第百話 見えた突破口
いよいよ100話、3桁です。
第百話
ヘルゴートの体は焼け焦げ、黒い炭になって崩れ落ちた。
――それでも、奴は死なない。
炭だったはずの黒塊が、うごめく。
僕らが息を呑んで見ている中、瘴気がその形を整え、再びヘルゴートが姿を取り戻した。
レオが絶望した声で呟く。「こんなの…どうやって倒したらいいんだ…」
完全に元の姿に戻ったヘルゴートは、にやりと笑うと短く言った。
「3…」
アルボレアが肩を落とし、困ったように僕らを見た。
「手に負えないわ。せめて不死身のタネさえわかれば戦いようもあるのだけど…」
そんな言葉すら楽しげに聞いているように、ヘルゴートは唇の端を吊り上げる。
「いくら攻撃しても無駄だって、もうわかった?」
その瞬間――奴の背後から、瘴気が爆ぜた。
どろりとした黒煙のような瘴気が、溢れ、舞い上がり、薄膜のように広がっていく。
僕らは反射的に口と鼻を手で覆い、極力吸わないように後退する。けれど、広場全体がもう黒に沈みつつあった。
「3……」
ヘルゴートは再び同じ数字を呟き、そして僕らに問いかける。
「この数字、なにかわかる?」
もちろん答えるわけがない。
僕らはただ、睨みつけるだけだ。
彼は楽しげに肩をすくめると、芝居がかった声で続けた。
「この数字はね…君たちがボクを殺した回数。…まあ、それくらいわかるか。大事なのはその意味だよね」
胸の奥がざわつく。嫌な予感しかしない。
「ボクは3回死んだ。その意味はね――こういうこと」
パチン、と指が鳴った。
直後、足下から地響き。
震えはどんどん増し、地面が持ち上がるように波打ち、僕らは姿勢を保つのがやっとだった。
次の瞬間、地面が裂ける。
そこから現れたのは――三つの首を持つ巨大な竜。
その咆哮が空気を震わせ、僕らの鼓膜を容赦なく叩く。
「まさか…聖域の番人まで瘴気に堕ちているなんて…!」
セラフィリアの声が震える。
ヘルゴートは楽しそうに振り返り、竜を見上げて言った。
「へぇ、3だとコイツなんだ」
三つの首――それぞれの目が、獲物を見据える猛獣の色で僕らを睨み下ろす。
まるでヘルゴートを守るように、その巨体が立ちはだかる。
彼は解説でも始めるように軽い口調で喋った。
「こいつはヘカトリス。昔は神官が3人で祈りを捧げてようやく呼び出せる特別で神聖な竜だったんだけど…今は命を三つ捧げると出てくる邪竜になってるんだよね」
竜の足下から瘴気が渦巻き、地面が黒く腐っていくのが見える。
ヘルゴートはさらに笑う。
心底楽しんでいる声だ。
「ボクは不滅だけど、一回殺されたらしっかり一人分の命と数えられるんだよね。それを糧にこうして命を欲する邪悪な生物を召喚できる。ボクは死ねば死ぬほど味方が増えるってわけ。十でも二十でも殺してくれていいよ。そのぶんより強い生き物を喚べるからさ」
背筋が凍る。
死ねば死ぬほど敵が増える……そんなふざけた理屈が現実になっている。
僕は喉を鳴らし、剣を握り直した。
三つ首の竜――ヘカトリス。
その三対の瞳が僕らを射抜いた瞬間、肺の奥が凍りつくような圧が襲ってきた。
森で遭遇した“ヌシ”のドラゴンですら、ここまでの殺気じゃなかった。
皮膚の上を重しが滑るような圧迫感に、僕は思わず冷や汗を一筋流す。
――こんなの、まともに戦える相手じゃない。
そう思った瞬間、隣で柔らかな気配が前へ進む。
アルボレアだった。
「この竜は私に任せて。あなた方はヘルゴートを“殺さずに”無力化してちょうだい」
「え……一人でなんて無茶よ………! あの竜のプレッシャー、並じゃないわ!」
クラリスが声を上げる。僕も同意だった。こんな怪物をたった一人で――。
けれどアルボレアは、穏やかな微笑を浮かべたままだ。
「問題ないわ」
ヘカトリスが吐息を漏らす。
それだけで地鳴りのような重低音が広場を震わせる。
アルボレアはその圧に微動だにせず、静かに指を振った。
地面がうねり、太い木の根が次々と伸び上がり、巨大な影を形づくっていく。
……ドラゴンだ。
ヘカトリスと同じくらいの大きさの“木の竜”。
その口元に、アルボレアが果実をひょいと放り込む。
次の瞬間、木の竜がぐり、と首を動かし、まるで生き物のように地を踏みしめた。
「そうねぇ……キリューちゃん、なんてどうかしら」
アルボレアは嬉しそうに頬へ指を添える。
「頑張ってね、キリューちゃん」
木の竜――キリューが、咆哮した。
木材が軋む音に近いのに、確かに獣の声。
その声はヘカトリスに負けない迫力で広場を震わせる。
次の瞬間、キリューは一気に跳躍し、ヘカトリスへと襲いかかった。
キリューとヘカトリスが咆哮をぶつけ合い、巨体同士がぶつかる衝撃が大地を震わせる。
その戦いを横目に、僕は深く息を吐いた。
――ヘルゴートを無力化する。
難しいことだけど……さっきの戦いで一つだけ確信に近い仮説がある。
(カリーナの言っていたこと……恐らく間違っていない)
ヘルゴートの身体は炭になるまで焼かれた。
けれど“燃えている間”は再生が一度も起きなかった。
