン……!」


 アイゼンは静かに頷き、サリアは深いため息をつきながらも目を逸らさなかった。誰も「無理だ」とは言わない。

 それぞれの表情に決意が浮かぶのを見て、僕は続けた。

 「じゃあ具体的にどう動くか、考えよう」


 すぐにナーガラが紙とペンを用意し、簡単な地図を描き出した。広場を囲む建物、処刑台の位置、兵の配置。

 「広場は兵に囲まれるでしょうね。正面突破は不可能。だけど……」


 レオがその地図に風の流れを指で示した。

 「この辺り、建物が高くて風が抜けやすいね。僕の魔法で音を消せば、接近は気づかれにくいはず。それに僕は魔力を温存してる。竜巻くらいなら起こせるからそっちに注目を集めることもできるかも」


 サリアが頷き、弓を指で弾く。

「空から矢で援護できる。魔法の届かない高所から一方的にね」


「前衛は俺たちがやる」ドルガの低い声が響く。

 「処刑台までの突破口は、俺とアネッサ、バルド、それにリアン。壁になってでも通す」


 「混乱を最大限に広げるのは私の役目だな」ロザリンドが言った。

 「民に声をかけ、逃げるよう導く。あの場に残る者が一人でも少なくなるように」


 「……私は火力が出せません。けれど囮くらいにはなれます」ノワールが呟く。疲れた顔に、それでも揺るぎない決意があった。


 ただ一人、イザベルだけが心ここに在らずと言った様子で子供達の亡骸を抱えてすすり泣いている。

 ロザリンドはイザベルを見て悲しそうな顔をし、それから皆を見渡す。

「悪いが……イザベルは今回の作戦、不参加だ。上司としての私の判断でな。異論はあるか?」


 異論などない。こんな状態のイザベルを戦わせられるわけがなく、作戦はイザベル抜きで立てることになった。


 作戦の骨子はまとまった。

 ――音を消し、接近。

 ――高所からの援護射撃。

 ――前衛で突破し、処刑台を制圧。

 ――ロザリンドとアイゼンが民を導き混乱を拡大。

 ――その隙に囚われた者たちを解放する。


 僕は皆の顔を順に見回し、強く頷いた。

「危険なのはわかってる。それでもやろう。明日、必ずあの広場でみんなを救うんだ」


 仲間たちの目に次々と決意の光が宿った。

 夜の貧民街に、静かな炎が灯る。


 

 朝日が街を薄く染め始めた。広場にはすでに王国兵たちが整列し、処刑台が堂々と設置されている。周囲には捕らえられた亜人たちが鎖で繋がれ、怯えた表情を浮かべていた。


 僕は建物の陰からその光景を見る。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。クラリスは僕のすぐ後ろにいる。


「皆、準備はいいか」ロザリンドの声が静かに、しかし確実に響く。


 「ああ」

 ドルガの低い声、アネッサの軽い頷き、バルドの短く低い鳴き声、ノワールの小さく燃えた瞳、サリアの静かな息遣い、そしてレオの冷静な視線。全員がこちらを見つめている。


 ナーガラが尾を揺らし、指で広場の地形を示す。

 「正面突破は無理よ。建物の陰を伝って接近。音はレオが消してくれるわ」


 「高所から援護する」サリアが屋根の位置を指し示し、矢を握る手に力がこもる。

 「突破口は前衛が担当」ドルガ、アネッサ、僕、バルドの並びを確認。


 ノワールは軽く肩を叩きながら囁く。

 「私の魔力も少しは回復してきています。……少しでも混乱を作りますので、後は皆に任せます」

 

 アイゼンが槍を構えて不敵に笑う。

「ノワールのフォローは俺がする。思う存分やれ」

 

