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第十六話 触れ合う心

 救護班の車輌が格納庫に到着すると、教官と保健室の担当医に迎えられた。

 

「体は?どこか具合が悪いところはあるか?」


 教官が二人の全身をチェックするように言う。


「私は大丈夫です」


「俺も大丈夫です」


 杏と祥吾が答えると、保健室の担当医から2、3確認なされ、何かあればすぐに連絡する様にアドバイスを受けた。


「とりあえず、今日の模擬戦については、明日コントロールルームで反省会を行う。いいか名嘉真?」


「はい。」


「弓野もだ。明日の5時限目を充てたいと思う。担当の先生には私から伝えておく。」


「えっと……それは5時限目の歴史の授業は出なくて良いって事ですか?」


「そうだ。模擬戦の反省会に出席してほしい」


「はい。問題ありません!」


 (では今日は解散して宜しい。)と最後に伝え、教官は足早に格納庫の奥へ消えていった。

 祥吾は教官が見えなくなったところで、小さくガッツポーズをした。その姿を見ていた杏は、少し迷ってから(なぜ喜んでいる?)と声を掛けようとしたが、既に祥吾の目線は、格納庫へ運び込まれる2機のシェムカに向けられてしまっていた。


 2機のダメージは、修理というより、このまま廃棄処分にしてしまった方が良いのでは、と思わせる有様だった。


「派手に壊しちまったな……」


 珍しく消沈した表情でシェムカを見ている祥吾に、杏は不思議そうに尋ねる。


「弓野は気にしてるの?」


 杏の問いかけに、「そりゃそう……」と答えようとした祥吾の視線の先に、結花と同じクラスのイーロン達が、同じく2機のシェムカを物珍しそうに見ている姿があった。その姿に言いようの無い違和感を覚えながらも、祥吾は杏に、「あ、ちょっとゴメン」と断りを入れ、イーロン達へ近づいた。


「あの……俺が借りたシェムカの担当は?」


 少しトーンを落とした声で祥吾が尋ねると、全員の顔がこちらへ振り向いた。

 そして、少し間があって大柄で少し太った少年が、「ぼ、僕だけど……」と構えるように、祥吾の前へ歩み出る。しかし、その目は少し潤んでいるように見えた。


「柿崎か……」


 その言葉に勇人が驚いた表情をする。「僕の名前、知ってるの?」

 今度は祥吾が少し怪訝な顔で、「当たり前だろ。高校3年間一緒だったんだぜ?」と答える。

 

「そ、そうだけど……」


 勇人は、また自分の至らなさを指摘されたように、小さく呟いたあと俯いてしまった。

 その様子に戸惑いながらも、祥吾はあらためて勇人の方を向いて深々と頭を下げた。


「ごめん。柿崎。お前の機体をこんなにしちまって。夢中で戦った結果ではあるけど、壊した事は事実だ。謝る。」


 言い終わった後も頭を上げない祥吾に、「い、い、いや、も、もういいよ……そ、そんなに、あ、謝らなくても……」と、勇人は怒るどころか、そわそわと目を泳がせながら、後ろに下がり始める。


 祥吾がそれでも、「いや、俺は……」と言いかけた時に、「気にしなくて大丈夫だよっ! 結花の兄貴ィ! 柿崎ってどん臭いからさぁ、結花の兄貴の方がよっぽど上手く動かせたじゃん? ぶっ壊れたこいつも本望だって!」と、祥吾と勇人に間に玲奈が割って入ってきた。


「な? 柿崎もそう思うだろ?」


 玲奈は勇人の方へ振り向きながら、その肩に手を回し、まるで不良が弱者へ絡むような態度で顔を近づける。

 

「お、織田さん……は、離れてよ。も、もうわかったから……」


 勇人は肩に回された玲奈の腕を払おうとしたが、玲奈はそれを許さず、そのまま祥吾に顔を向けて、「ねぇ、ねぇ、あたしと柿崎にさぁ、今からMPGの操り方教えてくれるってのはどお?」「あんた結構イケメンだし……教えてくれたら、あんたの言う事もきくからさ……」


