第百七話 魔法使いの宴
第百七話
「このノワール――微力ながら、助太刀に参りました」
その背後では、土壁の中でヴェイルが業火にもがき、
焼けただれた悲鳴がこだました。
ノワールは、僕たちの状況と、炎に焼かれたヴェイルを一瞥しただけで戦況を理解した。
「……なるほど。敵は魔法使い単体。されど攻防に優れ、その威力は抜群。
皆様におかれましては、連戦の疲れと相性の悪さから劣勢……といったところですね」
アイゼンが荒い息で応じた。
「ああ……そんなところだ。助けに来てくれたのか?」
ノワールは静かに頷いた。いつもは冷ややかな声音なのに、どこか僕たちを気遣う色があった。
「ええ。……私も、皆様の仲間だと、そう思っていますので」
微笑んでから、ノワールはヴェイルへ視線を向ける。
ヴェイルは水魔法で辛うじて炎を消したらしい。
だがその体は無惨だった。服は焼け、その右腕は炭と化してほとんど形を留めていない。
息は荒く、怒りに震えていた。
「き、貴様……よくも……! 何者だ……!」
もはや先ほどまでの冷静な指揮官の面影などない。
ノワールは恭しく一礼し、淡々と名乗った。
「魔王様が秘書、ノワールと申します。以後お見知り置きを」
それから――ふっと、相手を見下すように笑う。
「……“以後”があればの話ですが」
その一言で、ヴェイルの怒りは完全に爆ぜた。
「その減らず口……すぐにきけなくしてやる!」
ヴェイルは短い詠唱を連発し、地・水・火・風――様々な属性の魔弾を雨のように撃ち出した。
だがノワールは一歩も動かない。
避けない。防御魔法も張らない。
魔弾を――真正面から、すべて受けた。
「ノワール!」
クラリスが悲鳴をあげる。
けれど、ノワールは……無傷だった。
「込められた魔力が少なすぎます。これはただの虚仮威し。
恐らくは防御させて、こちらの魔力切れを狙う――臆病者の、卑怯な戦い方です」
ノワールは挑発めいた声でそう言い、掌に魔力を収束させる。
「本気で相手を殺すつもりなら……このくらいは必要ですから」
空気が震え、無数の炎の槍が形成される。
それらが一斉にヴェイルへ襲いかかった。
「ぐっ……!」
ヴェイルは焦りながら水魔法の壁を作って防ぐ。
衝撃に耐えきれず、炭になっていた右腕はぼろりと崩れ落ちた。
ヴェイルの目が血走る。
「いいだろう……! お前は苦しめて殺してやる……!」
ノワールは表情を崩さなかった。
ただ冷ややかな声で告げる。
「なるほど。ならば私は――苦しむ暇もなく、圧倒的な火力で焼き尽くして差し上げます」
ノワールとヴェイル、ふたりの攻防は一瞬ごとに研ぎ澄まされていく。
互いに小さな魔弾、小規模の魔法で牽制し、相手の視線・手の動き・魔力の流れ、そのわずかな“緩み”を探す。
どちらもフェイントを織りまぜ、読ませない。
ノワールの指先から小さな炎球がいくつも散り、ヴェイルは土と風の薄い障壁で受け流す。ヴェイルが短く詠唱し、鋭い水刃を数発放てば、ノワールは即座に炎の魔力をまとうことで刃を蒸発させる。
息を詰めるような応酬。
周囲の空気が焦げ、震え、歪んでいく。
ヴェイルが先に仕掛けた。
低く短い詠唱。足元からせり上がる土柱。
ノワールは後方へ跳躍——その動きを読んでいたかのように、頭上から風刃が迫る。
「……っ!」
ノワールは咄嗟に炎を爆ぜさせ、身体を横へ吹き飛ばすことで風刃を外す。土煙がわずかに上がる。
(読まれてる……!)
