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勇々戦記 ー勇者リアン、迷いと覚悟の旅路ー  作者: ヨルイチ
第三章 エステリア神聖王国編
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第十三話 戦いの始まり、王子の罠

休みの日は早めに投稿したいものです。

第十三話


 ロザリンドは話を一旦切り、深く息を吐いた。応接室の空気が、さらに張り詰めていくのを肌で感じる。

 彼女は僕ら一人ひとりに視線を巡らせ、そして正面からまっすぐに言葉を投げかけた。


「――さて、私が貴様らを助けた理由を話しておこう」


 重い言葉に、僕は思わず姿勢を正した。

 戦力として見込まれているのだろうと予想はしていたが、それだけでは済まない雰囲気だった。


「もちろん、貴様らの力は頼もしい。我が領地を守るために大きな助けとなるだろう。だが、それ以上の理由がある」


 ロザリンドの目が鋭く光った。

「私は、貴様らに公国や魔導国との橋渡し役になってもらいたいと考えている」


 その一言に、クラリスが息を呑む音が聞こえた。

 僕の胸もどくりと高鳴る。まさか、そこまで先を読んでいるとは。


「王都での謁見の話は耳に入っている。聖女、勇者、公国の使者、さらには魔導国とも繋がりを持つ……これから先、良かれ悪かれ間違いなく世界は動く。そのとき、貴様らの存在は、この先を生き延びるための鍵となる」


