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勇々戦記 ー勇者リアン、迷いと覚悟の旅路ー  作者: ヨルイチ
第三章 エステリア神聖王国編
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第十一話 王との謁見、王子の企み

国交エアプなのでこんな国交のやり方があるわけない、と思う方もいらっしゃるかもしれません。エアプなので仕方ないですね。

第十一話


 朝の村はまだ薄い霧に包まれていた。

軒先で見送る人々の視線は、昨夜よりも幾分柔らかかったが、それでも完全に解けたわけではない。

僕たちは黙って頭を下げ、村を後にした。


王都まではもう少し。

街道を進むにつれて行き交う人影も増え、商人や旅人の姿が目につくようになっていった。

人の数が増えるほど、僕たちの一行――特にアネッサやノワール――は好奇の目で見られる。

けれど、村での出来事を経たせいか、僕は以前よりもその視線を冷静に受け止められていた。


昼を過ぎたころ、荷馬車を引いた旅の商人と道端で出会った。

丸々とした体格の男で、人懐こい笑みを浮かべている。


「おや、あんたら王都に行くのかい? 気をつけたほうがいいぜ」

「どういう意味ですか?」とクラリスが問い返す。


商人は荷馬車の手綱を握り直しながら、声を潜めるように言った。

「辺境の方でな、“女伯爵”さまが兵を集めてるって話だ。しかも、亜人でも腕さえ立てば構わず徴集するらしい」


アネッサが思わず口を開きかけるが、ノワールが袖を引いて止めた。

僕たちは息を飲んで商人の言葉を待つ。


「珍しいだろ? 王国の貴族にしちゃあ考えられん。

 ただな……あの領地は魔物の被害もひどい。兵を集める口実にしてるだけかもしれんが」


商人は肩をすくめ、荷馬車を進ませる。

「ま、王都に行けばもっと詳しい話も耳に入るだろうよ。道中、気をつけな」


砂埃を上げて遠ざかっていく荷馬車を見送りながら、僕たちはしばし無言だった。


女伯爵――。

異種族すら兵に取り込むというその姿勢は、王国の貴族としてはあまりに異質だ。

その名を聞いただけで、胸の奥に不穏な気配が広がっていくのを感じた。


 荷馬車が去り、街道に再び静けさが戻る。

僕たちは歩を進めながら、さきほど耳にした噂について口を開いた。


「……女伯爵…か」

クラリスが小さく呟く。その声には困惑と、わずかな興味が入り混じっていた。

「王国の貴族が亜人を徴兵するなんて、聞いたことがないわ」


「確かに異例だな」アイゼンが低く答える。

「だが辺境の防衛線となれば、力ある者を区別していられん状況もあるだろう」


「でもさあ、もしそれが本当なら――」とアネッサが言いかけ、ノワールに軽く袖を引かれる。

彼女は不満そうに口をつぐんだが、結局我慢できずに「……ちょっと変わってる人なのかな」と小声で漏らした。


レオは慎重に言葉を選ぶように口を開く。

「変わっている、というより……その人がどんな考えで動いているのか、まだ分からない。

 異種族を認める姿勢に見えても、利用するだけかもしれないし」


クラリスが頷く。

「ええ。王国の制度から考えれば、貴族が勝手に徴兵を行うのは許されないはずです。

 となれば……よほどの力か、王家からの特別な許しがあるのか」


歩調は落ちることなく続く。

ただ、会話の中に漂う空気は重く、誰も軽々しく結論を出そうとはしなかった。


僕は前を見据えながら、胸の内で考える。

王国の中で異質な存在――それが女伯爵。

もし彼女が本当に異種族を受け入れているのだとしたら……希望になるのか、それとも新たな火種となるのか。


「……会ってみなければ分からないな」

口をついて出た言葉に、皆が小さく頷いた。


街道の先には、王都へと続く広い道。

その先に、まだ知らぬ出会いと試練が待っていることを予感させた。


 

