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第四話 イーロン

 イーロン――――――技術の粋を集めて人工的に生み出された人間。遺伝子操作によって、脳を含めた身体能力を向上により、国家、及び社会の発展の為に存在する子供達。


 日本においては1990年代半ばから論議が交わされ、行政や民間の団体によって対応が継続された(少子化問題)。

 しかし21世紀の4分の1が経過した2025年においても、抜本的な改革に取り組むことが出来ていなかった。

 過去から幾度も繰り返されて来たその場凌ぎの本質を見誤った対応、もしくは問題の先延ばし体質の弊害により、専門家が指摘して来た少子化問題によって引き起こされる(消滅都市)の危険性が、予測よりも10年近く早い2030年にはいよいよ現実的な脅威となり日本に影を落とし始めていた。


 一方、自然出産増への後押しだけでは、出生数増へ転じるまでに非常に長い時間が掛かってしまう事から、同時に人工的に出産数を増やしていく方法も研究された。

 その過程で、母体を必要とせず新生児を生み出す方法と、誕生前の遺伝子操作によって生れ出る子供の能力を操作する技術の開発に成功し《イーロンプロジェクト》と名付けたのだった。

 誕生したイーロンは、生後6か月を経過すると、人間性の形成、情操教育の重要性などを鑑み政府が選択した里親の元へ預けられた。

 里親はプロジェクトに協力する軍属、科学者、民間であっても、高度な教育を受けた両親等が中心となり、高等教育を卒業するまで育てられ、高校課程の履修が終了するまで居住エリアの子供達が通う一般の学校へ通う事を義務付けられていたが、一般生徒とは受講する内容が大きく異なっていた。


「間に合ったぁ! ぎりぎりだったねお兄ちゃん。」


「いや、俺は別に心配してなかったけどな。」


「もー! じゃ、明日から結花先に行っちゃうからね!」


「あ、いや、ごめん。それは許して。学校の重要なお知らせとか、ゆうーが居ないと全然わからん」


「ふふーん。わかればよろしい」


 祥吾と結花は校門前の専用停止エリアでコミュータから降り、他の生徒達と一緒に小振りな校舎へ向かった。


「親父、何だって? 何か断り切れてなかったみたいだけど?」


「えっ? あ、あー、放課後すぐじゃなくても良いから、どうしても手伝ってほしいって……」


 少し焦り気味に結花が返すと、思い出したように、「ふーん。あ、ゆう、何か準備があるって言ってたよな?あれ、何の行事?聞いたかもしんないけど、忘れた。忘れちゃヤバいやつ?」と祥吾が大真面目に尋ねる。


「いっ、い、いや、ほ、ほら、あれだよ……えーと……あ、圭子おはよーっっ! じゃ、お兄ちゃん、またね!!」


「またね? って、教えて欲しいんですけど、結花さん……行っちゃったよ」


 結花は祥吾を振り返らず、肩からいつもより多い荷物をぶら下げ、下駄箱へ走り去ってしまった。


** * * *


 名寄第一高校も数十年前から社会問題となっている《少子化》の波に飲まれ、生徒数は各学年2クラス、全校生徒は100名を少し超える程度だった。


 各学年の2クラスは、一般生徒が1クラス、そして残りの1クラスがイーロンの子供達専用。彼らは通常のカリキュラムとは別に、MPG操縦や高度な科学を学んでいた。


 結花の制服の袖に縫い込まれた青いタグは、イーロンの証。一般生徒との区別だけでなく、卒業後の運命をも象徴していた……


** * * *


 祥吾は始業チャイムの3分前に教室に入る事ができたが、自分の席へ着く前に人壁に行く手を阻まれてしまう。


 「祥吾! 弓野さん、なんかあった??」


 「か、彼氏できたとか??」


 答えを聞くまでここは通さない勢いで、谷口健二と山中繁が祥吾に詰め寄る。健二と繁は祥吾と小学生からの幼馴染で、そして二人とも結花のファンであった。


 「はあ? 自分らで直接聞けよな」


 「いや、でもよお、やっぱ聞きにくいじゃん」


 「隣のクラスじゃねえか」


 「だから、その隣が聞きにくいんだろ? 俺ら、祥吾みたいに怖いもん知らずじゃないんだよなあ」


 「怖かねえだろ。別に。で、なんで?」


 「だってタイツ履いてなかったじゃん!!」


 健二と繁は声を揃えて訴えた。祥吾は二人の気迫にやや押されながらも、「お前らもかよ……」とあきれながら自分の席に着く。


 「お袋と同じ質問すんなよ、お前ら……なんかそういう気分なんだと」


 祥吾の答えに、二人は心底安心したらしく、「おお、そうか……焦ったじゃねえか」「弓野さんには、卒業まで純真無垢なままでいて欲しいからな!」「でもあれはあれで中々……」と、口々に勝手な事を言い始めた。


 「ほら。もう席戻れよ。先生来たぜ」


 「あ、やべ!」


 慌てて席へ戻る二人を目で追いながら、「卒業」という言葉を聞いても少しも喜んでいない自分の気持ちに戸惑い、祥吾は窓の外の灰色の空に感情の逃げ場を求めた……


** * * *


 通常、イーロンの里親に選ばれた場合、里親がイーロンを選ぶ事は出来ず、国が決めた子供を育てなければならない。

 しかし結花の場合は少々事情が異なり、人工受精後の遺伝子デザインの段階で父親の英明が関わり、誕生後も英明と里香が里親として引き取る事が予め決まっていた。

 本来は許可が下りない内容であったが、いつもの英明の立場を利用したごり押しによって、なし崩しで許可が下りた経緯があった。また、「育てるなら二人一度にが良い」と、里香からの希望もあり、祥吾の誕生にタイミングを合わせて、結花誕生のスケジュールもプランしたのだった。 

 よって、祥吾と結花は血の繋がった兄妹ではなかったが、本人たちは物心が付いた頃からその事を理解していた。

 そして本当の兄妹と同じように遊び、時には喧嘩をしながら仲の良い兄妹として成長し、英明と里香も二人を分け隔てする事無く、自分たちの愛する子供たちとして愛情を注いで育てたのだった。


** * * *


 1時限目終了後早々、クラスメイトのイーロン達は復習と予習に余念のない中、結花は一般生徒の教室訪ねる為、自分の教室を出た。

 親友の榊圭子へ今日の事をあらためて相談に行く為だった。

 他のイーロン達からは、頻繁に一般クラスへ通う結花に対して、少なからず批判的な目が向けられがちだったが、結花は兄妹の祥吾が一般生徒という事もあり、イーロン以外の生徒と交流を持つことに関して全く意に介しておらず、誰とも屈託なく接していた。

 一方で校内テストはもちろん、全国のイーロンを交えた模試でもトップの成績を取る程の才女である事も加わり、一般生徒には男女を問わず結花の隠れファンが大勢居たのだった。


 結花が一般生徒の教室へ入ると、圭子が目ざとく見付け「結花いらっしゃーい!」と迎えた。


 結花は圭子に手を振って近づきながら、チラッと教室後方の席を窺い、健二や繁と一緒に笑いながら話をしている祥吾を見遣ったが、向こうがこちらに気付く前に圭子へ視線を戻し「圭子、今日の事なんだけど……」と本題に入ろうとした。

 しかし、圭子が結花を通り越して、教室の入り口に少し驚いたような目を向けている事に気が付き、結花もつられて自分が入ってきた方へ振り返ると、そこにイーロンである名嘉真杏が、無表情のまま全体を睥睨するように立っていた……

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