 ロザリンドは椅子の背にもたれ、静かに言葉を重ねる。

「私は、この王国が滅びる可能性を視野に入れている」


 その言葉に、部屋の空気が凍りついた。

 誰もすぐには声を出せない。クラリスですら、返す言葉を失っていた。


「最悪の事態――だが、あり得る未来だ」

 ロザリンドの声には揺るぎがない。

「もしそうなったとき、私は王国と心中するつもりはない。領民だけでも救い出す。それが領主としての責務だ」


 僕はごくりと唾を飲む。彼女の言葉が、心臓に直接突き刺さるようだった。


「そのためには、王国以外の勢力と繋がりを持つ必要がある。公国とも、魔導国ともだ。――貴様らは、その橋渡しとなり得る存在だ」


 レオは小声で「……なるほど」とつぶやき、ノワールは無言のまま瞳を細めてロザリンドを見つめている。

 アネッサはぽかんと口を開けていたが、その尻尾が小さく揺れているのは、緊張のせいかもしれない。

 アイゼンは腕を組んだまま動かず、ただ黙って聞いていた。


 ロザリンドは最後に、真っ直ぐ僕を見据えて言った。

「だからこそ、貴様らをここに迎えた。力だけでなく、その立場、その可能性すべてをだ。……わかるな?」


 僕は彼女の瞳から目を逸らせなかった。

 強さだけではなく、未来を見据える冷徹な覚悟――辺境を守る女伯爵の本質を、ようやく理解した気がした。


 ロザリンドの言葉に息を詰めていたその時――重い扉が乱暴に叩かれた。


「失礼いたします!」

駆け込んできたのは彼女の部下らしい若い兵士だった。顔色は蒼白で、額に汗が浮かんでいる。


「……何事だ」

ロザリンドの声が鋭く響く。威圧感に押され、兵士は一瞬ためらったが、意を決したように口を開いた。


「王太子殿下の命により……『亜人大粛清』の最初の処刑が、先ほど王都で行われました!」


「――ッ」

部屋の空気が一変した。


「それだけではございません」兵士は震える声で続けた。「次は王都に限らず、王国領内のすべての亜人を粛清せよとのお触れが……各地に向けて発布されたと」


重苦しい沈黙が落ちる。

ロザリンドは眉をひそめ、手にしていたグラスをきしませるほど強く握った。普段は冷静な彼女の顔に、露骨な険しさが浮かんでいる。


僕の隣でアネッサが小さく息を呑み、ノワールは牙を食いしばって俯いた。パーティに二人の亜人を抱える僕達にとって、この知らせはただの遠い出来事ではない。

胸の奥が、冷たい恐怖で締めつけられる。


ロザリンドは低く吐き捨てた。

「愚か者め……この国を本気で滅ぼすつもりか」


その声音は、先ほどまで僕に浴びせていた威圧よりも、さらに冷たいものを孕んでいた。

 ロザリンドは眉を寄せたまま黙り込んだ。カップの中の紅茶が、彼女の手の震えで細かく揺れている。

やがて、ゆっくりと吐き捨てるように口を開いた。


「……処刑がもう行われた? あまりにも早すぎる。――そうか、既に根回しは済んでいたのか」


僕は思わず身じろぎした。王都でのことは、まだ一報が入ったばかりのはずだ。それなのに、彼女は一瞬で事態の裏を読み切っていた。


「今から陳情に動いたところで無駄だろう。王子は聞く耳を持たないし、既に王宮の派閥は取り込まれている。なにより時間が無さすぎる」


言い切ったロザリンドの眼差しは冷酷で、それでいて揺るぎなかった。


「ならば――従わなければいい。お触れなど、無視する」


その一言で、部屋の空気が張りつめた。


ロザリンドの強さが、圧力となって胸を締めつける。

けれど同時に、僕の中でかすかな安堵が芽生えていた。彼女が即座に方針を定めてくれたからだ。


アネッサは唇を噛みしめ、ノワールは深く息を吐く。二人の緊張も、ほんの少し和らいだように見えた。


ロザリンドは鋭い視線を僕に向けた。

「リアン、貴様らも覚悟を決めろ。この流れに抗うには、生半可な立場ではいられない」

 

 ロザリンドは決断を告げると、すぐに扉の方へ視線を走らせた。

「――イザベルを呼べ」


兵士が慌ただしく駆け出していき、ほどなくして背の高い女性が現れた。鋼の鎧に身を包み、濃紺の髪を短く切り揃えたその姿は、まさに近衛の象徴といった風格を漂わせている。


「お呼びですか、ロザリンド様」


彼女は片膝をつき、恭しく頭を垂れた。その動作に一切の無駄はなく、磨き抜かれた忠誠心が形になっているようだった。


「イザベル。お触れが出た。王子が亜人の粛清を始めた」


「……っ」イザベルの鋭い目が一瞬揺らいだが、すぐに冷徹な色に戻った。


ロザリンドは一歩踏み出し、彼女の肩に手を置く。

「今から命じることは、この領地の命運を決める。兵の動員は表向き“王子の命に従う準備”と見せかけろ。だが実際には出立を遅らせ、粛清が一歩も進まぬように時間を稼げ。……やれるな」


