第百九話 大切な約束
第百九話
その日の夜。
仲間たちはそれぞれ王城の客室へ戻り、僕は医務室に残って胃に優しい夕食をとっていた。体力は戻りつつあるけれど、まだ本調子には遠い。それでも、隣にはずっとセラフィリアがいてくれた。
黙って寄り添う彼女を見ていると、ふと気になっていたことを思い出す。
「そういえば……僕が目を覚ましたとき、セラフィリア、僕のこと“リアン”って呼んでたよね。珍しいなって」
食器を片付けていたセラフィリアの肩がビクッと震えた。
次の瞬間、耳まで真っ赤に染まる。
「あ、あああ、あれはっ……! か、感情が昂って……つい……っ! わ、忘れてください……!」
あまりの慌てぶりに、思わずくすりと笑ってしまう。
「忘れないよ。仲間なんだし、そう呼んでくれると嬉しいな」
セラフィリアは目を大きく見開き、とても恥ずかしそうな顔をした。
少しして、意を決したように唇を震わせながら言う。
「…………り、リアン……」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「うん、いいね。……ありがとう、セラフィリア」
そう言うと、彼女は顔をさらに赤くして俯いた。
けれど、次の瞬間キッと僕を睨むように見上げ、震えながら言葉を続ける。
「だったら……私のことも……セラと……よ、呼んでください……」
言うほどに声が小さくなっていき、最後は蚊の鳴くような声だった。
僕も同じくらい顔が熱くなるのがわかったけれど、ゆっくりと口を開く。
「……せ、セラ……?」
セラはふわりと花が咲くように微笑んだ。
「ふふ……はい、なんですか、リアン?」
その笑顔に、僕の心臓は跳ねるように鼓動した。
何度かお互いの名前を呼び合っていると、不意にセラが僕の手に自分の手をそっと重ねた。
「リアン……私、こんな気持ち……初めてです。
ただの仲間じゃない。絶対に失いたくない。……誰にも渡したくない」
静かな医務室の中で、その言葉はやけにはっきりと胸に届いた。
セラフィリアは逃げず、僕を真正面から見つめてくる。
「この戦いが終わっても……そばにいていいですか?」
僕も同じように彼女の瞳を見返す。
「うん……もちろん。セラが居てくれると、嬉しいよ」
その瞬間、セラフィリアの表情がふっと緩み、ゆっくりと顔を近づけてきた。僕は少し身構える。
しかし触れたのは予想していた箇所とは違い、互いの額だった。コツンと音を立てて触れ合う。近い。息が触れる距離だ。
「……この先は、戦いが終わってから。
その時に……大切な言葉を贈ります。
だから……どうか死なないで、リアン」
胸の奥が痛いほど熱くなる。
そしてセラフィリアは優しく僕を抱きしめ、慈しむように背中をさすった。そして僕から離れ、すぐそばに用意してもらった自分用のベッドへ向かった。セラフィリアの頬が赤く染まっているのが夜の暗闇でもわかった。
「さぁ、リアンは体力を取り戻さないと。まだまだ戦いは続きますよ。しっかり寝ましょうね」
布団に入ると、彼女は柔らかく微笑んで言う。
「お休みなさい、リアン」
「……お休み、セラ」
そう返したものの、セラフィリアの体温と声が耳から離れず、
その夜――僕はしばらく眠れなかった。
翌朝。
まだ身体の重さは残るものの、僕は医務室のベッドで簡単な朝食を取っていた。そこへ、仲間たちが順に姿を見せる。
最初に声をかけてきたのはノワールだった。
「おはようございます。皆さんには任務達成および指揮官撃破の功により、しばらくの休暇と褒美が与えられます。ゆっくりとお休みください」
柔らかく頭を下げると、彼女はすぐに踵を返す。どうやらまだ仕事が山積みらしい。
「ノワール様がいないと勝てなかったのに、ノワール様は休めないんだって。残念だよね」
アネッサがソファに深く座り込み、ため息をつく。
クラリスが肩をすくめた。
「仕方ないわよ。彼女は私たちよりも多くのものを抱えてるんだから」
「僕たちは一週間くらい休めるみたいだよ。それから褒美を授与するって、ロザリンドが言ってた」
レオが丁寧に説明してくれる。
「褒美か……なんだろうな。うまい飯か? いい肉か?」
横でアイゼンが腕を組んでうなり、アネッサが思わず吹き出した。
「ご飯のことばっか! お腹空いてるの?」
「うるせぇ」
そのままデコピンして、アネッサが「いった!」と額を押さえて猫らしくフーーッと威嚇する。
ふと、そのやり取りを見ていたセラが、少し嬉しそうに微笑んで言った。
「リアンの体力がある程度戻ったら、みんなでまた出かけたいですね」
「うん、いいね。王国にはまだ綺麗なところがあるから、セラにも見せたいな」
自然とそう返していた。
だけど――
「待って待って待って、なんて言ったの、今?」
アネッサが大きな目をさらに大きくして僕を見た。
セラはぽかんとした顔で首を傾げる。
「え、みんなで出かけたいって……?」
「ちがーう! そこじゃない! リアンって呼んだよね!? セラって呼んだよね!?」
アネッサのテンションはさらに加速する。
「ねぇ何があったの!? 昨日の夜だよね!? あたしたちと別れる前は“リアンさん”と“セラフィリア”だったよね!? 何があったの!?」
勢いに押され、クラリスが慌てて止めに入る。
「ちょっとアネッサ、落ち着きなさいって……。でも、その……どうなの?」
最後の一言は完全に興味でできていた。
セラフィリアは顔を真っ赤にして俯いてしまい、僕は手を振って必死に否定する。
「な、何もないよ、何も!」
「何もないわけないだろ。言えよ」
アイゼンがニヤニヤしながら詰め寄り、レオまで耳を赤くしてこちらを見ている。
いや、本当になんかもう勘弁してほしい。
そんな賑やかな空気を、冷たい声が断ち切った。
「……うるさくするなら出て行ってもらうよ」
医師が眉間に皺を寄せて立っていた。
その瞬間、室内の喧騒がぴたりと止まり、皆が気まずそうに口を閉ざした。
「怒られちゃったね……」
アネッサが小声でつぶやく。さっきの医師の一喝がまだ耳に残っていた。
「誰のせいだと思ってるんだ」
隣でアイゼンが低い声で突っ込み、アネッサはケロッとした顔でそっちを見た。
「はいはい、リアンとセラフィリアの件はまた今度詳しく聞くとして……」
パン、と元気よく手を叩く。
……どうやら、逃げられそうにない。胃の奥が変なふうにきゅっとなる。
アネッサはころっと表情を変え、にこっと笑った。
「ピクニックはホントに行こうよ! 計画立てない?」
その言葉にみんなが賛成した。
そして五日後、ピクニックに行くことが決まった。
「景色のいい場所、知ってるわ」
クラリスが行き先を提案してくれ、そのまま採用される。
お弁当の担当は――アイゼンとセラフィリアに決定。
レオは当日の買い出し係。
アネッサはロザリンドへの許可取りと、ノワールを連れ出す準備。
いつものように、役割分担が次々決まっていった。
読んでくださってありがとうございます。
仲間同士のわちゃわちゃを書くの、楽しい…