 街道を進むにつれ、視界が開けていく。

遠くに石造りの城壁が見え、その背後にそびえる塔や屋根が朝日に照らされて輝いていた。

王都――ついに辿り着いたその場所は、これまで見てきたどの街よりも規模が大きく、威圧的でもあった。


「……すごい」

アネッサが小さく息を漏らす。

「魔導国よりも、公国よりも大きい…!」


「大陸一の大国の王都。当然よ」

クラリスは抑えた口調で答えるが、その眼差しは少し緊張を帯びていた。

「この門を抜ければ、王国の中枢に足を踏み入れることになるわ」


僕も城壁を仰ぎ見て、胸が高鳴ると同時に微かな重みを感じた。

王都は歓迎してくれる場所ではない――特に僕たち異種族を含む一行にとっては、油断できない場所だ。


レオは僕の隣で小さく息を吐く。

「……でも、ここまで無事に来れたね」


「そうだな」

僕は前を見据えながら応えた。

「ここからも、気を引き締めて行こう」


アイゼンが腕を組み、少し離れた場所から道行く人々を観察している。

「こうも人が多いと、下手なことはできないな」


ノワールは無言で、街の喧騒を目で追っている。

その瞳には警戒の色が混じり、僕たちの行動をじっと見守っているようだった。


「……行こう」

僕は小さく呟き、仲間たちの後ろに続く。


城門前に立つ兵士たちが、一行をじろりと見つめる。

街の喧騒と威圧感に包まれながら、僕たちは王都の門をくぐった。


その瞬間、過去の村での過ちも、道中の不安も、胸の奥で静かにざわめきながらも、今ここで立ち向かう決意へと変わっていくのを感じた。


 城門をくぐると、王都の威圧的な空気が一行を包み込んだ。

整備された石畳、豪壮な建物、人の往来……華やかではあるが、異種族に対して冷たい視線が突き刺さる。

アネッサやノワールは無言で周囲を見渡す。歩くたびにささやき声が耳に届き、舌打ちや小声での悪口が混ざる。


クラリスが低く呟く。

「王都……やはり異種族に厳しい街ね。今となっては、不快でしかないわ」


 周囲を見渡しながらアイゼンが言う。

「俺らは先に宿を確保してくるよ。あまり大所帯で動いても仕方ないしな。ノワール、一緒に来てくれるか」


アイゼンとノワールは宿の確保に向かうべく先に街の奥へと進んだ。

大通りを抜け、裏道を伝って小さな宿を探す。二人の足取りは慣れたもので、街の空気の冷たさに動じず、淡々と行動している。


一方、僕、クラリス、レオ、アネッサの四人は市場や広場を歩きながら情報収集を試みた。

「……伯爵の領地って、やっぱり辺境にあるみたいね」

クラリスが低くつぶやく。聞き耳を立てながら、道行く商人や旅人の声を拾う。


しかし、耳に入るのはほとんどが既知の情報ばかりだった。

「腕っぷしのある者は徴兵される、亜人も容赦なく……」

アネッサが耳を澄ませるが、時折、冷たい視線が彼女に向けられる。


「――おい、亜人を連れているのか?」

商人の一人が声をかけてきた。

アネッサが少し笑いかけようとした瞬間、「奴隷がこっちを見るな」吐き捨てるように言われ、顔が硬直する。

レオはすぐにアネッサを守るように彼女の前に立ち、クラリスはアネッサの手を握る。

僕は商人を睨みつけ、「何か用か」と低い声で問う。

商人はなにか言いたそうだったが、僕の視線に怯んだのかどもりながら立ち去っていった。


気分が落ち込んだ僕達は情報収集はこれで最後にしようと、街角で老人に話しかけた。

「すみません……最近、王都でなにか変わったことはありませんか?」


老人は杖をつき、周囲を警戒するように視線を巡らせる。

「……ふむ、変わったことか。辺境の女伯、たしか、ロザリンドとか言ったか。あやつが兵を集めておるようじゃな。なんでも、亜人でも構わないのだとか。なにが狙いかはわからんが……」


僕たちは互いに顔を見合わせる。ロザリンド。それがあの女伯爵の名前らしい。ここにきて新たな情報が得られたが、老人の話はそれだけでは終わらなかった。

「それともう一つ。お前さんがたも奴隷を連れておるな。ならば知っておいたほうがいい」

 

老人は小さな声で続けた。

「王子が、王都内の異種族を一掃する『亜人大粛清』を計画している――そんな話を聞いた。貧民街にいようと誰かの奴隷だろうとお構いなしでの。亜人というだけで即座に処分するそうじゃ。お前さんがたも奴隷は早めに売り飛ばして金に替えることじゃな」