イザベルはわずかに顎を上げ、力強く答えた。

「御意。たとえ王子の怒りを買おうとも、必ず成し遂げてみせます」


「それでいい。あの愚か者の命に従って領民を殺すくらいなら、私が逆賊と呼ばれる方がマシよ」


その言葉に僕は息を呑んだ。ロザリンドの決断は、もはや王子との正面衝突を避けられないことを意味している。

そして彼女がその覚悟を語った瞬間、イザベルの瞳には迷いのない炎が宿った。


「リアン」

ロザリンドが振り返り、僕に目を向けた。

「貴様らにも協力してもらうぞ。――私の戦いは、もう始まっている」


僕はロザリンドの前に立ち、言葉を告げた。

「僕達も協力します。助けてもらった恩もあるし……なにより、あなたは亜人を差別しない。だから、共に戦う価値があると思う」


アネッサが強く頷き、ノワールも低く「……俺もだ」と呟く。二人の決意は固い。


けれど、クラリスだけは小さく息を飲んで、視線を伏せた。

「王子殿下に……逆らうことになるのね」

その声はかすかに震えていた。彼女は王国貴族の娘、血と立場が王家と深く結びついている。更には王子の婚約者だという。迷うのは当然だ。


僕は黙って彼女を見た。アネッサもノワールも、何も言わず待っている。


やがて、クラリスは顔を上げた。

「……でも、みんながそう決めたのなら、私は反対しないわ。私も仲間だもの」


その言葉にアネッサが安堵の息を漏らし、ノワールは無言でうなずいた。


ロザリンドはその様子を見て、口角をわずかに上げる。

「いい判断だ。己の立場よりも仲間を選ぶ勇気――そう簡単にできるものではない」


彼女はすぐに鋭い声に戻し、命を下す。

「イザベル! この者たちは私の客人であると同時に、これより同胞だ。決して軽んじるな」


「はっ!」

イザベルの声が凛と響いた。


僕は改めて覚悟を決める。

――もう後戻りはできない。


 ロザリンドは瞬時に全体の状況を頭の中で整理すると、鋭い声で命じた。

「イザベル、兵を整えろ。時間を稼ぐのだ」


イザベルはうなずき、すぐに鳥人を呼び命令を飛ばす。城内の兵たちが緊張感を漂わせながら動き出した。彼女の指示は無駄がなく、無言の圧力で兵を統率していく。


「さらに、王都への密使を送る。王子やその配下が動く前に、情報網を構築し、各地の亜人や協力者の動きを把握する」

ロザリンドの目は鋭く光り、部屋にいる全員を見渡した。


「リアン、貴様ら――いや、君たちには密使の護衛と、王都で動ける情報網の確保を頼む」


僕はすぐに頷いた。

「分かった。アネッサ、ノワールも準備はいいか?」


アネッサが剣を握り、ノワールは軽く肩を叩く。二人の緊張感と覚悟が伝わってきた。

「もちろんだ」


クラリスは一瞬迷った表情を見せたものの、すぐに毅然と頷いた。

「私も行くわ。みんなと一緒に」


ロザリンドは微かに口角を上げ、冷徹な笑みを浮かべた。

「良い。君たちは今から、私の目となり手となる。王都では、亜人を守るために慎重かつ迅速に動くこと――それが役目だ」

「王都の門はイザベルの部隊と共に通過しろ。帰りも同じだ。門の兵士は下っ端だ。イザベル相手ならチェックも緩い」


僕は深く息を吸い込み、胸を引き締めた。

――この戦いは、兵の動きだけでなく、情報戦でもある。僕たちの役目は、亜人たちを粛清から守る盾となり、ロザリンドが時間を稼げるように動くこと。


部屋の空気が張り詰める中、イザベルが兵を整える足音が遠くから聞こえてきた。

その背後で、ロザリンドは静かに僕たちを見つめる。

「覚悟を決めよ。これから起こることは、王国を揺るがす出来事だ」


僕は拳を握り、仲間たちの視線を受け止める。

――もう、後戻りはできない。



 王都に足を踏み入れると、空気が異様に重かった。街路には警備の兵士が巡回し、民衆の亜人に対する視線は突き刺さるように冷たい。広場の奥では、処刑の準備が進んでいるらしく、金属の鎖や杭の音が不気味に響いた。


アネッサとノワールは、それぞれフード付きのローブを深く被って歩いている。普段の力強い姿は影を潜め、影のように目立たぬ存在になっていた。僕は彼らをそれとなく背後に隠すように立ち、そっと目を走らせる。


「……これが、王子のやり方か」

僕の心臓が早鐘のように打つ。空気が張り詰め、何か小さな物音でも弾みになれば即座に兵士に見つかってしまいそうな緊張感だ。


アネッサはフードの下で目だけを露出させ、周囲を警戒する。ノワールも同じように低い姿勢で街路を見回している。二人の目が常に動き、敵の視線や不審な動きを瞬時に察知しているのがわかる。


僕は静かに仲間たちに囁く。

「まだ動く段階じゃない。情報を集めるだけだ。兵の配置、王子側の動き……これをロザリンドに届けるんだ」


クラリスは少し眉を寄せ、迷うように僕を見たが、すぐにうなずく。

「……ええ、わかってる。派手な動きは御法度よ」

王国貴族の彼女にとって、逆らうのは怖いはず。それでも仲間を信じ、覚悟を決めたのだ。


僕は息をひそめ、周囲の動きを目に焼き付ける。処刑場からは怒声や命令の声が時折聞こえる。亜人たちの姿は遠目に見えるが、今はまだ手を出せない。動けば、アネッサやノワールの存在も危うくなる。


「情報だけだ……まずは情報を確保する」

僕は自分に言い聞かせ、仲間たちと共に、影のように街を進んだ。


王都の空気は冷たく、刃のように重い。息を殺し、一歩一歩慎重に進むたび、胸の奥に緊迫感が刻み込まれる。

――この戦いは、まだ始まったばかりだ。亜人たちを直接助けるのは、今ではない。だが、僕たちが正しい情報を届け、時間を稼ぐことが、後の希望につながる。


フードの陰から見えるアネッサの目、ノワールの牙を食いしばる唇、クラリスの覚悟――僕は仲間たちの存在を胸に刻み、次の一歩を踏み出す。


 僕たちは街路の影に身を潜め、慎重に王都を進む。アネッサは隣にいるレオの動きに合わせ、視線で周囲を警戒。ノワールはアイゼンと連携しながら、裏路地や建物の影を確認している。特にアネッサとノワールが単独で動かないよう、常に注意する。もし万が一があった場合でも即座に対応できるようにの策だ。


