第十六話 悪魔の所業
息苦しい展開が続きます。
第十六話
廊下を進むごとに、クラリスの匂いが濃くなる。バルドの鼻先がぴくりと震え、僕たち前衛の動きも自然と速くなる。ドルガの肩越しに、僕は周囲を警戒しながら、次の曲がり角を見つめた。
「ここね……」
ナーガラが微かに息を漏らす。小部屋の扉の下から、微かな光と人の気配が感じられる。クラリスがここにいる可能性が高い。
「全員、慎重にな」
ロザリンドが隊列に低く指示を出す。アイゼンとノワール、サリア、レオもそれぞれの位置からサポート態勢を整える。特にレオは空気の流れを微妙に変え、僕たちの動きを完全に音に紛れさせてくれる。
僕は剣の柄を握り直し、アネッサとドルガが並ぶ前衛の中心で息を潜める。ドルガの巨体は頼もしい壁だ。
扉の前に立った僕は、ゆっくりとノブに手をかける。外側には何も見えない。小さな金属音も立てず、僕は扉を押し開けた。
部屋の中は薄暗く、影が壁に落ちる。机や椅子が並ぶだけで、人の姿はまだ見えない。だが、奥の角の陰に小さな影――クラリスだ。彼女は拘束等はされておらず、ただ椅子に座っていた。開いたドアの方を向き、怖さと困惑の入り混じった目でこちらを見ていた。
「クラリス……」
僕は心の中で名前を呼び、剣を抜きながら前に踏み出す。アネッサとドルガも同時に動き、必要なら瞬時に防御・制圧できる体勢だ。
クラリスを見つけ、僕は剣を下げながら静かに近づいた。
「クラリス、大丈夫だ。僕たちが――」
しかし、彼女は後ずさり、僕の手を避けるように小さく震えている。
「来ないで……!」
声はか細く、でも恐怖に満ちていた。僕の胸が凍る。
アネッサもドルガも困惑した顔で彼女を見つめている。バルドが低く唸る。クラリスはさらに声を強めた。
「逃げて……! お願い……!」
その瞬間、アイゼンが鋭い声を上げた。
「避けろ!!」
反射的に、僕たちは全員その場を飛び退いた。床に手をつき、影に身をひそめる。
そして――着弾音とともに、さっき僕達がいた場所が光と熱に包まれる。魔法の衝撃で床の石が砕け、煙が立ち上る。
「やれやれ、勘のいいやつもいるものだ。格式ある王城にネズミがコソコソと……汚らわしい」
僕達の背後から声が聞こえる。あの凛と澄んだ聞き覚えのある声。
そこに現れたのは数人の護衛とイザベルを引き連れた因縁の王子、カイリスだった。
カイリスは冷たい目で僕たちを見下ろしていた。
「また来るとは予想していたよ、リアン。クラリスはもう我が手に落ちた。このまま抵抗しないなら、楽に殺してやろう」
その言葉に、僕の体が硬直する。だが、僕たちはそんな脅しに従えるわけがない。すぐに剣を握り直し、前衛の僕とアネッサ、ドルガが自然に構える。バルドも低く唸り、クラリスを背に臨戦体勢になる。
カイリスはため息をつき、護衛たちに手を上げた。
「制圧しろ、イザベル」
その指示で、護衛たちがゆっくりと剣を抜き、イザベルも静かに、しかし確実に動いた。
ロザリンドが前に一歩出て、鋭い目でイザベルを睨む。
「イザベル……貴様、本気なのか?」
イザベルは無言で答えず、ただ剣を抜いた。その冷たい金属の光が、闇の中で小さく反射する。
僕の胸が高鳴る。周囲の空気が張り詰め、誰もが次の瞬間に起こる戦闘を待っていた。クラリスの目は震えているが、こちらを見て希望を託している。
「……来るぞ」
心の中でつぶやき、僕は剣をさらに強く握り直した。全員の視線が交錯し、静寂の中に戦いの予感が渦巻く。
ほどなく、戦闘は始まった。
僕とアネッサ、ドルガは前衛として、目の前の護衛を圧倒する。ドルガの巨体が盾となり、僕とアネッサは素早く敵の攻撃をかわしつつ、反撃を加える。僕の剣は一閃で鎧を切り裂き、アネッサの刃が的確に敵の動きを止める。
