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第十二話 空中戦 —— MPG模擬戦⑤

 午後4時40分。残り時間14分59秒。


 スモークの影響で視界が殆ど効かない中、杏はAIによって連射に設定されたライフルで、10m四方の空間を下から上へ斜めに薙ぎ払う。

 が、手応えは無くモニターに判定も出ない。


 杏は即座にペダルを踏み込み、アンブッシュポイントから離脱の挙動を起こした。


(斜面を利用し、速度を乗せこのまま一気に視界が開けている谷まで離脱。相手がアンブッシュポイントへ突っ込んできたところに、全弾撃ち込んで終わりだ……!)


 一瞬で次の行動を結んだ杏のシェムカの左脚部が動いた瞬間、コックピットのモニターが陰り、同時に接近警戒のアラームが鳴り響く。

 

 AI制御のミニガンと、今度ばかりは体全体で上方のモニターを仰ぎ見た杏の動きはほぼ同時だったが、その目に映った光景は信じ難いものだった。」


(シェムカが、飛んでる……?)


 祥吾のシェムカは空中を飛んでいた。

 いや、正確に表現すると"飛ぶ"ではなく、ジャンプしていたのだった。


---


 数秒前——


 ポーチのスイッチを押し込み、囮のグレネードが発射された事を確認した祥吾は、起爆する前にルート左側面の傾斜に向けシェムカを勢いよく前進させた。

 

 グレネードの起爆とほぼ同時に、丘陵の遮蔽物から飛び出した祥吾は、シェムカを一気に増速させ、同時にレーダーでの索敵を行った。


(そこか。名嘉真!)


 杏のアンブッシュポイントを特定した祥吾は、その水平ラインよりも上方へ出るべく斜面を駆けあがった。ほぼ同時に始まった杏のシェムカからの射撃は、斜面を駆け上がる祥吾のシェムカを下から上へ追う形となった為、被弾させる事が出来なかった。


 アンブッシュのラインよりも上方へ駆け上がった祥吾のシェムカは、今度はそのままの勢いで斜面を駆け下り始め、更に機体に増速をかけた。


 ここまでの挙動だけでも、並みの技量を持ったパイロットでは再現不可能であったが、祥吾のシェムカが次に取った行動は、コントロールルーム、格納庫で見学していた全員の度肝を抜いた。


 祥吾のシェムカは斜面を駆け下り、その勢いを利用してジャンプした。


 が、しかし幾ら速度を上げたところで、そのままジャンプしても稼げる高さと距離はたかが知れている。シェムカはその見立て通り、速度に勢いはあったものの、そのジャンプがアンブッシュポイントまで届きそうになかった。


 案の定、僅かな弧を描いただけで早くも落下し始めた祥吾のシェムカが、両方の脚部を揃えるように着地し、そのまま前のめりに転倒するかに見えた瞬間、圧搾空気の排出音と共に、踵に装備されているバンカーブレイカーを最大出力で地表に突き刺し、増速させていたスピードとバンカーブレイカーを突き刺した反動エネルギーを掛け合わせ、スキーのジャンプ選手の様に飛翔したのだった。


---


 コントロールルームでは、祥吾の常識を覆す行動に、イーロン全員が息を飲んでいた。


「ありえない...」と勇人がつぶやく。


「スキージャンプ選手かよ!」玲奈が思わず叫んだ。


 モニターを凝視しながら、一真は無言で歯を食いしばっていた。隣のめぐみも、机の上で握りしめた手に力を入れ続けている。彼女たちですら想像もしなかった戦術だった。


 壁際で見守っていた里香は苦笑いしながら、「それは教えてないぞ」と小さくつぶやいた。


---


「正面、敵MPGにロックオン!」


 祥吾の指示でAIはシェムカに銃口の角度を調整させ、斜め下方で離脱の態勢に入った杏のシェムカに照準を定める。


「もらったぁっ!!」


 ロックオンを知らせる電子音と同時に、祥吾は叫びながらライフルのトリガーを引いた。

 瞬間、コクピット内に低い炸裂音が鳴り響き、三点バーストに設定されたライフルから、三発のペイント弾が杏のシェムカに吸い込まれていった。


---


 頭上のモニターに、薄暗くなりつつある曇天を背に、ライフル構えてこちらに落下してくるシェムカが映し出されていた。

 コクピット内にロックオンの警報が鳴り響き、逆光の中、杏はモニターを覆い尽くそうとしている黒い陰の中心に、青白い光を見た。


 (やられる……)


