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第六話 対立する意思

“国際関係の綻び”


 新技術を獲得した後、日本のPKO活動はかつての後方支援とは一線を画すものとなった。

 開発された汎用型ロボットの運用と基礎技術の提供、そして誕生した第一世代イーロンによる指導体制──これらは、途上国の戦後復興において目覚ましい成果を上げていく。

 経済促進のために民間企業も次々と進出し、日本の国際的評価は急上昇していた。

 しかし、それは新たな摩擦の幕開けでもあった。


「イーロン技術の共同利用は、日米の安保協力を深化させる鍵となる」──

 米国政府は、日米安全保障協議委員会(SCC)の声明を根拠に、日本へ技術の共有を求めた。


 だが日本政府はこれを明確に拒否する。

 イーロン技術は安全保障とは無関係であり、国内の少子化対策と労働力確保を目的とした独自政策であると主張。

 技術提供ではなく、育成されたイーロンによる人的支援を通じて国際貢献する方針を貫いた。


 その態度に、米国は反発を強めた。

「イーロン技術は人類の発展に不可欠だ」

 各国へのロビー活動が活発化し、日本への国際的圧力が高まっていく。

 かつて世界最強と謳われた日米同盟は、やがて静かに、しかし確実に、亀裂を深めていったのだった。


* * * * *


 「はぁ……負けでもしたら、何言われるか……」


 里香との会話を思い出しながら、祥吾は重い足取りでプラクティスグラウンドへ向かう準備をしていた。

 健二と繁は、MPGを間近で見られる機会に浮かれながら先に格納庫へ向かったらしい。

(あいつら、全く他人事だと思って浮かれやがって……)


 今回の模擬戦にあたり、杏はイーロンとしての立場を利用し、学校側へ強引に許可を取りつけていた。

 しかし規則を一生徒にねじ曲げられるという事実は、学校運営にとって大きな問題だ。

 それでも事態の拡大を防ぐため、学校側は模擬戦を「特別課外授業」として公認し、見学も許可する判断を下した。


 結果、イーロンvs一般生徒という図式が名寄第一高の生徒たちを刺激し、噂は昼前には全校に広まり、多くの見学者が集う事態となった。


 下駄箱でブーツに履き替えていると、背後から声がかかった。

「お兄ちゃん……結局、杏の言うこと聞いちゃうんだね……」


 結花が心配そうな表情で近づいてくる。


「ん? あ、ゆうも見にくんの?」


 問いかけに、結花は首を横に振った。

「圭子と約束があるから……」


「あぁ、そっか」


 祥吾が頷いたそのとき、ふと思い出したように顔を上げた。

「あ、そうだ。今朝の話、途中だったじゃん?」


「も、もう行かなくっちゃ! あした説明するね! じゃ……気をつけて!」


 慌てて階段を駆け上がっていく結花を見送る。

「明日じゃなくて、帰ってからでもいいんだけどな……」


 視線をブーツに戻すと、ふと眉をひそめた。

(やっぱりタイツ無しであのスカートは……兄として注意せねば……)


 顔を赤らめながらファスナーを上げていると、スマートフォンが鳴った。

《着いたぞ。早く来い。》


「やべっ!」


 祥吾は急いでブーツのファスナーを上げ、プラクティスグラウンドへ駆け出した。


 名寄第一高校の敷地の向かいにある広大な訓練場——プラクティスグラウンド。

 演習用の弾で行われる模擬戦ではあるが、万が一の事態に備え、外周はスチール製の壁で厳重に囲まれている。

 内部には市街地や山間部を模した複数の訓練エリアが設けられ、格納庫、メンテナンス施設、管制室などが備わる。


「遅い!」


 格納庫前に到着するや否や、里香がパイロットスーツを祥吾に投げつけてきた。

 それを器用にキャッチしながら、祥吾は皮肉気に口を開く。

「どうせ無理やり抜けてきたんだろ? のんびり見学してる余裕なんてあるのかよ?」


 だが、里香は動じず、逆に顔を近づけてくる。

「まさかとは思うけど、もし負けたら——しばらく私の機体の整備に回ってもらうからね」


「いやでもさ、相手はイーロンだし、しかもこっちは学校の練習機だってのに……」


「バカ言ってんじゃないよ。あっちはお前が私の手ほどき受けてること知ってて、喧嘩売ってきてんだろ?上等。教えてやれ。MPGの乗り方ってやつを」


 そう言うと、ズボンのポケットからスティック状の記憶媒体を取り出し、無造作に放ってきた。


「昨日までのラーンドAIのコピー。一応持ち出し禁止だけど、今回は特例ってことで。メール添付もクラウドもアウトだからね」


「お前の相手も、これくらいのハンデは許してくれるだろ?」


 スティックを手にした祥吾の顔が一気に明るくなる。

「おおっ! サンキューお袋! ここまでは期待してなかったぜ!」


「浮かれるんじゃないよ。あんたの癖に合わせた整備をした機体とは違うんだから、いつもの調子で動かすと機体の方が先に逝くからね」


「あ、そういうもん?」


「ったく。たまには佐久間たちの作業を手伝ってみろ。勉強になるぞ」


 言い終えると、里香は最後に一言だけ付け加えた。

「……いいかい?このAIには、あんたの“癖”がしっかり刻まれてるんだからね」


 その言葉に祥吾は一瞬目を細めたが、すぐに頷いた。


 そう——この一言が、誰も経験した事のない模擬戦の布石となるのだった……


 里香はそのままコントロールルームへと姿を消した。


「……よし!」


 祥吾は受け取ったスティックを制服のポケットを収め、プラクティスグラウンドを見据えた。

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