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第十九話 白い兵器と父の告白

 午後6時35分。


 辺りは既に夜の帳をおろしていたが、一面を覆っている雪が街灯に反射し、雪国の夜特有のコントラストが名寄を包み込んでいた。行き交う車の数も少なく、静けさが支配していた。


 結花が、父の居る天文台に到着した頃、天文台から北に約2㎞、駐屯地から東に約2.5㎞にある墓地の真っ暗な入り口へ向かって、誰にも見咎められず野良犬が数匹、一列になり進んでいた。


 野良犬たちは墓地の中に入ると、四方に別れ雪に埋もれた墓石の間をさらに進む。するとまるで待ち構えていたかのように、墓石の陰から次々と他の野良犬たちが現れ、先頭を歩く犬について行った。

 四方それぞれに集まった野良犬の数は、合計で100匹を超えていた。夜の墓地に100匹以上の野良犬が集まっている光景は、まさに「異様」という言葉がふさわしく、もし誰かが目撃したら、恐怖で即座に110番通報していたに違いない。


 全ての野良犬の目は、ビー玉をはめ込んだように生気がなかった。そして、雪の中では白く見えるはずの吐き出した息が見えず、腹部も動いていないようだった。

 それはまるで剥製が動いているように見えたが、しかしその仕草は生きている犬そっくりだった。いや、よく観察すると、いくつかの仕草のパターンを繰り返しているだけだということがわかる。


 四方の集団それぞれの中心にいた野良犬が雪に覆われた地表に伏せると、周りの犬たちも一斉に伏せた。そして伏せた野良犬たちは立ち上がりもせず、そのままの姿勢で横方向へ移動し、扇の形を形成した。


 すべての動きが止まると、集団の中心にいる野良犬の目が人工的な緑色に点滅し始めた。それに呼応するように、扇状に展開した他の野良犬の目も緑色に光り始める。遠くから見ると、それは季節外れの蛍のように、ちらちらと瞬いていた。


 指向性を持たせたかのように、扇状にまとまったグループの扇面にあたる部分はすべて北北東を向いており、その50㎞先にはオホーツク海に面した雄武港があった……


 午後6時38分。


 結花は一面雪化粧の駐車場でコミュータから降り、天文台の入り口へ向かった。すでに日は落ち、駐車場の街灯と入口のLEDライトだけが、周囲の暗闇に浮かび上がるように明るさを放っていた。


 昔から「なよろ市立天文台 きたすばる」として親しまれているこの施設は、プラネタリウムや観測望遠鏡を時代に合わせて更新しながら、今でも地元住民や観光客に愛される人気スポットだった。日中はそれなりの入場者でにぎわっている。


 父・英明の研究施設は、天文台の地下に設けられていた。施設右手の観測室内に設置された専用エレベータと非常用の階段、それと施設左手のプラネタリウムに、地下の研究施設への資材搬入口があり、そちらは大型トラックもアクセス可能になっている。

 

 結花が到着した時間はすでに閉館後だったため、天文台正面入り口脇の壁面に設置してある端末にパスコードを打ち込む必要があった。16桁のコードを打ち込むと、閉館時のみ作動する指紋と網膜認証の画面が開く。しかし、それだけではまだ中には入れない。最後に左右の壁からレーザースキャナーの光が瞬き、本人であることが確認できた後に、ようやくドアのロックが外れる仕組みになっていた。

 

 傍から見れば「何を大袈裟な」と思われるかもしれないが、英明の研究内容にはそれだけの価値があった。


 結花はいつもの手順をこなし、開錠された入口の自動ドアをくぐると、施設内右手へ進み、観測室のエレベータで地下へ下りた。地階に到着したエレベータの扉が開くと、無機質な壁が眼前に迫り、壁の右端に奥へ繋がる細い通路があった。通路には幾重もの曲がり角があり、左右に部屋らしきものは見当たらず、一定間隔でセキュリティカメラが取り付けられているだけだった。

 

 とうの昔に覚えてしまった最後の角を曲がると、しばらくの間直線の通路が続き、その先に金庫室のような銀色の武骨なドアが現れる。ここでも天文台の入り口と同じ認証を行い、初めて研究室の中へ入ることができた。