だが——ノワールもまた、ヴェイルの“次”を読んでいた。
魔法を複数放った直後、ヴェイルは必ず呼吸を一度整える。
その瞬間、魔力の流れが一拍だけ緩む。
ノワールはそこに、ひとつだけ残していた炎弾を叩きつける。
爆ぜた炎がヴェイルの頬を掠め、小さな火花が舞う。
続けざまにノワールは大きく息を吸い込み、胸の前に両手を揃え——
大規模な炎魔法の“核”を形成し始める。
同時に、ヴェイルもまた短い詠唱から一気に長文の詠唱へ切り替え、巨大な魔力を膨らませる。
互いに大技。
互いに決めに来ている。
戦場の空気が重く、熱を帯びて震え——
ノワールの巨大な火球と、ヴェイルが放った深い闇の奔流が激突した。
炎と闇がせめぎ合い、爆発のような轟音が響き渡る。
瞬間、世界が揺れた。
熱風が砂埃を巻き上げ、地面が震え、視界は真っ白な煙に覆われる。
やがて煙が薄れたとき、そこには——互いに肩で息をし、なおも睨み合うノワールとヴェイルの姿。
「これでも……倒せんとはな……」
ヴェイルは憎々しげに口元を歪める。
ノワールは額の汗を拭い、淡々と返した。
「貴方こそ……ずいぶんしぶといですね」
その瞬間、ヴェイルの目が細くなり——不気味に笑う。
「……やっと隙ができたな」
地面が蠢いた。
土が蛇のようにせり上がり、ノワールの足元から一気に絡みつく。
太腿、腰、胴、腕を瞬く間に拘束し、その身動きを封じる。
「ク、クク……ハーッハッハッハ!!」
ヴェイルは勝ち誇って高笑いした。
「貴様ほどの魔法使いでも油断はするのだな! これで終わりだ!」
闇の魔力が手のひらに凝縮されていく。
まるで空間そのものが吸い込まれていくような、不吉な黒。
しかし——拘束されたノワールは、なぜかふっと笑った。
「……なにがおかしい?」
ヴェイルが目を細める。
ノワールは静かに言った。
「何か忘れていませんか?」
その言葉の意味をヴェイルが理解するより早く。
——ドスッ。
背後から衝撃。
胸を突き破る鋭い鉄の感触。
ヴェイルは見開いたまま硬直し、胸元に視線を落とす。
胸から突き出ているのは、冷たく鈍い光を放つ アイゼンの槍。
血がとめどなく溢れ、口元からも滴り落ちた。
「ま、魔法勝負に……水を差す……無粋者め……!」
ヴェイルは苦しげに憎まれ口を吐く。
ノワールは冷静だった。
「私は仲間を助けに来たのです。あなたと力比べをするつもりなどありません」
「そういうことだ。……じゃあな」
アイゼンが短く告げ、槍をねじる。
肉が裂け、血が噴き出す。
引き抜かれた瞬間、ヴェイルの身体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
痙攣も、呻きも、すぐに止む。
束縛がほどけ、ノワールは静かに手をかざす。
「念には念を、です」
死体を包むように炎が立ち昇り、一気に灰へと変わっていく。
焦げる臭いと、パチパチと燃える音だけが残った。
炎が消えた頃、ノワールはふと振り返る。
ぐったりと倒れ込んでいる僕を見て、少し慌てたように駆けてくる。
「まずは治療を……急ぎましょう!」
焦りの色が声に滲む。
アイゼンが僕を抱え上げ、アネッサが先導して走り出す。
魔力切れで足取りのおぼつかないクラリス、レオ、セラフィリアに、ノワールは小さく魔力を分け与え、息を整えながら王城へと急いだ。
読んでくださってありがとうございます。
ノワールの裏設定をひとつ。
彼女は魔王に心酔しており、もともと七曜魔を志していましたが、七曜魔の結成当時は当時は力不足。だけど魔王のそばに居たかったので秘書になるべく努力しました。その努力が報われ秘書になった今も、七曜魔への憧れは捨てきれずに研鑽を続けています。
本当は作品内で描写したかったのですが、物語の都合上描写できていない設定が多々あります。
なので完結後に設定をまとめて投稿しようと思っています。