クラリスは民衆に溶け込み、王子側の兵の動きや命令の伝達経路を観察。僕は仲間たちと目配せしながら、街路や広場の様子を頭に刻む。


「広場の兵列と監視塔の配置、時間ごとの巡回……全部記録してくれ」

僕が低く指示を出すと、アネッサはレオとともに広場の入口付近を観察。ノワールはアイゼンと一緒に裏路地を回り、兵士の動きや隙間を探る。二人はフードで目立たず、息を潜めながらも確実に情報を拾っていく。


クラリスは小声で僕に報告する。

「王子の命令はかなり徹底されているわ。……でも、兵の一部に命令通り動くだけで、積極性がない部隊があるわ。突くならここだと思う」


僕は小さくうなずく。今はまだ亜人を助ける段階ではない。僕たちの役目は、情報を確実に集め、ロザリンドに届けること――それが後の希望につながるのだ。


街全体が張り詰めた空気に包まれ、足音一つも慎重に出さねばならない。その中で、アネッサとノワールは常に互いの存在を確認し合いながら動く。互いに見守ることで、王都の圧迫感の中でも最小限の安全を保っていた。


僕は胸の奥で覚悟を決める。

――直接助けられなくても、今の行動が後に命を救うための道になる。



 王都の影から情報を集めた僕たちは、再び安全な地点まで移動して息を整えた。

アネッサとレオ、ノワールとアイゼンは常に隣にいて、互いの存在を確認しながら動く。フードの下の目が鋭く光り、緊張感を共有しているのがわかる。


「うん…十分な量の情報が集まったと思う」

僕は低くつぶやく。アネッサが広場の兵配置、ノワールが裏路地の隙間や動線、クラリスは民衆の反応と王子側の内部情報をまとめたメモを僕に手渡す。


「すぐにロザリンドに届けるべきよ」クラリスが小声で言う。

彼女の声にはまだ迷いの影があるが、仲間に合わせて覚悟を決めているのが伝わる。


僕たちは街の裏路地を通り、城の外周に控えているイザベルたちの兵に合流した。イザベルの眼差しは鋭く、僕たちが持ち帰った情報を一瞥するだけで重要性を察していた。イザベルの部隊に紛れて王都を後にし、ロザリンドの待つ屋敷へと戻る。

 


「よく戻った、リアン」

ロザリンドが低く声をかける。その眼光は冷たいが、僕たちを信用しているのがわかる。


僕はメモを差し出した。

「王都の兵の配置、巡回ルート、監視の目、民衆の反応……すべて記録しました」


ロザリンドはメモを受け取り、素早く目を通す。眉間に皺を寄せ、無言で情報を頭の中に組み込む。その様子から、既に次の手が組み上がっているのが伝わった。


「よくやった」

低く響く声に、僕は少しだけ安堵する。だが、すぐに次の指示が飛んできた。


「この情報を元に、兵はさらに待機を装いながら動かす。王子の目を欺き、時間を稼ぐのだ」

ロザリンドの言葉に、僕は背筋を伸ばす。緊張感は増すばかりだ。


「リアン、君たちも準備を整えろ。また王都に向かってもらうぞ。怪しまれないよう今度は別の部隊に紛れろ。大丈夫、私の印章を持たせるからほとんどフリーパスのようなものだ」

僕はうなずき、アネッサ、ノワール、クラリスと目を合わせる。全員の表情に覚悟が宿っていた。


 僕たちが情報を届けた直後、ロザリンドは部屋の中央で腕を組み、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。その瞳は、まるで先を見通すように鋭く光っている。