 地階にある研究室の広さは、地表の天文台の敷地面積とはまったく比例しておらず、南側は休暇村施設敷地、北側は駐車場奥の森まで広がっていた。天井の高さはMPGを立たせても余裕がある設計だった。


 日中は、数人の助手(=近所のおばさん)が、英明の身の回りの世話をするために研究室内へ入れるが、研究は基本的に英明一人で行っていた。無論、助手のセキュリティに対しては、政府レベルの厳重な対策が施されている。

 

「結花ちゃん!待ってたよ~!!」


 結花が研究室の分厚いドアを開けた途端、英明の声が響いた。

 英明は祥吾のことを「祥吾くん」、結花のことを「結花ちゃん」、そして妻の里香を「里香ちゃん」と呼んでいた。外では、偏屈でかなりの変わり者として有名な天才科学者であったが、家族には大甘な父親だった。


「忙しかったみたいなのに、いつも悪いね。学校の用事、大丈夫だった?」


 その外見は、ドレッドヘアー(後ろでまとめている)と同じくらいボリュームのある髭、ダメージジーンズにボロボロのエンジニアリングブーツ、フランネルのチェックシャツに、ビンテージのレザーベスト、リング多数にピアス。もちろん体格は痩せ型……

 その第一印象は、控えめに言ってもアウトローなロッカーそのものであり、とても天才科学者には見えなかった。


 しかし、それが里香の好みに合わせた結果であることは、家族の間では公然の秘密だったが、英明はあくまでも自分の趣味だと、周囲には言い張っていた。


「うん。もう終わったから。遅くなってゴメンね」

「それより今日は? ディープラーニングの続き?」


 自分専用のデスクに荷物を置きながら、結花が尋ねる。デスクには複数のディスプレイが鎮座するだけだったが、デスクの奥には大型のサーバが幾つも見えた。


「いや、そっちは父さんがやってる。ハードウェアの組み立ても大体終わってるよ」


 英明は奥のキッチンルームから、大きめのトレーを持ってきた。


「それよりも、結花ちゃん、お腹空いてるでしょ? 川田のおばちゃんに生姜焼き作っておいてもらったから、先に食べなさい」


「えっ? 川田さんの豚生姜!? やったー!」


 英明からトレーを受け取った結花は、それをそのまま自分のデスクに置き、「いただきまーす!」と、おもむろに生姜焼きを口に運んだ。食事もデスクで取るその姿を見て、英明は(まるでベテラン科学者の域に入ってきたな)と、内心苦笑いした。


 結花は小学校高学年あたりから、放課後や休日に父の研究を手伝い始めた。ちょうど、祥吾がMPGの訓練をスタートした時期とほぼ同じである。

 英明はイーロンである結花の誕生にあたり、その遺伝子デザインに関与した一人だったが、その目的は自身の後継者育成にあった。


 基本的に外部の同業者を信用しないという英明の考え方ではあったが、自分が積み重ねてきた研究は次の世代に引き継がれていくべきだという強い信念も持っていた。

 だからこそ、ぜひとも身内から弟子を育てたいと、イーロンの誕生に関わったのだった。


 結果、結花がイーロンの1人として生み出されたのだが、英明の思惑通り、デザインされた遺伝子とイーロンの高いIQが融合し、予想以上の成果が上がった。

 結花は英明の研究を次々と理解し、今ではその研究全般において、英明とほぼ同等の見識を持つまでに至っていた。


「じゃあ、ニューロアクセラレータの演算処理をもっと速くする?」


 美味しい、美味しいと言いながら食べる結花は、口の中が空くとすかさず英明に質問を投げかけた。


「もっとゆっくり食べなさい……」

 英明は軽く呆れつつも微笑んだ。

「その辺は今のスペックで良いと思う。それよりも、もう少しで完成が見えている、AIにヒトの疑似ニューロン——つまり脳神経をエンコードさせて、さらにデコードさせるためのプログラムを、何とか今晩中に完成と言えるレベルまで持っていきたいんだ」