アネッサの目が大きく見開かれる。

「え……そんな……」


レオは拳を握りしめ、沈黙のまま僕を見つめる。

クラリスも言葉を失い、顔に冷たい影を落としていた。


胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。

王都の街の喧騒は、もう遠くに感じる。

耳にしたのは、これまで以上に恐ろしい噂――王子が異種族を対象に大粛清を計画している、という現実だった。


そのとき、アイゼンが僕達を探しにきた。どうやら宿がとれたらしい。僕達は一旦宿に入り、情報の共有と明日以降の動きを話し合うことにした。

 

 宿の小さな一室に、ようやく全員が揃った。

アイゼンとノワールが先に手際よく部屋を確保してくれていたおかげで、重い荷物もすぐに片付けられ、少しほっと息をつける空間になっている。


窓から差し込む午後の光は柔らかく、外の王都の喧騒を和らげるかのようだが、部屋の中の空気はまだ重かった。

異種族であるアネッサやノワールに向けられる街の視線の冷たさが、頭の中に残っているのだ。


クラリスが小声で口を開く。

「……女伯爵の名前、ロザリンドっていうらしいわ。それ以外はこれまで聞いた話と大差なかったわ。女伯爵の話に関しては、特に収穫はなしって感じかしら。それよりも……」

 クラリスは息をついてアネッサを心配そうに見る。普段は明るい彼女の表情が翳っていた。

アネッサが小さく息をつき、怒りと不快を滲ませる。

「……わかっていたんだけどさ、あたしを奴隷扱いする人間が何人もいたの……なんであんな言い方するの……」

ノワールは黙ったまま拳を握り、顔に冷たい影を落としている。

レオがそっとアネッサに視線を送り、優しく言葉をかけた。

「……気にしないで。僕達はそんなこと、思ってないから。……慰めにすらならないかもしれないけど」


僕は深く息をつき、窓の外の石畳を見つめながら、言葉を選んだ。

「ただ、今回聞いた話で一番重要なのは……王子が計画している『亜人大粛清』のことだ」


クラリスの眉がぴくりと動く。

「……王都内の異種族を一掃する、という噂……」

僕は頷く。

「噂とはいえ、信憑性は高い。街の人々の口からも同じような話が漏れていた」


アネッサの目が大きく見開かれる。

「……そんなこと、本当に……」


ノワールは顔色を変えずに拳を握り締め、静かに僕を見つめた。

アイゼンも腕を組み、冷静な声で補足する。

「王都の異種族差別は街全体に浸透している。噂だけでなく、現実の脅威として考えておかないといけないな」


レオも静かに頷き、クラリスは険しい表情を崩さず、しかし仲間たちに視線を配る。

アネッサは小さく息を吐き、肩を震わせながらも、隣にいるノワールに肩を抱かれて落ち着きを取り戻しつつあった。


窓の外、王都の街はまだ賑やかだ。

だが、その喧騒の向こうに潜む冷たい陰謀――女伯爵ロザリンドと、王子による『亜人大粛清』――を考えると、胸の奥に重い覚悟が静かに芽生えてくる。


「……明日、王への謁見だ。情報を整理して、対応を考えよう」

僕の言葉に、皆が静かに頷く。

この夜、宿の中で僕たちは体を休めながらも、王都での試練に向けて思考を巡らせ続けた。


 朝、宿の部屋に差し込む柔らかい光が、昨日の緊張を少しだけ和らげていた。

一行は軽く朝食を取り、荷物を整え、王への謁見に備える。

「今日、僕たちは王に旅の報告をしなければならない」

僕は窓の外を見ながら、静かに仲間に声をかけた。


クラリスも荷物を肩にかけ、緊張を押さえるように息を整える。

「魔導国で得た情報を、王に正確に伝えること。これが私たちの役目ね」


アイゼンは書簡を手に取り、手袋越しに確認する。

「公国からの書簡は間違いなく王に届ける。失礼のないように」


ノワールも魔導国からの書簡を握りしめ、無言で頷いた。

その沈黙には、異種族として王都に立つ覚悟が宿っている。


「僕たちは四人で行く。レオとアネッサは宿で待機してくれ」

僕は決意を込めて告げた。

アネッサは少し不満そうに口を開きかけたが、レオに制される。

「アネッサ、気持ちはわかるよ。だけど王に用事があるのは四人だけだし……あまり言いたくないけど、この国ではあまり君は出歩かないほうがいいと思う。僕と一緒に待ってようよ」