「王子の兵は既に配置を固めている。監視も徹底している……だが、動きには必ず隙がある」

ロザリンドの声は低く、しかし威圧的で、部屋の空気が震えるようだった。


「隙を突き、王子が次の命令を下す前に、兵を段階的に再配置し、監視の目を分散させる」

イザベルが鋭い声で確認する。

「了解です。兵たちはすぐに動きます」


僕は息を呑む。たった一つの判断ミスで、アネッサやノワール、王都の亜人たちの命が危うくなる。

「リアン、君たちは再び王都に潜入して、敵の動きと民衆の状況を監視する。必要であれば、兵の動きを知らせろ」

僕たちに向けるロザリンドの視線は、逃げ道を与えない強さで圧してくる。


アネッサはレオと肩を並べて頷き、ノワールはアイゼンと同じ動作を取る。クラリスも小さく呼吸を整え、覚悟を胸に刻んでいる。

「わかりました」

僕は声を震わせずに答え、仲間たちに目をやる。


ロザリンドは一瞬、静かに微笑んだように見えた。

「この戦いは、直接の戦闘ではなく知略で勝つ。王子が焦り、判断を誤るまで、私たちは時間を操る。失敗すれば一瞬で命は奪われる……だが、それが今の戦い方だ」


イザベルが兵を指揮し、街の各拠点に潜ませる。表向きは王子の命令に従うように見せながら、実際には戦力を分散させて監視を薄くする。時間を稼ぐための完璧な布陣だ。


僕たちは背筋を伸ばし、再び王都の影へと潜む。

アネッサとノワールは互いにフードの影で目を合わせ、レオとアイゼンと共に慎重に動く。

クラリスは民衆に紛れながらも、王子側の動きを注意深く観察する。


胸の奥に張り詰める緊張と、互いの信頼――それが僕たちを押し潰すことなく、次の一歩を踏み出させる。

――王子に知られることなく、時間を稼ぐ。亜人たちを守るために、僕たちは影となる。


部屋の窓越しに見える王都の空は、いつもより重く、冷たく、刃の上に立っているような鋭さを帯びていた。

それでも、僕たちは進むしかない。


 

 再び王都の影に潜み、僕たちは息を潜めていた。アネッサとレオ、ノワールとアイゼンは常に互いの存在を確認しながら慎重に動き、クラリスも民衆に紛れ、王子側の動きを監視している。


ロザリンドの策通り、王子の目を欺いたつもりだった。監視の目も分散し、少しずつ時間が稼げている――そう思ったその瞬間だった。


遠くの広場で、異様な騒ぎが起きた。

「――ねぇ、これって…!」アネッサの声が低く震える。


見ると、王国の騎士達が突如として僕たちの報告とは逆の動きを始めていた。裏路地を確認していたノワールも、アイゼンと共に息を呑む。


「まさか……王子は、すべて知っていたというのか!」

僕の心臓が強く打つ。そう、僕たちが慎重に動いた情報、兵の配置、すべて――王子に泳がされていただけだったのだ。


広場の兵たちは亜人たちの近くまで押し寄せ、処刑場の準備も一気に加速される。民衆の間に恐怖が広がり、ざわめきが街全体を覆った。


アネッサがレオと肩を並べ、低い声で呟く。

「……このままじゃ、捕まる……!」


ノワールもアイゼンに視線を向ける。

「避けるしかない……今は、まず生き延びる」


クラリスは少し動揺している様子だったが、僕の目を見てうなずく。

「そうね、逃げましょう」


僕は深く息を吸い込み、仲間たちをまとめる。フードで影に隠れながらも、互いの存在を確かめ合い、慎重に後退する。王都全体が王子派の手のひらの上にあり、どこにも安全な場所はない。


ロザリンドの策がまさか王子に読まれていたとは――それでも、今は後戻りできない。僕たちは生き延び、次の一手を探すしかない。


――影のように逃げる僕たちの胸に、緊迫と恐怖が張り付く。

王子派の反撃は、思った以上に手強い。亜人を守るため、僕たちは次の行動を、命を懸けて考えねばならない。


 王都の裏路地を抜ける僕たちの耳に、叫び声と金属がぶつかる音が響く。ロザリンドの兵たちが、王子派の手によって捕えられ、あるいは斬られていく。僕たちは身を低くして走るしかなかった。


アネッサはレオと肩を並べ、フードを深く被りながらも剣を握り、迫る敵に対して最小限の牽制を行う。ノワールもアイゼンと共に、素早く建物の影から影へと移動し、後ろから迫る兵を封じる。


「く……このままじゃ……!」

アネッサの声に僕も心臓が締め付けられる。

「落ち着け。絶対に諦めるな!」

僕は声を張り、仲間たちを鼓舞する。


王都の門が視界に入る。守備の兵まではまだ手が回っていないようで、来た時と同じ数しかいない。押し通るのは可能なはず。僕たちは全力で突進した。止めようとする門番を薙ぎ倒し、無理やり突破した。