 英明は真剣な表情で結花に説明した。研究の進捗を把握している結花は、さすがに箸を止め意見を口にした。


「今晩中?確かにほとんど完成は見えているけど……でも、今晩中は難しいと思うな」


 英明が「今晩中」と口にした時は、徹夜してでも完成させるという意味と同義であったが、結花としてはそこまで性急に完成させる理由が分からなかった。


「そうだな……父さんとしても、結花ちゃんの言ってることが正しいと思うよ」

 英明は少し間を置いて続けた。

「しかし、近いうちに試さなければならない状況になるかもしれないんだよ」


 結花のデスクの隣に腰を下ろすと、英明は声をやや落として話を続けた。


「父さんが半分趣味で作った電磁波レーダ知ってるよね? 名寄全域をほぼカバーできる奴」


「うん」結花はまだ意図が読めずに頷いた。


「知っての通り、父さん、あまり外に出ないから、ここで外の様子が分かればと思って軽いノリで作ったんだけど……」

 英明は画面をスクロールしながら続けた。

「その反応が、ここ1週間ちょっと変なんだよ」


「どう変なの?」結花は箸を置き、英明の横に移動した。


「どこまで精度を上げるかでも見解は変わるんだけどね……」

 英明は画面上の小さな点を指さした。

「レーダが道路上だけでなく、森や畑を指し示すエリアでも反応するんだ。まぁ、夏なら分かるんだけど……冬のこの時期に、機械使って農作業する人なんていないだろ?」


「確認はしたの?」


「ああ。気になったから、基地の方には何度か依頼したよ。でも、『何もないですよ』って答えばかりだった」


「じゃあ……」


 "機械の誤作動なんじゃないの?"と、結花は言いかけたが、英明が急いでモニター端末をかざして、彼女の意見を遮った。


「誤作動はあり得ない。そこだけは自信がある」

 英明の声には普段聞かれない緊張感があった。

「そして、1週間続いていた反応が、今日の午後突然消えたんだ」


 英明のあまりに真剣な表情に、結花はそれ以上反論できなかった。


「誤作動はあり得ない、を前提とした場合、これは意図的に探知されないようになったと考える方が正しい」

 英明は眉間にしわを寄せながら続けた。

「そして、ここからは推測なんだが……」


 英明はモニターに視線を落として、説明を続けた。


「父さんは、自ら移動可能な、自律型の偵察機械が、ここら辺をうろついていると考えている。それも複数でかなりの数だろう。そして、それは周りから見ても違和感のない何かだ」


 ここまで聞いた結花の脳裏に、今朝のニュースと自宅近くでじっと自分を見ていた野良犬の姿が鮮明に浮かんだ。


「お父さん……もしかして、野良犬……?」


 英明は少し驚いたように結花を見た。

「父さんも同じことを思ったよ。ただ、それを知ったのが今朝のお知らせだったから、調査をする時間はまったくなかった……」


「でも、それが本当だとして、一体何の目的があるの?」

 結花の胸の内に、不安と好奇心が入り混じった。


 英明はモニターから視線を結花に戻した。その眼差しはいつになく真剣だった。


「少し長くなるけど、良いかい?」


「……うん」結花は緊張感を持って頷いた。


「結花ちゃんと、友達のイーロン達は、今の国際情勢をよく知っているね?」


「授業で色々教えられているけど……」結花は少し身を乗り出した。


「イーロンの技術が諸刃の剣となって、西と東の両陣営から、良いように利用されて……」

 英明は一瞬言葉を選ぶように間を置いた。

「日本は秘密裏ではあったが、自衛隊を海外派兵してしまった。開発途上国に拘束された民間の邦人を救出するという大義はあったんだがね……」


「お母さんも参加したんだよね?」結花の頭には、強くたくましい母の姿が浮かんだ。


「そう。里香ちゃんは当時、特殊作戦群の一員だったから、一番に駆り出されたよ」

 英明の表情に一瞬、懐かしさと誇りが混じった。


「作戦自体は成功したんだが、その開発途上国はこれを"侵略行為"と断罪した。その尻馬に乗る形で、東側の大国連中も日本を糾弾した。まぁ、この辺までは国際政治ではよくある話なんだがね」


「うん。その辺りまでは授業で聞いてる」結花は頷きながら答えた。

「だから日本は軍備強化をしなくちゃならなくなったって……」


 英明はモニターから視線を完全に結花へ向け、真剣な眼差しで語り始めた。


「間違ってはいないけど、実はその先にもっと重要な背景があるんだ」

 英明は少し声を落とした。

「結花ちゃん達は、4月に東京へ行ったらきっと詳しくレクチャーされると思うけど……」


 唐突に口にされた"東京"という言葉に、結花は胸が締め付けられる思いがした。自分に残された時間がわずかだという現実が、改めて突きつけられたような気がした。美味しかったはずの生姜焼きの味が、急に薄れたように感じた。