 クラリスは僕の腕をしっかり握り、かすかに笑う。

「リアン……無理はしないでね」

 その声に、覚悟と恐怖が混ざる。僕は短く頷き返した。


 ロザリンドは再び声を出す。

 「全員、集中。今から広場に潜入し、処刑を阻止する。失敗は許されない。互いに目を離すな」


 息を呑む静寂。広場の人々の怯え、兵士たちの足音、処刑台の影……全てが緊張を増幅する。

 この一瞬の静けさの中に、僕たちの決意と恐怖が入り混じる。


 僕は拳を握りしめ、心の中で誓った。

 ――ここで救えなければ、あの亜人たちはもう二度と笑えない。

 ――絶対に、絶対に助けてみせる。


 そして、僕たちは静かに動き出した。

  建物の陰に身を潜め、僕たちは広場を見る。兵士の足音は規則正しく、処刑台の周囲には恐怖に震える亜人たち。息を殺し、皆で無言のうちに確認しあった。


「行くぞ」

 ロザリンドの短い声を合図に、動き出す。


 ナーガラが先頭に立ち、尾を滑らせながら影を伝って進む。彼女のピット器官が周囲の気配を察知し、僕たちは音も立てずについていく。


 レオが手を掲げ、風を操る。建物の隙間から流れる微かな風が、僕たちの足音を完全に消し去った。

 「このまま前へ」サリアが空を飛び、高所から矢を構える。高所から広場の兵士を監視し、援護の準備を整える。


 前衛チーム――ドルガ、アネッサ、バルド、僕――が突破口を探す。僕らの背後にはクラリスとロザリンド、アイゼン、ノワール。

「ここだ」ドルガが指差す小道。建物の影を伝えば、兵士の視線を避けられる。


 僕らは一歩一歩慎重に足を運ぶ。ドルガが壁の陰に立ち、まるで盾のように前を塞ぐ。アネッサは万一の接触にも備え、拳を握り込んでいる。バルドの獣臭がわずかに漂うが、レオの風魔法で素早く霧散する。


 「よし、突入!」

 ドルガの掛け声とともに、僕ら前衛が影から飛び出す。瞬間、処刑台近くの兵士に襲いかかり、戦闘が始まる。並の兵士では前衛に敵わず、アネッサの拳、ドルガの力強い一撃、バルドの牙が次々と制圧していく。僕も剣を振り、隙を突いて兵士を倒した。


 その間に、サリアの矢が屋根から降り注ぐ。弓の弦の軋む音は風にかき消され、広場に混乱が生まれる。ノワールは微かな魔力を振り絞り、小規模な炎の壁でさらに視界と動線を乱した。


 「クラリス、離れるな!」

 僕の声に応え、クラリスは僕の腕を強く握る。


 広場の兵たちは混乱し、指揮系統は乱れる。音もなく、炎と矢の連携で敵は次第に追い詰められた。前衛突破、援護射撃、囮となるノワール……すべてが計算通りに回り始めていた。


 だが、勝利はまだ目の前にあるわけではない。

 あの処刑台の影には、カイリスが待ち構えている――僕たちは、その目の前に立ち向かおうとしていた。


 処刑台の影に近づくと、カイリスは僕たちを待っていたかのように立っていた。王子らしい威厳をまとった姿で、冷たい笑みを浮かべる。

「来ると思っていたぞ、逆賊ども」


 広場の兵士たちはまだ整列したまま、僕たちの動きを注視している。だが、前衛が一歩踏み出すと、その隙を突くようにサリアの矢が降り注ぎ、ノワールの炎が視界をかき乱した。


「ふん……」カイリスは軽く鼻で笑う。だが、その瞳は鋭く、計算された冷たさに満ちている。

 レオが風魔法でノワールの炎を更に燃え上がらせる。

 その勢いにカイリスは少し怯むも、不敵な態度を崩さない。


 「ここからは逃がさん。戦うつもりならかかってくるがいい」カイリスの声は低く、しかし広場全体に響き渡る。


 僕達前衛は即座に構えを整える。ドルガが盾のように立ち、アネッサはピョンピョンとその場で飛び跳ねる。バルドは牙を剥き、僕は剣を握り直す。

 「行くぞ!」僕の声に応えるように、皆が一斉に前進する。


 兵士たちは訓練された動きで応戦するが、亜人の身体能力、前衛の連携、そしてサリアとノワールの援護で次々に制圧される。広場には混乱が生まれ、兵たちは指揮系統を失い始める。

