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勇々戦記 ー勇者リアン、迷いと覚悟の旅路ー  作者: ヨルイチ
第三章 エステリア神聖王国編
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第十二話 女傑ロザリンド

なるべく早く投稿を心がけています。

第十二話


 広間を出て王宮の外に出ると、夜風が冷たく頬を打った。

僕たちは言葉少なに王都の街を抜け、宿まで歩いた。

道中、広間での怒声や王子の耳打ちのことが頭を巡り、足取りは自然と重くなる。


宿の扉を開けると、すでにレオとアネッサは待機していた。

「おかえりなさい」と、アネッサは声をかけるが、目には不安の色が混ざっている。

僕は深く息をつき、重い口調で今日の出来事を説明し始めた。


「王は……魔導国の書簡を見て、怒り狂った。亜人ごときの国と友好などありえないと罵り、書簡はその場で焼かれた」

ノワールは冷静に言葉を添える。

「私も見下され、まるで家畜扱いでした」


アネッサの目が大きく開かれる。

「えっ……そんな……!」

ノワールは静かに頷き、アイゼンも続く。


「さらに、公国からの書簡も届けた。大公は魔導国との国交を正式に開く旨を告げており、王国の方針を問う内容だった。だが……」

言葉を選びながら続ける。

「これを読んだ王は、さらに怒りを募らせた。亜人を侮り、公国の判断を許さないようだった」


クラリスは微かに肩を震わせ、声を絞り出すように言った。

「……そして、王子……カイリスが、私に……」

その言葉に僕たちは耳を傾ける。カイリスが耳打ちした内容、亜人への粛清計画を伝えるクラリスの表情は、恐怖と緊張に覆われていた。


アネッサは黙って聞き、手をぎゅっと握りしめる。

「……あたしたちも気をつけなきゃだね」

その言葉には、普段の天真爛漫さとともに、危機を察知した真剣さが宿っていた。


僕たちは互いに視線を交わす。王都での立場、亜人の仲間たちの存在、そして王子や王の苛烈な意志――すべてを理解し、覚悟しなければならないことを。

夜の静けさの中、宿の小さな明かりだけが、僕たちを包む僅かな安心だった。


クラリスは小さく息をつき、僕に向かって言った。

「……でも、私たちがここにいる以上、諦めるわけにはいかないわね」


僕は力強く頷いた。

「そうだ。ここから先は、みんなで生き延びるしかない」


その夜、王都の闇が街を包み、僕たちは互いの存在に頼りながら、明日への覚悟を胸に静かに眠りについた。


 夜明け前、僕たちは何を話すでもなく早めに起きた。どうやらみんな、同じ考えのようだ。

「王子の計画が心配ね。亜人大粛清が始まる前に王都を出た方がいいと思う」

クラリスの声は落ち着いていたが、その奥には恐怖と覚悟が混ざっている。


「……そうだな。危険を冒すより安全に移動する方が優先だ」

アイゼンは書簡を握り締め、冷静に判断を下す。


「ノワール、魔導国への報告は、あの謁見で十分?」

「ええ。王国は魔導国の手をとらなかったと伝えます。


ノワールの声には、普段の落ち着き以上に緊張が漂う。


アネッサは明るく励ますように言った。

「よし、みんなで行こう! 行動は早いほうがいいよ!」


結論はすぐにまとまり、六人で王都を脱出する決意を固めた。

荷物をまとめ、朝の薄明かりの中、静かに王都の門へと向かう。


 