 レオが優しく諭し、アネッサもそれに従う。

「……分かったわ。待ってる」


宿の扉を出ると、王都の城壁や石畳の道が再び視界に広がる。

行き交う人々の冷たい視線は変わらず、異種族のノワールに向けられる敵意を感じる。

しかし、四人で肩を並べることで、少しは心強さもあった。


「まずは王宮へ向かう」

僕は静かに呟き、クラリス、アイゼン、ノワールと共に王城へ進む。

王都の喧騒と威圧感を背に、僕たちは旅の報告と書簡を携え、王に会うための道を踏み出した。


宿に残ったレオとアネッサは、窓際の椅子に座りながら、外の様子を見つめている。

「……無事に帰ってきてほしいな」

アネッサが小声でつぶやくと、レオは静かに頷いた。

「きっと大丈夫。あの四人なら、問題ないよ」


外の街は相変わらず冷たく、異種族に厳しいままだが、今はまだ動くべきは謁見に向かう四人の任務だ。

宿の中で、残された二人も静かにその行方を見守っていた。


 城門をくぐり、城壁に囲まれた広大な中庭を抜け、王宮へと続く大通りが見えてくる。

大理石の階段、重厚な鉄の門、王宮を守る衛兵たち。すべてが威圧的で、圧倒される。

「……王宮……相変わらず、すごい場所だ」

僕は息を呑み、自然と背筋が伸びる。


門前で衛兵に止められ、用件を告げる。

「勇者リアンと聖女クラリス、その供の者だ。王への謁見を願いたい」

衛兵は少し怪訝な表情を見せるが、聖剣を確認すると頷き、重々しく門を開けた。


中庭を抜けると、王宮の大広間へと続く廊下が見える。

壁には王家の紋章が刻まれ、豪華な絵画や彫刻が並ぶ。

足音が反響し、僕たちの歩みが広間全体に響いた。

クラリスは軽く肩を叩き、僕に囁く。

「気を引き締めていきましょう」


アイゼンは書簡を握りしめ、ノワールも魔導国の書簡を確かめる。

全員が静かに深呼吸をし、王との面会に備えた。


大広間の扉が目の前に迫り、ここから先に待つのは王への謁見――旅の報告と書簡の提出という、緊張と覚悟が入り混じった瞬間だった。



大広間の扉が開かれると、そこには威厳ある王が玉座に座っていた。

僕たち四人が一歩踏み出すと、王はゆっくりと立ち上がり、優雅ながらも力強い声で迎えた。


「リアン、クラリス、無事に戻ったか。長旅だったろう、よく戻ってきてくれた」

王の瞳は温かく、僕たちの緊張をわずかに和らげる。

クラリスは深く一礼し、僕も続く。

「ただいま帰還いたしました、陛下」

僕の声も自然と力が入る。


王は軽く微笑み、ねぎらいの言葉をかける。

「遠路はるばる、よくぞ務めを果たしてくれた」


僕は息を整え、報告を始める。

「陛下、魔導国の調査の結果をご報告いたします。魔法技術は目を見張るものであり、戦争となれば王国にとっても脅威となる可能性が高いです。秩序によって統治され、国土も広大で、統率力と技術力の両面で非常に強大な国でした」


