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第七話 MPG模擬戦①

午後3時56分。


 パイロットスーツに着替え格納庫に入ると、30機ほどの訓練用シェムカが祥吾の目に入った。


**MPG20式シェムカ**――日本国内の基地に標準配備されている第一世代MPG。第二世代機のロールアウトが近いとの噂から、「第一世代機」と呼ばれるようになっていた。


灰色に塗装された巨体が整然と並ぶ様は圧巻だった。


電気モーター駆動の人工筋肉。バッテリーだけで90分の稼働時間。

整地なら最高速度95km/h――戦車を遥かに上回る機動力。

多重空間方式のコンポジット装甲。HEAT弾さえ防ぐ防御力。

強化バイザーで覆われた複数カメラの頭部。そして頭部後方から立ち上がるアンテナ群。

全高8.6メートル。大型ショルダー装甲と各関節の保護装甲が、厳つく高圧的な印象を与える。


武装は50㎜アンチマテリアルライフル、8㎜ミニガン、グレネードランチャー、プログレッシブナイフ、そして複数のバンカーブレイカー。今日は訓練用のペイント弾とスモーク、模擬刃に変更されていた。


「ひゅう~・・・凄ぇ。基地よりも多いじゃんか」


多少緊張した面持ちで格納庫内を見回す祥吾の視界に、(04)とナンバリングされたシェムカの陰から見知った顔が現れた。


「よお祥吾。待ってたぜ」


「あ、保っちゃん。保っちゃんの班、今月はこっちなんだ」


祥吾から「保っちゃん」と呼ばれた大柄な男は、整備用の特殊レンチで自分の肩を叩きながら近づいてきた。服部保。MPG整備士の陸士長で、22歳。佐久間一等陸曹の部下だが、メカニックとしてのセンスは抜群だった。パイロットの抽象的なリクエストでも真意を汲み取れる数少ない整備士の一人だ。年齢も近く、祥吾にとっては兄貴分的な存在だった。


「ああ。ここのパイロット達は注文が多いから、結構面倒なんだけどな。ま、手当も付くし仕事だからしゃーない」保は肩をすくめた。「ところでよ、お前が乗るって事は学校のルール変わったのか?」


「いや、まぁ、成り行きっていうか、無理矢理っていうか・・・」


「ふーん。まっいいか。面白くなりそうだしよ」


「気楽に言うなよ・・・」


「がはははっ!」


祥吾は周囲を見渡した。「ところでさ、保っちゃん。何でこんなにシェムカがあんの?」格納庫内の約半数ものシェムカに整備士が取り付き、メンテしている様子は壮観だった。


「なんだ、祥吾みたいなペーペーはなんも知らねえんだな?」


「うるさいなぁ。決まりで俺らは関われないんだよ・・・」


「じゃ特別に保様が教えてやる」保は胸を張った。「何とイーロン一人に専用のシェムカ一機が与えられてるんだよ。あと予備機もある。すげえだろ?」


「マジで?すげぇ。あいつら贅沢だなぁ・・・」


「で、今日祥吾に貸し出しされる哀れなシェムカがこれ」保は整備用パネルを閉じながら、装甲をポンポンと叩いた。「担当のイーロンは運が無いね」


「ちえっ。なんだよ哀れって・・・」


「いやぁ、どう考えても無事には帰って来ないだろ?勝っても負けても」保はまるで遺品を見るような目で機体を見上げた。「ああ、修理が憂鬱だなぁ」


「わかったよ、もう・・・出来るだけ壊さないようにするよ」


「頼むぜ祥吾。あと1週間で次の班と交替なんだからよ」


「へいへい・・・」


"ブンッ・・・"


保が更に祥吾へ口を開きかけた時、二人の軽口を制するかのように低い電気モーターの起動音が響いた。


離れた場所のシェムカのコックピットパネルが開いたままになっている。シートに座ったパイロットの姿が見える。自分専用機の細かなセットアップは不要らしい。側面パネルのスイッチに触れ、整備士と短く言葉を交わすと、パイロットはパネルを閉じ始めた。


祥吾は一瞬のすきに視線を送る。パネルが閉じきる間際、IDSヘルメットと連動して動くミニガンの銃口がこちらを向いた。バイザーの奥に無感情な目でこちらを見据えていたのは杏だった。


「おっと。ほら、お相手さん、準備が出来たらしいぜ。早く行けよ、祥吾」


「ったく、みんな急かし過ぎだよ・・・」


祥吾は里香が持参した専用IDSヘルメットを被り、8m頭上のコックピットへ向かう階段を小走りで上る。保も後に続いた。


コックピットシートに座った祥吾に、保はセーフティハーネスを掛けていく。六本のハーネスが臍下で連結され、小さな突起を叩くと、パイロットの体格に合わせてオートで長さが調整された。


続いて保はコックピット背部からIDSコネクターを引き出し、コントロールワイヤーを祥吾のヘルメットに接続した。


バイザー内側に起動情報が次々と表示される。祥吾は眼球の動きだけで数値を確認すると、「ファーストアクティベイトシークエンス確認」と発した。「セカンドからフィフスアクティベイトシークエンスを省略」


機械的な声でAIが復唱する間に、祥吾は固定周波数で通信を開いた。

(名嘉真、聞こえるか?)