 最後は、祥吾に顔を近づけ、誘惑するように囁いた玲奈は、畳みかけるように、「どお?」と、祥吾に迫る。


「は? ……い、いや、織田、そ……」「それは無理ね」


 流石に押されて焦り気味の祥吾を遮って、少し怒りを滲ませた声が響く。

 

「……なんでさ? 名嘉真」


 玲奈は祥吾の背後で自分の邪魔をする杏を醒めた目で見返す。「模擬戦とこれは関係ないじゃん?」と、重ねる玲奈に、杏は表情を変えず、「これから模擬戦の結果についてミーティングをするから」と答えた。


「え? でもそれ明日って……」


 杏へ振り向き、思わず言ってしまった祥吾は、自分を冷たく睨んでいる杏の目に少し圧倒され、そのまま口を噤むことになった。


「ふーん……ま、いっか。じゃ、明日にでもまた声かけるよ。じゃあねえ……」


 玲奈は祥吾にヒラヒラと手を振りながら、そのまま格納庫から出て行く途中、「ほらっ! 帰るよ、柿崎! 送ってけ!」と勇人に振り向きもせず言い放つ。

 勇人は「なんだよ、もう……」と文句を言いながらも、自分の荷物を慌てて抱え、玲奈の後を追った。


「はあ……なんか良くわかんなかったけど……ところで名嘉真……」

「こら祥吾おっ!!」


 祥吾の言葉に、杏が返事をしかけたタイミングを見計らうように、今度は格納庫内に怒鳴り声が響く。


「やべぇ……謝んなきゃならない人がもう一人いた……」


 まるで、親に悪戯が見つかった時のように、祥吾は肩をすぼめてその場に立ちすくんだ。


「祥吾っ! あんだけ壊すなっていったじゃねえかよ!」


 声の主は保だった。


「ごめん、保っちゃん……また壊した……」


 祥吾は消え入るような声で、保に謝罪する。

 トレーラに近づき、積まれたシェムカの姿をあらためて確認した保は、頭を抱えながら、「おいおいおい……これマジかよ……訓練でこんなんなったの今まで見た事ねえぞ。祥吾……これ、車に例えたら、廃車だよ、廃車!」と、シェムカの装甲に手を付く。


「新しいのに、交換って、できない……?」


「アホッ! ここにあんのは去年の暮れに入れ替えたばっかりなんだよ! このタイミングで、新しいの下さいなんて言えるかっ!」


「かといって、ぶっ壊れたところ全部アッセンブリ―で交換したら、新品と同じになっちまう……やっぱ修理するしかねぇか……ううう」


「あ、あの、すみませんでした」


「……う?」


 頭を抱えてジタバタしていた保が、あっけに取られた表情で杏へ振り返る。

 杏は、さき程の祥吾と同じように、慣れない感じではあったが、深々と頭を下げていた。


「い、いや、別にあんたに謝って貰いたくて言ったんじゃ……」


 ここに来てるイーロン達は、人を見下した様な態度の奴が多くていけ好かない。まして、あっちから謝るなんて聞いたことも無い。と、感じていた保は、頭を下げたままの杏に心底驚いていた。


「いえ。成り行きとは言え、私も相手の機体を破壊しました。こちらにも責任があります」


 そうきっぱり言い放った杏に、ポカンと口を開けたまま、何も言い返せなかった保だったが、急にバツが悪くなったのか、「も、もういいよ。頭上げてくれよ……ったく、調子狂うなぁ……」と頭を掻きながら、「これも仕事の内だからな。ま、頑張ってみるよ」と、多少気を遣ったような返事をした。


 しかし祥吾へは、「祥吾、これ貸しだからな。お前がうちに来たら、鶴きんのラーメンおごれよ?」、と言い放ち、何か反論しようとした祥吾を無視して、タブレット端末を片手にあらためて機体のチェックを始める。


「つってもお前らよー……死ぬか生きるかの戦闘じゃねえんだから、こんなんなるまで追い込むと、いつか大怪我するぜ……」「祥吾はどうでもいいけど、可愛い女の子が怪我するのは見たくねえしな」