「いつもだったら、ここでアメリカが仲裁に入る流れになるはずだった。でも今回は違った」

 英明は眉間のしわを深くしながら続けた。

「先方は日米原子力協定の破棄をちらつかせて、一度断られたイーロン技術の提供を日本に迫ったんだ」「足元を見られたってわけだ」

 英明はため息をついた。

「でも日本政府はここで頑張った。イーロン技術だけはどうしても提供できないと、アメリカの要求を再度はねつけたんだ」


「それで……」結花は不安そうに訊ねた。


「それでどうなったかというと、あっさり協定は破棄されたよ」

 英明の声には怒りと諦めが入り混じっていた。

「そして、在日米軍の撤退と日米安保の見直しが、あれよあれよという間に決まってしまったんだ……」


「じゃあ、テレビで言ってる『日本の軍事力が上がって、アメリカ軍の駐留も必要なくなったから』っていう話は……」

 結花は口元に手を当てた。


「真実じゃないよ」

 英明ははっきりと言い切った。

「先方は日本が干上がったあたりで、また助け舟でも出すつもりなんだろうけど……その助け舟に乗ったら、今度こそイーロン技術を含め、全部持っていかれるだろうね。それだけじゃない。他の国々も、アメリカの傘が外された日本をここぞとばかりに非難し始めた。彼らの思惑は、日本を自分たちの属国にでもしたいというところだろうね」


 ここまで聞いて、結花は研究室の奥に視線を移した。暗がりで詳細は見えないが、大きな塊が横たわっているのが分かる。


「だから……」と結花は小さく呟いた。


「そう。今、日本の自衛隊の兵装は、アメリカの戦術データリンクと繋がっていない。全部自前でやらなくちゃいけないんだ」

 英明の声には、怒りの中にも決意が感じられた。

「誰も助けてくれないなら、自分たちで何とかしなくちゃならないだろ?」


 英明は立ち上がり、結花の肩に手を置いた。その手は、いつもより重く感じられた。


「だから父さんは結花に手伝ってもらってこれを造った。本当は武力による威圧で現状を保ち続けるのは、父さんの主義に反するんだけど……費用の多くは政府から出ているからね……」

 英明は一瞬言葉に詰まった。

「それにこのまま何もしなければ、日本は確実にじり貧になる。政府が対応する時間を稼ぐ意味でも、日本の力を外へ向けて明確に誇示する必要があると考えたんだ」


 この研究施設で製造が進められている兵器は、あくまで次世代へのアプローチコンセプトとして開発されていると理解していた結花は、その心臓部の特殊性も含めて、自分の認識が間違っていたことに今初めて気づいた。胃の辺りに冷たい塊が沈んでいくような感覚があった。


「今、MPGの第二世代機が完成しつつあるけど、自衛隊はシェムカに頼り過ぎだ」

 英明は言葉に力を込めた。

「昔ほど外の情報、特にアメリカからの情報が得にくくなっているから、もしかしたら、外ではとっくにシェムカを上回る機体を完成させているかもしれない。なのに、後任の開発チームは、シェムカのマイナーチェンジばかり繰り返して、新型の開発に本腰を入れてこなかった……」


 英明はここまで話すと立ち上がり、「そんな状況下に、この特殊な動きだ」と言って、モニターを再度掲げた。


「この研究室の存在も調べ上げている可能性がある。レーダの反応が仮に小型機器だとして、単独可動限界時間を逆算すると、恐らく1~2日以内に動力の限界を迎えるんじゃないかと見当を付けているんだ」