王都の正門に着くと、兵士たちが門を厳重に守っていた。

「止まれ!」

鋭い声が響き、僕たちは立ち止まる。


「……何事だ?」アイゼンが尋ねると、門の兵士は冷たく告げた。

「王太子様のお触れだ。亜人及び亜人を連れた者を王都から出すことは許されない」


クラリスが静かに一歩前に出る。

「……私たちは急を要します。急ぎ公国への書簡を届けねば」

 クラリスは出まかせを言うが、それも通じず兵士は首を横に振る。

「それでも許可は出ません。王太子様は命じられました」


僕たちは互いの顔を見渡す。王都を出る前に、すでに粛清の手が伸びていることを悟る。

クラリスの手が震え、アネッサがぎゅっと拳を握る。

「……これは、想像以上に厳しい状況だ」

アイゼンが低くうなずき、ノワールは冷静に状況を分析しながら、突破の可能性を探る。


王都の正門に立ちはだかる兵士たち――それは、僕たちにとって、逃げるにも戦うにも避けられない現実の象徴だった。


 正門前で僕たちは膠着していた。兵士たちは槍を構え、門を通ろうとする僕たちを厳しく阻む。

「亜人及び亜人を連れた者を、王都から出すことは許されていない。引き返せ」

兵士の声が冷たく響く。僕たちは立ちすくみ、進むことも戻ることもできずにいた。


沈黙が続くその瞬間、後ろから重い馬の蹄の音が近づいてきた。

馬のいななきとともに、一台の馬車がゆっくりと姿を現す。馬車の屋根には金色の装飾が施され、まるで王族か高位貴族の乗り物であることを示していた。


「……なに、あれ?」アネッサが小さく声を上げる。

馬車の扉が開き、中から高貴な気配を漂わせる女性が顔を覗かせる。金色の刺繍が入った赤と白の衣服を纏い、その鋭い瞳で兵士を睨みつける。


「この六人は私が徴集した兵隊だ」

その声は鋭く、凄まじい威圧感を帯びていた。

「通せ。通さねば貴様ごとき、どうとでもなるのだぞ」


兵士たちは一瞬目を見合わせ、言葉を失う。

「あの家紋、辺境の……」

「……仕方ない、通せ」

槍の列がゆっくりと開き、そして馬を操る御者の女性が僕達に声をかける。

「領主様の命だ。乗れ」


僕たちは互いに視線を交わす。ノワールは沈黙のまま、アイゼンは静かに書簡を握りしめる。

アネッサは少し身を震わせつつも、好奇心を抑えきれず目を輝かせる。

クラリスは微かに顔を強張らせるが、表情を整えようとしていた。

 僕達は馬車に乗り、どうにか王都を離れることができた。


馬車の中で座る女性は、絹のような黄金の髪を後ろで一つにまとめ上げ、その意志の強そうな碧色の瞳で僕たちを射抜く。白を基調とした服に赤や金の刺繍が入った服はとても豪奢で、この女性が只者でないことは容易に見てとれた。その女性は優雅に背筋を伸ばしたまま、僕たちを見下すように見つめる。

