第百八話 決着、そして生還
第百八話
side:セラフィリア
王城に着いた頃には、私はもう足が震えていた。
リアンさんを抱えたアイゼンさんの背中を必死に追うだけで精一杯で、でも——置いていかれるわけにはいかなかった。
医務室の扉が乱暴に開かれ、すぐさま医師たちがリアンさんに群がる。
ベッドに寝かせられた彼の体は冷え切っていて、呼吸も弱々しい。
さっきまで私がかけていた回復魔法は……もう、魔力が尽きてしまって続けられなかった。
胸がぎゅっと潰れそうなほど、悔しさと不安でいっぱいになる。
「どうか……どうか、生きて……!」
医師と魔法使いたちが次々と魔力を送り込み、傷を塞ぎ、失われた血を補填していく。
それでもリアンさんの瞼はぴくりとも動かず、まるで深い深い闇に取り残されたみたいだった。
私はベッドの横で祈るように手を握りしめ、震える声で話しかけた。
「リアンさん……まだ話したいこと、たくさんあるんです。
あなたのこと、もっともっと知りたいんです。
だから……お願い。目を、覚まして……」
返事はない。
けれど私は諦めたくなかった。
どれくらい時間が経っただろう。
部屋の明かりが揺れて見えるほど、私はずっと涙を堪えていた。
——そのとき。
リアンさんの指が、かすかに動いた。
「……っ!」
顔を上げる。
彼のまつげが震え、ゆっくりと瞼が開いて——淡い青色の瞳がこちらを捉えた。
「リアンさん……! リアン!!」
気づいたら、私は彼に抱きついていた。
堰を切ったように涙が溢れ、胸に顔を押しつける。
生きてる。
あたたかい。
それだけでもう、力が抜けそうだった。
「よかった……ほんとうに……っ……」
リアンさんは弱々しくも優しい声で私の名を呼び、そっと背中に手を回して撫でてくれる。
「……泣かないで、大丈夫だよ。ほら……」
その掌があまりにも優しくて、私はさらに涙をこぼした。
生きていてくれて、本当に……よかった。
side:リアン
目を覚ましてしばらくすると、医務室が少しずつ慌ただしくなってきた。
最初に入ってきたのはエミリオだった。
白衣の裾を揺らしながら、ほとんど駆け込むように僕の顔を覗き込んでくる。
「……目を覚ましたんですね。……本当に、よかった」
そう言った彼は、胸を撫でおろすと同時に額に手を当てて深く息をつく。
「心配で研究なんて手につかなかった」とぼやきながら、でも安心したのかすぐに隣の研究室へ戻っていった。
次に来たのはロザリンドだ。
扉を開けて一歩だけ近づき、僕の顔を確かめると、
「……生きているな。ならば良し」
それだけ言って背を向けて出ていく。
けれど、その横顔がかすかに安堵していたのが見えて、胸が少し温かくなった。
しばらくして、仲間たちが一度に医務室へなだれ込んできた。
クラリス、レオ、アネッサ、アイゼン、そしてノワール。
泥まみれで、服も破れ、疲労が隠せない姿だったけれど……誰一人欠けていない。それが何より嬉しかった。
そのあとに、グレン、ヴァルディス、カリーナ、そしてアルボレアも続いて入ってくる。
四人は僕の様子を一瞥し、無事だとわかると静かに頷き合って部屋を出ていった。
みんなの顔を見て、僕はようやく呼吸が楽になった気がした。
「……戦い、どうなったの?」
ベッドに横たわったまま質問すると、アイゼンが腕を組んで答えてくれた。
「指揮官が俺たちとの戦いに夢中になってるあいだに趨勢は決していたようだ。
そして指揮官が死んだことで、完全に敵軍は瓦解した。一人残らず殲滅したよ」
「そっか……よかった。みんなは……ずっと戦ってたの?」
レオが苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。
「魔力と体力が戻ったらすぐに出たよ。まぁ……正直、あんまり出番はなかったけどね」
すると、アネッサがニヤニヤしながら僕とセラフィリアを交互に見た。
「セラフィリアだけはず〜っとリアンのそばから離れなかったけどね。ほら、まだ手なんて繋いじゃってさ〜」
「なっ……!」
セラフィリアが顔を真っ赤にしてバッと手を離し、思わず声を裏返らせる。
だけどすぐに、意を決したように再びそっと僕の手を握り直した。
その真っ直ぐな仕草に、今度は僕のほうが顔が熱くなる。
セラフィリアは僕をまっすぐに見つめ、震える声で言った。
「……守ってくださって、本当にありがとうございました。
ですが、あんな無茶は……もうやめてください。生きた心地がしなかったんです」
悲しげな瞳に胸が締めつけられ、僕は小さく「ごめん」とつぶやいた。
しん、と沈黙が落ちる。
その空気を破ったのは、もちろんアネッサだった。
「セラフィリアってば、ずーっとリアンに声かけてたんだよ? 愛されてますなぁ〜、リアン?」
「ア、アネッサさん!」
セラフィリアが真っ赤になって叫ぶ。
アネッサは歯を見せて楽しげに笑う。
そのやり取りに、クラリスが上品にくすりと笑い、レオも肩を揺らして笑う。
ノワールが微笑み、アイゼンは珍しく声を出して笑った。
その輪に混ざりながら、僕も気づいた。
——ああ、帰って来られたんだ。
この、みんなのいる場所に。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
読んでくださってありがとうございます。
次回、イチャイチャします。そしてとても大事な回になります。