王都の外に飛び出すと、息を切らしながらも振り返る。王都の灯りが、まだ戦慄を帯びて輝いている。


そのまま僕たちはロザリンドの領地まで駆け抜け、ようやく安全圏にたどり着いた。影に潜むように息を整え、僕は報告書代わりに状況を口頭で整理する。

「王子は全て知っていました。僕たちの動きも、兵の再配置も、全部泳がされていた。王都ではこちらの兵が捕えられ、殺されました……」


ロザリンドの顔に、一瞬信じられないという表情が走る。眉間に皺が寄り、唇をかみしめて、無言で僕たちを見つめる。


「……そんなことは、ありえない……」

その低く震える声に、部屋の空気が張り詰めた。


「……内通者か……?」

ロザリンドはすぐに思い当たるように呟き、僕たちも息を飲む。

「どうやら、王子は私たちの動きを完全に把握していた……おそらくだが、私達の中に裏切り者がいる可能性がある」


僕たちは言葉を失い、緊迫した沈黙が訪れる。

――王子の手のひらの上に、僕たちはまだいたのだ。


アネッサはフードを握りしめ、ノワールも影の中で唇を固く結ぶ。クラリスは恐怖と動揺の入り混じった表情で、ただ黙ってうなずくしかなかった。


ロザリンドは重い息をつき、険しい目で前を見据える。

「ならば、対策を練り直す……誰が裏切ったのか、誰が王子に情報を流したのか、徹底的に洗い出す」


僕たちは覚悟を新たにし、次の行動のために肩を寄せ合う。

――王子の策略に翻弄された今、次に打つ手は、さらに慎重で、しかし迅速でなければならない。


それなら数秒の沈黙ののち、ロザリンドの表情が変わった。眉間に深い皺を寄せ、クラリスの方を鋭く見つめる。


「……クラリス、貴様、情報を流しているのではあるまいな……?」

低く、しかし凄まじい威圧を伴う声だった。直接の証拠はない。だが彼女の出自が王国貴族であること、王子との繋がりを考えれば、内通は十分に“自然な推測”として思えてしまうのだろう。


クラリスは一瞬顔色を変えたが、すぐに毅然とした声で答える。

「そんなことはありえません! 王子に情報を流すなんて、一度も……」


アネッサが即座に声を上げる。

「やめてよ!クラリスが裏切るなんてありえないし!ずっと一緒に行動してたんだよ!いつ情報なんて流せるっていうの!」

ノワールもアイゼンと並んでうなずき、僕も前に踏み出す。

「落ち着いてください、あなたらしくない!それに証拠がないんだ! 今はこんなことをしている場合じゃないでしょう!」


ロザリンドは一瞬言葉に詰まり、息をつく。冷静さを欠き、怒りと焦燥が混じった瞳で僕たちを見渡す。

「……ふ、ふむ……確かに、証拠はない……君たちの言う通りだ、リアン」

彼女は顔をゆるめ、クラリスに向かって静かに頭を下げた。

「……申し訳ない、クラリス。冷静ではなかった」


クラリスは少しだけ驚いた表情を見せるが、深くうなずく。

「……分かりました。それでも、私たちはこの戦いを共にします」


だが、その安堵は束の間に破られた。部屋の扉が乱暴に開き、使者が息を切らして駆け込む。


「報告です! 王子派の兵が、この領地に向けて行軍を開始しました!」


ロザリンドの顔がさらに険しくなる。冷静さを欠き、手元の地図を叩きつけるように指差す。

「……なんたることだ……動きが早すぎる……!」

彼女は深呼吸をしてなんとか気持ちを落ち着けようとするが、瞳の奥には焦燥が滲んでいる。


僕たちは互いに視線を交わし、戦慄する。王子派の兵が、直接この領地に迫っている――。

アネッサはフードを握りしめ、ノワールはアイゼンと肩を寄せ合う。クラリスも、恐怖を隠しきれない表情だが、目には覚悟が宿っている。


僕は小さく息をつき、心の中で決意を固める。

――今度こそ、ただ影に潜むだけでは済まない。王子派の兵を迎え撃つため、僕たちは立ち上がらなければならない。


部屋の空気は張り詰め、ロザリンドも冷静さを欠きながら次の指示を組み立てる。

戦いは、すでに領地の中で始まろうとしていた。

小説の描写って難しいですよね。複数人を動かせるのか、ちゃんと描写できているか、いつも不安です。読んでくれている方、ありがとうございます。感想を残してもらえると、励みになります。

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