「私はロザリンド。王国の最前線を統治するしがない伯爵だ」

その一言で、僕たちは新たな運命の下に置かれたことを理解した。


馬車は正門を後にし、石畳の道を揺れながら進む。

後ろから追い立てられるような圧迫感と、未知の伯爵との出会い――王都を出ることすら許されなかった僕たちに、新たな希望と緊張が入り混じる瞬間だった。


「どうして俺らを助けたんだ?あの状況、あんたの得になるとも思えないが」

 アイゼンが当然の疑問をぶつける。


 ロザリンドは僕らを順に見渡し、そして短く告げた。

「助けた理由は単純だ。――使えそうだから、だ」


 その言葉に、馬車の中が静まり返る。

 彼女は柔らかな笑みすら浮かべていない。ただ事実を突きつけるように、冷たく言い放った。


 僕は思わず背筋を正した。

 この人は、敵に回すわけにはいかない。

 ロザリンドは腕を組み、僕ら六人を順に睨みつけるように見渡した。その眼差しは氷の刃のように鋭く、ひとりひとりの心の奥まで射抜かれるようだった。


「なにをしている。私が名を名乗った。――ならば貴様らも名を明かせ」

 低く、よく通る声。命令に逆らうという選択肢を最初から与えない声音だった。


 最初に口を開いたのは僕だ。

「僕はリアン。勇者と呼ばれている」


 ロザリンドの瞳が僕を測るように細められる。その視線に思わず息を詰めたが、すぐに横からクラリスが続いた。

「クラリスと申します。聖女の務めを果たす者です」

 彼女の声は凛としていたが、ロザリンドの前ではわずかに緊張が滲んでいる。


「レオ、です……魔法使いを……やっています」

 やや控えめに名乗ったレオに、ロザリンドは鼻で小さく笑った。


「アネッサ! 黒猫の獣人だよ。よろしくね!」

 彼女の明るさは、かえって場の緊張を強調した。ロザリンドの鋭い視線はその無邪気ささえ計るように冷たかった。


「ノワール。魔導国からの使者だ。……ただの旅人ではない」

 燕尾服を正したノワールの声は平坦で、ロザリンドの視線を受けても微動だにしない。互いの瞳が交錯し、わずかに火花が散った気がした。


 最後に、まだ慣れない様子のアイゼンが姿勢を正し、

「アイゼン。旅に同行している。俺も……一応、公国からの使者でもある」

 と名乗った。


 ロザリンドは一同の顔を一巡させ、わずかに口角を上げる。

「ふむ……なるほどな。勇者一行とやら、確かに使えそうだ」


 その声音は冷徹に響き、僕たちをただの駒として見ていることを隠そうともしなかった。

 馬車の中に、硬い沈黙が落ちる。

 僕らが順に名を告げ終えると、ロザリンドは腕を組んだまま、ひとりひとりを値踏みするように睨んだ。


「勇者リアン、か」

 彼女の目が僕に突き刺さる。

「思ったより線が細いな。……王都の連中が大げさに祀り上げているだけではないのだろうな?」


 挑むような声音に、喉が詰まりそうになる。だが、なんとか返した。

「戦場で示すよ。言葉でなく、力で」


 ロザリンドはわずかに目を細め、興味深そうに僕を観察してから、視線をクラリスへ移した。

「聖女か。……見たところ、貴族の温室育ちだな。辺境の血の臭いに耐えられるか?」


 クラリスは一瞬だけ眉をひそめたが、毅然と答える。

「血を避けて通る者に、神の声は届きません」


 ロザリンドの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

「口先だけでなければいいがな」


 次に彼女の視線はレオへ。

「魔法使い。……控えめな態度は嫌いではない。だが、実力まで控えめでは困る」


 レオはたじろぎながらも頷いた。

「……努力は怠りません」


 ロザリンドは鼻で笑い、今度はアネッサへと目をやる。

「黒猫の獣人……王都の連中なら、門前払いだろうな」


「へへ、でもロザリンドさんは助けてくれた!」

 アネッサは天真爛漫に笑って見せる。


 しかしロザリンドは表情を崩さず、冷たく言い放つ。

「勘違いするな。使えると思ったから拾っただけだ」


 アネッサの耳がぴくりと動き、笑顔が少しだけ固まった。


 燕尾服を纏ったノワールに目が移ると、ロザリンドの瞳がさらに鋭さを増す。

「魔導国の使者……貴様、強いな。魔人を見るのは初めてだが……どうにも油断ならん目をしているな。何を企んでいる?」


 ノワールは微動だにせず、淡々と答えた。

「任務を遂行しているだけです。あなたが知る必要はない」


 車内に重苦しい気配が漂う。だがロザリンドはあえて深追いせず、最後にアイゼンへ視線を投げた。


「貴様は戦士か……体格は悪くない。飾りじゃなければいいがな」


 アイゼンは短く答えた。

「試してくれればいい」


 ロザリンドは一同を見渡し、口角をわずかに吊り上げた。

「ふむ……良い。お前たち、思った以上に面白い。私を前に物怖じすらしないとは。やはり使い道がありそうだ」


 その声は冷徹で、僕らを仲間ではなく駒としか見ていないことを隠しもしなかった。

 だが、不思議とその眼差しから目を逸らすことができなかった。


 

