第百三話 グレンの奮闘、ヴェイルの策謀
第百三話
side:グレン
根の壁が地を割って伸び上がったのを見た瞬間、
(アルボレアだな)
とアタシはすぐに理解した。
ならば、後ろは任せていい。
アタシが気にすべきは、前——ただそれだけだ。
金棒を横薙ぎに振る。
骨が砕ける音と悲鳴が混じり合い、十数体の悪魔がまとめて吹っ飛んだ。
だけど、アタシは決して前に出すぎない。
突出しすぎれば——味方はついて来れず、視界が閉じる。
……その結果がどうなったか、アタシは嫌というほど知っている。
(あの時みたいには……もう二度と、させねェ)
王国騎士団との戦い。
アタシが前へ出すぎたせいで、後ろも見ず暴れたせいで……
相棒だったテラリスを喪った。
巨人族のあいつなら、隣にいれば絶対に倒れなかった。
でもアタシが離れた。あの一瞬の判断が、命を奪った。
胸の奥でくすぶり続ける痛みに、アタシは歯を食いしばる。
「まだだ……! アタシはここで止まらねェ!」
敵は多い。
あまりにも多すぎる。
鬼族の戦士は確かに屈強だが、それでも限界はある。
十、二十と連続で群がられ、肉壁に押し固められれば、金棒を振り切れないまま殺される。
だからアタシは味方の側を離れない。
そばにいれば、押し寄せる敵の負担は一気に減る。
味方の兵が悪魔の大群に怯んでいるのが見える。
押し寄せる敵の群れへと踏み込み、金棒を振り抜く。
二十体ほどが地面を転がっていくのを見て、すぐ後ろの兵が息を呑んだ。
その怯えを、アタシは咆哮で吹き飛ばす。
「アタシが前にいる! 下がるな、来い!!」
味方の士気が一瞬で持ち直すのを肌で感じる。
ここに我あり、と。
絶対に負けない、と。
アタシはそう誓いながら、
もう一度、金棒を振り上げた。
side:ヴェイル
突如として地を割り、巨大な根が伸び上がった。
巻き込まれた兵がまとめて消し飛び、戦線に穴が空く。
……植物の根、か。
この規模、この精度。新手が加勢したのは間違いない。
俺はため息をひとつ落とし、全体を俯瞰する。
本来、この作戦は「ヴァスヘル侵攻で敵が手薄になる」ことを前提にしたものだった。
だからこそ、最小限の戦力で敵に打撃を与える算段だったのだ。
だが——。
「やれやれ、読み違えたか」
警備は想定以上に厚く、おまけに前回は侵攻に参加していた面々まで残っている。
警戒していたのか、単に運が悪かったのかは知らないが……敵指揮官は俺と同じ発想をしていたらしい。
その点は、少しだけ感心した。
俺は視線を戦場に滑らせる。
まず目に入るのは、赤い肌の女鬼——あれが厄介だ。
何十人とぶつけようが金棒でまとめて吹き飛ばされる。
ただ倒されるだけならまだいい。
問題は、その雄叫びと強さがそのまま敵の“希望”になってしまっている点だ。
あれを潰せば敵軍は一気に瓦解する。
だが、こちらの兵は再編したばかりで練度が足りない。
敵を囲んで叩くには向いているが、囲んだ程度ではあの女は倒せない。
数で押し潰す手も、ここまで来ると割に合わない。
さらに、根の壁。
攻防を同時に行えるうえに規模も大きく、こちらの行動を阻害するには十分すぎる。
押している局面のはずなのに、どうにも決め手に欠ける。
俺は指示を飛ばした。
「根に火を放て。焼き切れないなら、新たに生え直す暇を与えるな。
それと……鬼の女を戦線の奥へ誘い込め。分断できれば勝機はある」
だが——燃え落ちたそばから新しい根がすぐ生えてくる。
「……なるほど、面倒な相手だ」
鬼の女も想定以上に冷静で、決して突出しない。
ただの蛮勇ではない。士気の核でありながら、側面の崩壊を注意深く避けている。
だからこそ、余計に厄介だ。
俺は顎に手を添え、冷静に状況を評価する。
正直……今回の侵攻は、敵が待ち構えていたという一点だけで半ば失敗だ。
押しつぶせるはずの戦力差は、思った以上に機能していない。
ならば——。
「雑兵を削り、敵の疲弊を促す方が、よほど得策か」
潰すべきは敵軍そのものではなく、次の戦いの芽。
そう考えて俺は、次の指示を口にしようとして——戦場を再度見渡した。
確かに“潮目”が変わりつつある。
少しずつ、だが確実に。
「さて……ここからどう崩すべきか」
読んでくださってありがとうございます。
短めになってしまいましたが、キリよくということで。