「バルド、援護!」
匂いで敵の位置を把握するバルドが前方の死角から飛び込み、鋭い一撃で兵士の足を止める。
後方ではアイゼンが前衛と後衛の間に立ち、敵の攻撃を受け流しつつ、隙あらば槍を振るって援護する。鋭い槍さばきが、僕たちの攻撃に流れを生む。
ノワールの黒衣が揺れ、低く詠唱をつぶやくと、魔法の炎が敵の盾を溶かし、石壁に衝撃波を叩きつける。護衛たちは次々と体勢を崩し、反撃の余地を失っていった。
サリアは後方から矢を放ち、的確に援護する。矢の音はかすかで、敵は気づく間もなく倒れていく。レオは風魔法で足元を掬ったり、突風で敵の動きを止めて隙を生み出したりしている。全員が連携し、まるで一体の兵器のように戦っていた。
僕はドルガの脇をすり抜け、前方の兵士に斬りかかる。アネッサも続き、敵は次々と膝をつく。そんなに広くない部屋で戦闘になっているはずなのに、僕たちの動きは自由で、敵の攻撃はまったく当たらない。
「いける……このままなら!」
心の中で叫ぶ。全員が力を合わせ、戦況は完全に僕たち有利に傾いていた――そう、あの時までは。
――その時、カイリスが冷たく笑った。
「甘いな、リアン」
その声に全員が足を止める。
「クラリスには魔法をかけてある。僕がその気になれば、その心臓は一瞬で止まる――禁忌の魔法だ」
言葉が胸に突き刺さる。剣を握る手が一瞬止まり、体の震えが止まらない。仲間たちの顔も硬直していた。クラリスに、そんな魔法を――その事実に、僕たちは一瞬怯んだ。
――その隙をついてイザベルが動いた。
光のように速く、ロザリンドに回り込み、羽交い締めにして首元に剣を突きつける。
あまりに一瞬のことで、反応できなかった。
ロザリンドの目に一瞬の恐怖が走る。僕たちはその場に立ち尽くすしかできなかった。
カイリスは勝利を確信して高らかに笑う。
「ふふ……これですべては我が手の中だ」
緊張のあまり、僕の心臓は喉まで跳ね上がる。目の前でロザリンドが人質にされ、クラリスの命も危うい。僕たちは、次の一手をどう打てばいいのか――その答えを即座に見つけられず、硬直したまま立ち尽くすしかなかった。
カイリスの笑い声が廊下に響く。僕たちは身動きできず、ロザリンドが羽交い締めにされているのを見つめるしかなかった。
「さて、せっかくだ。冥土の土産に教えてやろう」
彼の声には、悪意と挑発が混ざっていた。
「ロザリンドよ。イザベルがどうして私に従うか、知りたいだろう?」
ロザリンドの目が一瞬細まるのを感じる。僕も息を呑んだ。
「イザベルが二人の亜人の子を匿っているのは知っているな。貧民街で倒れていたやつらを、見捨てられず自分の家に連れていった……可愛いもんだな」
イザベルの表情が硬直する。目がわずかに泳ぎ、唇を噛む。
「だが、ぼくはその瞬間を見ていた。そしてイザベルが王都に来た際にこう持ちかけた。あの亜人の子供を守りたいなら、僕に従え。スパイとして活動しろとね」
カイリスはじっとロザリンドを見下ろす。
「最初は大した情報を得られなかった。だが、私がそのことを指摘したあの日、なぜか子供が大怪我を負う事故があってな?不幸なことだ。それ以来、なぜかイザベルから得られる情報の質が上がった。本当に優秀な駒だよ」
カイリスは冷たく微笑む。
イザベルの目が揺れる。肩がわずかに震え、剣を握る手にも力が入らない。怒り、後悔、そして深い葛藤――全てが混ざった表情だ。声は出さず、ただ冷たい目でカイリスを睨むしかできない。
