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第八話 MPG模擬戦②

午後4時6分。


「よし。これで完了っと。えー、こいつのコールサインは……お、あった」


「グリフィス04。出力を80へ。ミリタリー推力確認。武装をスタンバイポジションへ。ケージオープン願います」


 祥吾はスロットルを僅かに押し込み、モーター出力のインジケータ―を発進レンジへ上昇させる。


「了解グリフィス04。ケージ開きます」


 ギアが噛みあう音と、油圧アクチュエータの駆動音が格納庫内に響き、メンテ用クレーンケージが左へ開いていく。そして格納庫の梁から懸架されているシグナルがレッドからグリーンに変わり「ケージグリーン。タイミングをグリフィス04へ譲渡」とコントロールルームからの返答が入る。


 コントロールルームでは、イーロン達がモニターに映る祥吾の発進を観察していた。そして誰もが、バランスを崩したMPGがそのまま転倒する光景を思い描いていたのだった。但し里香を除いては。


「了解。グリフィス04ロック解除。前進します」


 祥吾はスロットルレバーの脚部関節ロックボタンをアンロック位置へスライドさせる。その瞬間からセッティング変更を受けたこの機体は、パイロットの指先、足先、音声、そして僅かなAIのサポートだけで制御しなくてはならなくなる。


 じわりと右足先のペダルに荷重を掛けると、極小のタイムラグで機体の右脚部が持ち上がる動作に入る。踵が流れる様に浮き、続いてつま先が持ち上がる。そしてそれらが着地する瞬間、祥吾は「スウェイバランス右コンマ5、リバウンドちょいマイナス」と音声でAIへ指示を出す。


 右脚部がスムースに着地すると、相応の質量を受け止めた床から、衝撃吸収材の鈍い音がする。その音を待たずに今度は「スウェイバランス右コンマ3、リバウンドプラマイゼロ」の指示と同時に、祥吾は左の足先へ右足と同じように力を込める。当然その時点で右足のペダルはニュートラルの位置に戻っている。

 祥吾はバイザーのモニターに映し出された脚部の荷重数値を読みながら、左脚部への指示に微調整を掛ける。


「スウェイバランス左コンマ4.5、リバウンドそのまま」


 右に続き左脚部もスムースに前方へ繰り出され、姿勢の乱れが無い。AIへの音声指示は、その後も格納庫を出るまで続いた。


「何なのぉ、これ……」


「AIにやってもらうどころか、指示出してる……」


「というか機体のAIより精度の高い指示を出してるよ……僕の機体データ見てよ!」


 祥吾が操っているシェムカ担当の柿崎勇人が、手元の端末画面を他のイーロン達にに見せる。

 

「慣熟訓練も無しにこれを? 信じられない……」


 そう呟く神崎めぐみも含め、皆驚きを隠せずあらためてモニター画面に映るシェムカの動きに釘付けになっていた。


(姿勢制御のプログラムを殆どオフにしたんだ。マニュアルで動かすのは必然だが……これは……)


 ”凄い”と続きそうになった言葉を飲み込み、峰一真は奥歯を噛みしめる。


(俺たちより上手く動かせるとでも言うのか? 一般生徒のこいつが……)


 無関心を装う目でモニターを見ている一真だったが、机の上で組んだ両手の指先に力が入っている事に、一真自身も気付いていなかった。



(よし。こいつの癖は大体わかった。オリジナルのAIも俺のAIプログラムと上手くやってるみたいだし、流石はイーロン専用の機体、良く整備されてる、って言いたいとこだけど……)


 祥吾は格納庫を少し出たところで一旦機体を停止させ、「忘れない内に報告しときます」と告げ、あらためてディスプレイの各数値を確認した。


「俺のAIデータと機体オリジナルのAIデータを比較したら、この機体の駆動系にはまだ30%の出力マージンがあった。多分いつもは中距離での射撃戦が得意なんだろうけど、もう少しマージンを削る様な機動が出来ると、戦い方にも幅が出来ると思う……以上」