クラリスが付け加える。

「しかし、魔導国は争いを望んでおらず、国交を開くことも検討しているということです。戦争を避けつつも、友好関係を模索していると考えられます」


 僕達の報告が終わった瞬間、王の表情が一変した。


「国交だと……? ふん、亜人ごときの野蛮な国と我が神聖なる王国が友好など結ぶだと?」

その声には吐き捨てるような軽蔑が滲み、瞳には亜人に対する見下しが露骨に表れていた。

「亜人は我が国の家畜にも及ばぬ存在。政治に口出しなどもってのほかだ」


クラリスは肩を震わせ、アイゼンは握りしめた書簡を見つめる。

アネッサやノワールを奴隷扱いするかのような王の言葉に、僕は胸の奥で怒りを抑える。


そのとき、ノワールが一歩前に出た。

「陛下、私は魔導国より派遣された大使です」

静かで堂々とした声は、王が勝手に思い込んでいた「家畜」のイメージとはあまりにもかけ離れていた。


王は目を細め、視界の端でノワールの存在を認めると、軽蔑と驚きが入り混じった声を漏らした。

「……貴様、魔人か?魔法しか能がない下等種族が、我が王宮に入るとはな」


ノワールは微動だにせず、両手で書簡を差し出した。

「こちらに、魔導国の公式書簡がございます。ご確認ください」


王は従者に命じて書簡を取らせ、中身を確認する。

そこには、魔導国の女王――魔王ヴァレリア――の筆致でこう書かれていた。


 『光を掲げる王国の陛下へ。

我はノクティリア魔導国を治める者、ヴァレリア。


まず告げねばならぬ。我らが剣を王国に向ける意志はなく、血を流すことを是とはせぬ。

されど、我が民や領土を侵す者には、夜の如き魔の力をもって断固として抗うことを恐れぬ。


王国が誇る技術、秩序、そして勇気は敬意に値する。

されど我らもまた、魔法という叡智を礎に立つ国である。

それを軽んじ、排斥する者は愚かであり、無視するのみの者もまた己を狭めるに過ぎぬ。


ゆえにここに示す――ノクティリアは、世界の一角を担う国として、

互いを敵と見做さぬ道を望む。対話と理解の中に、均衡を築く意思があることを。


王国が光を掲げ、秩序を尊ぶならば、我らはその光を否定せぬ。

だが、軽んじ、侮辱するならば、我らは力をもって守るのみ。


――魔王ヴァレリア』


 王は書簡を読み終えると、顔を真っ赤に染め、拳を震わせて声を張り上げた。


「な、何だこれは……! 我が王国に、亜人の王ごときが口出しするなど、断じて許せん! ふざけるな、下等種族が!」

怒りに任せて、書簡を掴むとそのまま燭台に投げ入れる。黒煙が立ち上り、瞬く間に灰となった。


「家畜同然の亜人が、神聖なるこの王に意見しようなど100万年早いわ! 何様のつもりだ! ましてや我らを脅かすなど、滅びよ、滅びろ、愚か者め!」

王は咆哮するように怒鳴り、目には激しい軽蔑と憎悪が渦巻く。


ノワールが毅然と立ち、冷静な声で告げる。

「……陛下の怒りは理解しました。ですが、これが現実でございます」


王の怒声が響き渡る大広間に、静かに立つノワールの姿との対比が凍りつくような緊張感を生む。

僕たちは息を呑み、肩の力を抜くこともできず、王都での苛烈な現実を改めて思い知らされるのだった。


 王が激怒のまま僕たちを睨みつける中、視線がアイゼンに向いた。


「……そちらのものは何の用だ?」

その声にはまだ怒りがこもっているが、王が従者以外の存在に目を向けた瞬間だった。


アイゼンは静かに一歩前に進み、深く一礼した。

「陛下、私は公国より参りました。大公より預かりました書簡をお届けいたします」


王は眉をひそめ、書簡に目を向ける。

アイゼンが差し出す書簡は厚みがあり、紙面には丁寧かつ威厳を感じさせる筆致で文字が並ぶ。


 

『王国陛下へ、

我は公国の大公、エルドリヒ。


この度、我が公国は隣国ノクティリア魔導国との正式な国交を開くことを決定いたしました。

魔導国との関係は、平和的かつ友好の精神に基づくものであり、互いの国益と民の安寧を尊重することを目的としております。


王国におかれましても、変わりゆく世界の状況をご理解の上、慎重かつ賢明な判断をくだされることを望みます。

我らは、秩序と礼節を重んじ、相互の尊厳を損なうことなく、安定と繁栄を築く所存です。


王国の今後の方針に、我らは敬意を払いながらも、世界は変化しつつあることをここにお伝え申し上げます。


――公国大公エルドリヒ』



王は書簡を読み終えると、顔がさらに紅潮し、怒りを露わにした。

「な、何だと……! 公国までが魔導国などと……! 我が王国を軽んじるつもりか!」

手を振り上げ、怒声を響かせる。


僕たちは息を呑み、アイゼンは冷静を保ちながらも、王の激怒に圧倒されて立っていた。

ノワールは相変わらず静かに王を見据え、広間には凍りつくような緊張が張り詰める。

王国の支配者としての誇りと傲慢、そして亜人や隣国に対する軽蔑が、この瞬間に最大限に表れたのだった。

 王の怒声が響き渡る広間で、僕たちは押し出されるように外へ追い出された。

「出て行け、二度と我が前に現れるな!」

その声の圧迫感は、言葉以上に重く、僕たちの胸を押し潰すようだった。



廊下に出ると、背後から軽やかな足音が響く。振り向くと、そこに立っていたのは王子カイリスだった。

金色の髪が光を反射し、切れ長の紫の瞳が僕たちを捉える。王子としての威厳と、どこか軽やかな冷徹さを兼ね備えた青年だ。

クラリスの肩越しに、にやりと笑みを浮かべる。


「クラリス、今日も美しいな。……でも、表情が硬いな。父上の言葉に怯えたか?」

クラリスは軽く頭を下げ、丁寧に答える。

 