カイリスの言葉が廊下に響くたび、ロザリンドの体がわずかに震えた。怒りが血のように熱く胸を満たし、指先まで力が漲る。
「――こんな、卑劣な……!」
小さな声だったが、その中に込められた憤りは鋭く、誰もが圧を感じるほどだった。カイリスは無慈悲に子供たちを盾にし、イザベルを脅し、仲間たちの心まで揺さぶっている。
一方、イザベルは剣を握る手が微かに震え、肩がこわばっている。彼女の目は怒りや後悔、恐怖で揺れ動き、胸の奥で痛みが跳ね返るのが見える。ロザリンドを守りたい――でも、カイリスの影が常に彼女に迫っている。
ロザリンドは一瞬、イザベルの目を見つめた。怒りに燃えた瞳の奥に、微かな安堵が滲む。イザベルは仲間を裏切ったわけではない――不本意な従属を強いられているだけなのだ。
「……見限ったわけじゃないのね……」
ロザリンドの声は低く、震えるように小さく呟かれる。だがその瞳は、怒りと守るべきものへの決意で揺らぎ、揺れる炎のように鋭く光っていた。
僕には、イザベルの苦悩と、ロザリンドの怒りが同時に伝わってきた。怒りは戦う力になり、苦しみは仲間を思う切実さを示す。だが、目の前のカイリスは笑みを浮かべていて、状況は一瞬たりとも緩められない――緊張の糸が、僕たち全員を覆っていた。
カイリスの冷笑が、廊下に重く響く。
「処刑を待つまでもない。ここで始末しろ!」
兵たちが剣を構え、僕たちを取り囲む。僕たちはクラリスの命が握られているため、抵抗できず、亜人の彼らも僕達の援護なしでは迂闊に動けない。状況が悪すぎる。
クラリスが必死に叫ぶ。
「やめて――!」
その声が胸に刺さる。僕は剣を握る手が震え、動きたいのに動けない。全身が重く縛られたような感覚だった。
――その時、部屋の扉が開き、伝令の兵士が駆け込んできた。
「殿下、報告です!」
「なんだ、いいところで。手短に話せ」
カイリスは苛立たしげに眉をひそめ、兵士の報告を聞く。
「王国領内すべての亜人の収容が完了しました。明日、広場にて処刑を行います」
カイリスの口元がゆるみ、ニヤリと笑う。その冷酷な笑みに、僕の背筋が凍る。
そして、ロザリンドの表情が変わった――愕然として、目が見開かれる。
自らの領地に残していたはずの亜人の兵も、すべて明日処刑されるという報告だったのだ。怒りや悲しみが一気に押し寄せるのが伝わる。
カイリスは満足げにロザリンドを見やり、イザベルに冷たく命じる。
「そやつはもう抵抗できまい。イザベル、放せ」
イザベルはパッとロザリンドの羽交い締めを解く。ロザリンドはそのままショックでふらつき、尻餅をついてしまった。
僕はすぐに駆け寄ろうとしたが、兵士たちが立ちはだかり、前に出ることができない。クラリスの声も震えている。
その時僕は気づいた。カイリスの瞳には更なる悪意の光が宿っていることに。
カイリスの表情がふっと柔らかくなるように見えた。そしてイザベルに微笑みながら話しかける。
「イザベル、これまでよく働いてくれた。お前のおかげで随分動きやすかった」
イザベルは怪訝な顔をする。真意がつかめず、眉をひそめたまま彼を見つめる。
「ここまでことが進んだなら、もう君は用済みだ。任を解く。好きなところへ行くといい」
イザベルは言葉に詰まる。
「自由にと言われても……人質を取られている以上、あなたに従うほかないのですが……」
理解できず、困惑と苛立ちが混ざった表情に、カイリスは冷たくニヤリと笑った。その笑みは、人を弄ぶ魔のように冷酷だった。
ロザリンドの目が一瞬ですべてを悟った。怒りで体が震える。
「貴様……なんてことを……! この外道め!」
その罵声を、カイリスは冷たい微笑みで受け流す。そして側にいた兵に命じる。