 要は、”こんな使い方じゃ勿体ねえよ”という事を少し丁寧に説明した祥吾だったが、指摘を受けた当の本人は、「な、な、なに、を……」顔を真っ赤にして震えているだけで、反論する事は出来なかった。


「あはっ! ディスられちゃったねぇ、柿崎。だからいつも言ってんじゃん。もっと動けってさぁ!」


 織田玲奈は恥辱に悶えている勇人を煽るように顔を近づける。


「織田さん」


「え? なにィ? あれぇ、もしかしてめぐみ、柿崎に気があんの? うけるぅ」


「……くだらない」


「いい加減にしろ織田。今は課外授業中だ」


 MPG訓練教官がうんざりした表情で注意したが、玲奈は悪びれる様子もなくニヤニヤしながら正面のモニターに向き直るだけだった。


 教官はマイクに向かって、「グリフィス04。お前からの報告は模擬戦終了後に検証する」と返答する。祥吾から「はい」という短い返事があり、続いて、「グリフィス04、指定のフィールドへ移動します」と報告が入ると同時に、モニターに映っているシェムカが再び前進を始める。


 (祥吾の奴……変なとこ真面目で、そのうえ気が回らないからねぇ。相手の気持ちを考えずに、正しいと思って動いちゃうところが、あいつの欠点なんだが……誰に似たんだか)


 壁に寄りかかっている里香は、半ば呆れた様な、なのに相手に対して揺るぎない信頼を寄せている表情でモニターから目を離さなかった。



「グリフィス04。移動しながらで悪いが今から模擬戦のルールを伝える。いいか?」


 本来、実習とは別の座学において模擬戦のルールを説明するのだが、今回は決定から実施までがあまりに急であったため、フィールドまでの移動中に行うと、事前に説明があった。


「はい」


 落ち着いた声で祥吾は答える。


「フィールドは丘陵と森が混在している。除雪が入っているから積雪量は少な目だ」「イーグル01との相対距離は1,000。待機ポイントへ到着後、こちらの合図でディスプレイに開始の表示が出る」

「フィールドの形状はスクエア。境界線を出たらそこで終了。警告が出るが見えない壁があると思って戦え」

「ペイント弾被弾のダメージ判定はこちらで行う。判定に異議は認めない」

「グレネードはスモーク仕様なのでダメージカウントにはならない」

「両腕部がダメージにより使用不能となった場合、その時点で戦闘継続不可能と見なす」「制限時間は30分。延長なしだ」


「以上だ。他に質問は?」


「プログレッシブナイフと打撃の威力判定はどうなりますか?」


「ナイフはイミテーションだが、ライフル弾同様刃の部分にペイントが施されているから、ダメージは判定はこちらで行う」


 そして「打撃については……」と言い淀む雰囲気が伝わる一瞬の空白の後、「有効とはするが、出来るだけ控えろ。訓練機の損傷に繋がる」と結んだ。


「グリフィス04、了解。以上です。通信終り」



 ”ザッ”という空電を聞いた後、杏は自身の意識を無線からモニターへ移動させ、素早く仮想演算を試みる。以降相手の無線を聞く事は出来ない。

 対戦相手の機体セットアップ内容、その後の指摘、そして今のやり取りから推測されるパイロットの技量と今回のフィールド形状から、戦術の最適解を求めるべく幾つかの想定シナリオを導き出していく。


 (それにしても……)


 MPGの起動に対して、祥吾が取った一連の行動は、杏をも驚愕させて余りあった。正直、今の自分には何一つ真似できない。イーロンとか一般生徒等という単純な区別などではなく、純粋に(厳しい戦いになる……)。そんな焦燥感が杏の頭から離れなかった。


 事実、今も最大望遠にセットしたモニターから、幾重もの丘陵と森林の向こう側に、舞い上がる雪煙が東へ移動している様が確認できた。


(あれは……シェムカを最大出力で駆動させている?)