広場は完全に混乱していた。逃げ惑う民衆、亜人たちが逃げ出す足音、矢や炎が散らばる光景。

 兵士たちは声を張り上げて秩序を取り戻そうとするが、効果はほとんどなく、叫び声と叫喚だけが空気を震わせている。


 その時、カイリスの声が響いた。

「民衆を煽動しているのはロザリンドだ! 奴を殺せ!」


 僕の心臓が跳ね上がる。

 瞬く間に兵士たちが一斉にロザリンドに向かって突進する。


 「来るぞ!」アイゼンが声を張り、ナーガラも尾を振り構えて防衛線を作る。

 僕は剣を握り直し、前に出ようとした。けれど、数が多すぎる。前衛だけでは到底追いつけない。


 次々に斬り伏せても、兵士の波は途切れない。アネッサやドルガも加勢するが、全員がロザリンドを守るには限界がある。


 そして――ついに、一人の兵士がロザリンドに辿り着き、剣を振り上げた。


 ロザリンドは目を閉じ、覚悟を決めたように一瞬だけ呼吸を止める。


「……っ」


 その瞬間、重さと衝撃が肩にのしかかった。視界が揺れ、僕は思わず息を詰める。

 ロザリンドの上に誰かが覆い被さったのだ――剣の刃はその人物を貫き、口から血を吐く音が小さく響いた。


 「イザベル……!?」


 僕は咄嗟に叫び、駆け寄ろうとしたが、周囲の混乱で足が止まる。

 血に濡れ、倒れ込むイザベル。だが彼女の視線は微かにロザリンドを守るために燃えていた。


 ロザリンドはまだ小さく震えながらも、無事だった。アイゼンが咄嗟にロザリンドを支え、僕もすぐそばに駆け寄る。


 ――イザベルが、ロザリンドを救った。自らの身を盾にして。


 怒りと恐怖と驚愕が、僕の胸をぐっと締め付ける。

 だが、これで作戦が破綻したわけではない。混乱はまだ続いている――僕たちにはまだ勝ち目がある。


  広場はまだ混乱の渦中にあったが、目の前の光景に、全ての騒音が遠くに霞むようだった。


 アイゼンとナーガラが必死に二人を守るが、二人を包む空気は凍りつくように重かった。ノワールの小さな炎が、かろうじて周囲の兵を牽制している。

 彼らにはもうわかっていた。これが最後の二人の時間だと。せめて邪魔が入らないようにと、必死に周囲の敵を押し除ける。


 ロザリンドは倒れたイザベルを抱き上げ、その温もりと生命の軽さに言葉を失う。胸に抱いたイザベルの体は、もう自らの意思では動かず、脈もほとんど感じられない。

「イザベル……どうしてここに……!」


 イザベルは震えながら答える。

「私は……あなたの、近衛……騎士……。あなたの行くところが…………私の……居場所、です……」


 ロザリンドはイザベルの体にしがみつき、懇願する。

「イザベル……ダメだ、頼む、死ぬな……!」

 ロザリンドの声が嗚咽に変わり、涙が頬を伝う。抱きしめた腕の力が少しずつ震えていく。


 かすれた息の中で、イザベルは目をかすかに開き、精一杯の笑みを浮かべた。手を伸ばし、ロザリンドの頬の涙を拭うその仕草は、無言の優しさと覚悟を伝えていた。

 

「ロザリンド……様……ご迷惑を……おかけ、しまして……すみませんでした…………私は、あなたに仕えられて………………幸せ、でした」


 そして、かすれた声で一言だけ言葉を遺す。

 「あぁ…愚かな私に…最後に残った、大切なもの…あなただけでも…守れて、よかった…」


 

 その言葉を最後に、イザベルは動かなくなった。

 


 その瞬間、ロザリンドの胸に押し寄せた悲しみが爆発する。広場のざわめきや兵士たちの声が、彼女の慟哭にかき消される。彼女はイザベルの体を抱きしめ、声を震わせ、繰り返し名前を呼ぶ。

 「イザベル!イザベル!私に生涯仕えるんじゃないのか!まだ早すぎるだろう!イザベル!!」


 僕たちもその場に立ちすくみ、胸を締め付けられるような痛みを感じた。風に乗って、血と炎の匂い、恐怖に震える民衆の声、逃げ惑う亜人たちの悲鳴――全てが切なさを増幅させる。


 ロザリンドの目に浮かぶ怒りと悲しみは、もはや冷静な判断を超えた光を放つ。

 「カイリス……貴様は、貴様だけは……!絶対に許さない……!」


 その決意は、静かに、しかし確実に、僕たちの心にも火を灯した。

 ――仲間を、命を、そしてイザベルの犠牲を無駄にはしない。

読んでくれてありがとうございます。

一旦補足。ロザリンドとイザベルは幼馴染で、イザベルの家は代々ロザリンドに仕えています。

イザベルも例に漏れずロザリンドに忠誠を誓っていましたが、王子に弱みを握られこのようなことに。

こういう設定も本文内で描写したかったのですが、流れやテンポを重視した結果描写できませんでした。精進します。

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