頭部が完全に焼き払われている間だけは、復活の兆しすらなかった。
――つまり、頭部だけ継続して損壊し続ければ、復活できないはず。
問題はただ一つ。
ヘルゴートはもう警戒している。
あれだけ派手に頭を吹き飛ばされたんだ。
同じ手が素直に通るわけがない。
「……みんなで隙を作るしかないよね」
僕が呟くと、周りの仲間たちもすぐに察した。
クラリスが頷き、杖を握る手に力を込める。
「いつも通り、私が補助を回すわ。動きやすくしてあげる」
「風で足場を乱す。アイツのバランスを崩せば、隙はできると思う」
レオが手のひらに風を集めながら言う。
アネッサが拳を鳴らして笑う。
「任せて。あたしが先に荒らすよ。でっかい隙、作ってあげる!」
その気迫に、僕の胸が少し軽くなる。
セラフィリアは静かに息を整え、掌の上で炎を揺らした。
「火力は任せてください。カリーナさんと共に、炭にしても燃やし続けます。その間に体を拘束すれば、無力化できるでしょう」
カリーナが頷き、左腕の火炎放射器をさすりと撫でる。
アイゼンが槍の柄を地面にコツリと落とし、短く言う。
「動きを止める手段……全力で探す。必ず隙を作るぞ」
みんなの視線が僕に集まる。
僕は聖剣を握り直し、頷いた。
「じゃあ、連携して……確実にいこう。焦らず、でも躊躇もしない。ヘルゴートを殺さずに止めるんだ」
そして――僕たちは同時に駆け出した。
ヘルゴートとの戦いは、まるで濃霧の中で影と殴り合っているようだった。
僕たちは連携して攻撃を仕掛けるが――そのたびに、ヘルゴートは驚くほど素早く、そして不規則に動いてかわしていく。
さらに厄介なのは――
(わざと致命傷になりそうな攻撃を受けようとしてくる……!)
アネッサの拳がかすめる角度を、ヘルゴートは自ら滑り込むように調整し、こちらが殺さないよう加減しようとするところにカウンターを合わせてくる。
こちらが本気で“殺さないように”戦っているのがわかっているからこそできる芸当だ。
おかげでどれだけ連携しても決定打にならない。
だがそれはヘルゴートも同じらしく――苛烈な瘴気攻撃を展開しながらも僕たちに当てきれず、次第に露骨に苛立ってきていた。
そのとき、アイゼンが低く呟きながら槍を構える。
「……お前さては、力は強くとも実戦の経験は少ないな?」
ヘルゴートの動きが一瞬だけ止まる。
答えはしないが、表情は明らかにイラッときている。
カリーナがアイゼンの横で腕の銃砲を構え、冷徹に言い放った。
「力を誇示するばかりで、扱えていない。……勿体無いことだな」
ヘルゴートの眉が跳ね上がった。
「……生意気だね。そこの機械女と赤髪。君たちから殺してあげる」
次の瞬間、ヘルゴートの動きが弾けた。
瘴気の刃が雨のように押し寄せ、攻撃はさらに苛烈に、そして露骨にアイゼンとカリーナを狙い始める。
僕は険しい表情をしながら仲間のもとへ走った。
(挑発に乗った……けど、これはチャンスでもある!)
ヘルゴートが狙いを“絞った”ことが、僕たちの突破口になり得る。
――今度こそ、隙を作るんだ。
ヘルゴートは完全にアイゼンとカリーナへと狙いを絞り始めた。
単体攻撃は必ずどちらかに飛び、広範囲攻撃ですら――僕たちの周囲より、二人の位置だけ明らかに密度が濃い。
そのぶん、僕たちは動きやすくなっていた。
(……挑発が効いてる。だけど、それでも隙を作るには足りない)
ヘルゴートの動きは相変わらず速く、視界の端で軌跡がぶれるほど。
アイゼンとカリーナを追い詰めるように暴れ回るその動きには、確かに“未熟さ”があったが、それでも力で押し切れるだけの質量がある。
そのとき――氷の煌めきが視界の端を走った。
アルボレアの根に守られていた魔法部隊の一人が、わずかな隙を縫って氷魔法を放ったのだ。
ヘルゴートの足元が急激に霜に覆われ、凍りつく。
「……っ!?」
ヘルゴートは足を滑らせ、体勢を崩した。
すぐに踏みとどまろうとするが――その一瞬で十分だった。
僕は迷わず飛び込む。
(今だ――!)
聖剣に炎を纏わせ、一直線に斬りかかる。
刃が赤熱し、空気が焼けるように歪む。
しかし――ヘルゴートは僕の斬撃を避けるのではなく、胸元を突き出して受けにきた。
「……っ!」
聖剣は深々とヘルゴートの胸を裂き、炎が肉を焼きながら抉っていく。
それでも、ヘルゴートは――ニヤリと笑った。
「1…」
胸の裂け目から瘴気があふれ、肉が繋がり始める。
だけど。
(……今の、違う……?)
僕はすぐに後退しながら、聖剣の刃を見つめた。
「ごめん、もう一度だけ試させてほしい」
自分でも驚くほど落ち着いた声で言っていた。
セラフィリアが僕を見つめ、眉を寄せる。
「……なにか考えがあるのですね?」
「うん。はっきりとは言えないんだけど……たぶん、いける」
そう答えると、仲間たちは迷いなく頷いた。
誰一人として疑わない。その重みが胸を押した。
読んでくださってありがとうございます。
ついに100話の大台に乗りました。
それもこれも、読んでくださっているみなさんのおかげです。
これからも『勇々戦記』をよろしくお願いします。