「じゃあ……その間に、どこかが攻めてくるってこと?」

 結花の声は、自分でも気づかないうちに震えていた。


 その間……わずか2日以内の出来事……

 結花は、その言葉の意味するところを正確に理解しようと努めたが、頭の中では模擬戦のこと、杏と祥吾のこと、そして圭子との約束がぐるぐると廻り始めた。


「わからない。この程度の情報じゃあ、自衛隊も本格的に警戒してくれないからね」

 英明は肩をすくめた。

「里香ちゃんには、できる対応は準備しておくように伝えたんだけど……」


 里香が学校の格納庫にいたことを思い出し、「お母さん、学校にいたけど……まさか、学校も巻き込まれるの?」と、結花は不安げに問うた。


 英明は一瞬言葉に詰まったあと、ゆっくりと答えた。

「……ひとつだけ言えるとすれば、イーロンに関することは、全て危険に晒される可能性がある。これは、大元の原因を考えれば明白だよ」


「そんな……」

 結花の頭に、友人たちの顔が次々と浮かんだ。圭子、祥吾、そしてみんなが危険に晒されるかもしれないと思うと、胸が痛んだ。


「だから……できる限りの対策をするんだ」

 英明の表情は、強い決意に満ちていた。

「みんなを守るためにも、これを稼働させなくてはならない」


 イーロンとして教育を受けてきた結花にとって、こうした状況は理論上学んできたものだった。しかし、それが現実に自分の身近で起きうること、自分の愛する人たちが危険に晒されるかもしれないことを父から直接聞かされると、その重みはまったく違った。


 目の前に横たわる未知の可能性を秘めた兵器が、私たちを守る、そして敵を殺す道具になる……

 そう考え始めると、自分も開発に携わった者として、「果たして私は正しいことを行ったのか?これが原因で皆が傷つくことになるのでは?」という疑問が湧き上がった。今まで感じたことのない重みに、自分の体が押しつぶされるような感覚を覚えた。


---


 すっかり冷めてしまった生姜焼きを、心配げな表情で再び口へ運び始めた結花に、英明は何も言わず、研究室の奥へ進んだ。


 英明の研究施設には、様々な機器のほか、MPGなら数機組み立て可能なパーツも保管されていた。もちろん、自身で開発した試作部品などを製作するAI制御の工作機械もある。


 大小様々な部品や機器の脇を抜け、研究室の中で一番広大なスペースに足を踏み入れた英明は、壁のパネルを操作し天井のライトを点灯させた。


 部屋の中央には、黄色と黒の縞模様の警戒色で縁取られたトレーラベッドがあった。ベッドの上には、グレーの保護シートがほぼ全面に掛けられた、縦の長さが約10メートル程の大きな塊が載っていた。


 結花は食事を中断し、ゆっくりと父の後を追った。父と開発してきたものの全容を、今まさに目にしようとしていることを実感した。


 トレーラベッドの後部に回ると、ベッド中央部やその他の箇所が抉れ、そこから複数のノズルが突き出しているのが見えた。その様子は、まるで戦闘機のジェットエンジンノズルを思わせたが、更に特徴的な形状の装備がその奥に備わっている事を、結花は知っていた。


 保護シートの合間からは、なめらかに湾曲し艶消しの白に塗られた本体の外装と思われる箇所が垣間見え、そこからは既に開発が中止となって久しい、スペースシャトルの面影が感じられた。


 しかし、英明がトレーラベッドに上がり、保護シートの一部を剥がすと、そこにはスペースシャトルには決して装備されるはずのない、人間の手を模したマニピュレーター(多関節の機械アーム)があった。


 そのマニピュレーターは、各関節が緩く閉じられ、外側を覆っている流麗な白い装甲の隙間から、この塊の本性を象徴するかのような、禍々しい鈍い光を放つガンメタリック色の内部骨格が覗いていた。


 心臓部の開発に注力していた結花はその光景に息を呑んだ。これまで部分的にしか見たことのなかった兵器の全体像が、今、目の前に広がっていた。美しさと恐ろしさが同居する、まさに諸刃の剣の様に見えた。


 英明は保護シートをさらに剥がしながら、静かな声で語りかけた。


「これが我々の最後の希望になるのか、それとも罪になってしまうのか分からないけどね……」

そして結花を数秒見つめた後、視線を少し外しながら「すまないと思っている」と呟いた。

 結花はその言葉の真意を理解しようと努めたが、開発に協力してきた自分の手が、今となっては重く感じられ、その思考は答え半ばで中断した。だが、父の真剣な眼差しを見ると、今は引き返すことはできないと結花は感じた。これから先、何が起きるにせよ、自分にできることは、この技術が正しく、みんなを守る盾になれるよう完成させる事だった。そして……


 結花は決意を新たに、エイシュアの白い装甲に手を触れた。冷たくて滑らかな感触が、彼女の指先に現実感を与え、そして何故か祥吾の匂いを思い出した。

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