  馬車は王都の石畳を抜け、やがて荒れた街道へと入った。窓の外は徐々に人の気配が薄れ、代わりに鬱蒼とした森と険しい岩山が広がっていく。


 道中、ロザリンドは多くを語らなかった。ただ時折、外の景色に視線を向けながら、指先で肘掛けをとん、とんと叩いていた。その横顔には、王都の貴族にありがちな気品ではなく、常に戦場を見据えてきた者の厳しさが刻まれていた。


 やがて夕暮れ時、城壁の影が遠くに見えた。

 近づくにつれ、それがただの城ではなく要塞であることがはっきりする。高い石壁の上には槍を構えた兵士たちが並び、至る所に魔法障壁の痕跡が輝いていた。


「……これが辺境の領地か」

 思わず息を呑んだ僕に、ロザリンドが視線を向ける。


「そうだ。ここは王国の盾であり、棺桶でもある。魔物どもは日々群れを成し、壁を叩き続けている。貴様らがどれほどのものか、すぐに嫌でも試されることになるだろう」


 馬車が門をくぐると、内部の光景が目に飛び込んできた。

 石畳は血と煤で黒ずみ、行き交う兵士たちは皆、鎧に傷を刻みつけたままだ。鍛冶場では絶えず火花が散り、物資を運ぶ人々の顔には疲労と覚悟が入り混じっていた。


 その中心に、戦場の主のように佇むロザリンドがいた。

 彼女は馬車から降り立ち、振り返って僕らを見据える。


「歓迎の宴などない。欲しければ飯を食い、寝床を探せ。だがその前に――覚悟を決めろ。この地に来た以上、甘さは一片たりとも許されん」


 その言葉は鋭い剣のように胸へ突き刺さり、僕は無意識に拳を握り締めていた。

 

  馬車は要塞の門を抜けると、そのまま奥の街並みへと進んでいった。城壁内は戦場さながらの緊張感に包まれているというのに、人々の足取りは乱れていない。むしろ整然としていて、ひとつの巨大な軍隊のようだった。


 道の途中、ロザリンドは幾度も窓を叩き、馬車を止めさせた。

 彼女は自ら扉を開き、すれ違う小隊の隊長に声を掛ける。


「昨日の防衛戦、見事だった。だが油断するな。お前の部隊が崩れれば全体が瓦解する」


 隊長は片膝をつき、頭を垂れる。

「はっ! 必ずや期待に応えてみせます」


 その背に、ロザリンドは短く「頼んだぞ」とだけ告げ、再び馬車に戻った。

 彼女の口調は厳しい。けれどそこには叱咤と同時に、確かな信頼が感じられた。


 別の部隊が行軍しているときも同じだった。

「負傷は癒えたか?」

「補給の遅れは解消されたか?」

 次々と兵に声を掛け、そのたびに兵たちは顔を引き締め、誇らしげに返事を返していた。


 そして僕らの目を奪ったのは、その兵の列に混じっていた姿だった。

 大きな獣耳を揺らしながら槍を担ぐ狼の獣人、鱗の覗く腕で弓を引く蜥蜴人、さらには翼をたたんだ鳥人までもが当然のように並んでいる。


 僕は思わず息を呑んだ。

「……本当に、亜人を受け入れているのか」


 クラリスも目を丸くしていた。

王都で聞いた「辺境伯家は亜人を迫害せず、むしろ兵として扱う」という噂。誰もが眉唾と笑っていたが――目の前の光景は、紛れもない事実だった。


 ロザリンドはそんな僕らの反応を横目に、平然とした声で言った。

「戦場に種族の別は不要だ。剣を振るえる者、槍を構えられる者、それで十分だ」


 彼女の言葉は冷ややかでありながら、奇妙なほど力強かった。

 僕はその姿に、ただの強者ではなく、戦場そのものを体現したような迫力を感じていた。

 