「カイリス様、ご機嫌麗しゅう。久々の謁見で緊張しただけですわ。お気になさらないで」


「取り繕わなくていい。それに、父上はほぼ引退の身だ。まだ継承していないだけで、実権は僕にある。父上の言葉は気にしなくていいよ」


 王子カイリスの物腰は柔らかく、その言葉は耳触りがいい。王はああ言ったけれど、もしかしたら王国との関係も期待できるのかもしれない――そんな期待はすぐに打ち砕かれることになる。

「父上はお優しすぎるんだ。亜人を放っておくからあんな口を聞かれる。早めに滅ぼしておけばよかったのに」


 クラリスはきっと王子の本性を知っていたのだろう。その言葉を聞いてもにこやかな態度は崩さない。だが、僕はこの国の実質的な最高権力者がこの考えだと知って、唾をごくりと飲み込んだ。

 ――まさか、王よりもさらに過激な思想だとは。


カイリスの視線はすぐに僕たちにも向いた。

「おっと失礼、勇者殿も一緒だったか。僕はカイリス。この国の王位継承者で、クラリスの婚約者だ。長旅ご苦労だったね」

 

急に話しかけられて少し戸惑い、更に衝撃の一言を告げられたがなんとか対応する。

「あ、ええ、どうも…リアンです。婚約者……ですか」


「ああ、そうさ。元々は親同士が決めた婚姻だったんだが、彼女は弛まぬ努力によって聖女に選ばれた。僕に相応しい女性に育ったんだ。きっと国民の誰もが祝福するだろう」


 アイゼンが口を挟む。

「親同士、ね……。肝心のクラリスの気持ちはどうなんだ?」


 カイリスはアイゼンをちらっと見て答える。

「庶民の考えそうなことだね。貴族で恋愛結婚なんてできるほうが少ないよ。まぁ、この僕の花嫁になるんだ。嫌なんてことはありえないけどね」


 ノワールは冷静な口調で皮肉を言う。

「大した自信ですね。どこから湧いてくるのやら」


 しかしカイリスはノワールのことなどいないかのように視線すら送らない。

そしてクラリスの目を真っ直ぐに見て告げる。

「このゴミはずいぶん小綺麗にしてるじゃないか。ダメだよクラリス、ちゃんと管理しないと。それともまさか、亜人ごときに絆されたなんて言わないだろう?」


 軽く鼻で笑うような口ぶりで、亜人である僕たちの存在を嗤う。

クラリスは目を逸らして俯き、肩をやや震わせる。言い返したいだろうに、それを我慢しているのが伝わってくる。


更にカイリスはクラリスの耳元に近づき、低く、まるで秘密を打ち明けるかのようにささやく。

「……ところで、覚えておくといい。僕は計画を進めている。亜人たちへの粛清だ。君の周りも例外ではない。そこの魔人も、一緒にいた獣人もだ」


クラリスの顔が一瞬にして青ざめる。僕はその表情を見て、胸が締め付けられた。

「はは、孤児院育ちの勇者殿はともかく、王国の聖女たる君がそんなことを恐れるわけはないか。王都が綺麗になるんだ。嬉しいだろう、クラリス。それじゃあね」

カイリスはそのまま軽やかに一礼し、歩き去る。振り返りもせず、冷たくも鮮やかな存在感を残して。


残された廊下には、王子の言葉と、広間での王の激怒の余韻が混ざり合い、僕たちの心を重くする。

クラリスはしばらく、声も出せず立ち尽くしていた。


僕は、仲間たちの顔を見渡す。アイゼンもノワールも、緊張の糸を緩めず、異様な空気を警戒している。

この王都で、僕たちはただ生き延びるために、互いに寄り添うしかなかった。


本文には出てこないので補足。

王国の王の名前はアルトリウス。若い頃は武勇を誇った王でしたが、今ではすっかり肥えて戦えなくなってしまった。

もうひとつ補足。

この世界、名字は存在しますが作劇上描写する必要がないので省いています。

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