「持ってこい」
兵は大きな袋を二つ運び、カイリスに手渡す。
「会いたがっていただろう?会わせてやろう」
カイリスは袋をイザベルに差し出す。その手には、残酷な意図しか感じられなかった。
ロザリンドが必死に制止する。
「見るな!イザベル!見ないほうがいい!」
イザベルは手を震わせながら、恐る恐る袋の中を覗き込む。
その瞬間、僕の体が凍りついた――袋の中には、イザベルが保護していた亜人の子供たちの首から上だけが入っていたのだ。
イザベルは震える指で袋の口を広げ、中を覗き込んだ。
「……え……?」
一瞬、意味がわからなかったのだろう。彼女は小さく首を傾げ、視線を凝らす。だが次の瞬間、瞳孔が大きく開き、顔色がさっと青ざめていく。
「……う、そ……」
震える手で袋の中身を引き寄せる。ラビとレミ――まだ幼い亜人の子供たちの首が、そこにあった。
「や、やだ……いや、そんな……」
唇が震え、声が掠れていく。
イザベルは袋を抱きしめるように胸に引き寄せ、まるで現実を否定するかのように首を横に振り続けた。
「ラビ……レミ……? 返事をして……ねぇ……」
現実が突きつけられるたびに、その声がひび割れていく。
そして――
「いやああああああああっ!!!」
絶叫が廊下に轟いた。イザベルは二つの小さな頭を胸に抱きしめ、泣き叫ぶ。
「ラビ! レミ! ごめん、ごめんなさい……守るって、約束したのに……っ!」
その姿は、もう僕らが知る冷静で鋭い近衛騎士ではなかった。母のように、姉のように、ただ子供たちを思い、取り乱し、号泣する一人の女だった。
ロザリンドは血を吐くように唇を噛み、拳を握りしめる。肩が怒りで震え、今にも爆発しそうな気配を放っている。
僕はその光景を目の当たりにし、胸が締め付けられるように痛んだ。だが何よりも――カイリスの嘲笑だけが、この場のすべてを穢していた。
イザベルの絶叫が、石壁を震わせる。
「ラビ! レミ! ごめん、ごめんなさい……守るって、約束したのにっ!」
胸に抱きしめるその小さな頭を、血で濡れた頬で必死に撫で続ける。涙と嗚咽が混ざり、彼女の声はもはや言葉になっていなかった。
カイリスはそんな姿を一歩離れて眺め、冷たく口角を吊り上げる。
「……あぁ、いい顔だ。冷静で、隙のない剣士が、こうして泣き叫ぶとはな。滑稽で、そして実に心地よい」
イザベルが顔を上げ、涙で濡れた瞳でカイリスを睨む。しかしその瞳に宿るのは怒りではなく、ただ痛みと絶望だった。
カイリスはあざ笑うように肩をすくめる。
「安心しろ、イザベル。お前がしくじったから子供たちが死んだわけじゃない。最初からこうなる運命だった。この誇り高い王都で亜人などが生きられるはずがないだろう?最初から決まっていたんだ」
「黙れっ!」
ロザリンドが絶叫した。拳を震わせ、血走った目でカイリスを睨む。その声は怒りと憤りに満ち、もはや限界を超えていた。
だがカイリスは、むしろその怒りすら楽しむかのように冷たい笑みを浮かべ続けた。
「怒れ、嘆け。すべては僕の掌の上……お前たちの絆も、希望も、所詮は脆い幻想にすぎん」
イザベルは子供たちの頭を抱きしめたまま、嗚咽をこらえきれずに崩れ落ちている。僕はその姿に拳を握りしめ、今にも飛び出したい衝動に駆られた。
――だがクラリスの命が握られている。動けない。
悔しさと無力感に押し潰されそうになる中、カイリスの冷たい笑い声だけが、耳を劈くように響いていた。
イザベルは子供たちの頭を抱きしめたまま、床に崩れ落ちて動かなくなった。嗚咽が断続的に響き、戦う意志など、もうどこにも残っていない。
その姿を見下ろしながら、カイリスは高らかに笑った。