  馬車が石畳の前で停まると、御者が手綱を握り直し、軽く馬の鼻先を揺らした。

 ロザリンドはゆっくりと立ち上がり、その長いマントを整える。


 御者が馬車の扉を開き、彼女の手を取り、降りるのを支える。

「ロザリンド様、お手を」

 御者の手は柔らかくも確かな力を持ち、馬車から滑らかに地面に降り立てるよう導く。


 ロザリンドは微かに笑みを浮かべると、手を離し、そのまま先に邸宅の重厚な扉へと歩みを進めた。

 まるで戦場を歩む指揮官のような姿勢で、後ろを振り返ることもなく、邸宅の中へ消えていく。


 御者が振り返り、僕たちに穏やかに促す。

「さあ、あなた方もどうぞ」


 僕らは馬車の段差に気をつけながら降り、御者の後ろについて邸宅の奥へ進む。

 廊下は落ち着いた光に包まれ、外の荒々しい景色とは違う静謐さがあった。


 御者は迷うことなく応接室の扉を開き、中へ案内する。

 室内には柔らかな光が差し込み、広い机や椅子が整然と並び、邸宅の主の気品を感じさせる。


 僕たちは軽く会釈し、御者の指示に従って席に着いた。

 外の森や山々を望む窓の向こうに、辺境の厳しさが静かに広がっている。

 そして僕は、先に邸宅へ入ったロザリンドの背中に、彼女の揺るぎない決意を重ねて見つめていた。


 

