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勇々戦記 ー勇者リアン、迷いと覚悟の旅路ー  作者: ヨルイチ
第三章 エステリア神聖王国編
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第十五話 貧民街での出会い

少しずつ少しずつ“癖”を出していこうと思います。

第十五話


薄暗い貧民街の一角。打ち捨てられた倉庫のような建物に身を潜め、僕たちは肩を寄せ合うようにして息を整えていた。


周囲に残ったのは僕、レオ、アイゼン、アネッサ、ノワール――そしてロザリンド。そして逃走の助力をしてくれた亜人たち数名だけ。王城の豪奢な広間での混乱から逃げ延びたとはいえ、このわずかな戦力でどうにかなるものではなかった。


「……ここまで来るので、精一杯だね」

レオが低く唸るように言った。


ロザリンドは壁際に腰を下ろし、鋭い眼差しをこちらに向ける。

「いいか。これ以上は無理だ。王都は完全に王子派の掌の内。兵を集めることもできぬ。ならば、このまま密かに脱出して公国へと逃れるほかない」


「亡命……か」

アイゼンが息を吐く。


「そうだ。公国ならば、まだ我らを受け入れる可能性がある。勇者と聖女――いや、聖女は奪われたが、勇者はまだこちらにいる。亡命の材料には十分だ」


「でも!」僕は立ち上がり、声を荒げた。「クラリスを――置いていけるわけがない!」


その言葉にアネッサもノワールも強く頷いた。

「仲間を見捨てるなんて、あたしにはできない」

「クラリス殿は――魔王様も認めたお方。またお連れしたいと思っていますので」


ロザリンドの瞳に苛烈な光が宿る。

「感情論で動くな! 現実を見ろ、勇者。お前も理解しているだろう、この戦力で王子派の兵を相手取れるはずがないと!」


僕も分かっていた。分かっていたけど、それでも諦める気にはなれなかった。

「それでも、奪還する道を探すべきです。……それに、イザベルのことだって」


ロザリンドの表情が僅かに揺らぐ。僕はその隙を逃さずに言葉を叩きつけた。

「本当にあの王子に仕えたのか? 本当に、あなたを裏切ったのか? ――知りたくないんですか」


沈黙。ロザリンドは拳を握りしめ、深く俯いた。


「……知りたいに決まっている」

かすれるような声が落ちた。

「イザベルが……私を見限ったなど、信じたくはない」


僕は静かに頷いた。

「だから一緒に確かめましょう。クラリスを取り戻すためにも、真実を確かめるためにも」


長い沈黙の後、ロザリンドはゆっくりと顔を上げた。瞳にはまだ動揺の影が残っていたが、それを覆うように決意の炎が灯っていた。

「……いいだろう。勇者、そこまで言うのならば従おう」


 方針は固まった。そこで僕達はまず、腹ごしらえをすることにした。空腹ではいざというときに動けない。ここは貧民街とはいえ街だ。人が生活している以上、食べ物はあるはず。


 僕たちは、薄汚れた石畳をゆっくりと歩いていた。

陽は傾き、夕闇に沈みかけた路地裏は、湿った匂いと古い廃材の臭気が入り混じっている。道端には物乞いの姿がちらほら見えるが、その多くは人間ではなく、角を隠した獣人や翼を畳んだ鳥人など、亜人ばかりだった。


ロザリンドが先頭に立ち、低く言う。

「ここは……王都のゴミ箱のような場所だ。王族も兵も近寄らぬ。ここに住む者たちは、人として数えられていないからな」


その言葉にアネッサとノワールは表情を硬くした。ここでは二人とも堂々と歩ける。自分たちがここにいることを隠す必要がないと理解していた。むしろ、同族の視線を真正面から受け止めている。


「ひどいな……」

レオが小さく吐き捨てる。

「この扱い、王都に住む人間たちは本当に見て見ぬふりをしているんだね……」


アイゼンは黙ったまま周囲を観察していた。警戒と憤りが混じったその眼差しは、いつでも槍を振るえる緊張を帯びている。


通りの一角にある粗末な屋台から香ばしい匂いが漂い、僕らはそこで腹ごしらえをすることにした。硬いパンと薄いスープ、少量の干し肉――粗末ではあるが、今の僕らには貴重な食事だった。