「はははっ! 哀れだな、イザベル! 強き剣士が、子供を前にこうも無様に崩れるとは!」
嘲笑は城の石壁に反響し、耳障りなほどに響き渡る。
――だが、その笑いは不意に止まった。
「……何だ、この暑さは?」
カイリスが眉をひそめ、視線を巡らせる。
僕も気づいた。部屋の空気がじりじりと熱を帯び、皮膚が焼かれるような感覚が広がっている。その熱は僕の後ろから発せられているような気がして、振り返った。
視線の先――そこに立つノワールの瞳が、紅蓮のごとく燃え盛っていた。
「よくも……我が同胞を……未来ある若い命を……!」
ノワールの低い声が震え、怒りと悲しみがないまぜになって響く。
僕はハッとした。イザベルが抱きしめている子供の首。そこには、確かに小さな角が生えていた。
あれは……魔人の子供たち。
ノワールと同じ種族、同じ祖を持つ子供たちだった。
クラリスの命を握られているはずなのに、ノワールはもう一歩も退かない様子だった。
彼女の感情が限界を超え、魔力が暴走する。
「カイリス……貴様だけは絶対に赦さないッ!」
轟音とともに、特大の炎がノワールを中心に爆発した。
赤と橙の奔流が壁も床も天井も飲み込み、瞬く間に城の一角ごと炎に包み込む。石が焼け、鉄が溶け、空気そのものが燃える。
「ぐっ――!? 貴様っ!」
カイリスの嘲笑が苦悶に変わり、混乱が広がる。兵たちが叫び、誰もが炎の奔流から逃げ惑った。
視界は紅蓮に染まり、灼熱の中で息をするのも苦しい。
それでも、ノワールの怒りは止まらなかった。
同胞を殺された憤怒が、彼女の炎をさらに燃え上がらせていた。
轟々と燃え盛る炎に包まれ、カイリスは初めて焦燥を露わにした。防御の結界を必死に張ってはいるが、紅蓮の奔流に押し流され、立っているのがやっとだ。
「くそ……貴様ら……!」
怒号も炎に掻き消される。
だが――ノワールも限界だった。
肩で息をし、額には玉のような汗。魔力を燃やし尽くした身体がふらつき、今にも崩れ落ちそうに見える。追撃など望めるはずもない。
この隙を逃すわけにはいかない、と判断したのはロザリンドだった。
「全員、今のうちだ! 退くぞ!」
鋭い声が炎の轟きの中に響く。
僕らは一斉に動いた。
ナーガラとバルドが前に立ち、レオはクラリスの腕を引き、僕はイザベルの腕を引く。イザベルは泣きじゃくりながらも子供たちの頭を胸に抱き、ふらつきながらついてくる。
ノワールを支えるのはアイゼン。巨体で彼女を庇い、背中に覆いかぶさる炎を押しのけながら走った。しんがりをサリアとドルガが引き受けてくれた。
熱気で肺が焼けるようだ。背後で兵の叫びが追ってくるが、炎の壁に阻まれてすぐに遠ざかっていく。
来た道を必死に駆け戻り、石造りの通路を抜け、水の匂いが鼻をついた瞬間、ようやく安堵の息が漏れた。
僕らは水道通路に飛び込み、その場に座り込んだ。
冷たい水滴が天井から落ちてきて、さっきまでの灼熱が嘘のように肌を冷やす。
ロザリンドが息を整え、全員を見回した。
「……なんとか逃げ切れたな。だが悠長にしてはいられない。状況を整理するぞ」
声は疲れているはずなのに、揺るがぬ芯を持って響いていた。
僕らは互いに視線を交わす。
ノワールは膝に手をつき、まだ呼吸を荒げたまま。クラリスは蒼白な顔で黙り込み、イザベルは子供たちの頭を抱きしめたまま震えている。
僕の胸も張り裂けそうだったが、それでも耳を傾けざるを得なかった。
「まずは……今後の方針を決めねばならん」
――ここからが、本当の試練だ。
人によってはキツイ描写だったかもしれません。気分を害された方、すみません。