 その保の台詞は、心配しているような、軽口のような、どちらとも取れる口調だったが、言うだけ言うと、他の整備士達と話を始めてしまった。


 祥吾はそんな保の様子を見ながら、「ふぅ……」と一つホッとしたようなため息を吐いて、杏へ「もう大丈夫みたいだから」と声をかける。姿勢を戻すタイミングが判らず、お辞儀したままだった杏は、ハッとして頭を上げ何か言いたそうに祥吾へ視線を向ける。


「可笑しかった……?」


「なにが?」


「いや……なんでも、ない……」


「でも一緒に謝ってくれて助かったぜ……俺一人じゃ、保っちゃんから、あの100倍くらい怒られそうだもんな」


「私は……弓野の真似をしただけ……」


「まあ、それでもさ。助かったよ。サンキュー」「じゃ、また明日な」


 そう言って格納庫の出口へ向け歩き出した祥吾だったが、「そうだ。さっき模擬戦のミーティングがどうのって言ってたろ? あれ明日の事だよな?」と、思い出したように杏へ振り返り尋ねる。


 尋ねられた杏は、一瞬床に目を落した後、祥吾の目を見て、「私は、明日のミーティングの前に、当事者同士で話しておいた方が、教官へも的確に答えられると考えたの」「だから、もしそれをするのであれば、今日しか時間が無い、と思って……」


 そこまで言うと、杏は、一旦目のやり場を2機のシェムカに求め、再度祥吾を見る。

 祥吾は、「そうか……その意見は正しいかもな」と同意したが、「でも、もう教室は使えないだろうし……今からミーティングやったら、帰るの遅くなるぞ。大丈夫なのか?」と、再度杏に尋ねる。


 「大丈夫」


 杏は短く答えると、人差し指を上へ上げ、「コントロールルームなら今から使えるし、模擬戦の様子も記録してあるから……」と説明する。


 「ああ、そうか。成程……じゃあ、今から始めるか?」


 祥吾の承諾に杏は無言で頷き、「先に行って準備しておく」と残して、祥吾の傍らを通り過ぎる。そして、コントロールルームへの階段へ足を掛けようとした時、「名嘉真」と背後から声が掛かった。

 杏が振り向くと、祥吾が格納庫入口の自販機を指さして、「なんか飲む?」と聞いてきた。「おごるよ」と少し偉そうに笑顔で重ねた祥吾に、杏も少しだけ微笑み、「ありがとう。弓野と同じでいい」と答え、小走りに階段を駆け上がっていった。


      ※ ※ ※


 午後5時30分。

 コントロールルームへ続く階段を上りながら、杏は自分の行動を振り返っていた。

(あんなに深々と頭を下げるなんて、私らしくない……)

 祥吾に倣って整備士の保に謝罪した自分の行動が、まだ頭の中で反芻されている。いつもなら冷静さを保ち、必要以上に感情を表に出すことはない。それがイーロンとしての誇りであり、生き方だった。

 しかし今日は違った。祥吾が真摯に謝る姿を見て、自分も同じように頭を下げたくなった。その理由が単なる「真似」だったのかは、自分でもよくわからない。


(弓野の言う事も……きくから……)


 階段を上りながら、玲奈が祥吾に近づいて囁いた言葉が、何故か頭から離れなかった。あの時の自分の反応——「それは無理ね」と咄嗟に遮った言葉が、どこから出てきたのか。

 コントロールルームへの階段の踊り場に差し掛かった時、上から降りてくる人の気配に気づき、杏は我に返った。同じ階段を下りてきた自衛隊の関係者らしい女性とすれ違う。杏は会釈をしながらそのまま階段を昇ろうとしたが、その女性から、「ちょっと」と、声を掛けられ反射的に振り向いた。

「あんた、良い腕してるじゃないか。」

 その女性は微笑みながら、親し気に、そして唐突に杏を褒める。この女性は模擬戦の事を言っているのだろうと杏は思ったが、こちらへの距離の詰め方に戸惑い、無言で見つめ返した。

「名前は?」

 杏のそんな反応も気にせず、個人的な事までずけずけと聞いてくる態度に、杏は「あの……」と不審げな声で答えたが、「弓野祥吾の母親だよ」と、言われると「あ……」と、慌てて踵を合わせた。