食べながら、僕らはこれからの方針について小声で話し合う。

「戦力は少ない。だからこそ、この王都に潜む亜人たちがどこまで協力してくれるか……それが鍵になるな」

ロザリンドが呟くように言い、アイゼンが短くうなずいた。


そのときだった。

「……リアン?」


か細い声が、背後から僕を呼んだ。

驚いて振り向くと、そこにはフードを深くかぶった長身の影。フードの下から覗くのは、人の上半身と、地を這う蛇の下半身――蛇人族の姿だった。


僕は目を見開く。

「……ナーガラ……なのか?」


フードを外した彼女は、懐かしい笑みを浮かべた。金色の瞳が僕をまっすぐに見つめる。

「やっぱり……リアンだ。まさかこんなところで会えるなんて」


胸の奥に、忘れていた幼い日の記憶が蘇る。孤児院の片隅で、共に食事を分け合い、寒さに震えながら眠った日々。その仲間のひとりが、目の前に立っていたのだ。


僕は思わず立ち上がり、声を震わせていた。

「生きていたんだな……!」


ナーガラはゆっくりと頷いた。その瞳に、長い歳月を越えてきた者の強さと哀しみが宿っていた。


 ロザリンドは目を見開き、僅かに唇を噛む。

「……なんだ、蛇……の体か……?見たことがない……」


共に来ている亜人たちも驚きの声を漏らす。熊の獣人が小さく呟いた。

「蛇人族……珍しいな……」


レオは控えめに視線を逸らしつつも、静かに呟く。

「……蛇人……そんな種族もいるんだ」


アネッサは目を輝かせて口を開く。

「わぁ、蛇人族!すごーい!初めて見た!」


ノワールは冷静沈着に観察する。

「……魔導国でも滅多に見られぬ種族です。存在は知っていたが、まさかここで」


アイゼンは少し大人びた口調で、頷きながらも状況を見極めるように言った。

「……戦力としても希少だな。油断はできんが、頼もしい存在かもしれん」


 仲間の反応に、ナーガラは少し困ったように笑みを浮かべた。その瞳が僕をまっすぐに見つめる。

「……リアン、紹介してくれる?」


僕はうなずき、皆に向き直る。

「彼女はナーガラ。僕がまだ幼い頃にいた孤児院で、一緒に暮らしていた仲間なんだ」


「孤児院で……?」

アイゼンが低く呟く。


「うん。言ってなかったね。僕は三歳まで孤児院で過ごしていたんだ。そこには亜人の子たちもいたんだよ。間違いない、彼女だ」


仲間たちの警戒がほんの少し和らいだのを見て、ナーガラは安心したように話し始める。

「ねえリアン、噂は聞いてるわ。あなた、勇者に選ばれたんでしょ?あの頃から素質はあったけど、勇者になるほどなんてね」


「はは、ありがとう。だけどもう剥奪されちゃったんだ。だから今の僕はただの剣士リアンだよ」


「剥奪?どうして?…………もしかしてそれって、こんなタイミングでこんなところに来たのと関係ある?」


「こんなタイミング、ね……やっぱりこの貧民街にも影響があった?」


「……ええ、もちろん。兵たちもここには長居したくなかったみたいだから、隠れきった者もいるわ。私みたいに。だけど、知り合いだって何人も連れて行かれたわ」

今、この王都で生き延びている亜人たちは、多くはいない。これまでも散々な目に遭ってきたけれど、今回の“粛清”は――」


彼女の声は低く、怒りを押し殺したように震えていた。

「許せない。私たちをただの害悪と決めつけて殺すだなんて……あの男のやり方は、あまりにも理不尽すぎる」


ロザリンドが静かにうなずく。

「ここまで早く動けたのは、綿密な準備と根回しがあったからだ。敵は強大だぞ。お前たちに、立ち向かう覚悟があるのか?」


ナーガラの蛇尾が石畳を擦る。ぎり、と鱗が軋む音がした。

「いい加減、私たちも立ち上がらなくちゃいけない。ねぇリアン。どうか、この怒りを力に変える術を教えてほしい」


彼女の真剣な声が、薄暗い貧民街の空気を震わせていた。


 