 この言葉は、恐らく杏の思考の表層に発生した、極めて人間的な感覚だったのだろう。しかし脳の言語野がその言葉の処理を完了する前(杏が言葉として認識する前)に、イーロンとしての並外れた反応速度が彼女を救った。


 普通の人間はどんなに鍛えても、脳からの電気信号による反応速度を一定以上強化する事は出来ない。思考が言語化され、それが電気信号として筋肉へ指令を送り、行動に変わるまでに、少なくとも0.2秒以上の時間がかかる。


 しかしイーロンは、認識した思考がまだ脳細胞レベルでの発生段階において、電気信号に変換される前に、肉体へ行動の指令を出す事が可能だった。その反応速度はゼロコンマ1秒以下となり、周りからはまるで予め予知した上で行動に移しているように見えた。


 この能力はイーロンによって個体差があるが、杏はそれは他のイーロン達と比較しても際立って高いレベルであった。

 杏のシェムカは、祥吾が撃ち込んだライフル弾が自機に到達する寸前、半ば斜面を転げ落ちるようにアンブッシュポイントからの離脱に成功し、被弾を回避してみせたのだった。

 

「当たらなかったぁぁっ!?」


 今度は祥吾が驚く番だった。杏のシェムカはまるで祥吾がトリガーを引く前に、それを予測して回避行動を取った様に見えたからだった。イーロンと対峙した事の無かった祥吾には、予期不能な杏の動きであった。


(まずい、まずい、まずい)


 回避行動を取られた以上、追撃の体制を一刻も早く取りたい祥吾だったが、機体が着地するまで数秒間、出来た事と言えばライフルの銃口を、斜面を転がる杏のシェムカへ向けようとした動きのみであった。


 そして着地の際は脚部の駆動ユニットへの負荷を低減させる操作に集中する必要があり、射撃はもとより照準すらままならなかった。無理な行動をとれば、最悪の場合機体そのものが破損してしまう。


 残り時間14分10秒。模擬戦はさらに激しい展開に進もうとしていた。


---


 落石と似た音を立てながら、杏のシェムカは谷の底の部分へ向け転がり落ちていく。傍からは、この後機体の損傷は免れず、もしくは上方より狙撃され、勝負はついたも同然と誰もが思う光景だった。


 格納庫の見学エリアでは、一般生徒たちが固唾をのんで見守っていた。

 

「名嘉真さん、もう無理じゃない?」と誰かがつぶやく。

 

「あんな体勢からどうやって反撃するんだよ...」


 しかし圧倒的に不利な状況下において、杏はイーロンの能力を再度発揮した。


(こ、ここ、か、ら、ね、らら、ってみせ、るっ!)


 コックピット内が激震に見舞われる中、正面のモニターには、明と暗が凄い勢いで交互に映し出されている。何度かの回転で、AI制御のミニガンが基部から千切れてモニター外へ吹っ飛んでいく様も見えた……


 杏はモニターが暗から明へ移るタイミングに合わせて、ガンレティクル内に相手の機体を捉えるべく、ライフルを保持している右腕部を素早く突き出す。


(みえたっ!)


 1秒に満たない瞬間、明るくなったモニターの先、めくれ上がった地表の雪と土の塊が視界の大半を覆う中、着地体制をとっている機影を捉えた瞬間トリガーを引き絞る。


 転がる自機に合わせてズレていくガンレティクルを、ライフルを構えた右腕部のアングルで調整をしつつ、可能な限りの連射弾を祥吾のシェムカに叩き込んだ。


 この一撃が当たれば、間違いなく勝負は決する。光学照準器が示す撃ち込みポイントは、祥吾のシェムカの右腕部——ライフルを持つ腕だった。


 午後4時41分。残り時間13分48秒。

 模擬戦のパワーバランスは、一瞬のうちに何度も入れ替わっていた。


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