「ここは基地じゃないんだから、そんな事しなくても良いよ。それに、今のあたしは非常勤だからね」

「でも、少しはあたしの事知ってるんだろ?」

 里香に見透かされたような目で尋ねられた杏は、「……すみませんでした」と、今日何度めかの同じ台詞を口にした。

 

「何も、謝ることはないよ。」

 そう言いながら、里香は杏に近づき、「あんたも知ってる通り、あいつはあたしが仕込んだんだ。ま、親馬鹿って思ってもらって構わないんだけど、あれでも中々のもんでさ。まだまだ修業が足りないけど、今のあいつと対等に渡り合ったあんたも、大したもんさ」と、言いながら、杏の肩に手を置いた。

「……有難うございます」

 

 自分の肩に置かれた里香の手から、昔感じた懐かしい暖かさが伝わり、杏は俯いていた顔を思わず上げた。それは遠い記憶の中にある、生まれて間もない頃の里親の家で、短い期間だけ感じた温もりだった——実の母親とは呼べない、それでも確かに存在した母性的な温かさ。

 里親の死後、あてがわれた他の里親の間を転々としてきた杏にとって、人の温もりは遠い過去のものだった。イーロンとしての訓練に明け暮れる日々の中で、触れ合いや親しみは不要なものとして切り捨ててきた。

「名前。まだ教えてもらってないよ」「あたしは、弓野里香」

 里香が顔を近づけて、あらためて尋ねる。

「名嘉真、杏、です」

 自身が淀みなく答えた事に、自分でも驚いた杏だったが、「杏か。良い名前だねぇ」と、自分の名前を呟く笑顔の里香を見て、何故か体の奥がほんのり暖かくなっていく……

「あたしの事は……そうだねぇ、里香、ってのは呼び難いだろうし、里香ちゃん、って感じでもないしねぇ。弓野さん、じゃ、どの弓野さんなのかわかんないし……」

 どうやら弓野の母親は、自分の呼ばれ方を悩んでいるらしいと分かった杏は、思わず、くすっと笑ってしまった。しかし里香はそんな事に全く気付かないらしく、「う~ん……ま、みんながそう呼ぶからなぁ……二尉、で良いか」と、斜め上の結論に達した。

「ぷっ……!」

 あまりに予想外の答えに、本気で吹き出してしまった杏へ、「やっぱり変?」と、口を尖らせて少し拗ねた様な里香の姿に、「いや……そんな事、ないです……」と、笑いを堪えながら取り繕った。

(私、笑っている……?)

自分がこんな風に笑ったのはいつぶりだろう。同級生のイーロンたちと話していても、こんな風に素直に笑うことはなかった。いつも少し距離を置いて、冷静に、理性的に——それが名嘉真杏のスタイルだった。

「いいね。すましたあんたも悪くないけど、杏は笑った方がもっと可愛い。」

 突然投げ込まれた、聞き慣れない台詞に、杏は何と答えて良いかわからなかった。里香のストレートな言葉が、長年凍り付いていた何かを溶かしていくようだった。

「今度さ、ウチに来なよ。結花も喜ぶと思うよ。祥吾はどうでも良いけどね」

(結花が……喜ぶ? 祥吾は……どうでもいい?)

 里香の言葉に、複雑な思いが胸をよぎる。祥吾と模擬戦をしたのは、彼の技量を確かめたかったからだ。ただそれだけのはずだった。でも、本当にそうだろうか。祥吾への興味は、単なるMPGの腕前だけだったのか。そして結花との関係も、ただの同級生以上の何かがあるのか。

「自衛隊飯食べさせてやるよ」

 

 里香は言うだけ言うと、「じゃあまたね」と笑顔を残して、格納庫へ下りて行った。

(じゃあまたね)——その言葉が自身に染み込んでいく心地よさと、同時に囲っていた何かが取り払われてしまったような不安感が交じり合い、里香が立ち去った後も、杏はしばらく階段に佇んでいた……

(次に会う時、私はどんな顔をすればいいのだろう)

 普段はあれほど論理的に考えられるのに、今の自分の混乱した思考を整理できない。祥吾との約束のミーティングを前に、杏はゆっくりと深呼吸をした。 


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