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第百二話 戦場の頭脳

第百二話


 本来の目的である座標の記録は思いのほかスムーズに進められた。

ヘルゴートが暴れ回る前提で、街の人々はすでに避難させられていたのかもしれない。

無人となった街路で次々と座標を記録する。


淡々と作業が進み――


「これで五箇所……そろそろ十分じゃないかしら」

 と、クラリスが言う。僕達も頷き、そろそろ帰ろうと魔法部隊を促す。


 長居は無用とばかりに魔法部隊が詠唱を開始。

王城へ帰還するための門が展開される。光が走り、空間が割れ、その向こうに城の中庭が現れた。


僕たちはすぐにくぐり抜けたが――帰還した瞬間、違和感に気づいた。


ざわめきが、やけに大きい。


何かが起きている。


中庭のすぐそば、僕達の帰りを待っていたであろうノワールが、こちらへ駆け寄ってくる。普段は涼しい顔で淡々としている彼女だが、今は明らかに焦っていた。


「皆さん、お疲れ様でした。……戻ってきて早々、申し訳ありませんが――

 すぐに広場跡に向かってください!」


「広場跡に? 何があったんだ?」


僕が尋ねると、ノワールはわずかに息を呑み、早口で説明した。


「相当数の悪魔族が門を越えて広場跡に殺到しています!

 鬼族と陸戦軍に、警備のものも奮戦していますが……それでも手が足りません……!」


悪魔族が――門を越えた?


まさか、僕らが潜入している間にこの状況になったというのか。


僕たちは反射的に駆け出した。


階段を下り、外へ出て、大きなクレーターが口を開ける広場跡へと向かう。

近づくにつれて、空気が荒れる。叫び声、剣戟の音、爆ぜる魔力。


そして――広場跡に飛び込むと、そこはまさしく地獄絵図だった。


鬼族の戦士一人が十数人の悪魔族に押し潰され、陸戦軍の兵士たちが必死に隊列を支え、悪魔族が次々と瘴気をまとって突撃してくる。

血、砂煙、瘴気が入り混じり、視界は何度も揺らいだ。


「くそ……まさかあの無人の街は……こういうことか!」


レオが歯噛みする。

その隣でアイゼンがレオの肩を引いて言う

「逸るなよ」


アネッサはすでに拳を構え、前へ飛び出しかけていた。


セラフィリアは炎を手に灯し、クラリスは補助魔法の詠唱を開始する。


僕も、聖剣を握り直した。


さっきまでの戦いは終わりじゃなかった。

むしろ――これは、その続きなのだ。


悪魔族の大群が、押し寄せてくる。

広場跡は、戦場そのものになっていた。


真っ先に動いたのは――アルボレアだった。


彼女は戦場を見渡し、すっと人差し指を前に伸ばしたかと思うと、

クンッと上に向けて弾く。


その瞬間、地面が脈動した。


次いで――

地中から無数の根が飛び出し、悪魔族の兵をまとめて貫いた。


悲鳴が上がる間もなく、根は次々と伸び、味方と敵の間に巨大な壁を形成していく。


「よく持ちこたえました。一度負傷者を下げ、態勢を整えなさい」


アルボレアは根の壁の向こう側、陣頭指揮を取っていたヴァルディスに声をかけた。


ヴァルディスは血で汚れた顔のまま、短く「スマン」と言い、すぐに声を張り上げる。


「増援が来た! 負傷者は一時下がれッ!」


鬼族も人間の兵も次々と後退してくる。

即席の「根の陣」は瞬く間に避難所となり、アルボレアは壁の内側へ駆け寄るすべての兵に癒しの蜜を渡していく。


僕たちが追いつき、ヴァルディスに状況を尋ねると――


「お前たちが向こうに行ってから、そう経たねぇうちだった。

 そこの門が急に開いてな……悪魔どもがなだれ込んできやがった」


空中にぽっかり開いた門――凍結で封じられていたはずの“あの門”を指す。


アネッサが眉を寄せて言う。


「え、でも……凍ってたよね?あれ」


「詳しくは知らん」

ヴァルディスは苦い顔で答える。


「だが、急に氷が溶けたんだ。それからはこの有様だ」


そして、吐き捨てるように戦況を続けた。


「戦況は……よくねぇ。敵の数が多すぎる。

 奴ら、一人の鬼に対して何十人と同時にかかってくる。

 金棒で三人潰す間に十人が飛びかかってくりゃ、さすがの鬼だって分が悪い。俺ら人間は言わずもがなだ」


僕たちは自然と表情を引き締めていた。


「……わかった。まずは敵の指揮官を狙う。

 ここをまとめてる頭を落とせば、乱せるはずだ」


全員が頷き――一斉に走り出す。


僕が駆け出した背中に、ヴァルディスの怒鳴り声が追いかけてきた。


「その指揮官が、とんでもなく強い! 気をつけろよ!!」


「ああ!」


僕は片手を上げて応え、振り返らずに戦場へと駆け出す。


 根の壁の上から、戦場を見下ろす。

熱気と血の匂い、そして怒号が一気に押し寄せてきた。


そこは――まさに地獄だった。


夥しい数の悪魔族。

倒しても倒しても後ろから湧き出てくるような密度で、戦場全体を真っ黒に染めている。


その中に、王国の治安維持隊、公国の陸戦軍、そして――


「オォォォォッ!!」


大地を震わせるような咆哮が響き渡った。


グレンだ。


鬼族の長にして、味方一番の猛将。

金棒を大きく振り抜くたび、十人以上の悪魔が吹き飛び、地面に叩きつけられていく。彼女の強さは別格で、何人の悪魔が群がろうとも意に介していない。まさしく鬼神のごとき強さだった。


その圧倒的な存在感が、下がりかけている味方の士気をかろうじて保っていた。


けれど――


(数が……多すぎる)


悪魔族の数はこちらの倍以上。

押されているのがありありとわかった。


そんな中、僕は“奥”に違和感を覚える。


悪魔族の軍勢のさらに奥。

そこだけぽっかりと空間があった。


そして――たった一人の男が立っていた。


長身で、一人だけ黒い高級そうな服を纏い、眼鏡の奥で鋭い目を光らせている。

まるで戦場全体を盤面のように見下ろしていて、

時折、短く声をあげては身振り手振りで指示を飛ばしていた。


まったく戦っていない。

けれど、その一挙一動に悪魔たちが反応し、動きが変わっている。


(間違いない……指揮官だ)


僕は歯を食いしばった。


今は幸い、まだ僕たちには気づいていない。

この混乱と地形なら、回り込む余地はある。


「……行こう」


仲間たちに目で合図し、僕たちは悪魔族に見つからないよう戦場を大きく迂回して走る。


狙うは――

あの“戦場の頭脳”ただ一人。

読んでくださってありがとうございます。

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