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第百四話 指揮官、ヴェイル

第百四話


side:リアン

 建物の陰を縫うように走り、大きく回り込んでいく。

思ったより警戒が薄い。


……罠の可能性は十分にある。

だけど、迷っている時間はない。迅速に動くしかない。


前方から、戦闘の音がさらに激しさを増した。

ちらりと視線を向ければ、アルボレアの根が燃やされ、煙が上がっている。


心臓が跳ね上がった。

そっちに駆けつけたい。でも——。


「信じるしかない……!」


呟き、走りを止めない。


しばらく進むと、敵軍の真後ろに出た。

距離はあるが、あの長身の男——さっき見た指揮官らしき悪魔が見える。

周囲には護衛が数人。罠らしい仕掛けはない。


「行こう!」


武器を構えて飛び出すと、すぐに護衛が気づき、こちらへ向かってくる。

指揮官本人もこちらを向き、眼鏡の奥で鋭い瞳を細めた。


「お前たち……ヴァスヘルに何度も侵入してきたネズミたちか」


冷たい声だった。

僕は剣を構え直しながら問い返す。


「僕たちのこと、知っているのか?」


「当たり前だ。何度お前らを取り逃したと思ってる。

 どう戦うかも、それぞれの役割も知っている。名前は知らんがな」


僕たちは一言も返さず、距離を詰めつつ、敵の動きを見極める。


「お前が、指揮官だな?」


尋ねると、男は軽く眼鏡を押し上げて答えた。


「ああ、俺が指揮官だ。ヴェイルと言う。

 そういうお前は?」


短く息を整えてから、名乗る。


「リアン。剣士だ」


ヴェイルは僕の仲間たちに視線を巡らせてから、

わざとらしく肩をすくめて見せた。


「なんだ、全員の名前を教えてくれないのか?」


首を横に振る。


「僕だけで十分だろ」


「残念だな」

ヴェイルは小さくため息をついた。


「俺は指揮官だが、研究者も兼ねててな。

 名前を教えてもらわないと困るんだよ」


「……どういう意味だ」


問い返すと——。


そこで初めて、ヴェイルは人のものとは思えない狂気的な笑みを浮かべた。


「お前らを解剖したときに、名前を知らないと検体を整理するのが面倒だろ?」


背筋に氷を流し込まれたような寒気が走る。


「……っ!」


僕たちは一斉に臨戦体制へ移行した。


その狂気じみた笑みを、もう黙って見ている理由はない。


 ヴェイルが懐から一冊の本を取り出した。その表紙を開いた瞬間、低く不気味な詠唱が始まる。


「させるか……!」


僕とアネッサは即座に飛び込んだ。詠唱を止めるなら今しかない。しかし、その前に護衛が立ちはだかる。


「くそ……邪魔ぁッ!」


アネッサが護衛の一人へ拳を叩き込んだ。その瞬間だった。

護衛の体が、ぼちゃん、と液状に崩れ、アネッサの腕を丸ごと飲み込んだ。


「っ……!」


アネッサは即座に腕を引き抜き、後ろへ跳んで距離を取る。


ヴェイルは本の影から、心底愉快だと言わんばかりに笑った。


「この間、ヴァスヘルで死んだスライムがいてな。その体を少し移植したんだ」


体が一瞬、総毛立つ。


……ネレイア。

その名前が頭に過った瞬間、胃の奥がキリキリと痛んだ。

まさか、ネレイアの“体”を利用されたなんて。


怒りが胸の奥で膨れ上がる。それでも、深く息を吸って押し殺した。感情に任せて突っ込めば、敵の思う壺だ。


冷静に見ろ。

敵は護衛三人──スライムが一人。残り二人も何か仕込んでいるかもしれない。

そしてヴェイル本人の実力は未知数。


油断は命取りだ。


僕は剣を構え直しながら、最短で勝つための道筋を素早く探った。


「……落ち着け。焦るな」


自分に言い聞かせるように呟き、ヴェイルと護衛たちを睨みつける。


本を開いたまま詠唱するヴェイルの声は徐々に速度を上げている。


時間がない──それだけは確実だった。


護衛は三人。ヴェイルに近づくには、まずこいつらを突破しなければならない。


「アネッサ、アイゼン──行こう!」


僕ら三人は同時に前へ出た。護衛一人ひとりを押さえつけ、ヴェイルを無防備にするためだ。


まず、僕はスライムの護衛に斬りかかる。

切っ先が触れた瞬間、ぶよりとした感触が刃を吸い込むように受け止めた。


……やっぱり普通の相手じゃない。


隣ではアネッサがもう一人に拳を叩き込む──その瞬間、


「熱っ!?」


アネッサが飛び退いた。拳を押さえ、顔をしかめている。

たしかに、相手の体が赤熱してゆらゆら揺れて見える。

アネッサは拳をさすりながら、ギロリと護衛を睨む。

「炎の体……元々は精霊? 厄介だなぁ、もう……!」


ヴェイルはその背で詠唱を続けている。

まずい、このままだと妨害が間に合わない──!


アイゼンは一歩も引かず槍で間合いをキープしていた。

鋭い突きを放ち、相手の心臓を狙う。だが──。


ガンッ!


「……硬ぇな……! なんだこいつは……!」


金属に当たったような乾いた音が響き、刃は弾かれてしまう。

ヴェイルはその様子を見ながら詠唱を続ける。


しかし護衛は僕達で引きつけた。ヴェイルは無防備だ。


その間にも、レオが素早く詠唱し風魔法を放った。

狙いはもちろんヴェイルの詠唱阻害。


「……チッ」


舌打ちしたヴェイルは詠唱を中断し、短い呪文で防御障壁を発動。

風刃は障壁に吸い込まれるように消えた。


「まったく役に立たん護衛だな。また最初から詠唱し直しだ」

ヴェイルが再び一から詠唱を始めようとした、その時だった。


ずっと後方で詠唱を続けていたセラフィリアが、静かに手をかざす。


「──燃えなさい」


放たれた鬼火が、ヴェイルの手にある本を正確に射抜き、瞬く間に燃え上がる。


「……ッ!」


ヴェイルは顔を歪め、燃えた本を投げ捨てた。


「はぁ……面倒なことだ、本当に」


そう言いながらも、ヴェイルの目にはまだ余裕が残っていた。

本を失っても、あいつはまだ“何か”を隠している。


緊張がじわりと背中を這いあがる。

読んでくださってありがとうございます。

連戦です。無事に勝てるでしょうか。

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