  応接室に入ると、ほどなくして使用人が静かに現れ、紅茶を運んできた。香り高く湯気を立てるカップに、僕は思わず一息つく。


 少し後に扉が再び開く。今度は別の使用人のようだ。

「どうぞ」


 使用人が一礼すると、背後の扉からロザリンドが現れた。

 高貴な風格はそのままに、先ほどの重厚な装いとは違い、動きやすそうな楽な服に着替えている。

 その立ち姿に、僕は思わず息を呑んだ。


 ロザリンドは応接室の椅子に座り、軽く手を広げて僕らに向き直った。

「ここが私の領地の中心だ。外は騒がしいが、室内は落ち着いているだろう」


 軽く頷き、僕らを見渡す。

「さて、簡単に説明しておこう。北辺のこの地は、魔物の襲撃が日常的だ。兵を集め、城壁を守り、民を守る。それが日々の務めだ」


 目を細め、少し笑みを浮かべる。

「道中に見た景色についても、率直な感想を聞かせてほしい」


 僕はまず素直に答えた。

「森や山が険しくて、王都とは全く違う……戦いが日常になっている理由がわかります」


 クラリスは少し唇を引き結びながらも、感心した様子で言った。

「王都の安全さがいかに特別か、改めて思い知らされました」


 レオは視線を落としつつ、控えめに答える。

「兵たちの士気が高いですね……あれだけの亜人を受け入れているのも驚きました」


 アネッサは耳をぴくりと動かし、天真爛漫に言った。

「すごいね! みんな楽しそうに見えたし、なんだか強そう!」


 ノワールは淡々と、しかし鋭く観察するように答える。

「防衛ラインの維持は徹底されている。兵の質も悪くない」


 アイゼンは短く、しかし力強く言った。

「戦場向きの布陣だ。雑な仕事ではない」


 ロザリンドはそれぞれの反応を聞き終えると、満足そうに小さく頷いた。

「なるほど、感覚は正しい。道中で見た兵や地形は、この領地を守るために必要不可欠なものだ。甘く見てはいけない」


 僕は改めて、彼女の言葉と存在感に圧倒される。

 ただの高貴な女ではない。辺境を守る指揮官としての覚悟が、揺るぎなくこの空間に満ちていた。


  ロザリンドは応接室の大きな椅子に腰を下ろすことなく、立ったまま話し始めた。声には揺るぎない力があり、僕ら六人の視線を自然と集める。


「まず、我が領地の防衛状況について説明しよう」

 壁に掛けられた地図を指で示しながら、彼女は続けた。


「北辺は常に魔物の襲撃にさらされている。森や山から侵入してくる群れは個体こそ小さいが、数で圧倒してくる。城壁と防衛線の配置は、日々の戦闘で改善を重ねてきた」

 僕は地図を見つつ、彼女の声に耳を傾ける。


「兵力の不足も常に課題だった。そこで考えたのが、亜人の活用だ」


 僕らの視線が一斉に動く。先ほど道中で見た亜人兵たちの姿が、頭に浮かぶ。


「最初は私も抵抗感があった。王都に何度も陳情し、直接赴いたこともある。だが奴らは聞き入れてくれず、結局、亜人なら自由に使え、という言葉だけだった」


 言葉には苦渋が滲むが、表情は変わらない。

「しかし使ってみて驚いた。犬の獣人は鼻が利き、警戒や追跡に適している。猫の獣人は身のこなしが軽く、諜報や偵察に向く。鳥人は空からの偵察に使え、情報の伝達が早い」


 僕は思わず息を飲む。戦場の駒としてではなく、種族ごとの特性を理解した上で使っている。

 

「しかも、話も通じるし人間と同じ待遇で接すれば、そのぶん真剣に働く。これは使える、と直感した。それから亜人を積極的に兵として受け入れるようになった」


 ロザリンドの眼差しは静かに、しかし強く僕らを捉えている。

「もちろん、兵士たちにも動揺はあった。だが戦闘を重ね、命を預け合ううちに徐々に信頼関係も生まれた」


 僕は言葉を失った。単なる軍略の話ではない、信念と経験が込められた話だとわかる。


「そして最近になって、派手に兵を集め始めた理由もある」

 彼女の声が少し低くなった。


「王都にて、亜人を粛清するという話を聞いた。亜人を上手く活用できればこんなに戦場が変わるというのに、だ。ならばいっそ殺される前に、この領地に王都中の亜人を集めようと決めたのだ。ここは王都ではないからな」


 僕は息を呑む。つまり、この地に来る途中で見た亜人たちは、彼女が“買い取った”存在でもあったわけだ。


「不思議に思わなかったか?王都で亜人に値がつけられていたことを。在庫処分の意味合いもあるだろうが、買ったところで殺されるというのに。やつらの唯一の客は私だったのさ」


 ロザリンドはそのまま静かに僕らを見渡す。

「だが、兵士として迎えた以上、私は人として扱う。亜人だろうとな。そうしなければ帰属意識が芽生えず、この領地を守るために戦おうなど思わない。戦力として使うのはもちろんだ。だがそれ以上に、私には彼らの命も守る義務がある」


 僕は目を伏せ、何を言っていいかわからなかった。

 王都の噂や偏見とは全く違う、現実を目の当たりにしたからだ。


 クラリスが小さな声で言った。

「……素晴らしい、と思います」


 レオは視線を落としたまま頷き、

「僕も……兵としてだけでなく、人として扱うという考え方に驚きました」


 アネッサは耳をぴくりと動かし、

「なんだか、すごく温かいね!」


 ノワールは淡々と、しかし鋭い目で言った。

「計算もあるでしょうが、それ以上に理念を感じますね」


 アイゼンは短く言った。

「戦力を最大化するだけでなく、守るべき者を守る――理にかなっている」


 ロザリンドはふんと鼻を鳴らして吐き捨てるように言う。

「ふん、買い被るな。私はただ領地と領民を守るために最善を尽くしているだけ。だがこの地で生きる以上、戦力と信頼関係の両立は絶対条件だ」


 僕は改めて、彼女がただの強者ではなく、戦場の現実と民の命、そして兵の命を背負った女性だと理解した。

この世界、あまり出てこないけど魔獣という魔力を帯びた獣がいます。人類種とは相容れない存在。

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