 路地裏の薄暗がりで、僕たちは簡素な卓を囲んでいた。

ロザリンドが背筋を伸ばし、真剣な目で僕らを見渡す。


「……ここで立ち上がる以上、私たちは寄せ集めの烏合の衆では済まされぬ。互いの力を知り、連携を築かねばならない。まずは自己紹介も兼ねて、得意とする戦い方を述べよ」


僕は頷いて一歩前に出た。

「僕は剣士だ。ただの剣じゃない。地水火風……色々な属性魔法を剣に纏わせて戦う。仲間の魔法と組み合わせて相乗効果を狙うこともできる」


隣のレオが控えめに口を開く。

「ぼ、僕は……風魔法が得意です。相手の動きを止めたり、足場を崩したり……直接戦闘よりも、援護や支援の方が向いています」


アネッサはにこっと笑って胸を張った。

「私は素早さなら誰にも負けない! 敵を翻弄して混乱させるから、その隙をみんなに叩いてもらうよ!」


ノワールは腕を組んだまま、落ち着いた声で言う。

「……私は炎魔法。威力重視で押し切るタイプです。持久戦よりも短期決戦のほうが向いています」


アイゼンは少し大人びた声音で続けた。

「俺は槍を扱う。間合いを取っても相手を仕留められる。前衛と後衛の中継ぎと考えてくれ」


視線が移り、ナーガラが鎌首をゆったりともたげる。

「私は……偵察と奇襲が得意。ピット器官って知ってる?蛇特有の器官で、熱を感知して遠くの気配を探れる。音もなく近づき、締め上げて暗殺…なんてこともできるわ」


その声音に、アネッサが思わず身震いしていた。


ロザリンドは軽く頷き、次に救援に駆けつけた獣人たちへと目を向ける。

「お前たちもだ。ここにいる以上、同じ戦場を駆ける仲間だ」


熊の獣人――ドルガが豪快に笑いながら胸を叩いた。

「俺は腕っぷし一本で十分だ! 人間なら十人まとめてかかってこいってんだ。正面突破なら任せとけ!」


鳥人の女性サリアは翼を軽やかに広げる。

「私は上空からの偵察や伝令を任せて。敵の動きを把握するのは私の役目」


犬の獣人バルドは鼻を鳴らし、鋭い牙を見せる。

「俺の鼻はごまかせない。血の匂いでも足跡でも、獲物を追うなら誰よりも早く見つけられる」


ロザリンドは全員を見渡し、鋭い眼差しで言い切った。

「……よし。少数だが、力は揃っている。互いの得手を生かし、不得手を補い合え。それができれば、この場を生き延び、未来を掴み取れるはずだ」


彼女の声に、場の空気がじわりと熱を帯びるのを感じた。

寄せ集めだったはずの僕たちが、「一つの戦力」として形を取り始めていた。


 ロザリンドが卓上に粗末な布を広げ、その上に王都の簡易な地図を描いた。炭を持つ指先は迷いなく動き、王城と周囲の区画がすぐに描き上がる。


「目的は一つ。王子に連れ去られたクラリスを救い出すことだ」


その言葉に場の空気が張り詰める。僕も無意識に息を呑んだ。イザベルのことを言わなかったのは彼女なりの配慮だろう。イザベルの裏切りで多くの血が流れたのは間違いない。それが本意かどうかなど、特に亜人達には関係ないのだから。


ロザリンドは地図を指で叩きながら続ける。

「正面突破は論外だ。広間での混乱のあと、王城の警備は以前より厳重になっているだろう。だから、潜入が基本となる」


サリアが翼を少し広げ、目を細めた。

「上空からの監視なら任せて。城壁の見張りの配置や交代のタイミングも掴めるわ」


「俺が追跡を担当する。クラリスの持ち物はあるか?匂いを覚えたい」

バルドが低く唸るように言った。


「……クラリスが僕に作ってくれたお守りがあるよ。匂い、残ってるかな?」

レオが手を挙げると、バルドは近づいて匂いを嗅ぐ。

 