一拍置いて返答が返ってきた。

(なに?)抑揚のない声。


(俺のラーンドAIデータを使っても良いか?)


(お好きに)冷たさが伝わる。


祥吾は(サンキュー)と返し、ラーンドAIのデータスティックを保に渡した。「保っちゃん、これ、セットしてくれる?」


「お、二尉からか?」保は眉を上げる。


祥吾が頷くと、「やっぱ流石だよなぁ、二尉は」と感心しきりの表情でスティックをスロットに差し込んだ。


「新しいデータのインストールが準備されました。継続しますか?」AIが尋ねる。


「継続してくれ」祥吾の声に、インストールが瞬時に完了した。


「不適切なプログラムが見つかりました。修正しますか?」


祥吾はその警告を無視し、ディスプレイにキーボードを呼び出した。デフォルト設定を次々と特殊コマンドで変更していく。


保は唇だけを動かし(頑張れよ)と告げ、肩をポンと叩いてコックピットを離れた。祥吾は目だけで頷き、設定作業に集中した。


---


「やっぱり素人じゃないようだね」


コントロールルームのモニター前に陣取る杏のクラスメイト、峰一真(みね かずま)が蔑んだ口調で呟いた。ここでは模擬戦の状況を各所のカメラとドローンからリアルタイムで確認できる。双方の機体セッティングも完全公開されていた。


「ああ、何で僕の機体なんだよ・・・やっぱり貸すの嫌だなぁ」


大きな体に似合わない弱々しい声で嘆いているのは、祥吾が乗り込んだ機体の担当者、柿崎勇人(かきざき ゆうと)だった。


「きゃはははっ!嫌なら嫌って言えば良かったじゃん?柿崎、バッカみたい!」


粗暴な言葉で勇人を責める織田玲奈(おだ れいな)。銀髪をライオンの鬣のように伸ばし、椅子には座らず机の上で胡座をかいていた。


「ねぇ、もう少し静かに出来ないかしら?」姿勢正しく椅子に座ったまま、神崎めぐみ(かんざき めぐみ)が玲奈に冷たい視線を向ける。「あと織田さん、はしたない恰好はやめていただけない?」


「あ、見えちゃってるぅ?あははは、ねぇねぇ柿崎ィ。見えちゃってるぅ?!」


「やめてよぉ、織田さん・・・そうやっていつも僕をからかうんだから・・・」


壁に寄りかかった里香は、イーロン達の無軌道で無遠慮な態度に苛立ちを隠さなかった。

(こいつらがイーロンだと?結花とはえらい違いだ)


一同の視線を引きつけたのは、モニターに映し出された祥吾のセッティング画面だった。


「なにやってんの?これ・・・」玲奈の声色が変わる。


モニターには、MPG操縦時の必須システムが次々とオフにされていく様子が映し出されていた。


ZMP(ゼロモーメントポイント)ディテクター、オフ」

「オートバランサーモード、オフ」

「スウェイバランサー、オフ」

「ディスコネクト、レーザーディスタンストレーサー」

「ディスコネクト、ステレオセンサー・・・」


里香は苦笑した。(始まったな祥吾のアホセッティング・・・この連中が驚くのも無理ないか・・・こんなクソピーキーなセットアップはあたしでもやらないし)


「こんなのあり得ない・・・」


「こ、こんなんじゃ、歩く事もできないよね・・・?」


「きゃははは!結花の兄貴ィ、狂っちゃったんじゃないのぉ!?」


イーロン達の驚きをよそに、祥吾は設定変更を続ける。


「アクティブダンパーバウンドレート、60%プラス」

「アクティブダンパーリバウンドレート、マキシマム」

「バリアブルコイルコンプレッションレート、80%プラス」

「イミテーションマッスルオイルプレッシャー、マキシマム」

「バンカーブレイカープレッシャー、マキシマム・・・」


淀みなく進む設定変更は、通常パイロットが触れない領域だった。AIに任せるべきシステムをマニュアルへ移行している。


(これじゃ柿崎の言う通り、歩くこともままならないはず・・・何を考えている?)


峰一真は、自分より劣るはずの一般生徒の意図が読めないことに苛立ちを覚えた。

「ただの足掻きだろう」


その蔑んだ一言が、今の一真に精一杯のコメントだった。


元MPGパイロットの顧問訓練教官も祥吾の真意が読めず、思わず里香に助言を求める目を向けた。だが里香はニヤリと笑うだけで、モニターへ視線を戻した。


---


模擬戦エリアへ先に向かっていた杏のシェムカは、オートモードで安定した歩行を続けていた。揺れるコックピット内で、杏は側面モニターに映る祥吾の設定変更をじっと見つめていた。


(何を狙っている?)


機体姿勢の自動制御をオフにする意図が読めない。このセッティングでは、通常なら歩行すら困難になるはずだ。


(脚部衝撃吸収のセットアップは常軌を逸している・・・)


バンカーブレイカーの出力上昇は理解できる。だが模擬戦では打撃武装は禁止されているはずだ。


杏は頭の中で可能な限りの戦術をシミュレートしたが、相手の意図を読み解けなかった。


決して祥吾を侮っているわけではない。むしろ反対だ。しかし自分が負けるはずがないという確信が、この未知のセットアップを前に揺らいでいた。


無意識のうちに、杏はスティックレバーを握り直していた。

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