 雪煙の移動速度から対地速度を割り出すと、シェムカを全力で走らせていると推測出来た。

 しかし、ほぼマニュアル制御の状態で、MPGを全力疾走させる技術を杏は知らない。そして、よしんば可能だとして、この場でそれを試す事に何の意味があるのか、AIはおろか杏にも答えが出せず、まるで未知の相手に挑むかのような怖れが、絡みつく見えないワイヤーの様に、杏の機体を覆っていったのだった。



「4、4.5、2、3、3.5、5、6、2.5、3……」


(こりゃ、ちょっと目立ち過ぎか?)


 間断なくペダルとスロットルレバーを操作しながら、音声でAIに修正値を指示しつつ、メインモニター上部約1/4を占めるリアビューモニターを視界に入れた祥吾は、(もう少し考えるべきだったかもな)とやや反省していた。


 各駆動系の最大負荷値とモーターの出力カーブを機体のAIに記録させながら、祥吾のラーンドAIのデータ値との差分に対してアベレージスクリプト解析を目的に、機体の全力疾走を始めて30秒。

 その結果、土塊と雪煙を盛大に巻き上げている状況は、互いの配置が判っている模擬戦とは言え、決して褒められるべき行動ではない。


 北海道エリア配備のMPGには、冬季雪上仕様のスパイクが装備されている為、歩行速度以上に増速を掛けると、機体後部に抉れた地表の痕跡が舞い上がり、相手に対して容易にこちらの位置を知らせる事になってしまう。


 また、脚部が地表に着地する音と振動は、コックピットユニットを取り囲む複数の小型アブソーバと遮音材によってコックピット内ではかなり低減されてしまう為、快適である一方自機の発する様々な音が、こちらの位置を知らしめてしまっている事に鈍感になってしまうケースも多い。


 祥吾はこれを嫌い、衝撃吸収用のアブソーバ減衰値を身体が耐えうるギリギリの固さに設定し、集音機能も最大にセットしていた。

 これにより、コックピット内の快適性はかなり悪くなってしまうが、その分反応がダイレクトに伝わってくるセッティングが性に合っていた。


(よし。大体のデータは取れた。これ以上は贅沢だよな……)


「現状のデータをベースに駆動制御系、バランス制御のプログラムを更新してくれ」


「……更新完了しました」


 約45秒間の全力疾走テストを終了し、機体設定の最終更新をAIへ指示した祥吾は、所定の待機ポイント手前で減速し機体を静かに停止させた。


 午後4時15分。

 

「グリフィス04。待機ポイントへ到着」


「了解グリフィス04。イーグル01は既に待機している。状況を開始出来るか?」


「いつでもどうぞ」


 ここで少し間があり、再度教官の声がヘルメット内に響く。


「イーグル01。グリフィス04が所定の位置についた。そちらの準備はどうか?」


「イーグル01。準備完了」


 杏の僅かに緊張している音声が祥吾へも聞こえ、今は双方傍受可能な周波数を使用しているのがわかる。


「了解した。ではイーグル01、グリフィス04、武装のセーフティロックを解除しろ」


「イーグル01。セーフティロック解除」


 杏が間髪入れずに反応する。祥吾も操作ミスを防ぐ為に設置されたフレームの奥のトグルスイッチ押し上げ「グリフィス04。セーフティロック解除」と返答する。


「了解。イーグル01、グリフィス04、状況を開始せよ」


「イーグル01状況開始!」


「グリフィス04状況開始!」


 杏、祥吾がほぼ同時に無線に音声を入れた瞬間、コックピットに(Simulated battle)の表示が浮かび上がり、残り時間(29:59)の表示も加わる。


 午後4時17分。

 杏は慎重に、祥吾はやや荒くペダルを踏み込み、互いのシェムカを前進させた・・・・・・


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