「ああ、レオ以外の匂いがする。大丈夫だろう」


ロザリンドはさらに地図に印を付ける。

「城の外壁を越える方法が必要だ。ナーガラ、貴様の奇襲と忍び寄る力は役立つだろう」


「音もなく縄梯子をかけるくらいなら可能よ」

ナーガラの落ち着いた声が返る。


「突破後の戦闘はどうする?」アイゼンが口を挟む。「狭い廊下なら槍より剣や短剣のほうが動きやすい」


「そのときは僕が前に出る。魔法で剣を強化して道を切り開く。アイゼンは後方から援護を」

僕は即座に応じた。


「あたしも!」とアネッサが身を乗り出す。「敵をかき乱して、注意を引くくらいなら得意だから!」


「俺にも任せろ!狭い廊下だろうと俺は拳一つで戦える!」

 ドルガが胸をどんと叩く。


「火力が必要になれば私が。ただし、火力の調整は苦手ですので私の狙いの先には入らないでください」

ノワールの冷静な言葉に、アネッサが苦笑した。


レオが少しおずおずと手を挙げた。

「えっと……僕は風魔法で音を消したり、目くらましをしたりできます。正面戦闘は苦手ですけど、潜入には役立てるはずです」


ロザリンドは全員の意見を聞き終え、短くうなずいた。

「よし。潜入経路はサリアとバルドで探る。侵入はナーガラを先行させ、その後に我らが続く。戦闘が避けられぬ場面ではリアンを先頭に据え、アイゼンとドルガが支える。アネッサとノワールは状況に応じて陽動と火力を。レオは常に風で我らの動きを補助せよ」


彼女の声は力強く、威厳を帯びていた。

「……これは綱渡りだ。だが、成功すれば王子の牙城を崩す一歩となる。失敗すれば全員の命はない。それでもやるか?」


僕は迷わず頷いた。

「僕はやります。クラリスを見捨てることなんてできない」


レオも、アイゼンも、アネッサも、ノワールも頷く。

獣人たちもそれに続いた。


ロザリンドはほんの一瞬だけ目を伏せ、そして顔を上げた。

「……よかろう。ならば決行は今夜だ。各々、覚悟を固めよ」



  月は薄雲に隠れ、世界は墨を流したような闇に包まれていた。潜入には理想的な夜だ。


 先頭を行くナーガラは、蛇の下半身を滑らせるように動かし、まるで夜そのものに溶け込むかのように進む。ピット器官で周囲の熱を探りながら、危険がないか確かめているらしい。彼女の手の合図に従えば、足音を一つも立てず進めるのだから心強い。


 その後ろにはバルド。犬の獣人である彼は鼻先をわずかに震わせ、クラリスの匂いを追っていた。頼れる嗅覚が僕らを正しい道へと導いてくれる。


 僕は三番目。アネッサとドルガが並ぶ。アネッサは軽快に、だが油断なく周囲を走らせ、ドルガは熊の獣人らしい屈強な体を前に押し出すようにして歩く。いざ戦闘になれば、僕とアネッサが前に出て戦い、ドルガが壁となって僕らを守る。彼の存在が僕たち前衛に安心感を与えていた。


 中央に位置するロザリンドは、鎧をまといながらも音ひとつ立てない。その背中が全体の拠り所だ。彼女の存在が、ただ進むという行為にさえ緊張と秩序を与えていた。


 すぐ後ろを歩くのはアイゼン。前衛と後衛をつなぐ立ち位置で、静かに剣の柄を撫でている。戦況に応じてどちらにでも動けるのは、彼の経験あってのことだろう。


 ノワールは黒衣に身を包み、低く詠唱を重ねるように唇を動かしていた。彼の魔法は僕らの切り札だ。必要なとき、一瞬で戦況をひっくり返す力を持つ。


 さらに後方にはサリア。翼を閉じて地を踏みながらも、いつでも空に飛び立てるよう体勢を整えている。弓矢を携え、僕らの背を守るだけでなく、上空からの偵察も担える頼もしい仲間だ。


 最後尾を歩くのはレオ。無言で掌を広げると、空気の流れが変わり、僕らの足音や鎧のきしみが吸い込まれていくように消えていった。彼がいなければ、この潜入は不可能だろう。


「……ここね」

 ナーガラが手を挙げて合図した。目の前の石壁の影、苔むした排水口が口を開けている。そこが城へ続く侵入口。


 喉が乾く。ここから先は、もう後戻りできない。


  排水口の鉄格子に手をかけ、ナーガラが慎重に力を入れる。金属の軋む音に僕の心臓が跳ねたが、幸い小さな音で済んだらしい。


「いける……僕たちの番だ」

 バルドと僕、アネッサ、ドルガが一歩ずつ身をかがめて格子をくぐる。僕は狭い通路に体を押し込みながら、前衛として先頭を務める二人の背後に立った。ドルガの大きな肩が僕たちを守ってくれている。


 暗闇の中、冷たい水が足首にかかる。静かに、しかし確実に進むしかない。足音ひとつ、息遣いひとつでも敵に気づかれれば、即座に戦闘になるだろう。


 後ろを振り返ると、ロザリンドが手で指示を送っていた。僕たちが順調に進んでいるか、彼女の目が確認している。アイゼンは中央で周囲を警戒し、ノワールは低く手をかざして魔法を準備している。サリアは翼を縮め、弓矢をいつでも放てるよう矢をつがえている。レオが最後尾で音を消してくれている。


「もう少しだ……」

 僕は自分に言い聞かせ、狭い通路を進む。水の冷たさが背筋をひやりとさせ、心拍が上がる。突然、石壁の向こうで何かが落ちる音がしたような気がして、僕は思わず息を止める。


 「大丈夫、気のせいだ」

 ドルガが低く囁く。彼の大きな体が僕らを押さえ込み、暗闇の壁のように立っている。僕は少し安心して前に進んだ。


 やがて、排水口の奥に小さな光が見え始める。城内の薄明かりだ。ここを抜ければ、いよいよ敵の懐――作戦の核心に踏み込むことになる。


 心の奥底で、僕は覚悟を固めた。ここから先、仲間とともに生き抜くか、それとも戦いの中で倒れるか――すべてはこの夜にかかっている。


  排水口を抜け、僕たちは城内の薄暗い水道通路に足を踏み入れた。湿った石壁が冷たく、息が白くなる。ノワールの魔法の淡い光が、足元を照らす。


「静かに……」

 ナーガラの低い声に全員が反応する。通路の先、鎖の揺れる微かな音が聞こえた。バルドが鼻をひくつかせ、前方を警戒している。


 「前方、兵士だ」

 ナーガラが囁く。二人の巡回兵が通路を歩いてくる。狭い通路では、戦闘になれば互いに大きな音が立つ。


「僕らに任せろ」

 僕はアネッサとドルガに目配せした。前衛で瞬時に制圧する作戦だ。ドルガが熊の巨体を沈めるように低く構え、僕も剣を握る。


 兵士たちが近づく瞬間、僕たちは静かに動いた。

 ドルガが一歩前に踏み出すと、その巨体の圧力だけで二人の兵士のバランスが崩れる。アネッサは瞬時に腕を取り、僕がもう一方の首筋を押さえ込む。全員、呼吸を潜めたまま、音ひとつ立てずに無力化に成功した。


 「よし、行くぞ」

 ロザリンドが指示を出す。僕たちは倒れた兵士を静かに通路の端に寄せ、足元に気をつけながら進んだ。レオが手をかざし、僕らの足音を完全に消してくれる。サリアは背後で翼を広げ、いつでも空から援護できる体勢を維持する。


 水道通路を抜けると、僕たちは城の内部に出た。石畳に落ちる影が濃く、天井の高い廊下は静まり返っている。ノワールの魔法がかすかに光を放ち、僕たちの影を長く伸ばした。


「ここからだな」

 ロザリンドが小声で言う。全体の指揮を取りながら、僕たちの動きを一瞬ごとに確認している。


 僕とアネッサ、ドルガの前衛は前のほうで廊下の左右を警戒しながら進む。バルドはクラリスの匂いを探しつつ、慎重に僕らの前を進む。ナーガラは音もなく先行して偵察を続け、危険があれば即座に手を打てる態勢だ。


「足音を立てずに、扉の一つ一つを確認しろ」

 ロザリンドの指示に従い、僕たちは小部屋や倉庫の扉をそっと開けながら進む。誰もいない部屋が続き、僕の胸は少しずつ緊張で高鳴る。


 サリアは後方で翼を軽く震わせ、天井近くから上空の様子を探る。必要なら矢を放って援護する準備も整えている。レオは最後尾で空気を操作し、僕たちの足音や衣擦れの音を消してくれている。


 「……匂いだ、クラリスだ」

 バルドが低く唸る。薄く甘い香りが廊下の空気に混じっている。どうやら、クラリスはこの方向にいるらしい。僕の胸が跳ねた。


 「進め、でも油断するな」

 ロザリンドが力強く言う。僕たちは廊下の角を曲がり、音もなく進んだ。扉の奥、薄暗い部屋――クラリスが閉じ込められているのか、それとも別の場所にいるのか。


 息を潜めながら、僕は剣の柄に手をかける。ここから先は、見つけるか、見つかるかの勝負だ。仲間たちと一緒なら、きっと突破できる――僕はそう信じて、一歩ずつ前へ進んだ。

書き溜め分の減りが早いので少し短めに切るようにして、そのぶん投稿ペースを早めていきたいと思います。

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